つらいと思う日々に

いたずらにわが身世にふる・・・

死ぬために生まれる・・・

2006-08-10 | Weblog
人は、死ぬために生まれてくる。魂(生命)というエネルギーが肉体を持って、その肉体に宿りながら、魂(生命)の本当に住まう世界を天国とする目的で生まれてくる。
魂(生命)に死が無いために、人の死後がその魂(生命)の住む世界となっている。
故に人は、魂(生命)の世界を創るのためとして生まれる。
だから、死を絶対条件として生まれる。‘死ぬために生まれる’となる。
魂(生命)に死がないから。

肉体が自分なのではなく、肉体に宿る魂、つまり生命が自分であって、
肉体は、ただの肉の塊にすぎない。
肉体をいたわるのは、肉体に宿る生命が大事なために
肉体をいたわって生きていくもので、肉体そのものは大事なのではない。
無常のものであるために、肉体そのものに執着してしまうと
肉体倫理となって、魂(生命)がなんなのか、生死が矛盾となってくる。
肉体がすべてであれば、また、
死が、‘すべてなくなってしまうこと’であれば、
‘死ぬために生まれてくる’という現実はなんなのか?、なぜ、自分という肉体をいたわって生きるのか?早く死んでしまえばいいこと、或いは、生まれてくる必要性さえない。

肉体を持って生きる自分という目に見えない念(おもい)はなんなのか、
‘人が生きる’ために人生として生じてくるのではない。
今在る自分は、今在る自分という肉体のための人生なのではない。
死は、生まれたから在るのではない。
ちゃんと意味があって在る。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする