詩 の 雫

人生の喜怒哀楽を <冠 句> に深め・・・ 

“春夏秋冬の囁き”を 爽やかな風 にのせて・・・

     

長い夜

2014年11月17日 16時30分56秒 | Weblog

 昨日、母の病院に行ってきました。

 いつもの面談コーナーで、若い看護師さんに寄り添われ、私達を待つ母と向き合い

 ました。

 上手く母の気持ちをフォローしてくれる看護師さんに助けられ、短い時間ですが何とか

 会話も来ましたが、、、一気に認知症の症状が進んでいるのが判ります。

 娘が作った「粘土人形」が表紙に載っている「タウン誌」を持参し見せましたが、その人形を

 娘と思い込み、「この孫に会いたい」と言って撫ぜています。娘の名前ももう忘れて・・・

 辻褄の合わぬ会話に逆らわず、義務のようにうなずくだけですが、、、「辛いでしょうが、

 お母さんのお顔をこうして見に来てあげて下さいね」と言われる優しい瞳の看護婦さん、

 頭が下がります。

 突如怒り出したり、大声を上げたり、物を叩いたり投げつけたり、子供のように両手を目に

 当て泣き出したり、そうかと思うと手を合わし「ありがとう、ようきて呉れた、ありがとう」と

 いう母。

 大量の汚物の付いた洗濯を(有料ですが)病院にお願いしてからは、少し体の負担は

 無くなりましたが、心の重さは軽くならず、病院に向かう足は毎回重く、、、何時まで続くか

 判りませんが一喜一憂しながら、寄り添っていかなければと思います。

 そんな気持ちを詠んだ冠句です。 昔、母も冠句結社に所属して、頑張っていました。

 今、その「冠句」を、私の生き甲斐の趣味として、繋いでいます。

 

                     長い夜 厳しい答え胸に置き

             深い淵 追い詰めすぎて堕す修羅

             世に流れ 断り切れぬ荷を背負う

             眩しすぎ 慈愛に満ちしナースの瞳

             夜が沈む 虚無感だけを残すエゴ

             時流れ 母と同じ詩拾う

             ふいの雨 堪えた愚痴が迸る

             翳を負い 作り笑いが痛痛し

             真向き合う 蹴ってはならぬ石に耐え

             沖眺め 辛い定めも踏ん張らな

             佇んで 母の背に詫ぶ曲がり角

             見送り後 呵責引き摺る親不孝

             見え隠れ 哀れな本音こめかみに

             叱られて 何か教えてくれる星

             帰り道 無念の涙憚らず

             灯に座る 心を転ず本に会う

 

 

                                  

 

   多くの皆様に、ブログを遡って沢山閲覧頂きまして、本当に嬉しく思います。

   一句一句に折々の心情を籠めた冠句に、色々な思いが過ぎってきます。

   悲しい事だけが待っているのでは無く、昨日は待ちに待った甥の朗報に姉妹で

   大喜びしました。夜には娘からも、とても嬉しいメールも届き、若い子達の未来が

   拓き煌いていく事に、叔母として、母として、喜びをかみ締めています。

 

                 今日もお立ち寄り頂き、有難うございました。

   

   

   

コメント
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