まりっぺのお気楽読書

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デンマーク王エーリク3世妃 ルートガルド

2010-02-26 23:10:25 | デンマーク王妃
                 中世初期の貴婦人です

可哀想なんだかどうだか・・・
エーリク3世妃 ルートガルド・アフ・ザルツヴェデルス


生年不詳~1152頃/在位 1144~1146

ルートガルドはザルツヴェーデル辺境伯ロドルフの娘で
おじにあたるあたるフリードリヒ・フォン・ゾマーシュベルクと結婚しました。
一男一女が生まれたんですけど、なぜか離婚を強いられてしまいました。

          
その後、お兄様がルートガルドをエーリク3世に嫁がせたってことは…
ひっどーい! 王様に取り入るために離婚させたってことですか?

可哀想… と思いきや、ルートガルドは気まぐれで浪費家だったのね。
しかも夫のエーリクまで彼女の影響で無駄遣いをするようになってしまいました。

ついには浮気がバレてドイツへ追放… じゃあ最初の離婚ももしかして…

1146年にエーリク3世が亡くなると、フィンゼンブルク伯へルマンと再婚しました。
娘さんが3人生まれたそうです。
よいお母さんになっていればいいのだが…


悪評しか残ってないという・・・
スヴェン3世妃 アディール・アフ・マイセン


生年不詳~1181/在位 1152~1157

スヴェン3世は共治王で、クヌート5世、ヴァルデマー1世も
同時期に王になっていました。
中世の北欧では、この “何人も王様状態 ” がけっこう多いんですけど
争いを防ぐためらしいですよ。
でも争いは絶えないのよね… 権力を独り占めしたくなるのでしょうね。

スヴェン3世もそう考えて、1157年にふたりの共治王を謀殺しようとします。
クヌート5世は殺されましたがヴァルデマーは逃げ出しました。
その後グラーテ・ヘーデの戦いで、スヴェン3世はヴェルデマーに敗けて亡くなりました。

親類なのに…仲良くやれんものですかね

アディールは1152年にスヴェンと結婚しています。
ほとんど知られていない王妃ですが、スヴェンをドイツかぶれにして
スウェーデンの古き良き伝統を捨てさせたということで批判されました。

夫の死後バレンシュタット伯アダルベール3世と再婚しました。
ドイツに戻れて良かったね。
       


デンジャラス・ウーマンの娘とは思えない
クヌート5世妃 エリン・アフ・スヴェリエ


1130頃~没年不詳/1156~1157

スウェーデン王スヴェルケル1世王女エリンは
上記のように、夫クヌートを殺されてしまって国に帰りました。
結婚後1年目の出来事ででした。
         
その後はヴレタ修道院に入っちゃったそうでございます。
悪女のレッテルを貼られたウルフヒルドの娘(異説あり)とは思えない敬虔さね。
とはいっても、この修道院は貴族の溜まり場だったらしい…

最近よく聞くエリン夫人…あの奥さまも北欧出身じゃなかったかしら?

(参考文献 Wikipedia英語版)

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