36℃の経年優化

日々一歩一歩自然体で成長し、経年優化を実現するための奮闘ブログ

体調管理は最高の機会損失対策

2019-11-09 00:43:04 | 仕事術
 先週は珍しく体調を崩してしまったOzakiです。
このメルマガを開始してから最初の4年ほどは
毎年9月~10月に体調を崩していました。
(メルマガをお休みするタイミングが
 毎回9月か10月だったので、気づきました)

 毎年同じタイミングで休むわけにはいかない、
ということで、季節の変わり目である
9月~10月には特に体調管理に気を付け始めました。



 この成果もあってか、記録を遡ると
2015年8月以降体調を理由とした休刊を
していなかったようです。
自分でもよく体調管理出来ていたなぁと
思っていたのですが、
今年は温度差と家庭内の風邪流行にやられ、
本格的にダウンしてしまいました。

 

 皆さんもお気づきかもしれませんが、
Ozakiの持ち味の一つは体力です。
(それ以外あるのか、と言われると詰まります)



 新人時代、インドに駐在した際も
下痢にはなりましたが
(汚い話でスミマセン…)
それ以外病気や怪我で
出勤できなかったことはありません。

 文字通りの「ペーペー」でしたので、
精神的に落ち込むことはありましたが、
それでも出勤できないような状況、
一週間以上やる気が起こらないような
状況になったことはありません。

 そんなOzakiなので、研修の最後に

 「一日も休まなかったOzaki君だから
 学ぶことが多かったんじゃないか、
 休んだ日は学びはゼロだけど、
 出勤すれば確実に学びがあるからね」

 という言葉を当時の所長から頂いたこと、
12年経った今でも克明に覚えています。

 
 改めて考えれば当たり前のことですが、
10歳~80歳までの70年間、

一年のうち1週間×4回(季節ごと)ばてて休む人

    と

体調の波はあるものの、大きくばてない人



では何らかの学びを得られる機会が

 7日間×4回×70年=1960日

も違ってきてしまいます。

この1960日という数字を換算してみると、
なんと5年と4か月に相当する期間。

 同じ70年間生きていたとしても
 寝込んでしまったり、
 倒れてしまうことによって

 事実上65年弱しか活かせない人
    
    と

 70年分活かせる人

の違いが生じてしまうのですね。
(何の前触れも予防策もない難病、
防ぎようのないもらい事故などは除きます)



 季節の変わり目ごとに体調を崩す、
というのはありがちなことですが、
ちょっと計算してみるだけでも、
実は大きな時間的な損失になるのですね。



 大きな怪我や病気をしない、
特に予防が可能なものは徹底的に予防する、
という生き方は学びの機会損失を
徹底的に少なくするということでもあります。



 一度しか生きられないのであれば、
できれば、「持ち時間」は活かしたいもの。
毎日ばてずに少しでも本を読んだり、
体験を積み重ねることが
「経年優化」の一番の近道のはず
「持ち時間」を最大限に活用し、
「経年優化」を実現するためにも、
体調を崩して機会損失を失わないようにしたい。



 自分で体調を崩して、久々に
この機会損失論を実感したOzakiです。
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「ムダ」の効用(その2)

2019-11-02 22:09:59 | 意識を整える




 前回はムダには二種類あるのではないか、
というお話でした。



 一つは暇つぶしや未来に全くつながらない行動、
つまり真正の「ムダ」。
もう一つは中長期的に意味を持ってくる「ムダ」。
短期的には重要でもなく、緊急でもないけれども、

 心や体を整える行動
 将来の収穫に(思いがけず)つながる行動
 一緒にいる相手との関係が深まる行動



といった効用のある「ムダ」。



 今回は後者についてもう少し考えましょう。



 Ozakiが最近気づいたのは

 重要でもなく、緊急でもないけれども
心や体を整える行動の有用性。



 Ozakiの事例で言うならば
 
 玄関先や庭先の掃除(特に落ち葉)
 靴磨き
 少し手間をかけて作る娘用の料理

などでしょうか。



 正直に言ってしまえば、自宅周辺の
公共部分は区の清掃車や周辺住民の方も
やって下さっています。
つまり自分自身でなにもしなくても
生活上困ることもなければ、
見返りがあるわけでもない、
そんな行動と言えますね。

 
 革のビジネスシューズ磨きも同様。
一年も二年も全く磨かず、
かかとを踏んで使うなどということはないので
今日、明日磨かなくても
それほどビジネスへの悪影響はなさそうです。



 効率だけを重視するのであれば、
それなりに栄養バランスが整った
お惣菜を買い揃えるであるとか、
切り方はともかく熱さえ加えて
安全に食べられるようにしさえすればOK、
という料理のやり方もあるでしょう。
Ozakiは料亭の板前ではないのですから、
見た目の美しさや丁寧さの追求は
短期的なメリットが大きいとは思えません。



 ところが、最近思わぬ事実に気づきました。
 
 家族親族のケアに時間を残す生活をしていると
目の前にやることはないけれども
どうしても「待機」しなければならない、
というタイミングが時々生まれます。

 こういう時に上述したような

 ・重要とも思えない
 ・確実に緊急ではない

行動に時間を使ってみることにしたのです。



 そうするとこれまで全く軽視していた
「ムダ」な行動にも関わらず

 自分の心を落ち着ける作用
 体の調子も改善する作用

 が思っていた以上に大きいことに
気づいたのです。



 掃除一つとっても、

 終わった後の達成感や爽快感、
 地域に貢献しているという自己認識
 家族からの評価

など、後回しにしていた
(乃至無視してきた)
ことで失っていたものは
かなり大きかったのではないか?

と気づかされています。
気のせいかもしれませんが、
掃除を丁寧にやるようになって
公私共に少し落ち着いて、
本質的な意味を考えられるように
なってきたようにも感じています。



 もしかしたら、人生における

 「経年優化」

とは短期的には見えづらくても
中長期的にパフォーマンスや周囲の評価が
じわじわじわじわ上がっていく、
そんな取り組みの総体なのかもしれません。



 10年以上メルマガを書き続けてきて、

 今更気づいたの!?

と自分でも思います。

ただ、こうした行為は
自ら気づかない限り
一見「ムダ」に見え続ける、という点が
不都合な真実なのかもしれません。



 もう少し時間をかけて、

 効用のありそうな「ムダ」

を探してみようか、と思っています。
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『ムダ』の効用(その1)

2019-10-19 02:26:23 | 意識を整える


 ビジネスに取り組んでおられる方であれば、
効率よく、できるだけ大きな成果を得たい、
そうお考えなのではないでしょうか?

 もちろんこのメルマガでもその点は
十分理解していますし、
時には短期的に成果が出るであろう
仕事上のテクニックなどを
コラムでお伝えすることもあります。



 他方で、このコラムの本来の趣旨は
タイトルにもある通り、

 時間をかけてゆっくりと自分をよくしていく、

 「経年優化」

を目指して中長期的に効果がありそうな
取り組み、考え方のご紹介の方が多いはず。
今回も効率優先ではない考え方を
あえてご紹介させて頂きます。



 ビジネスの世界ではよく

「仕事を重要度と緊急度で四つに分類し、
 取り組む優先順位を考えましょう」

と言われることがあります。
優先順位の高い方から

 1:重要かつ緊急
 2:重要だが、緊急ではない
 3:重要ではないが、緊急
 4:重要ではなく、緊急でもない

となるのですが、往々にして2と3の
取り組み順位が変わってしまいますね、
ということが説明されます。

 
 3に該当するのは、例えば

 重要ではない社内作業(電話やメール対応等)
 自分が発言する機会のない会議出席
 慣習的に続いている儀式的(?)業務

などなど。

 テトリスのブロックの如く次々と
降ってくるそういった業務に忙殺されて、
なんとなく仕事をしている気になるが、
その実重要なことに取り組めていないですよ。
こんなことを聞いた方は少なくないはず。



 さて、通常こういったテーマでの研修で
ほとんど話題に上らないのが4の項目。
重要でもなく、緊急でもない業務。
つまり「ムダ」と呼ばれてしまうような業務です。

 実例として、職場内での噂話や
無意味に長い電話などが時間の浪費として
指摘されることが多いようですね。



 
 ただ、一見「ムダ」に分類される行為でも
二種類あるように感じ始めました。
一つは暇つぶしや未来に全くつながらない行動、
つまり真正の「ムダ」。
もう一つは中長期的に意味を持ってくる「ムダ」。
短期的には重要でもなく、緊急でもないけれども、

 心や体を整える行動
 将来の収穫に(思いがけず)つながる行動
 一緒にいる相手との関係が深まる行動



といった効用のある「ムダ」。

 中長期的には効用がある、
それも思いのほか重要な意味を持つことすら
ありえるものです。
上述の4つの分類に当てはめれば

2:重要だが、緊急ではないもの

にも分類できてしまう行動です。



 ただ、その効用は短期的には見えませんので、
前者の真正の「ムダ」と区別はつきづらいですね。



 次回はOzakiの経験も踏まえながら、
具体的にこの効用のある「ムダ」について
考えてみたいと思います。



 (次回に続きます)
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自分が今できることに集中する

2019-10-12 18:41:02 | 意識を整える

(この記事は2018年10月16日に配信した
メールマガジンのメインコラムを再録したものです
アーモンドアイ号が勝った秋華賞直後の記事でした)



 週末、出資している競走馬が
GⅠ(じーわん)と呼ばれる最高格付けレースに
出走することになったので、
京都競馬場まで応援に行ってきました。

 
 勝ち目がありそうだからわざわざ関西まで
行ってきたというわけではありません。
実際にはむしろ正反対で、

 「まぁ十中八九負ける、それも完膚なきまでに」

と確信を持っていたのですが、
それでも栄誉あるレースに愛馬が出走するので、
負けると分かっていても
見届けなければならないだろう、
ということで出張日程を合わせました。



 結果は優勝馬から0.8秒差の9着。
戦前の予想通り完敗でしたが、
レース中に怪我することもなく、
大一番から帰ってきてくれたことに
感謝したい気持ちで一杯です。

 日ごろ同馬を世話をしてくれている方から、
本日確認したところでは、

「脚も体も異常はない。
レース直後はイライラしていたが、
今朝はいつも通りだった。」



とのこと。
本当にうれしい情報でした。



 今回完敗することが分かっていたのは、
レース前に不安材料が多々あったからです。

 ・9月上旬に同馬は脚を痛めていた
 ・その時点で運動を控え、体重が大幅増
 ・主戦騎手が先週落馬負傷し、急きょ騎手変更

などなど。

 不安材料の方が圧倒的に多い状況下、
レースで結果は出ませんでしたが、
最高峰のレースで9着。
史上6頭目の牝馬三冠馬、
絶対女王とのタイム差は
わずかに0.8秒は評価してよいと思います。 



 この結果は一重に、調教師以下関係者が
誰一人として手を抜くことなく

 「今自分ができることに集中」

したからだと感じました。

 
 トップクラスのアスリートは
オリンピックや世界選手権に向けて、
寸分の狂いもなく

 体調を整え、
 体重も調整し、
 精神的な集中力を高め、

本番に臨んでいると聞きます。
直前まで怪我の不安や体重超過があれば、
トップオブトップの闘いで勝利することは
まず不可能でしょう。



 しかし、どんなに入念に準備しても、
不運な事態が発生することはあります。
その場合に勝負を投げ、調整を諦めるか、
逆境にもめげずその時点でベストを尽くすか、
は将来的に大きな差が生まれそうです。



 たとえ、調整が狂った直後の試合で
思わしい結果が出なくとも、
その時点でのベストな対応を考え抜く経験、
逆境の中でベストを尽くす経験、
には意味がありそうな気がします。



 ビジネスでも 

 思いがけない障害にぶつかる、
 関係者のミスで取り返しがつかない状況に陥る、
 自然災害等でそれまでの努力が無に帰す、

など様々な逆境はあり得るでしょう。
その場合に、プツンと集中力を切らし、
状況を投げ出してしまうのか、
なんらか自分ができることを見つけ出し、
やれることに集中できるか。



 逆風下だからこそ、人間の本質が
問われるような気がします。



 Ozaki自身出資馬の負けるシーンを見て、
自分はここまでの逆風下、

 どこまで頑張りぬけるだろうか、
 自分が今できることに集中できるだろうか、
 既に投げ出してしまっていることはないか、

などなど、貴重な教訓をもらったように思います。
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知識を増やそうとしない人にイノベーションは無理

2019-10-05 00:18:19 | 意識を整える


 前回、イノベーションについて
シリーズを始めさせていただきました。

 イノベーションとは、



 「経済活動の中で生産手段や資源、労働力等を
 それまでとは異なる仕方で新結合すること」
(Wikipediaより)



が一応の定義。


 この定義を踏まえると、
イノベーションのためには、
何かと何かを結合する必要があります。
工場や大量の労働力などを個人レベルで
結合することは難しいですので、
一人一人にできることと言えば、

 手当たり次第、自分の内側、
 もしくはごく近場で
 知識と知識を組み合わせてみる

という取り組みではないか、という話を
先週させて頂きました。



 これだけであれば、

 ふむふむなるほどな、

と聞き流されて終わってしまいそうだな、
と感じましたので、今回はやや強めの表現で
皆さんに行動を呼びかけようと思います。



 知識と知識を組み合わせる、

ために必要なものはなんでしょうか?
そう、知識です。
知識がなければそれらを組み合わせることは
絶対にできません。

 ですので、知識を持たない人には
絶対にイノベーションを起こせません。



 とはいえ、常識的に考えれば、
Ozakiも含め、皆さんの内側には
無数の知識が蓄積されています。
まずはこれらの知識を組み合わせることが
イノベーションの第一歩かもしれませんね。



 しかしながら、

 既に入手済みの知識

  と

 入手しきれていない知識

のどちらが多いか、と言われたら
当然後者ではないでしょうか?
世の中には知らないことの方が圧倒的に多いはず。

 そして組み合わせる知識の母数が大きければ
大きいほどその結果生み出される可能性も
当然大きくなります。
つまり、既に入手済みの知識で満足してしまうと
イノベーションが起こる可能性が著しく
制限されてしまうのです。



 この状態を打破する、
つまりイノベーションが起こる可能性を
出来る限り増やそうとするならば、
個人レベルで知識を増やし続ける必要が
あるのではないでしょうか?



 どんなテーマでもよいので、
日々新しい知識を吸収することが
イノベーションの原点なのではないか、
とOzakiは考えています。



 これまでに入手できる情報を
単純に整理するだけであれば、
コンピュータやAIの方が
人間よりも圧倒的に能力が上でしょう。
ですので、これから先、
より一層AIが進化しかねない時代に
付加価値を生み出せる人間になろうと思えば、
どうしてもイノベーション=新しい価値、を
生み出す人になる必要がありそうです。



 知識が増えていかなければ
イノベーション=新しい付加価値
は生まれません。
そして知識を個人のレベルで
増やせない人はイノベーションから離れていく人。



 そうであれば、たとえ

 「オタク」と言われようと
 「雑学にはくわしいよね」と揶揄されようと
 「勉強ばかりして楽しい」とバカにされようと

新しい知識の吸収だけは止めてはいけない、
のではないでしょうか?



 集めた知識がイノベーションにまで
繋がるかどうかは、別の話です。
どのような組み合わせを試せば
イノベーションが生まれるのかは
Ozakiが知りたいくらいです。



 が、ここまで考えてきて、
Ozaki自身確信を持っていることが一つ。
それは

  少なくとも知識を増やそうとしない人に
 イノベーションは絶対に起こせない

ということ。

 勉強を人生の娯楽だと考えられる人、
 永続的に学び続けるエネルギーを持てる人、
 好奇心に従うと眠れなくなる人、

こんな人がいつかどこかで
馬鹿でかいイノベーションを起こすのではないか、
なんてことを考えています。
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