2023年12月29日信濃毎日新聞デジタル、
不安定なのは自分のせいですか 49歳独身・非正規雇用、ずっと手取り月15万円の氷河期世代、結婚にも憧れるけれど…(信濃毎日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース
「今、日本の雇用労働者の4割を占める、パートや派遣などの非正規雇用。不安定な働き方や低賃金は貧困につながる場合がある一方、正社員以外の多様な働き方を必要とする人もいる。その仕事や暮らしからは、社会が抱えるさまざまな問題が浮かび上がる。 (中山有季)
就職氷河期世代向け―。8月下旬、長野市内で開いた就職支援セミナーの会場に、長野県の北信地方に住む玲奈さん(49)=仮名=の姿があった。正社員就職を希望する人が対象。玲奈さんは契約社員として9年間働いた運輸関係の会社を退職したばかりで、次の仕事を考えていたところだった。
少し前から、政府が急に氷河期支援を強調し始めた印象がある。「今更どんな支援をしてくれると言うのだろう」。玲奈さんは、どんな内容か聞くだけ聞こうと参加した。
ハローワークの担当者が、年齢や正規で働いた合計期間が短いなどの条件を満たす人が正規雇用で就職すると、企業に助成金が支給されるという支援内容を説明。介護、保育、建設など人手不足の分野で高い求人倍率になっているといった話もあった。
「今まで頑張ってきた個人を見てくれるわけじゃないんだ」。就職氷河期という名前だけが、独り歩きしていると思った。応募書類の作成や面接時のポイント解説もあったが、長年、非正規で事務職を続けた玲奈さんは、「その経験がキャリアとしては認めてもらえない」とも感じた。
玲奈さんは1997年に近県の国立大教育学部を卒業。教員免許は取ったが、教員には向いていないと思い、一般企業への就職を考えた。ただ、学部内では就職活動の情報がほとんどなく、活動の仕方も分からない状態。大手の2社に応募したが不採用だった。
そこで注目したのが当時広がり始めていた派遣社員だった。95年に日経連(当時)が提言「新時代の日本的経営」を公表。派遣など非正規労働者を「雇用柔軟型」と名付け、人件費を抑えるために活用する方向性を示した。労働者が自由な働き方を模索する動きと相まって、好意的に受け止められた面もあり、玲奈さんも「合理的で魅力がある」と考え、派遣社員を選んだ。
職場は通信大手の長野市内の支店など。インターネット関連の事務を担った。パソコンが使いこなせないと業務が滞ると感じ、自分でパソコンを買い独学で操作を勉強。人間関係に恵まれ、仕事は楽しかった。実家暮らしであまりお金がかからなかったこともあって、「賞与がなかったことを除けば、正社員との収入差はあまり気にならなかった」。派遣社員には営業ノルマや転勤などの不安材料がないのもよかった。
同様の仕事で3社、合計15年弱、派遣社員として働いた。責任を持って仕事をするため、身銭を切って業務と関係する資格を取った。どの派遣先でも現場の信頼を得ていた実感がある。
しかし37歳の頃から、仕事が「派遣の域を超えている」と感じることが多くなった。自分の仕事に加え、精神疾患で休職した正社員の仕事と子育て中の正社員のフォローが重なった。仕事は増えるのに賞与もなく時給も頭打ちに。理不尽な状況に疑問を感じ、派遣先に「時給を上げられないなら仕事量に制限をかけてほしい」と交渉もしたが、結局、忙しさは変わらなかった。
2014年から勤めた運輸関係会社では、「今までで一番、理不尽さを感じた」。シフト制の職場で、正社員の休日を確保するために非正規の有給休暇は祝日に重ねることが慣例化。正規と非正規の仕事内容はほとんど変わらないのに、待遇差が大きいことにも納得いかなかった。「不満を持ったまま我慢するのはやめよう」と退職を決めた。
さまざまな職場で努力を重ねた経験や、今でも続く人間関係をつくることができたことは財産になった。しかし「頑張っても報われない、使い勝手のいい駒」と感じてきたことも確かだ。
「独身で非正規雇用なんですが、住宅ローンは組めますか」。6月、新築やリフォームの相談に住宅会社などが応じる長野市のイベント会場に出かけた玲奈さんは、銀行のブースで思い切って相談した。
「あなたのような案件は扱ったことがなくて分からない」。女性の担当者はあっさりとそう言い、インターネットで調べることを玲奈さんに勧めた。「独身の中高年が増えているのに冷たいな」。それ以上、会場を見るのはやめて外に出た。
大学卒業後、ずっと非正規で働いてきた玲奈さんは実家で両親らと暮らしている。狭くても心から休める空間が欲しいと思うようになり、住宅ローンを検討し始めた。しかし、「独身・非正規」は壁になる。イベント会場でのやりとりを通してそう感じた。
8月に9年間勤めた運輸関係会社を退職後、正規雇用を目指して就職活動。この秋、初めて正社員として交通会社の内勤業務で働き始めたが、新卒のような研修はなく、3交代のシフト勤務に身体が追いつかないなどの問題もあり退職を決めた。今はこの先の働き方を、改めて模索中だ。
理解し合える人との結婚に憧れはある。ただ、交際が結婚に至ることはなく、独身で過ごしてきた。団塊ジュニア世代で、就職氷河期世代でもある玲奈さん。非正規雇用で経済的に不安定なため結婚していない人が多い年代として、自分たちが少子化の原因のように言われることに心が痛んだ。
岸田政権は「異次元の少子化対策」として、児童手当拡充や育児休業給付の引き上げなどを打ち出している。一方で、産育休の社員の穴埋めで業務量が増え体調を崩した経験がある玲奈さんは、そうした穴埋めをする人に対する特別な補助などが手薄な現状に疑問を持つ。独身非正規だけの問題ではないが、「子育てファーストの陰で犠牲になる人が出る構造にも注目してほしい」と吐露する。
女性は結婚して主婦となり、正社員の夫に扶養されるという「標準世帯モデル」がいまだに幅を利かせている。年金制度もモデルを基に設計されており、玲奈さんは自身が将来受け取る年金額はかなり少ないと予想。「就職氷河期世代はもはや、断崖絶壁のクレバス(氷河の割れ目)世代だと友達同士で話すこともある」と自虐的に話す。
最近玲奈さんは、非正規労働に関するニュースを、家族の中で話題にした。大学院を出て自治体の会計年度任用職員(非正規職員)で働いていた男性が、低賃金と職場でのパワハラに苦しんだという内容。玲奈さんは男性の境遇に心を寄せたが、家族は「自分で選んだこと。大学院を出るくらい優秀で経済的余裕があれば、早く辞めて次を考えられたはず」とにべもなかった。
玲奈さんも手取りはずっと月15万円前後。ただ、実家暮らしで今のところ経済的な苦しさはあまり感じずに生活し、職場の雰囲気も基本的には良かった。つらいことがあっても何とか前を向いてきたが、それは「運が良かっただけかもしれない」。家族の反応を見て、そう思った。
非正規で不安定な状況や独身でいることを「自己責任」で片付けられがちな世の中は、「すごく悲しい」。「誰もが1人になる可能性を持っている。頼れる人がいない状態になったり貧困に陥ったりすることは人ごとではないはずですよね」
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