前回はお金と時間がどちらが大切か、
それはもちろん時間ですよね、
というお話でした。
今回はそれではOzakiも含め、
我々はお金よりも時間を大切に
しているだろうか?というお話です。
必要最低限のお金を稼ぐために
自分の時間を使うのは致し方ないこと。
ただし、その時間があまりにも長く、
自分がやりたいことをやる時間が全くない、
となるとちょっと考え物です。
以前にもお伝えしましたが、
いつ何時、どんな形で自分の人生が
終わってしまうのか、誰もわかりません。
やりたいことをやらないままに、
死んでしまう、という人生だって、
十分にあり得るわけです。
そうとわかっているのであれば、
24時間すべて、は無理でも、
有限な人生の中で、一日少しだけでも
自分が心の底からやりたいと願うことに
取り組む時間を持ちたいとOzakiは思います。
別の言い方をすると、
自分がやりたいことをやっていない時間は
給料というお金と引き換えに時間を
「切り売り」している、とも言えますね。
本当は大切な時間を価値の低い
お金と交換している、ということになります。
Ozakiはなにもサラリーマン的な
仕事の仕方を貶めているわけではありません。
Ozaki自身も含め、やりたいこと、
知識・経験を積みたい分野に関われるならば、
安定的な収入を受け取り、
会社という「カンバン」を借りて、
やりたいことに取り組めるわけですから
こんなにオイシイ話はありません。
ですから、決してサラリーマン的な
時間の使い方はアカン!ということを
いいたいわけではないのです。
他方、もっと自由に時間を使いたいのに、
給料をもらうことで、
それが阻害されているとすれば、
その時には時間の価値を最優先したほうが
いいのではないか、とも思います。
実際に体験してみて初めて
感覚がわかるようなことは多いもの。
関連の情報収集や文献での勉強をしても、
やってみたいことの実態がわからなければ、
とにかく身をもって体験する時間が必要です。
既にその分野に取り組んでいる方の話を聞く、
休暇を使って自分で体を動かしてみる、
外部の友人と自分たちが取り組む際の
イメージを交換してみる、
などなど、
実体験を伴う活動に時間を使う機会を
年に何度かは作ってみてはどうでしょうか?
なにも取り組まずにある日突然人生の
幕が下りてしまう人生と、
例え最初はうまくできなかったとしても、
やりたいことの経験値を積んだ上で、
試行錯誤中に時間切れになる人生、
どちらがいいのでしょうか。
お金がなければ生活はできません。
すべての時間をお金にならない活動に
費やしていては当然生活できません。
ただし、お金は使わないという
選択肢がありますが、
時間は目に見えないものの、
好むと好まざるとに関わらず、
どんどん消費しているという事実を
頭の片隅に置いて日々生活したい、
と考えるOzakiです。