米国系化粧品会社の日本法人「エイボンプロダクツ」の大熊映子マネージャー(36)は、入社後、上司の面接を受け将来の希望を聞かれた。同社には年に一度直属の上司が部下全員に人事考課の結果を説明し、将来の向上に何が必要か、昇進の希望があるなら何をすべきか助言する仕組みがある。部下のキャリアアップは、「管理職の義務」なのである。大熊さんは、英語力を強化するよう助言され、週二回ほど、仕事のあとで語学学校に通った。会社から8割の授業料補助が出た。
「こんなふうにして欠点を補い、何を次にすべきか考えているうちに管理職になっていた、ということです」と言うのである。
ここには、形式的に回ってくる異動希望を前に立ちすくむ、(日本の上場企業の主任)大川のような姿はない。残業も「しないほうが当り前」。仕事が残れば仕方がないが、残業が毎日のように続くとすれば、それは管理職の仕事の配分が悪く、一人に偏り過ぎているか、一つの部に集中しすぎているか、または、仕事の割に人員が少なすぎるか、いずれかが原因というのである。こうした点を是正するのも管理職の責任になる。
どれだけ周囲の人に自らを合わせ、どれだけ長い時間を会社のために費やすかより、一定の時間でどれだけ効果を上げられるかが問われる。「知恵の勝負」である点、より厳しい要求とも言えるが、同時に、家庭責任を果たしたい人間でも「知恵」があれば昇進は可能、ということでもある。
まず女性をあらかじめ競争の圏外に振り分け、次に有り余る男性たちを競わせ、競争についていけない部分を振るい落していく人海戦術風の戦後日本の人事管理では、会社はひたすら自分の要求を一方的に設定して、これについてこられない人間はただ置いておけばよかった。同じ水準の多数の人間の中から、会社の規格により適した人間をえり分けるだけなら、この方式で十分だったのかもしれない。作れば買ってくれる米国などの大市場があったから、常に会社の外の情報に触れ新しい市場の創出に神経を使う必要もない。特に管理する側に人間の配分を計画的に行う近代的ノウハウが備わっていない職場の場合には、いつも近くにいてくれて呼べば駆けつける長時間会社滞在型の社員は確かに便利である。
しかし、こうした従来の「管理」の前提となる条件は、今や大きく変化してしまった。中でも、看板だけでは人を集められず、良い人材を早急に育てねばならない新しい企業の場合は、こんな慣行を続けてはいられない。
さらに、「女性も昇進できる制度」は、①日本人の男性②社命への無条件服従③自己主張しない家族、の三条件を満たさない人でも昇進できる評価制度を意味する。そして、この三条件を持たない労働力が、現在の日本では急速に増えているのである。
(竹信三恵子著『日本株式会社の女たち』1994年、朝日新聞社発行、114-117頁より抜粋して引用しています。)