18日からは七十二候の一つ『蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)』でした。
このところハウスの建設でバタバタしていて、
風情を楽しむ余裕が無かったです。
蟋蟀在戸とは蟋蟀が戸口で鳴く頃のこと。
キリギリスじゃなくコオロギとの説もあるようです。
秋が深まるにつて野山にいた虫たちも心なしか寂しくなり、
人恋しくなる気持ちを表現しているのかもしれませんね。
朝晩はホント寒いくらいでいつ暖房をつけようか思うくらい。
でもまだ10月半ばだからと我慢している。
昨日の昼間は雲一つない秋晴れで、
我が家を塒と決め込んでいる雀君が軽やかに歌っていました。

暫くは傘マークも無く汗は出ないので、
農人にとっては畑へ行く時間が増えそうです。
雀って冬の季語という記述もあったが、
一年中姿を見るから多くは季語にならないとのネット情報です。
だから俳句はいっぱい詠まれていますね。
小林一茶と雀は春が多い
雀の子 そこのけそこのけ 御馬が通る
我ときて 遊べや親の ない雀
若くして実母を亡くし苦労した人生観が子雀に置き換えられて、
詠む人の心を揺さぶられます。
因みに秋は小こんな句を詠んでいます。
猫の子の ちょいと押さえる 木の葉かな
けふからは 日本の雁ぞ 楽に寝よ
名月を とってくれろと 泣く子かな
とても及びませんが秋の雀で拙句です。
< 主は我と軒で眺む秋雀 >