たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

宙組『アナスタシア』-ライブビューイング申し込みました

2020年11月30日 21時49分31秒 | 宝塚
 11月30日月曜日、長い一週間の始まり、午後お手洗いにいったときスマホをのぞいたらとびこんできたニュースにびっくり、『アナスタシア』がまかまどききトライアングルの宙組の見納めになるとは思ってもいませんでした。このタイミングでの発表は大劇場で公演中の今の宙組をしっかり焼き付けておいてほしいという劇団からのメッセージでしょうか。

 星風まどかちゃんのミュージックサロン開催にざわつきましたが退団ではないということにまずはほっとしました。専科への異動は、一部の方?多くの方?が予想しているように次なるステップへの前奏曲かなという気がします。大変だと思いますが、華があり、わたしなんかがこんなこというのはほんとに失礼ですが、歌もダンスも芝居もうまくてヒロインとして熟成してきているまどかちゃんならどこへいっても大丈夫。真風涼帆さんの相手役に選ばれた当初、真風さんの相手役にはもっと大人っぽい人が・・・というご意見をみかけることがありました。学年差はたしかにあり、真風さんの色気についていこうと必死になっていた感がありましたがコンビを組んで3年、可愛らしくも貫禄がでてきて、安定のトップコンビとして誰をも認めさせるようになってきたと思います。キキちゃんともお似合いなだけにさみしいですが、今はただ『アナスタシア』が千穐楽まで無事に公演できますようにと祈るばかりです。願わくば、東京宝塚劇場のチケット、当選できるといいな。

 専科の星蘭ひとみちゃん、本日宝塚を卒業。オンデマンド配信で視聴した昨年12月の『ロックオペラ-モーツァルト』の千穐楽でこっちゃん(礼真琴さん)に「さみしいけどがんばるのだよ」と送り出されて大きくうなづきひとみちゃんの姿。つらい出来事があったし、コロナで予定していた映像の仕事ができなかったりしたのかなあと勝手に推測。東京宝塚劇場でみた『エクレール・ブリアン』の、せおっち(瀬央ゆりあさん)が歌っている隣で踊っていた時のドレスさばきの美しさ、忘れません。『鎌足』の安見児(やすみこ)も忘れません。タカラジェンヌとしての姿をみることがもうできないのはさみしいですが、これからの人生に幸多かれとお祈りしています。

 『アナスタシア』大劇場公演千穐楽のライブビューイング、先行抽選のエントリーが明日のお昼までなので先ほど申し込みました。何も考えずにひたすら14日をめざして生き延びます。今週も来週も5日間フル稼働、長い、これは長い、ぞっとするほど長い。今日帰り際に知ったことなどから明日はまた大変な状況になるであろうことは必至。わたしは脳みそがしびれて痛いし明日はまた13時からお昼、まだ火曜日にしておそらく疲れ果ててしまうので夕方時間給とってまた逃げます。相談窓口にいってもどうにもなりませんが状況伝えにいきます。自分を食わせていく、ただそれだけの一念で明日からの定期券を購入しました。ウエクミ先生が2年間のOL生活で学んだとインタビューで話されているようにそれが生きていくということ、だから現実逃避の時間は必要、日常を明るく照らす非日常の時間は大切、そのために生きる日々。

 明日から12月ですね、苦難に満ちた一年、クリスマスまでの道のりはけわしいです。無事に生き延びていけますように・・・。


 


宙組『FLYING SAPA』日生劇場公演を観劇(9)

2020年11月29日 16時17分51秒 | 宝塚
宙組『FLYING SAPA』日生劇場公演を観劇(7)
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/6a8f938ab8346f9d30f4479d0cb491ab


宙組『FLYING SAPA』日生劇場公演を観劇(8)
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/78592e8890200021f6903f43e4aeb998

 第1幕では声だけが聴こえ、総統01@汝鳥玲さんがようやく観客の前に姿を現すのは第2幕7場になってから。総統01となった難民ブコビッチは、SAPA中心の地下基地にこもって、全人類の意識データ”ミンナ”をミレナの意識と融合させることを目指していたのでした。そうすることで人類の平和は恒久的に保たれる。「違い」によりひきおこされた大世界大戦によって娘たちを殺され、科学者であったために地球を脱出する難民船に乗ることができたブコビッチがつくりあげた完璧にみえる管理社会。その社会の中に身を置くことなく、自分自身は研究室にこもって誰にも邪魔されることのない次元から見守り続けていました。


 ナウオンステージ、オンデマンド配信の視聴期限が明日で終了するので、最後に京三紗さん@キュリー夫人、総統01@汝鳥玲さん、専科のお二人が稽古場で役としてすごいのに素になるとめっちゃ可愛くてそのギャップに心癒されているという話、文字起こし。

真風さん;ほんとにすばらしいのひとことで、お二方とも。京さん毎回お芝居させていただくたびにエネルギッシュですごく勉強になります。

キキちゃん;いっちゃんさん(京さん)がリアルにそこにいてくださるからちょっとたわいのない役としてのアドリブをしただけでも新しい自分の役が出てくる、そこはこう感じるんだとかそういうのが楽しいし、最初から最後まですごいパンチで・・・。

真風さん;いやほんとにちょっとこう男前な感じっていうのがまたすごい粋で素敵。

すっしーさん;ホテルのオーナー、女主人、素敵ですね。

キキちゃん;(ウエクミ)先生がもうちょっとこうしてほしいということにどんどんどんどん表現は変えられるのにキュリー夫人としての芯はまったくぶれないのがすごいと思う。

まどかちゃん;本読みの時点から生きてらっしゃる、はじめて台本を読んで人生が伝わる、ポルンカに来る前のバックボーンも手にとるように伝わる感じが稽古場で日々伝わってくる。

真風さん;最後の最後まですばらしい。ゆーちゃんさん(汝鳥さん)は最初は全貌がみえずほんとうにちょっとこう核となるシーンで出てきてくださるんですけど世界がいっぺんするといいますか、総統ですよね。

すっしーさん;本読みの時点からほんとうにもうねしか言えない。

真風さん;ゆーちゃんさんは特にねもう、いろいろと鍵となる・・・・。

キキちゃん;いちばんゆっちゃいけない・・・。

真風さん;なので何とは言えないけど、そこへの説得力がすごい。絶対に嘘がないというか、ほんとうにその瞬間に全ての台詞だったり動きだったりがビシビシと出ていらっしゃるので、一緒にお芝居させていただいていてもとにかく勉強になるのひとこと。

すっしーさん;ひとこと発するだけでもすべてを制するというか、ほんとにすばらしい。

真風さん;次のシーンで後ろに板付かれた瞬間にああもう次総統のシーンだということをぐっと感じるくらい・・・。

キキちゃん;重みがね、すごい。

瑠風くん;わたし一緒にお芝居をさせていただいているとき坐られていることが多いんですけど、あまり動きがないのに圧とか、台詞も長いこと話されているんですけど、それをきいているだけで自然と毎回違うのが伝わってくるのがほんとに勉強になります。

真風さん;それなのにお二人ともふだんめちゃ可愛らしいそのギャップにとりこです。日々心癒されております。

すっしーさん;その大きさに・・・。

真風さん;その大きさにすべて助けていただいています。

 ウエクミ先生のネタバレしたくない意向をふんでなかなか言えないナウオンステージの中で、芸の道をきわめるとはこういうことなのかとうなる話。サパのへそにいけば願いが叶うというのはホテルの客を増やしたいキュリー夫人が流したでたらめでしたというオチ、ペロッと舌をだす京さんすごくお茶目、カーテンコールではサングラスをかけてすごくカッコよかったです。京さん、いっちゃん(一路真輝さん)のトップスター時代雪組組長、月組『カンパニー』で久しぶりに拝見したとき変わらずいてくださることに安心感と嬉し味。汝鳥さん、涼風真世さんのトップお披露目公演『ベルサイユのばら-オスカル編』の時月組組長でルイ16世でした。それからどれほどの舞台で拝見していることか。調べてみると京さん、汝鳥さん共に1969年、57期生として宝塚歌劇団に入団、半世紀ずっと宝塚にいらっしゃるということですね、すごいとしか言いようがありません。お二人の熟練の芸と存在感が支えたサパという世界。緑色に光る生命維持装置が、劇場という照明がおちた空間だと不気味に色鮮やかで、日生劇場の天井、匂い、赤いじゅうたん含めて丸ごとサパの世界観がより深まっていると感じました。

 「違い」を排除し、恒久的平和が保たれているようにみえるアンドロイド的なポルンカとサパ粒子に守られる総統の支配が及ばないサパの人間的な無法地帯。真風さんとキキちゃんが話しているように言いたいことは実はシンプル。根底には上田久美子先生の、どうしようもなくドロドロの中で生きて生きていかなければならない人間へのあたたかい眼差しがあるのかなと勝手に思います。互いの違いを認め合うことができず争いを繰り返す人間。権力を手にすれば手にするほど大いなる金銭的な旨味を享受することができるので自分の立場を守るため利己的となる人間、人はほんとうに自分勝手なもの、立場が変わればいうこと180度見事に変える、上にそういう芯のない人がくると下は振り回されて大変だということを10数年就労した大会社で学んだのはわたしのリアルな現実体験。今またそんな上に振り回されているだけだとわかってきたという現実、保身のためなら平気で嘘をつくんですよね、人間って。ほんとうにどうしようもないですが、そのどうしようもない人たちは何も気づいていないからサパの世界に出会うこともないですかね、そういう人たちにこそみてほしいサパの世界。どうしようもないに振り回されてあえぎあえぎ生きている人間が訪れるサパの世界。最後は希望をもって終わるところが宝塚、希望のみえない真っ暗な世界に、ただただ生き続けることなどできませんからね。一日一日パンを求めて、命を繋いでいくことだけに精一杯だった時代があったことを思えば、世界にはそういう地域もあるのだということを思えばわたしたちはまだ恵まれているといえると思いますが、生きるってむずかしいですね。

 明日月末、まだ11月が一日あるのだという感じですがあるんですね、まだ一日。ただただ振り回されているにすぎないとわかったドロドロの世界にいくために、通勤定期券をまた購入するしかないですかね。うまーく都合の悪いところはぼやかされましたが実はそこが肝心でそのためにやり手がなかなかいないところへ飛び込んできたわたしを逃すまいとぼやかしたわけで、わたしが苦手であまりやりたくない方が実はメインだったというね、そのための要員だったというね。生活のためには購入しないという選択肢はないですかね。なんだか哀しいですね、人間って。それでも希望を信じて生きていくのも人間・・・。

 大劇場公演『アナスタシア』、楽しそうです。チケットあるので心は飛んでいきたいですが、財布と時間と体力がそろわないのできびしい、東京宝塚劇場で会えることを祈りばかり。その前に14日のライブビューイングを目指して生き延びていかなければなりません。苦難の一年の終わりはみえず、今は14日を目指す、5日間フル稼働は果てしなく長い、気が遠くなるような長さ、どっさりと天引きされなければもう少し楽なのにね、ほんと苦しい。それでも生きることをあきらめてはいけないか、生きていればこその観劇・・・。







2018年『フェルメール展』-「マルタとマリアの家のキリスト」(2)

2020年11月28日 18時50分15秒 | 美術館めぐり
2018年『フェルメール展』-「マルタとマリアの家のキリスト」
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/4746712a778e601285af4899bc7384c1

(2008年『フェルメール展』公式カタログより)

「本作品の構図にイタリアやフランドル派の影響を思い起こさせるものがあると最初に指摘したのはE・トラウトスホルトと言われている。彼は、ヴァランシエンヌ美術館にある、ルーベンスの弟子であったフランドル人画家エラスムス・クウェリヌス2世の手になる作品との類似性を指摘した。両者には、キリストのしぐさ、腰を下ろし、頭を手にもたせかけるマリア、かごを手にして立つマルタ、後方の扉、伸びやかに描かれたひだ、そして豊かな色遣いなど、多くの類似点が認められる。クウェリヌスは、1656年にアムステルダムの市庁舎の天井画を手掛けているが、1650年代半ば、その仕事に向かう道すがら、デルフトに立ち寄ったと推測される。一方フェルメールもまた、1648年にミュンスター条約締結によりオランダ人に旅行の自由が与えられると、アントウェルペンに出かけ、くだんのヴァランシエンヌにある絵のかかる聖ミヒール修道院を訪ねたかもしれない。アントウェルペンでは美術品の取引が活発に行われていたから、フェルメールが、1652年に父親より譲りうけた画商ビジネスの関係でも同市を訪れていた可能性はあろう。(略)

 あるいは、フェルメールの作品がイタリア美術に着想を得たということもあり得よう。後年、フェルメールはイタリア絵画の権威として助言を求められているので、証拠は残ってはいないものの、若い頃にイタリアを旅した可能性もあろうというわけだ。後期作品《信仰の寓意》(ニューヨーク、メトロポリタン美術館)を除けば、本作品はフェルメールの唯一の現存宗教画である。画商ヨハネス・デ・レニアルムの1657年時点の財産中には「ファン・デル・メール」による《聖墳墓詣り》が言及されているが、現在は残っていない。

 本作品の主題はルカによる福音書を典拠とする。キリストはマリアとマルタ姉妹の家を訪問した。マルタが食事の支度をしているのを横目に、マリアはキリストの足もとに腰掛け、キリストの話に聞き入っていた。もてなしの準備はすべて自分がやっていると不平を口にするマルタを、キリストは「マリアは良いほうを選んだのだ。彼女からそれを取り上げてはいけない」と諭す。この対照的な姉妹の描写は「活動的生活」と「瞑想的生活」、すなわちカトリック教徒とプロテスタント教徒がそれぞれ、救済に至る最善の道と主張していた2つの相関連する功徳を具現化したものと従来は解釈されていた。絵画の伝統ではマルタは、後方で家事にいそしむ姿や、クウェリヌス作品のように、鑑賞者に背を向ける姿で描かれるなど、さほど重要視されないのが常である。しかし、本作品のマルタの役割は付随的なものではない。彼女は構図のまさしく中心に光を浴びて立ち、おそらくは聖餐を象徴する、質素なパンの食事でもてなしている。1995-1996年に開催されてフェルメール展の図録によると、伝統的なマルタの描き方から外れたこの描写法は、この物語をカトリック的に解釈したためだと示唆されている。「活動的生活」と「瞑想的生活」を融合した生き方によってこそ救いが得られるというのがカトリック教徒の信条であったからだ。エラスムスは、マルタへのキリストの言葉は中庸たることへのいさめであり、「どうしても必要なのは1つだけである」と言うことによって、物欲主義への傾倒に警鐘を鳴らしたのだと解釈している。

 本作品がフェルメールの手に帰されたのはようやく20世紀初頭になってからである。1901年、ロンドンの画商フォーブス・アンド・パターソンが所蔵していた折に本作品を洗浄したところ「I V Meer」という署名が現れた。しかし、作風がフェルメールの多くの作品と異なっていたため、当初は、ユトレヒト出身のヨーハン・ファン・デル・メールの作品と見なす者もいた。(略)本作品をかの有名なデルフトの画家の手になるものと最初に確認したのはウィレム・マルティンである。以来、フェルメールの真筆性が本格的に疑われたことは一度もない。リートケは、おそらく《ディアナとニンフたち》が本作品に先立って制作されたとしているが、このマウリッツハイス王立美術館の所蔵作品は様式も色遣いも1656年に制作されたドレスデンの《取り持ち女》に近いので、ほとんどの研究者はエディンバラの《マルタとマリアの家のキリスト》こそが、現存作品の中で、フェルメールが最初に手がけた作品だと確信している。」









月組『ピガール狂騒曲』-あし、あし、あし

2020年11月27日 23時24分12秒 | 宝塚
 楽しいことを書いて一日を終わりたいので少しだけ思い出し、紫門ゆりやさん演じるムーランルージュの衣装係フローレンスがたまきち演じる男のふりをしたジャンヌちゃんのサイズをはかるとき、アドリブなのかな、それとも台本どおり? メジャーをあてながら、「あし、あし、あし」と。腰の位置高いですからね。

わたし、「狂騒曲」の漢字を間違えていたことに今さら気づきました。ごめんなさい。

『WELCOME TO TAKARAZUKA』を監修してくれた坂東玉三郎さん、心配です。

苦難の一年はまだ終わらない

2020年11月27日 23時02分36秒 | 日記
来年の卓上カレンダーを購入しました
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/e5ba1c248b2a303a658fae60c28b8e6b

 一カ月後はクリスマスですが、9月23日に一縷の希望を失うことなくもうひとふんばりしてみようとこんなブログを書いていた自分にどんなことばをかけてあげればいいのかわからない残念すぎる状況だということがはっきりしました。わずか2カ月、たったの2カ月ですが長い2カ月、こんな時でもダメな所からは人が逃げるんですね、わたしの前に3か月で逃げた人がいたことを納得しました。残念、ほんとに残念すぎますが、上の管理能力不足、なんにもみえていない、、下の声がきこえていないのだから逃げられるの当然、わたしも逃げることを考えざるを得ません。1時からのお昼休憩、一分でも外に出ないとおかしくなりそうなので寒空の下公園でコンビニのおにぎりとサンドウィッチ、さぞ奇妙な様子だったでしょう。そこから相談員さんに来週のどこかで夕方時間給とって訪ねたいと電話、公園にいると話したらホームレスみたいじゃないって、いやでも逃げ場所なくて仕方ないんですなどなど話したらそりゃわたしでもいやだわと。

このままでは自分が可愛そうすぎるので帰りにアフタヌーンティーで早い夜の食事、いつも食べるパスタとスィーツのハーフサイズのセット。わたしの安い時間給より高いのでこんな優雅なことができる身分ではない、ホームレスになるまではまだありますが、もうあとはないんですよね、でも4日稼働でも長かった一週間の終わりがホームレス状態ではあんまりだから、自分へのいたわり。

10月半ばの更新の時にこのギリギリ状態に気づくべきでしたが、調子いいこと言われて都合の悪いところはごまかされて、二週間ほどの自分にはそこまで見抜くことができませんでした。その時は訪問もあるようなことまだ言っていたし、まさか何の事前説明もなく1時からお昼をやらされるとは思っていませんでした。昨日回覧された来月の予定をいやだけど数えてみました。平日の稼働日数、そのうち9回、1時からのお昼をやらされるのだと知りました。もうやらされるという感覚しかもてないのですが、わたしがこれはきついからかえてくださいと言っても人はいない、本来4人のところを2.5人になっているのだからいない、いないんだから、こうなることを何カ月も前からわかっていながら手をうたないままきた上がやればいいのよ、あほかってね、そのことばしか出てこないです。

残念ですけど、ものすごく疲れる大変なことだっていうことを全くわかっていない。わたしの経験不足ということもありますが、今日は朝のわりと早い時間帯にむずかしい話があり、慣れないわたしは言葉を選びながらポイントを聴き取ることにかなり神経を使ったのだろうと思います。終わった時に激しい疲労感、すごく時間がたったような気がしましたが期待したほど時間はたっていませんでした。そこから1時間で果てしなく長い時間をお弁当の匂いが漂う中坐り続けなければならないのは疲れました。頭と心が疲れました。もう一日が終わった感覚、これを来月は半分近くお前がやれよってか。ニコニコニコニコ、一見ウエルカムムードはこういうことでした。


これで5日間フル稼働は長い、果てしなく長い、1月末まであとなんかいあるのか。あとはないですが自分がこわれるまではやれない、これで死にたくはない。

残念、ほんとに残念ですけど、わたしにはクリスマスもお正月もこない、いやそれでも時は流れクリスマスもお正月もやってきてくれるのでしょうか。

苦難の一年は終わりません。



 

雪組 『f f f -フォルティッシッシモ-』『シルクロード~盗賊と宝石~』- ライブビューイング決定

2020年11月26日 22時09分49秒 | 宝塚
 コロナによる舞台中止で、退団日が変更となった雪組トップコンビの退団公演、2月8日(月)宝塚大劇場千穐楽のライブ配信とライブビューイングが決定しました。今はライブビューイングのチケットがゲットできなくてもライブ配信があるから安心ですね。人気コンビの退団公演に上田久美子先生の作品とあっては競争率の高いの必須。その時自分はどうしているのかわかりませんがライブビューイングの先行抽選に申し込もうと思います。無事に今年を終えることができるかどうかすらわからないので来年の手帳を買っていませんが予定に入れます。その時まで生き延びます。

 ここはちょっと泣き言ですが、今日初のお昼休み1時開始、明日も同じ、そして来月どっさり同様に入れられていることを今日知りました。事前の説明なかったし、こんなギリギリ状態になる前に手をうたなかった上が現場の最前線に立つべきじゃないと思いますができないのでどうにもなりません。現場がこれじゃあ持たないのでやるしかないですが逃げ場なくずっとこれで5日間フル稼働も頭も体も心もきつい、どこまで持ちこたえられるのか。きついです、ほんとにきつい。祝日のない1カ月の予定をまとめてみるとげっそりはきそうになるので一日ずつしかみないようにします。平日の一週間は果てしなく長い。事前の話と違いますがいるかぎり逃れることはできないので一日、また一日とやっていくしかないです。

 コロナがなければ観劇することはなかったのぞコンを東京宝塚劇場で観劇できたという奇跡。日比谷シャンテのキャトルレーヴで雪組公演のチラシは一人一枚までカウンターにて配布とあり、さすが人気のだいきほと思いました。無事に初日の幕があくことを祈ります。そして無事に千穐楽までたどり着けるようにと祈ります。

 コロナがなければ存在し得なかった望海風斗さんの2021年パーソナルカレンダー、ファンにとっては言葉にしようのない喜びがありますよね。奇跡のカレンダー、私も買おうかしら。キキちゃんのもね。24日に発売されたので22日のキャトルにはまだありませんでした。残念、なんとか無事に生き延びて12月29日のキャトルでね。チケットは友の会の発券機で発券してきました。幻にならないでほしいし、無事に生き延びるのですよ、自分・・・。

ミュージカル『プロデューサーズ』

2020年11月26日 20時55分59秒 | ミュージカル・舞台・映画
ミュージカル『プロデューサーズ』
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/7b5273229cf3e9e1cd7197d2d804f9d7

 東急シアターオーブにて上演中のミュージカル『プロデューサーズ』、東京だけの上演なんですね。観劇できてよかったです。生演奏、久しぶりの上垣聡先生が井上芳雄さんの凄さをブログに書かれています。ほんとに凄い!

井上芳雄くんの凄さ!
https://ameblo.jp/saty0221/entry-12639920373.html

 東宝初演『エリザベート』のルドルフで舞台デビューしたとき、ひょろっと細かったことを思うとここまで成長した姿はたのもしいかぎりです。劇場再開後、ライブ配信もふくめて毎日どこかの稽古場、どこかの劇場に立ち続けている芳雄さん。こうして芳雄さんの舞台が続くかぎり、日本の演劇界は大丈夫という安心感。身体に気をつけて舞台をつとめ続けていただきたいです。

 ばかばかしいといえばばかばかしいことを全力でやることの凄さよ、久しぶりに笑いました。終演後の劇場内は、楽しかったという声があちこちから聞こえてきて、心なしかみなさん軽やか。笑うって大切ですね。こんな時こそ笑い!

 ミュージカル『プロデューサーズ』、PCR検査をへて後半に入ったそうで、無事に千穐楽を迎えられますように・・・。
 






月組『ピガール狂想曲』-ラインダンス

2020年11月25日 22時31分10秒 | 宝塚
『ピガール狂想曲』、フィナーレのロケットに男役さんが多かったのは、直後にたまきちと娘役さんちの群舞が控えているからなのか、娘役さんたちは通常人数だから、下級生は二手に分かれての出演で、ロケットに上級生の男役さんまで駆り出されたということなのか、なるほど、なるほど。背が高い方ばっかりだし、芸に磨きがかかっているから迫力ありました。今だけの貴重なラインダンス、必見です。

キキちゃん付箋、持って帰ってきました

2020年11月25日 21時23分39秒 | 日記
 昨夜、脳みそぐにゅぐにゅで眠剤のんでのんでようやくねつけたのが4時頃、それで6時の携帯アラームで起きて出勤。郷里近郊の10カ月とこの2カ月で雇用保険12カ月加入はクリアできたのでもう行かなくてもいいかなと思いましたが、時間外の電話に出た上に心配されるのも面倒だし、1月末まで有給休暇は3日しかないので出勤しました。立っているだけでもつらいはずの状態で出勤。夕方、金曜日にとるつもりだった2時間給とってかかりつけ医にいきました。眠剤、高齢者にだす弱いものでは眠れないのでもとに戻してほしいと。中毒になってもいいなら出す、睡眠障害がこのまま続くようなら心療内科を受診した方がいいとも。1月末までなんとか持たせるためにと思ってのことですがその前に自分こわれてしまうのかもしれません。いま収入の道を失ったらもうあとはない、わたし終わりです、それでも逃げた方がいい状況。

 残念ですが、ほんとに残念ですが、キキちゃんのスター付箋にメモ書きをしていくつもクリアシートの下にはさんでいたのを全部はがして持って帰ってきました。キキちゃんを破るわけにはいかないですが内容はもうどうでもいい。2カ月前、人の力になれる仕事だという希望、死ぬまで働くしかないので働けそうなら近くに越してきてとか一縷の望みを抱いていたような気がしますが、2カ月たたないうちにぶっとんでしまいました。わたしの前に3か月がんばった人がいたみたいですが、その時よりもさらに一名欠員で状況は悪化しています。ガタガタガタガタ、来月の予定がやっと出てきたところで本来の業務ではないことをやらされるおばちゃんの不満とストレスはさらにすさまじく朝からずっとグチ、悪口、噂話。逃げ場所はないので昼休みの休憩所でもきこえてくる。長いからかおきき?であっちでもこっちでもグチまくっている姿のみかけます。朝の朝から、グチられた人のグチまできこえてきてしまいます。訪問で外にでることもないので毎日朝から一日中こう。まとまりのないどんよりとした空気とすさまじいおしゃべりパワー。この中に坐って顔がみえず実感ほとんどもつことのできない、脳みそぐにゅぐにゅなる業務をやらなければならないの、ものすごくきびしいです。

タカラジェンヌのメモ用紙が机の上にあるの気になるの声かけてくれた人が何人かいるので、わたしが帰ったあと、なくなっていることに気づかれているのかも。机の中の荷物も持ち帰ってきています。1月末まであとまだ2カ月、5日間フル稼働が何週もあるんですよね、遠いしそこまでもつのかもたないのか。ニコニコニコニコいい顔されるのも、こうして落とし穴が待ち受けるわけで考えものだとわかりました。逃げられまいと必死だったということのようです。明日と明後日なんの説明もないまま昼当番、やらされ感しかもてないことが哀しいです。残念、ほんとに残念、自分にかけてあげることばがみつかりません。逃げても逃げなくても、どちらもじごく。

不要不急の外出は控えてとか、何が不要不急かは人によって違うし、それによって収入を失う人がどれだけいるのか。

劇場の灯りよ、消えないでほしい。『アナスタシア』の大劇場公演、千穐楽まで無事にたどり着けますように。

こんな泣き言ブログにキキちゃんのお写真、使ってしまいました。キキちゃん、ごめんなさい。

オペラグラスを持ち歩いていました

2020年11月24日 21時57分01秒 | 日記
 3連休明け、トートバッグがいつも以上に重いと思ったら、土日にお世話になったオペラグラスが入ったままでした。帰ってくるまで気づかず、乗り換え駅のスーパーで買い物もしてきました。気持ちのせいではなく本当に重かったのでした。オペラグラスの重さは嬉しい重さ。劇場にたどりつくまでの苦しい時間は一秒一秒果てしなく長く、幸せな時間はあっという間。劇場の中はけっこう階段をのぼったりおりたりするので足腰が健康でないときびしい、こうして無事に来ることができて本当によかったと思いながら土曜日は東急シアターオーブの長い階段を、日曜日は東京宝塚劇場のせまい2階席の後方の階段をのぼりました。

 『RENT』、シアタークリエと愛知公演も中止、状況が落ち着いたら公演できることをただただ祈るばかりです。Show must go on!舞台は不要不急ではなく心の糧。

 こんな夜に星風まどかちゃん、ミュージックサロンの発表、気になりますね。3年前『神々の土地』の中でオリガと共に成長していったまどかちゃん、アーニャの歌がすばらしいという感想をたくさんみかけるので『アナスタシア』のライブビューイング、楽しみでしかないです。先行抽選に申し込まなくちゃね。一昨日日比谷シャンテのキャトルレーヴで『アナスタシア』の大劇場公演プログラムも買ってしまいました。待ちきれませんでした。プログラムを開いただけでもすごく楽しそう、わくわくします。無事に千穐楽までたどり着けますように・・・。

 気がつけば一年前と同じことを繰り返している自分、苦しんで苦しんで苦しんで半年以上かけておぼえていくはずのことをまた短期間でつめこみ、脳みそぐにゅぐにゅになっている日々はお昼の息抜きの逃げ場所もないので、ただただつらく長く、契約終了をめざす消化試合。残念ですがまたこうなってしまいました。この先の自分に未来があるとは思えず、一年後はこうして観劇することはもう無理かもしれません。だから今、明日のことは誰にもわからないので今。『アナスタシア』のライブビューイングを目指して生き延びていく、そのために明日の朝もバスに体を乗せる、それだけ。逃げるなら次の準備をせねばで、私の前の人は準備をして3か月で逃げたようなので私もそうせねばで、また引っ越しもしないとかもしれませんが今はきびしいです。何をやっているんでしょうかね、自分なんですが、コロナと気温乱降下の中、こうして生き延びていくだけでもいっぱいいっぱいでね、苦しいです、生きることが。結局自分の人生、母の病気と妹の死から抜け出すことができない苦しい人生なのかと・・・、わかりません・・・、やめましょう・・・。

「今もなお世界中が見えない敵と戦い続けている中で、演劇の使命と存在意義はどこにあるのか。時に不要不急という言葉で括られてしまうエンターテイメントの仕事だが、我々の願いはただひとつ、束の間苦しい現実を忘れ、お客様が劇場でひとときの夢に酔ってくださればそれ以上の喜びはない。」(作・演出;原田諒『ピガール狂想曲』東京宝塚劇場公演プログラムより)