◎戦時中の日本は「戦時共産主義」だったのか
この夏、古書店で、『総天然色で見る日本の終戦』(メディアボーイ、二〇〇八)という本を入手した。付録に、当時のカラーフィルムを収めたDVD(三〇分)がついている。
DVDの映像も含め、なかなか興味深い本だとは思ったが、そこに盛られている「史観」が気になった。
たとえば、同書一六ページには次のようにある。
統制経済は事実上の共産主義体制であり、実際にソ連の指導者であるレーニンは、誕生したばかりの同国でラーテナウの方法論を模倣し、これを戦時共産主義と呼んだ。一方の永田〔鉄山〕は、この経済システムを国家総動員体制と呼んだ。戦時経済、統制経済、計画経済、戦時共産主義、国家総動員体制は、言葉は違っても同じ制度を指し示している。こうして、日本とソ連は、ドイツを模倣対象としたために、奇しくも似たような道を歩むことになったのである。
ただし、日本では一九三五年八月に、人事抗争が原因で、永田鉄山が暗殺されたために、陸軍による軍事独裁が停滞した。永田に替わって統制経済を推進したのは革新華族の近衛文麿だった。一九三七年に内閣総理大臣に就任した近衛は、一九三八年に国家総動員法を成立させることで、総力戦を完遂するための国家総動員体制を成立させた。
すなわち、戦中の国家総動員体制は、「戦時共産主義」という説明になっている。
この論でゆくと、ナチス経済も当然、「戦時共産主義」ということになるが、この本によれば、日本の国家総動員体制は、ナチス経済ではなく、ラーテナウの方法論を模倣したものだという。
ラーテナウというのは、同書によれば、第一次大戦中のドイツで、軍需省軍需物資局長に就任していたユダヤ人の企業経営者、ヴァルター・ラーテナウのことで、彼は一九一七年に『来るべきことについて』という著作を発表しているという。
戦中の日本における国家総動員体制が、「戦時共産主義」だったというのは、かなり大胆な見方だが、こうした見方は学説として認められているのだろうか。
治安維持法は、私有財産制を否定する共産主義思想を取り締まるものであった。この法律が戦中に猛威を振るったことはよく知られているが、この本が提示している論に立つと、「戦時共産主義」下において、共産主義思想を取り締まる治安維持法が猛威を振るったという妙なことになってしまう。
なお、『総天然色で見る日本の終戦』の著者は、中西正紀・瀬戸利春・桂令夫・磐篠仁士の四氏で、巻頭には、東京工業大学大学院社会理工学研究科価値システム専攻教授・田中善一郎氏の推薦文が付されている。
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