阿部ブログ

日々思うこと

京都大学のiPS細胞研究所 ~ 内部階段と遺伝子周期表~

2014年07月30日 | 雑感
京都大学のiPS細胞研究所(CiRA:サイラ)を訪問し、iPS細胞について様々お話をお聞きする機会を得た。iPS細胞研究所は30の研究グループと300名の研究者から構成される研究所で、所長は山中伸弥教授。
      
iPS細胞は、人工多能性幹細胞の事。2006年に誕生。人工多能性幹細胞はinduced pluripotent stem cellの頭文字を取ってiPSと命名。iPS細胞は、人間の皮膚などの体細胞に、4つから6つ程度の遺伝子を導入し、数週間培養することによってできる、様々な組織や臓器の細胞に分化する能力とほぼ無限に増殖する能力をもつ多能性幹細胞。

iPS細胞とは別に、以前から研究されているES細胞がある。ES(胚性幹)細胞は、生殖細胞を利用する事から倫理上の問題有との指摘を受け制限されている。ES細胞による研究は現在も行われているが、不妊治療などで未利用/廃棄する受精卵を患者の許諾を得て譲り受け研究利用。ES細胞はマウスで1981年に検証され、ヒトでは1998年に検証済み。

iPS細胞の初期型は、Oct3/4、Sox2、klf4、C-Myc(←実はガン源遺伝子)の4遺伝子によるレトロウィルスで細胞を初期化していた。ヒトでは2007年に実証。この功績をもって2012年に山中教授がノーベル賞を受賞。現在はOct3/4、Sox2、klf4、L-Myc(C-Mycはがん源遺伝子なのでL-Mycに変えた)、LIN28、p53siRNAを組込むエピソーマルプラスミドで細胞を初期化している。因みにエピソーマルプラスミドは、初期化する遺伝子は後に消えてしまうので、後からiPS細胞の由来検証は出来ない。レトロウィルスはそうではなく、細胞の由来を検証可能。
(※因みに米国チームは、OCT4 and SOX2, NANOG and LIN28で細胞を初期化)

iPS細胞は、細胞移植などの再生医療以外にも、毒性検査、病態再現、創薬に使える。iPS細胞の研究では、加齢黄斑変性の再生医療が進んでいる。早晩治験許可がおりる。この加齢黄斑変性の再生医療は神戸にある理化学研究所の高橋政代博士が行っている。眼では、網膜色素上皮細胞による再生医療の実績あり。但しこれはES細胞での実績。パーキンソン病の再生医療、これはドーバミン産生神経細胞の異常からドーパミンが生成されなくなることで発病する。これはiPS研究所の高橋淳博士が担当。来年には人の再生医療を申請する予定。血液疾患への応用。現在の医療技術では造血幹細胞を人工的には作れない。血液疾患の場合、巨核球と赤血球前駆細胞などをiPS細胞で再生させる事になるが、課題は大量にiPS細胞が必要になる点。この研究は、当研究所の江藤浩之教授が実施。

iPS細胞による再生医療は限定的で、治療に使える細胞を作るのに数か月から半年かかる。この為、iPS細胞のストックが重要。健康なドナーさんから血液を採取。これは日赤と提携して実施している。とてもiPS研究所だけでは無理。例え京都大学病院が隣で協力関係にあろうともだ・・・。iPS細胞の培養時間短縮の為、事前にiPS細胞を調製する細胞調整施設(FiT)を整備して、ここにストックする。要請があればFiTからiPS細胞を国内の研究機関や病院に分配する。これで最初から培養する時間を大幅に短縮する事が出来ると考えている。仮に70本人分のiPS細胞がストック出来れば、日本人を対象にする再生医療の80%に対応可能と試算しているとの事。

世界的にはALS(筋萎縮性側索硬化症)の状態を再生する研究が注目されている。しかし難病克服の為とはいえ、患者から直接ALS細胞を採取する事は流石に憚れる。そこでALSの患者から許諾を得て皮膚などの細胞を採取し、iPS細胞から運動神経細胞を再生する取り組みがなされている。自家細胞からのiPS細胞分化なので多分、患者と同じ運動神経細胞が再生するとの仮説。研究成果としては、ALSの患者さんからのiPS細胞から分化した神経細胞の突起が延びない事を検証しており仮説が正しい事が証明されている。今後は、神経細胞の突起が延びる処方を探求している。
アルツハイマー病には個人差がある事が分かっている。例えばアミロイドβが溜まっている人と、逆に溜まっていない人などなど個人差がある。将来的には、それぞれの個人差に適合した個別化医療とか先制医療が可能となるかもしれない。研究者は、井上治久教授。

iPS細胞はデファクトでは、神経細胞になる傾向があるようだ。細胞分化のポイント・ポイントで調整しながら望む細胞を得る努力をしているのが現状。ES細胞と比較してiPS細胞は、振れ幅が大きい特徴がある。ES細胞はその由来が判明しているのが特徴。しかしES細胞が良いかとか、iPS細胞が良いとか単純には判断できない。

以下、徒然なるままに書いてみます。

○再生医療にはどのくらいのiPS細胞が必要か?
血液の場合にはiPS細胞約400g程度の量が必要。眼の加齢黄斑変性の場合にはほんの少しのiPS細胞で大丈夫。

○自家細胞によらないiPS細胞による再生医療の場合の対応は?
自家遺伝子でないiPS細胞を移植する場合、遺伝子のHd型6座を調べて合致すれば移植しても拒絶反応が出ない可能性が高いと判断される。しかし拒絶反応のメカニズムは明確ではなく、遺伝子Hd型による判断は完全に大丈夫とは言えない。多分に拒絶反応が起きる可能性が低いとは言えると言う程度。

○米国ではiPS細胞分野への研究への投資が莫大である。しかし再生医療に傾いている日本とは異なり、米国では創薬系のiPS細胞研究が主流である。iPS細胞による再生医療分野は米バイオベンチャーからすると資金回収が難しいリスクありと判断しているようだ。逆に日本企業は、iPS細胞による創薬研究に目を向けない傾向がある。創薬だとiPS細胞の検証をする必要がないので、創薬リスクは低いはずだが、何故か日本企業の取り組みは遅れているのは残念。

○良く言われるiPS細胞の癌化リスクはほぼ無い。研究者は、iPS細胞は癌化しませんとは、絶対に言わない。聞かれれば癌のリスクは有りますと言う発言になる。この為、iPS細胞には癌化のリスクがあるとの認識が一般に広がっているが、医療に用いるiPS細胞に癌の問題無い。iPS細胞研究の第一線では、悪性腫瘍(=癌)より良性腫瘍の方が今は課題。

○iPSアカデミージャパン社長によると、iPS細胞の大量培養技術の確立は日本の最大の課題。元々のiPS細胞は米国からの輸入品であるとの事。

個人的には、iPS細胞の3次元化に関心ありだが、これはかなり難しいと言うことだ。

京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の10年目標(2020年まで)は以下の通りとの事。
(1)基盤技術の確立と知財の確保
    →京都大学による基本特許成立国は29ヶ国1地域。2014年3月現在)。
(2)再生医療用iPS細胞ストック構築
    →目標としては75種類のiPS細胞をストックする事。
(3)再生医療の臨床試験を開始
    →難病系ではパーキンソン病、糖尿病、血液疾患など。
    →加齢黄斑変性の再生医療。
(4)患者由来iPS細胞による治療薬開発(難病、希少疾患など)
    →この分野が一番有望か?

                  

今、iPS細胞研究所の隣では、第2研究棟が建設中だ。第2研究棟は、地上5階、地下2階、延床面積5,478.53㎡。第2研究棟と第1研究棟とは渡り廊下で繋がるようだ。因みにiPS細胞研究所の2階から上の研究フロアーは、内部階段で移動できるようになっており、これは山中所長の意向が反映されているとの事。これは良い。内部階段を設けてコミュニケーションを誘発することは、清水建設本社ビルの設計部でも見た。越中島の研究所も内部階段で移動できるようになっており狙いは同じだ。
※過去ブログ:清水建設本社ビルが凄い ~ CASBEE Sランク、LEEDゴールド認証~

最後に、iPS細胞研究所の3階には、ハイパフォーマンス・コンピュータを有する情報処理の部隊が入居している。神戸にあるスパコン「京」ともオンラインで接続されている。このiPS細胞研究所にはITを駆使して遺伝子の周期表を作ろうとしている研究者がいる。増殖分化機構究部門の藤渕航教授だ。是非とも研究を完遂して欲しい。


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