森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

もはやエビ蔵と言うべきか

2012-08-26 00:28:36 | success summer

夫殿につけたニックネーム、「めだか親父」は、本人は結構気に入ったようです。

だけど早くも改名の時期が来てしまったと思うのです。

その名は「エビ蔵くん」。

 

めだかの為の買い物は、今では当たり前のことです。先週だったか、またも水草を追加で買うというのでお付き合い。
二人でホームセンター等に行くと、お茶などを飲むのも習慣です。

そこで夫殿が、何やら悩んでいる様子。

今後の計画を練っているらしいのです。

あれをコウして、これをこうして・・・・って、どうもめだかよりもエビの飼育計画みたいです。

エビはベランダに大きなブルーの水槽を買った時に、既に少々飼い始めていました。だけど、大きな水槽に入れてしまうとアッという間に行方知れずになってしまいました。死んでしまったのかと思ったら、意外なところで見つけたりして、今後をどうするかと考えていたのでした。

彼はいろいろとめだかの事を検索しているうちに、エビの飼育に気持が傾いていたみたいなのです。

エビとめだかの飼育なんて、素敵な趣味だなと思いました。

だから次にと言わずにその日のうちに、あれやこれやを買って始めることを後押ししてしまいました。次は、見つけるのが大変な外の水槽ではなく、目で楽しめるガラスの水槽でお部屋に置くことにしました。

 

彼の趣味なので彼が自由にやれば良いのですが、エビを買い求める時には、繁殖も可能なミナミヌマエビだけを考えていた夫殿に、水槽に入れて見栄えがするヤマトヌマエビもとお願いしてしまいました。

なぜなら、お茶をする前にホームセンターで、エビの水槽をのぞき込んでいた私は、ヤマトヌマエビの土をホジホジとする動作が意外にも可愛いなあと見とれていたからです。

という訳で、エビちゃんたちが我が家にやって来ました。

上の画像は、その一日目です。

この以下の画像は、その後。

もちろんお世話しているのは夫殿で、私はなーんにもやりません。

でも、時々水槽を覗いては緑の綺麗な水草とエビの可愛い動作に心癒されている私なのでした。

 

 

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めだか親父の夏休み

2012-08-18 19:15:59 | 家族スナップ

なんか、いろいろ負けたな・・・・・

それって、己にかって?

いや、違う。

己に負けるなんて、しょっちゅうだから今更こんな所では嘆かない。

えっ

「こんな所とはなんだ」って

そりゃそうだ。さんざんお世話になっておきながら「こんな所」はなかったな

じゃあ、なんだよって言えば、負けたのは夫殿にである。

いや、考えてみれば「いろいろ」は負けていない。

何に負けたのかと言ったら「夏休みの過ごし方」または「夏休みの充実度」である。

               

睡蓮鉢でめだかを飼い始めたことは、前にもブログに書きました。

私の

「ベランダに睡蓮鉢が欲しいな。でもボウフラ湧いちゃうよね。本で読んだのだけど(小学生の教科書)、めだかって環境に強いらしいよ。結構いけそうだから、飼いたいなー。」という私のお気楽な考えから始まった、我が家とめだかのお付き合いです。

でも意外とめだかを飼うのは難しいものがあったのです。

とか言いながら、実は私はほとんどがノータッチ。

セッセコラと夫殿があれやこれやとやりました。私と猫のもも吉はベランダの窓辺で
「どう?」

ちなみにもも吉は「にゃー」

二個の睡蓮鉢で始めたのですがあれやこれやとあって、(死んだり生まれたり)、いつの間にやらバケツ2個も使うはめに。

なんでも捨てない私ですが、こんなにバケツばっかりあってどうするのじゃと思っていたのに、みんなちゃんと役に立ってます。

でもこの夏休みに、夫殿の夢が広がったようです。なんたって検索に検索を重ね、いつの間にやらめだか小博士です。

「あれはこうだって。それはこうしたほうが。ちなみにめだかは・・・。」

ええと、何だったかなあ、夫殿の話は・・・。

私が
「ふーん。へえ。はあ。」と返事をしていたら

「何だ、その気のない返事は。聞いていないみたいだ。」と夫殿。

―しまった、バレたか。

「全てあなたの為にやってるんでしょ。睡蓮とめだかが欲しいって言ったから。」

―そうでした。めだかのお世話は鉢の手入れもあるので、面倒のように感じたので夫殿に一任したのでした。別の言い方では「押し付けた」とも言います。

「それで、やっぱりもっと大きな場所にめだかを移してあげたいんだ。水草も買いたいんだ。日が当たりすぎるから・・・・」

「ああ、ああ、もうなんでも好きにしたほうがイイよ。」と私。

始まりは私でも、既に彼の趣味。

しかも夏休み中活き活きと。

という訳で、我が家のめだかの住処の一つは(一つという所が、すごいよね)上記の画像というわけなのです。

              

ああ、やっぱり負けたな。

私も一応同じ様にお休みだったのに。

息子たちと一緒に映画に言ったり実家に行ったりもしたけれど、紙ゴミを捨てて、後はなんとなくゲームをしていたりだらだらと家事をやっていたり、夫殿と買い物に行ったり(だから、めだか関連の)していたんだけど、やっぱり心のイキイキ度が違かったような気がする。

で、これじゃアカンと思って、気になっていた洗面所の掃除をせっせとしたりして‥・・って、これじゃアカンって頑張ったのが、何でお掃除なんだ。悲しすぎるだろ。

と言って、心がときめくような、「何か」が、この夏休みにはなかったのが残念。

ちょっと悔しいので、夫殿に敬意を込めてニックネームをつけてさし上げた。

「めだかオヤジィ、なんか充実してたね、今回の夏休みは。」

と、そこに通りすがりのルート君。

「えっ、『めだか親父』ですか・・・」

「ふーん・・・」

「おい、めだかぁ」←もちろん、目玉おやじのモノマネで。

 

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「宝塚星組公演ダンサセレナータ」を観て参りました

2012-08-12 13:26:04 | 観劇・コンサート日記

8月1日、東京宝塚劇場にて星組公演「ダンサセレナータ」を観て参りました。(主にお出かけ日記です。感想は下の方に簡単に書いてあります。)

《宝塚公演お出かけ日記1》

この時一緒に行ったメンバーは、母と姉妹たちで女ばかりの5人組でした。このメンバーで前に宝塚を観に行ったのは、2000年公演の真琴つばさ主演の『LUNA-月の伝言-』でなんと、あれから12年も経ってしまっていたのでした。

活動の拠点が東京だった学生時代などの独身時代には、宝塚は結構気軽に観に行く事が出来たのでしたが、やはり結婚後子育て中には遠いきらびやかな世界でした。だから12年前にみんなでそこに出かけていったのは、凄く画期的なチャレンジだったのです。今でこそ、なんだか好き勝手をやっている引退ママさんみたいですが、12年前にはまだ小学生の母で子育て中だったのですよね。そう考えると10年というのは大きな年月なんですね。

そう言えば今回、出かける日の前日に妹に
「そうそう、着ていく服はどうするの。」と聞かれました。私は最初、何のことか分からずに、
「その辺にある服」と答えようとしました。でもすぐに記憶が蘇って来たのです。前の時、観劇に行くのだからとみんなで服装のことも、相談し合い凄く盛り上がったことを。何やらみんなでスーツやらワンピースなどを着てかなりお洒落をして出かけたように思います。

なので私は「その辺にある・・・」の次に「お出かけ着」と付け加えたのです。
妹は、「じゃあ、あの白いワンピースで良いかな。」と言いました。

「あの」が「どの」なのかを知る由もない私は「良いんじゃない。」とだけ言っておきましたが、なんだか妹の一言は、遠い昔(12年前は既に‥・)のワクワクするような気持を思い出させてくれたのでした。

 

宝塚の公演は、「よし。お洒落をして出かけよう。」と女性が気持ちをアップさせるに値する舞台なのだと思います。

 

12年前のあの日、その帰り道で、楽しかった時間の余韻を引きずりながら有楽町に向かう途中で、

「あのね、私、おばあさんになっても・・」

―その後の人生で、一年に14回もお芝居を観に行ったりする年があったり、藤原竜也という贔屓俳優を見つけたりするなどと思いもよらなかった、私は

「あのね、私、おばあさんになっても、一年に一回ぐらいは宝塚の舞台を観て、ワクワクして心が踊るようなそんな女性でいたいと思ったの。」と言ったのでした。

もちろん、その私の考えを姉妹たちが否定などするわけがありません。

その後二回ぐらいは、本当に一年に一回のペースで宝塚を観劇しましたが、ラストに見たものがコメディで、自分の好みに合わなかったのを最後に遠ざかっていたのでした。

《宝塚公演お出かけ日記2》

劇団新感線の「シレンとラギ」を観に行った帰り、私はまっすぐに家には戻らず実家に泊りました。あまりにも美しい主演二人に、買う予定のなかった大きなパンフレットを思わず買ってしまった話は「シレンとラギ」の感想にも書きましたが、ふと気がつくと母がそのパンフレットを見ていました。

1ページ毎に丁寧にめくるその姿に、胸がきゅんとしました。

「そのお芝居は、ちょっとお母さんには合わないと思うな。」と私が言うと
「そうだね・・・。」と母は寂しそうに言いました。

その言葉に胸がきりりと痛みました。

―お母さんには合わない―

ああ、それはちょっと嘘。新感線のお芝居は、殺陣も派手で映像を上手く取り入れて、決して難しいお芝居ではありません。奥は深いもののストーリーも難解というわけではなかったのです。唯一、難を言えば、老人と言われている年代の人が観るには時間が長めかと言うぐらいかも知れません。

それでも合わないなどと言ってしまったのは、単なる言い訳に過ぎなかったのです。

そして思い出しました。母は若い時、時々私達を家に置いてSKDの夏の踊り、秋の踊りなどを観に行く人だったことを。
SKDとは松竹歌劇団の略称ですが、詳しいことは→こちらで

「じゃあ、お母さん、今度女たちみんなで、また宝塚に行きましょうよ。」と私。
「うん、そうだね。」と二つ返事の母。

よ~し、と私は決意しました。

何をかというと、チケットを買うことにです。5枚のチケットを買うのは、かつて大変だった記憶があります。でも少々ネット世界にも慣れてきて、気がついたこともあるのです。要は売り出し時間のスタート時にいい席を狙ってアクセスしないということです。

良い席じゃなくても良いのです。

良い舞台観劇であれば、それで良いのだと思うからです。もちろん席は選べませんが、売り出し日の翌日にのらりくらりとアクセスしたら5枚並びの席で買えました。

 

ある行動がある時、それは突然、そこに行き着くわけではなく、必ず何かがあってそこに行くつくのだと、私は思うのです。

12年ぶりにみんなで宝塚公演に行ったのは、母が「シレンとラギ」のパンフレットを丁寧にめくってみていたからだったのです。

 

《宝塚公演お出かけ日記3》

私のこのお気楽な雰囲気の幸せは、私の周りの老人たちが元気でやる気満々で前向きに生きているから成り立っているものといえるでしょう。

だけど時は容赦なく刻み続け、そのような状態が永遠と続くわけはないのです。

父が病気になりました。

病院嫌いの父を、姉が「鬼」と言われながらも引きずって行きました。

そこで風邪よりは重い病気が見つかって、検査検査の日々を少々送ることになってしまいました。その渡された予定表を見ると、スポンと8月1日だけは白紙になっていました。

父の事を考えて、最初は行かないと言った母に、決まっていたのだから行って楽しんでおいでと言った父。

宝塚公演の後、母がリッチなケーキセットをごちそうしてくれました。生クリームの中に栗のつぶつぶが入っているもので、お値段もお高かったのですが、それに見合う美味しさでした。

留守番していた父の事も含めて、その白いケーキをみんなで微笑みながらいただき、お芝居の感想を言い合ったその日を、いつか私たちは思い出す日が来るのでしょうか。

「あのね、私、おばあさんになっても」と言ったあの日のように。

 

 

《オマケのような感想》

なんたってお久しぶりに行くのですから、ご贔屓筋などいるわけもありません。ですから観に行ったお芝居のトップスターの方が私達好みの素敵な方であって欲しいと願うばかりです。

今回の公演は、星組公演で主演は柚希礼音。

満足のいくかっこ良さでした。妹は、脇役でありながらずっと目で真風涼帆さんを追いかけてしまったと言っていました。

一度、良いなあと思うと、次もこの人達の公演、つまり星組で見に行きたいと思ってしまうのですよね。

前にもどこかに書いたことですが、女性の好きな理想の男は少女漫画と宝塚にしかいないと、昔誰かが言っていたこの言葉には、本当に感心するのです。研究されているのですよね。

でもそうすると、女性は少々強引で命令口調な言葉に弱いのかも知れません。もちろんそこには、「愛」がなければなりませんが。

「もう一人で踊るな。ずっと俺のそばにいろ」

思わず、キャーと言いたくなるところですが、中盤とラストにあるこの言葉ですが、ラストには思わず涙が滲みました。

舞台にはやはり効果的な繰り返しがあるのですね。

 

物語には、反乱や独立などという物騒な展開が含まれていますが、それはスパイスでこれは恋物語です。だからといって薄っぺらいというものではありません。愛を知らない男が本当の愛をつかむまでの物語と書いたら、やはり薄く感じるかも知れませんが、それが薄く感じないのは、

「彼女を愛しているのか。」という言葉に
「今、それを確かめているところだ。」などというセリフが返るせいだと思います。

愛を知らないで育ったがゆえに、自分の気持がよく分からなかったのかも知れません。

 

レビューではいつもながらの素晴らしいラインダンス。

その前に舞台にいた男(男役)が
「あれ、君たち羽を付けてるじゃないか。じゃあ、もう終わっちゃうよー。」と笑わせてくれたのも印象深いです。

まあ、とにかく宝塚の舞台は至れり尽くせり、サービスに溢れていると、やっぱり今回も思ったのでした。

 

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さあ、やる気を出せ!人間なんだから。

2012-08-10 11:43:58 | 梢は歌う(日記)

ツイッターで呟こうかなと思ったことですが、140字はゆうに超えてしまうと思うので、ブログに書きます。

ちなみにブログ更新は滞っていますが、裏ではチマチマと一応書いています。最近心落ち着かないことがあって、文章を書いて自分と向き合うことがなかなか出来なかったように思います。それなのにPC時間は逆に増えてしまったようにも思うのです。

誰かの文章を読んだり、ツイッター経由で情報サイトのウエーブをしたり、ゲームをしたり・・・・

要するに逃げているのです。

私はどちらかと言うと、傍から見ると努力を怠らない人に見えたり、気を確かに持っている人にも見えるという、ちょっと得な面があるのですが、実は怠け者で気持もヘタレの弱虫です。若い頃は見かけに準じるように虚栄を張っていたようにも思いますが、この朱夏時代では、いい加減悟ってしまったのです。

しっかし、おい、こら、いい加減にせえよと、さっき唐突に思ったのでした。

別に朝からなでしこジャパンや女子レスリングの頑張りに感激したからではありませんが、ボンヤリとゴミ捨てやら少々の家事の合間やらにPC前にいて、ふと時計を見たらかなりのいい時間だったので自分に腹がたったのでした。

己は何をしてるんじゃ、と思ったのでした。

ヤりたい事と遣らなくちゃいけないことが頭の中で団子状態。でも1歩も踏み出せずにぼんやりしていたのでした。

行動の人であることも大切ですが、座して瞑想の人になることも大切なことだと思います。まずは考えてみる。だけど考えてばかりで先に進まないのが問題で、そういう場合は「座して瞑想の人」になっていてはいけないのですね。

でも今の私は、考えることからも逃げているような気がするのです。

と、上記に書いたようなことはツイッターでは呟きません。

やっぱりツイッターとブログでは完全に違うものがあるのですよね。

 

近頃、もも吉(我家の猫)などをじっと見て、またはベランダに飛んでくる虫などをぼんやり見つめるときなど、ふと思うのは、この生命の形態を分かつたものはなんだろうかと言うことです。

私は前世とか来世とか、なんとなく信じている者なのだと思います。だから過去世には虫であったことも猫であったこともあったかもしれないとか思っていたのかも知れません。だから虫は虫であり猫は猫であることは、同じ命の重さの上にあるような、そんな感覚がするのです。でも中年になってくると、この解明されない「命」の摩訶不思議さは前世を信じる以外の発想も思わざるをえないのですね。つまり命は一回限りのものという発想。

そうすると、思わず

「もも吉や、何で猫に生まれてきたの?」などと呟いてもみたくなるってもんでしょう。

そして異種の動物は一緒に暮らしていても、その生活と満足はもちろん違うのですよね。猫のように食べる、遊ぶ、寝るというだけの生活をしてみたいとは思うけれど、もし本当にそんな毎日だったら心は満たされるのだろうかと思ってしまうのです。

と、書いたら、もも吉がじろりと私を睨みつけました。そうでした。そんな猫の生活でも、常に刺激を求め耳を側立てていたり、どこかに顔を突っ込んでいたり、人の気持ちに寄り添うように居て欲しい時にやって来るのでした。

もしも我が家が森の隣にあったならば、もも吉だってもっと楽しい猫の毎日があるかも知れません。でも他を知らないももはベランダにやって来る虫と格闘して、精一杯に一日の満足を求めているのだと思うのですね。

 

そうだ、私は人間なんだから、人間としての満足を得なくてはと思いました。

 

それで
「豚のように転がってるんじゃない、動け」とか「ヤル気のない豚のようにだらだらしてんじゃないよ。」とかをツイッターで書こうかなと思ったのです。(もちろんもっと優しい穏やかな言葉で‥・豚さんは少々要)

ですが、豚さんは転がってないんじゃないかな、豚さんにやる気がないって誰が言ったんだと、すぐに気持の訂正が入りました。

もしかしたらやる気満々の豚さんが、今日という日に突然命を絶たれるかもしれないのです。

 

思わず頭を垂れる思いがしました。

「がんばろう、今日という一日を。」

そして、そう思ったのでした。

様々な生き物のお陰で生かされている私達なのですから。

 

 

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