◎このハウス、ひとつ値段ばかり話す(横浜の日本商人)
服部之総の随筆集『moods cashey』(真善美社)(初版1947)から、「Moods cashey」という随筆を紹介している。本日は、その三回目。
会話篇となると、いよいよ怪しくなる。
「乞ふ卒直に余の言をなさん、余は他の日本商人とひとしかしらず、余の商品の値段を一言にして請求するのみ、これ余の家憲なり」=Watarkshee atcheera kooni maro maro arimasu. Kono house stoats neigh dan backhary hanash.
いずれ劣らぬスーヴェニール〔みやげ〕――もっとも、その品々は、今日の日本人が見たら、よだれのたれそうなものばかりであつただろうが――をならべている日本商人が、私の店にかぎつてお値段のかけひきはございません、と言うのである。それが、コノ ハウス ヒトツ ネダン バカリ ハナス となる。これにたいして、買手の外人が、
「余は汝の良識を讃美せん。思うに汝は汝の国民の品位をたかむることを望むなるべし。しからば汝はダラーの代りにキンサツにて代償を受取るや必せり」=Walk-arimas, nei dan your a shee, Kinsatz sinjoe arimas. ワカリマス、ネダンヨロシイ、キンサツ シンジョー アリマス。これだけで、かの長仁義をきったつもりだから、おかしい。金札というのは、もしそれがたんに「紙幣」を意味するピヂン・イングリッシュでなく、正確に「金札」とよばれた特殊の紙幣を指してゐるとすれば、幕府の勘定奉行小栗上野介〈オグリ・コウズケノスケ〉の発案で慶応三年夏以来、神戸開港を機として大阪の半官半民の金融および貿易機関たる「商社会所」から発行されたものである。鴻池〈コウノイケ〉をはじめ関西財界の巨頭連が強制的に株式をもたされて設立されたものであるが、二度目の長州征伐に負けたあととて、関西方面での幕府の信用失墜して、この金札は兌換紙幣だったにかかはらずほとんど信用されず、たちまち取付〈トリツケ〉にあうといふ有様だつた。これが「金札」と呼ばれたのにたいして、時を同じくして横浜で、居留地かぎり通用といふことで、同じく幕府が横浜の関税収入を引当〈ヒキアテ〉として、三井家から発行させた紙幣を「銀札」と称した。それ以前にはおよそ外人が使用しうる日本紙幣といふものは存在しないのだから、問答にでてくるキンサツがこの銀札であるにせよかの金札であるにせよ、ことがらが慶応三年以後にぞくしてゐることだけは間違ひがなく、三百年の屋台骨まさに崩れんとして、いちはやく日本人の商業社会からサツの見放されていたこともまた間違ひがない。
そこで日本商人はつぎのごとく語つて堂々とことわる――
「日本帝国政府の紙幣の価値暴露せるをもつて、余の協同経営者久しく不在なる間、汝の善言に従ふことを得ざるなり」
こう英語でちやんとその会話例の欄は書いてあるのだが、右側の、これを翻訳したヨコハマ・ジャパニーズの欄には、なんと、単に――Kinsatz yah dai oh, dora your a shee. 〈4~7ページ〉【以下、次回】
服部之総の随筆集『moods cashey』(真善美社)(初版1947)から、「Moods cashey」という随筆を紹介している。本日は、その三回目。
会話篇となると、いよいよ怪しくなる。
「乞ふ卒直に余の言をなさん、余は他の日本商人とひとしかしらず、余の商品の値段を一言にして請求するのみ、これ余の家憲なり」=Watarkshee atcheera kooni maro maro arimasu. Kono house stoats neigh dan backhary hanash.
いずれ劣らぬスーヴェニール〔みやげ〕――もっとも、その品々は、今日の日本人が見たら、よだれのたれそうなものばかりであつただろうが――をならべている日本商人が、私の店にかぎつてお値段のかけひきはございません、と言うのである。それが、コノ ハウス ヒトツ ネダン バカリ ハナス となる。これにたいして、買手の外人が、
「余は汝の良識を讃美せん。思うに汝は汝の国民の品位をたかむることを望むなるべし。しからば汝はダラーの代りにキンサツにて代償を受取るや必せり」=Walk-arimas, nei dan your a shee, Kinsatz sinjoe arimas. ワカリマス、ネダンヨロシイ、キンサツ シンジョー アリマス。これだけで、かの長仁義をきったつもりだから、おかしい。金札というのは、もしそれがたんに「紙幣」を意味するピヂン・イングリッシュでなく、正確に「金札」とよばれた特殊の紙幣を指してゐるとすれば、幕府の勘定奉行小栗上野介〈オグリ・コウズケノスケ〉の発案で慶応三年夏以来、神戸開港を機として大阪の半官半民の金融および貿易機関たる「商社会所」から発行されたものである。鴻池〈コウノイケ〉をはじめ関西財界の巨頭連が強制的に株式をもたされて設立されたものであるが、二度目の長州征伐に負けたあととて、関西方面での幕府の信用失墜して、この金札は兌換紙幣だったにかかはらずほとんど信用されず、たちまち取付〈トリツケ〉にあうといふ有様だつた。これが「金札」と呼ばれたのにたいして、時を同じくして横浜で、居留地かぎり通用といふことで、同じく幕府が横浜の関税収入を引当〈ヒキアテ〉として、三井家から発行させた紙幣を「銀札」と称した。それ以前にはおよそ外人が使用しうる日本紙幣といふものは存在しないのだから、問答にでてくるキンサツがこの銀札であるにせよかの金札であるにせよ、ことがらが慶応三年以後にぞくしてゐることだけは間違ひがなく、三百年の屋台骨まさに崩れんとして、いちはやく日本人の商業社会からサツの見放されていたこともまた間違ひがない。
そこで日本商人はつぎのごとく語つて堂々とことわる――
「日本帝国政府の紙幣の価値暴露せるをもつて、余の協同経営者久しく不在なる間、汝の善言に従ふことを得ざるなり」
こう英語でちやんとその会話例の欄は書いてあるのだが、右側の、これを翻訳したヨコハマ・ジャパニーズの欄には、なんと、単に――Kinsatz yah dai oh, dora your a shee. 〈4~7ページ〉【以下、次回】
Kono house stoats neigh dan backhary hanash. を「コノ ハウス ヒトツ ネダン バカリ ハナス」と読むことは、どうにか理解できる。しかし、その前の Watarkshee atcheera kooni maro maro arimasu. は、どう読むのだろうか。あるいは、「ワタクシ アチラ クニ マロ マロ アリマス」か。もし、そう読むとしても、「まろまろ」は、どういく意味なのか。
「キンサツ シンジョー アリマス」の「シンジョー」は、おそらく、「進上」であろう。
引用の最後にある Kinsatz yah dai oh, dora your a shee. がまた難物(難読)である。あるいは、「キンサツ ヤダヨ、ドル ヨロシー」と読むのか。
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