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◆ 反戦の視点・その86 ◆

2009年08月23日 | 練馬の里から
 オバマ米大統領のプラハ演説をどう読むか─私たちが選択すべき道について
                                 井上澄夫

 2009年4月5日、バラク・オバマ米大統領がチェコ共和国の首都プラハでチェコ国民を前に演説した。この演説(以下「プラハ演説」とする)について日本での報道は次の部分を大きく取り上げた。

 「核保有国として、核兵器を使用したことがある唯一の核保有国として、米国には行動する道義的責任があります。従って本日、私は、米国が核兵器のない世界の平和と安全を追求する決意であることを、信念を持って明言いたします。」

 しかしこの部分を取り出すだけで演説の評価をすることが妥当だろうか。やはり演説全体の構成をまず把握し、それを踏まえて判断すべきだろう。
 そこで、駐日米国大使館の日本語仮訳に基づいて、プラハ演説がどのような論理構成を持っているのかを明らかにする。なお演説の正文は英文で、ホワイトハウスのホームページで読むことができる。またここで使用する仮訳は駐日大使館のホームページに出ている。
 「プラハ演説」をどうとらえるべきかについては、様々な考えがあるだろうが、何よりまず、演説の全文を読んだ上で意見を開陳してほしい。一部だけを取り上げたマスメディアの報道で判断するのは不毛な結果しか生まない、と筆者は訴えたい。

※ ホワイトハウスのHP 
    http://www.whitehouse.gov/the_press_office/Remarks-By-President-Barack-Obama-In-Prague-As-Delivered/
 ※ 駐日大使館のHP http://tokyo.usembassy.gov/j/p/tpj-20090405-77.html

 駐日米国大使館の日本語仮訳では、演説の本文は49のパラグラフ(節)に分かれている。それらは長短いろいろだが、演説に見出しはない。そこで、以下、引用にあたっては、初めから順に各節に番号を振ることにする。また論述の都合上、便宜的に見出しをつける。

●プラハ演説の核拡散にかかわる部分
 
 オバマ大統領の演説を核問題に絞り込むと、次の部分が重要な位置を占めている。(丸カッコ内は該当する節)

? NATO(北大西洋条約機構)強化の訴え、米国によるチェコ防衛の確約
(17、18、19、20節)
 ? 「核攻撃の危険性の高まり」と核不拡散体制の限界到来の可能性
                              (21、22,23節)
 ? 「米国が行動する道義的責任」と「核兵器のない世界を追求する決意」
                                (26,27節)

 ? 「米国の国家安保戦略における核の役割の縮小」と「核兵器が存在する限り」米国   が同盟国を防衛するために核保有を維持する表明  (28節)
 ? ロシアとの新たな戦略兵器削減条約交渉と包括的核実験禁止条約批准の推進、核分   裂性物質生産を禁止する新条約締結の努力      (29,30、31節)

 ? 核不拡散条約(NPT)の強化と「原子力の平和利用」
                          (32,33,34,35節)
 ? 北朝鮮のロケット発射実験と「規則を破る国」が報いを受ける国際的制度
                             (36,37,38節)
 ? 「イランの脅威」に備えるチェコ・ポーランドへのミサイル防衛システム配備
  (39,40節)
 ? 「テロリストの核兵器入手」こそ「最も差し迫った、最大の脅威」
  (41,42,43節)

●〈核兵器が存在する限り〉、核は手放さない
 米国の核による同盟諸国の防衛については、?と?で約束されていて、米国政府は同様の約束を日本と韓国に対しても行なっている。?(28節)ではこう語っている。
 「しかしもちろん、核兵器が存在する限り、わが国は、いかなる敵であろうとこれを抑止し、チェコ共和国を含む同盟諸国に対する防衛を保証するために、安全かつ効果的な兵器を維持します。しかし、私たちは、兵器の保有量を削減する努力を始めます。」
この発言で明らかなのは、〈核兵器が存在する限り〉、同盟諸国と米国自身を防衛するために必要な核兵器は手放さないという強固な意志である。彼は「私たちは、兵器の保有量を削減する努力を始めます」と言う。だがそれは、米国はロシアとともにこの地球を何度でも壊滅させるに十分な核を保有しているのだから、核によって世界を脅し続けるために必要最小限の水準まで保有する核を削減することなどいつでもできるということに過ぎない。ならばロシアとともに、どんどん削減すればいいが、その「削減」の前提は「核の均衡」であるから、ロシアとの戦略兵器削減交渉によって、世界が「核の脅威」から解放されることはない。それに英、仏、中の核はどうなるのか、イスラエル、インド、パキスタンの核は……。

●チェコへのMDシステム配備の強要
ところで、誰もが奇異の感を抱くのは、?だろう。チェコとポーランドへのミサイル防衛(MD)システム配備が「イランの脅威」に備えるものだという主張である。

 「イランの核開発・弾道ミサイル開発活動は、米国だけでなく、イランの近隣諸国および米国の同盟国にも真の脅威を及ぼします。チェコ共和国とポーランドは勇敢にも、こうしたミサイルに対する防衛システムの配備に同意してくれました。イランからの脅威が続く限り、私たちは、費用対効果の高い、実績のあるミサイル防衛システムの導入を続けていきます。」

 チェコとポーランドへの配備がNATOの拡大に反発するロシアを封じ込めるためであることは世界周知の常識であるが、ロシアとの新たな戦略兵器削減条約(START)の交渉への影響を恐れて、標的をイランにすり変えたのである。それにもう一つ、MDシステムの配備にチェコの人びとが強く反対しているため、チェコがNATOの一員であることを強調して配備容認を迫ったのである。次の文言がそれを如実に物語っている。これはチェコの人びとへの恫喝である。
 「私たちは、新しい脅威がどこで発生しようとも、それに対処するための危機管理計画を備えておくために、NATO加盟国として協力しなければなりません。」

●演説の核心─アルカイダの核入手こそ「最も差し迫った、最大の脅威」─

さて、ここが肝心だが、?にはオバマ大統領の核拡散にかかわる危機意識が表われている。彼は次のように語る。
 「世界規模の核戦争の脅威が少なくなる一方で、核攻撃の危険性は高まっています。核兵器を保有する国家が増えています。核実験が続けられています。闇市場では核の機密と核物質が大量に取引されています。核爆弾の製造技術が拡散しています。テロリストは、核爆弾を購入、製造、あるいは盗む決意を固めています。こうした危険を封じ込めるための私たちの努力は、全世界的な不拡散体制を軸としていますが、規則を破る人々や国家が増えるに従い、この軸が持ちこたえられなくなる時期が来る可能性があります。」
 「規則を破る国家」がすでに核保有国であるインド、パキスタン、イスラエルであり、核実験を2度行なった朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)であることは周知のことだが、この演説では北朝鮮だけが取り上げられている(?)。NPTにもCTBT(包括的核実験禁止条約)にも加盟していない世界で6番目の核保有国・インドに原子力発電所用の核燃料や技術を提供する「米印原子力協定」の調印(2007年)は、典型的なダブル・スタンダードであるにとどまらず、米国政府が自らNPTを突き崩すものだが、オバマ大統領はむろんそれには触れない。「イスラエル支持」を宣言しているから、イスラエルの核保有にも触れない。
 彼の関心がむしろ「規則を破る人々」に集中していることは、?に明らかである。

 「私たちは、テロリストが決して核兵器を入手することがないようにしなければなりません。これは、世界の安全保障に対する、最も差し迫った、かつ最大の脅威です。/アルカイダは、核爆弾の入手を目指す、そしてためらうことなくそれを使う、と言っています。そして、管理が不十分な核物質(後注1参照、引用者)が世界各地に存在することが分かっています。/本日、私は、世界中の脆弱(ぜいじゃく)な核物質(後注2参照、同)を4年以内に保護管理することを目的とした、新たな国際活動を発表します。私たちは、新しい基準を設定し、ロシアとの協力を拡大し、こうした機微物質(後注3参照、同)を管理するための新たなパートナーシップの構築に努めます。/また私たちは、闇市場を解体し、物質の輸送を発見してこれを阻止し、金融手段を使ってこの危険な取引を停止させる活動を拡充しなければなりません。」
 ※ 注1 管理が不十分な核物質 unsecured nuclear material 旧ソ連崩壊の際、同国内 外に流出したとされる核物質など/注2 世界中の脆弱な核物質 all vulnerabl nuclear  material すべての管理不十分な核物質 注3 機微物質 sensitive materials 注1に同じ

 実にまさにこの部分こそ、この演説で彼が言いたいことである。アルカイダの主たる攻撃目標は米国である。何のことはない。オバマ大統領は「世界の安全保障」を大義として掲げながら、実は「米国の安全保障」に世界は協力せよと要求しているのである。大統領が誰であろうが、米国政府にとっての最大の関心事は、米国の安全保障である。それについては、あとでもう一度触れる。

●原爆投下責任を認めず謝罪もしない「核のない世界」の追求
 さて?だが、演説では「核攻撃の危険性の高まり」を強調する?と、核によって同盟諸国を防衛することと同時に、核兵器保有量の削減の努力、包括的核実験禁止条約の批准の推進などを語る?の間にはさまれている。
 「核保有国として、核兵器を使用したことがある唯一の核保有国として、米国には行動する道義的責任があります。米国だけではこの活動で成功を収めることはできませんが、その先頭に立つことはできます。/従って本日、私は、米国が核兵器のない世界の平和と安全を追求する決意であることを、信念を持って明言いたします。私は甘い考えは持っていません。この目標は、すぐに達成されるものではありません。おそらく私の生きているうちには達成されないでしょう。」
 「核兵器を使用したことがある唯一の核保有国として、米国には行動する道義的責任があります。」は英文ではこうである。
  as the only nuclear power to have used a nuclear weapon, the United States has a moral responsibility to act.
 この部分は、確かに米国が核兵器を使用した唯一の核保有国であることを認めている。しかし、それは客観的な歴史の事実であり、トルーマン以降の歴代米大統領の誰もが認めるところだろう。「核兵器を使用したことがある唯一の核保有国として」の部分で、オバマ大統領が広島・長崎への原爆投下についての米国の責任を認めたと解釈することはできない。ましてここには謝罪の意味はいささかも含まれていない。
 前後の文脈に照らせば、「核兵器のない世界」をめざす彼の決意は、そのような世界が訪れるまでは、つまり「核兵器が存在する限り、わが国は、いかなる敵であろうとこれを抑止し、同盟諸国に対する防衛を保証するために、安全かつ効果的な兵器を維持する」という表明(?)との関係で読むべきである。しかも彼は、「核兵器のない世界」は「おそらく私の生きているうちには達成されない」と明言しているのだ。
 彼の「米国だけではこの活動で成功を収めることはできません」という言い訳を受け入れるわけにはいかない。この論理は「核クラブ」(米・ロ・英・仏・中、国連安保理常任理事国)の米国以外のどの国も使える。私たちは、NPTに基づいて「合法的」に核を保有している「核クラブ」に、NPT第6条が規定する「全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約についての誠実な交渉」の即時履行を迫らねばならない。
米国に「道義的責任」があるというなら、オバマ大統領がなすべきは、何よりまず「核クラブ」がこぞって大胆に核軍縮を進めるための協議を速やかに開始することだ。(つづく
                                     


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