森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

約8年 その11

2022-07-31 03:17:36 | ランダム自分史

約8年 その10

内容的には「約8年 その9」の続きです。

2014年の10月の終わりに、乳がんの手術をしたスノウさん。それから2018年の年末まで、私たちはお気楽な気持ちで、あっちに行ったりこっちに行ったり、そして実家に行っては楽しい姉妹集会をしていました。

その年末の検査で、肺に白い影が映ってしまったのです。

その時のお話といきさつは「自由が丘に行きました。」をお読みくださればと思います。

 

私たちは、どちらかというとポジティブ思考の集団なのかも知れません。

乳癌、肺がんとやっていても、体力さえつけば、また元のような暮らしが戻ってくると信じていたのですから。

なぜなら、上にリンクした記事にも書いたと思うのですが、その肺がんは乳癌の転移ではないと言われたからで、それを信じたからでした。

手術日は2月5日で4時間半の時間を費やしました。

 

その後のスノウさんとお見舞いの様子は→「自由が丘に行きました。その2」

数日前から、この記事を書くために自分のブログを遡って読んだり、パソコンの中のアルバムなどを見ていました。

その病室での写真に写っていたのは、ニコニコと笑うスノウさんと私たちでした。

だからそれからそんなに間の空いていない3月20日には、私と名都さんはまた自由が丘を訪れて三人でちょっとリッチなランチをしたのでした。「その2」の記事内に書いたことですが、肺がんの手術の時に、他にも小さながんが見つかってそれも切除する事が出来たけれど、その為に抗がん剤治療が決まってしまったので、その前のランチ会でした。

自由が丘に行きました。その3

この時、スノウさんったら、私たちにお見舞いのお返しで飲み物代は出すと言ったのに、その時のお酒が高すぎて目を回していたのよね。(パパさんのカードだったからだと思う…。)私はそれに関しては長いお付き合いの歴史で、凄く思っていることがあって、お酒代に対しては凄く冷たいの。

「自分で飲んだのよ。」と知らんぷり。

これに関して、私本当に思っています。「長いお付き合いの歴史で思っていることがあって・・」と言うのは、それは私が他の人からも学んできたことで、あまり間違ってはいない付き合い方だと思うのです。でも人はみんな、いつか死ぬ。それは私も。だったらそこに愛があるのなら、びしっと計算した損のない付き合いなんかに拘らなければ良かったのだと、本当に悔いています。どうせほかでいっぱい損ばかりしているのですから。

「ハイハイ、ここはお姉ちゃんに任せて。」「ハイハイ、ここも私が出してあげる。」「はいはい」「はいはい」と、いい顔してればよかったと思うのです。だって私はお姉ちゃんだったのだから。

もちろん別に何も揉めたわけではなく、やはりアルバムの中の私たちはみんなゲラゲラとまたはにこにこと笑っていました。

その時の記事、『「じゃあね。」と別れて、私と一番下の妹は駅の改札前で時刻表示の案内を見上げていましたら、いきなり別れたばかりの妹が「わっ!!」と抱き着いてきました。

「わーっ、吃驚した。もう行っちゃったと思ってたよ。」と言いながら、私たちはその妹に見送られながら駅の中に入って行ったのでした。

「楽しかったから、お別れが寂しかったのかしら。」と私は思いました。』

この時、私の本当の気持ち・・・・・・

「嫌だな~。こういう事しないでよ。」だったのです。だって忘れられないシーンになってしまうでしょう。まるで映画のワンシーンのように。なんだか感傷的な気持ちになってしまい、帰り道に上野で降りたって桜の花を見て帰った春の日だったのでした。

 

長くなったので「その12」に続きます。

少し続けて書いて行こうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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「キングダム2 遥かなる大地へ」

2022-07-28 01:57:03 | 映画

7月23日にIMAXレーザーで観て参りました。

「DUNE デューン 砂の惑星」を見ました !の中で書いた通り、IMAXレーザー、一度見たら嵌ります。

と言いましても今回で二回目^^

前作の「キングダム」は2019年公開で、もうそんなに月日が経ったのかと、変な所でしみじみとしてしまいます。

それはまだコロナ前で、前作を見て、心が沸き立った私は、姉を誘って近いうちに万里の長城に行こうと計画を立てていたのです。太く短く生きたの代表のように言われる秦の始皇帝の仕事を、しみじみと見たいと言う衝動に駆られたからです。

ですがご存知の通り、その後のコロナ禍によって、中国に行くなんて夢のまた夢になってしまいました。確かに夢のまた夢、今はです。

それはそれですが、やはり映画ひとつを見ても、その先に広がっているのは、見た人の未来なのだと、私は強く思います。

前作は、何一つ情報を入れないで見に行きましたが、今回は夫殿がここのところ毎晩アニメの「キングダム」を見続けていたものですから、ばっちり予習済みでした。

それでも見ごたえがありました。

元気も出ました。

よし、明日から頑張ろうっと、と、何に対してかは分からずとも、そう思える作品だったと思います。

 

しかし山﨑賢人をはじめ、こんな映画を撮っていたら、たとえお食事をドカ食いしようとも、俳優さんたちは決して太る事は出来ないなと思いました。

またご一緒したお友達が、ほんのちょっと不服そうに言ったのは、

「今回はああいうお話だったから、吉沢亮は出番がほとんどなかったのね。」

その先までアニメで予習済みの私は、知ったかぶりして言いました。

「次はえい政の子供の頃の話も入るから、もっと多くなるはずよ。」と。

でもあまりにも自然だったから、意識しなかったけれど、彼は政としては出番は少なかったけれど、漂としてなんだかところどころ、信の傍に居たような気がします。

少ないと言ったら、橋本環奈の河了貂だってです。だけど彼女の行く道も決まって、次回に期待ですね。

 

登場人物がみな魅力的でした。

それも含めて、やはり次回も期待。2023年ですって。楽しみですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「きずなの兄弟と鎌倉殿」&「鎌倉殿の13人☆第23回」

2022-07-27 09:56:36 | ユーモレスクを聴きながら(book)

最近「鎌倉殿の13人」の感想などを、まったく書けないでいます。1、2回抜けると、書けなかった理由が「他の書きたい記事があった」などだったりするので、なかなか復活できませんでした。次回が29回なので、23回はだいぶ前の「狩りと獲物」の回なのです。

この回の時、三大仇討の一つである曾我兄弟の仇討ちの話が出てきました。

これを三谷氏は、頼朝を討つことが目的のクーデターだったと言う説の方を取って描きました。

凄いな三谷氏と思いつつ、なんかちょっと気持ちが悪くなってしまいました。

図らずとも、子供の時から敵と思っていた男(工藤)の事は討ち果たし、そしてその為に、義時に都合よく美談として、物語を書き換えられてしまったのですから。大望を果たそうと思ったのに、私怨として片づけられてしまった無念はいかばかりかと思うではないですか。しかも美談として、本当の敵からは褒められてしまうのですから・・・・。

義時、容赦ないなぁ。

怖すぎるなぁ。

だから女好きゆえに助かった頼朝、巻狩りの時は冴えなかったけれど、いざとなったらちょっとカッコ良かった万寿(頼家)、育ち過ぎの金剛、鹿のはく製のコメディなんかは、ちょうどいい緩和剤になったと思いました。

だけどこの時に私、書き替えられてしまった物語かは知らぬことですが、元の語り継がれた物語をちゃんと知りたいと思ったんです。

しかし今の私の読書力だと、古典のそのままの訳だと、残りの半年をその本で費やしてしまいそうなので、漫画で描かれたものはないかと探したりしたのです。漫画はなかったのですが、子供向きの物がありました。「小学上級・中学生から」と言うものです。「から」ですから・・・^^

今の私にはぴったりです。

 

 

そして本の感想です。

その最後、私は思わず涙をはらりと落としました。

確かに美しくは描かれていましたが、けっしてお涙頂戴の物語ではなかったと思います。

文を書かれた時海結以氏のあとがきの解説に寄れば、「曾我物語」はすべて漢字で書かれた真名本と、それから後(南北朝時代から室町に掛けて)にひらがなが多く含まれて書かれた仮名本があるらしいです。こちらの方がエピソード数も多いらしいので、人々の語りや能や歌舞伎の作者たちに付け加えられたフィクションも多いのかも知れません。

読んだ本は、真名本をひらがなまじりの読みやすい本として訳されていたものをベースに使い、それに仮名本などからエピソードの一部を少々使ったと書いてありましたから、けっしてお涙頂戴ではないけれど、やはり少々ドラマチックにはなっていて、寧ろ読みごたえがありました。多くの参考文献をもとにこの作品も出来上がっているので、作者のあとがきは、情報がたくさんあって更に読みごたえがありました。

印象深かったシーン・・・・。

ふたりの兄弟の父(河津三郎)が、工藤祐経に討たれてしまうと、妻は悲しみのあまり5歳と3歳の幼き息子たちに、「20歳になる前に工藤の首を取って、私に見せて。」と仇討ちを誓わせてしまうのです。

「えーって、それってないなぁ。」と思ったら、後に曾我太郎の後添いに入り、二人の子供も可愛がってくれる優しい夫の元で、新たな落ち着いた幸せな日々を得ると、その時の事をずっと悔いるようになるのでした。彼女の密かな戦いは、二人の息子たちに仇討ちをさせまいと言うものだったと思います。

それは叶わず、この母の後日談も書かれていました。そして兄の恋人だった虎も、彼が亡くなった後は出家してずっと二人の為に祈り続けたのでした。どんな悲しみにも寄り添ってくれる虎は慕われて、曾我の里に寺を建てると、多くの女性が弟子になりました。

色白で思慮深い兄の十郎は、ロマンス担当なのです。また兄よりも背も高く、出家する前日に修行していた寺から脱走して母からも勘当されると言う、弟の五郎は、アクション担当のようです。でもその頃(能や歌舞伎のお話の)は、この弟の方が人気があって、箱根権現の僧侶から借り受けた「友切丸」と言う名刀を紛失してしまい、名前を変えて探すと言う、如何にも的な(でも、面白そう)エピソードまであったと言います。(もちろん、この本には出てきません。)

だけど箱根権現の僧侶から剣を渡されるシーンは確かにあって、その時の名刀は、兄には元は木曽義仲のもので「微塵丸」、弟には義経が義仲討伐の時に箱根権現に戦勝を祈願してささげた源氏の名刀(本当の名前は『薄緑丸』)だそうです。そしてそれは今も箱根神社にあるのだそうです。刀剣にまったく興味もなく分からないと「東京国立博物館」の記事の中で書きましたが、こういうエピソードを知ってしまうと、ちょっとだけムクムクと興味が湧いてくると言うものですね。

また、この物語には、時政・義時親子の名はもちろん、和田や畠山の名前もバンバンと出てきます。どちらかと言うと、皆幼き兄弟の味方です。一度幼い時に、伊藤の孫と言うだけで、首を切られそうになるのですが、一生懸命に頼朝を説得してくれるのが畠山です。

この本は2021年が初版ですが、畠山はこの本の中でもハンサムな挿絵です^^

八重とか千鶴丸とか・・・・。

「鎌倉殿の13人」を見ていたからこそ、身近に感じた物語だったと思います。

 

また仇討にあってしまう工藤にも犬房丸と言う子供がいます。

復讐は憎しみの連鎖を生み出すだけ。だけどこの物語では、ちゃんとその後日譚もあとがきに書かれています。

思った以上に中身の濃い本だったと思いました。この講談社のこのシリーズは、またちょっと読んでみようかなと思いました。

夏休みの読書感想にもお勧めできます。

 

あっ、そうだ !!!

「日本三大仇討ってなんだ !?」とふと思い検索したのですが、あっ、その三大仇討の事は更に長くなってしまうので書きませんが、そこで知った「一富士、二鷹、三なすび」って、この三大仇討から来てるんですってね。

 

じゃあ、読んでみようかなと思われた方は、残りの数行はこの本のネタバレになっていますので、ご注意ください。

 

64歳の虎。挿絵が老けすぎでしょう・・・・って昔はこんなものか・・・・・という事は置いておいて、彼女の所に十郎が「待たせたな。」と言って・・・・じゃない・・・・、こういう書き方だと、大河クラスタは違う人を想像してしまうでしょう(笑)

「ずいぶん待たせてしまったね。すまなかったね。これからはずっと一緒だよ。」と迎えに来てくれるシーンで、この物語は終わるのでした。門の桜の花びらの絨毯の上で息絶えていた虎を人々が見つけます。

仇討はふたりの上にだけ起きた悲しみではなく、周りの愛する人の人生も巻き込んでしまいました。

それでもハラリと涙が落ちました。

私はこういう物語に弱いのです。

ああ、日本人の多くがそうかもね。

 

 

 

 


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「東京国立博物館」を舐めていました!!

2022-07-25 12:16:22 | お出掛け日記

22日のお出掛け日記『「国際子ども図書館」に行ってきました。』の続きです。

考えてみたら、大英博物館にしたってルーブル美術館にしたって、一日では回りきれないと言われていると言うのに、「国立」と名前が付いているものを、如何に「常設展」だからと言っても、他に行った次の数時間で回りきれるものではないなという事を思い知らされました。

と言いましても、私の周りで見学している人たちは、みなゆっくりとまたしみじみと展示してあるものを見て回っていたので、こんな風にぼやくのは、体力のない私とか、またはこの記事を読んで共鳴してくださる何パーセントの方々だけかもしれませんね。

だけど展示品も見ごたえ十分です。

今はまた、コロナの数が増えて来て、近頃少々油断気味なので気を引き締めなくてはと思っている所です。

なので夏休みが終わった後辺りから、年パスを買って「トーハク常設展制覇計画」でも立てようかなと、今は漠然と考えている所です♪

 

下の画像は、表慶館。美しい建物です。でもそこはイベントや特別展などがなければ休館中です。今回行ったのはトップの本館のみのほぼ一階のみです。

それでクタクタとは、やっぱりちょっと脱水気味で、調子が悪かったのかも知れません。

 

 

ちょっと時間を巻き戻して、ここに入場する前・・・・

これは  ↓ 黒門です。

と言っても、これは寛永寺の黒門ではなく、旧因州池田屋敷表門で東大の赤門に対して黒門と言われているのだとか。

 

そして・・・・

今年はいろいろと、いつも以上に楽しいかも知れませんね。

ポストも。

撮影不可の物もありますが、意外とおおらか。気になったものを数枚撮りました。

刀剣の部屋では、みんなが群がっている展示の物を思わずパチリとしましたが、私には違いが分かりません。

だけど近くでうなっている若い人も居ました。インタビューしたい衝動に駆られましたが、我慢しました(笑)

でも分からない時、誰かに「解説してください。」と頼みたくなる時もありますよね。

「ガラスコレクション」の部屋では美しいコレクションが多かったです。

建物自体を見るのも楽しいです。

 

近代美術の部屋で見つけた猫さんです。

 

そしてまた建物・・・・

外に出たら、ここのキャラさんたちがお見送りしてくれました。礼儀正しくマスクをしていました。

 

また来るねぇ~♪


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「国際子ども図書館」に行ってきました。

2022-07-24 02:12:05 | お出掛け日記

私はまだまだ上野と言う場所を知らないんだなと、強く思いました。

最近、「東京国立博物館」の常設展に行きたいと、何とはなしに思うようになっていました。

それで22日の日に言ったわけですが、お友達が・・・って星子さんの事ですが、上野に行くんだったら「子ども図書館」にも行きたいと言いました。

私ったら、それを聞いて「へぇ、そんな所があるのか。いったい何処に ?」と思ったくらい。

なんと行きたかった「東京国立博物館」の隣にありました。

そう言えば、上野の山の噴水から見えている範囲の「東京国立博物館」の先って、ほとんど行ったことがない事に気がつきました。

「上野の山の認知度」をパーセントで表したら、私は35パーセントくらいかもしれません。

 

行ってみたら、目に飛び込んできたのは美しい建物でした。

最初、ちょっと不思議な目の錯覚がありました。

側面の姿かと思うじゃないですか。建てられた時代が違うのかなみたいに思ったのですが、これは二棟の建物だったのです。

 

 

反対側から見た所です。ほらね。しっかりと分かれているでしょう。これは歴史あるお隣の建物の外観を損ねないように、意識して作られたのかも知れないと思いました。真相は闇の中ですが。

さてさて、「国立子ども図書館」は美しい建物でした。

美しかったのは、その外観のみではなかったのです。

 

建物についてはHPの施設紹介などを参考にしてください→https://www.kodomo.go.jp/about/building/institution.html

建物の美しさばかりでなく、子どものへや、世界を知るへやなど、本好きな子供や少々そうでない子供でも、きっと喜んでくれるのではないでしょうか。

また中高生の調べ物に役に立ちそうな蔵書が集めてある「調べものの部屋」は、かなり興味深い部屋でした。

 

ずっと昔からここにあったのかと思うと、既におじさんになりつつある我が子たちの子供時代に、知らなかったことが悔やまれます。

 

またふらりとここには立ち寄りたいものだと思いました。


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夏の和菓子を買う

2022-07-23 01:18:44 | 梢は歌う(日記)

15日の金曜日に計画していた「あれやこれや」でしたが、天気予報の「ゲリラ豪雨」が来ると言う言葉に負けて、結局その日はパソコン周りの紙ごみなどを捨て、お片付けに終始していたのです。だけれど、なんだか外は曇り空で、逆に夏のお出掛け日和だったように感じました。

翌日も似たような天気予報。だったら一日ずらしてやろうと思っていた事を実行しようと思いました。

やった事を「あれやこれや」の【あ】などと数えて遊んでいたので、これが最後の【や】の部分で、いわば「お出掛けのオマケ」のお話です。

 

その1 「夏の和菓子を買う」

図書館で本を返すついでに、予約していた本を1冊借りるのは予定のうちでした。その本をミニ旅の友にしようと思っていましたから。でもそこで想定外の読みたかった本を借りて、これから出かけると言うのに、更に一冊雑誌も借りてカバンの中には本が三冊も入っていたのです。

それなのに北千住で「大橋眼科」に向かう途中、目に入った和菓子屋さん。

「ああ、煉りきりを売っているなぁ。」と思い、帰りに絶対に買おうと思いました。更にもう一か所、向かう先が決まっていてもです。

煉りきりの和菓子って、意外と気軽には買えないんですよね。

で、買いました。

それで私のカバンの中には、他の人から見たら絶対に今日じゃなきゃいけなかったのかと思われる本やお菓子で一杯になって、次の目的地である湯島に向かったのでした。

 

↓ 家族用にお団子も買いました。煉りきりなんかを頂くのは私だけなので。

一口食べて気がつきました。裏も撮らなきゃって。でも半分になったら、分かりづらくなってしまったかも知れませんね。(^_^;

もう一つ買いました。「花火」です。美しいですよね。

下のは、実はこの日のものではありません。頂いたゼリーでしたが、日本の夏の美しくて楽しい所は、こんなお菓子からでも感じる事が出来ますよね。

 

その2 「坂のコレクション」を増やしてしまいました。

 

「湯島」から徒歩4分で辿り着くはずでした。もちろん私の足では、その倍はかかるとは思っていました。

だけど・・・・・

まあ、いつものアレです。

信号のところだったか「三組坂下」と言う標識が目につきました。

「さんくみざか ?  そうそう、この坂を行くんだったわ。」と緩やかな坂を上って行ってしまいました。

上り切った「三組坂上」に着いたところで、オカシイなと地図を見たらその坂の反対側を行く事に気がつきました。

上った坂を「アーア」みたいな気持ちで降りていく私。

でも良いのだ。東京・文京区の「坂のコレクション」を増やしたと思えば。

 

その坂は「みくみざか」と言うのでした。

「三組町」から「湯島三丁目」に変わった時、そこに住んでいた人たちは、きっと残念に思ったのに違いないと(勝手に)思いました。

そしてすぐに慣れてしまったと思うのですが、それでも単なる数字の町名よりも、そこに何かしらのドラマがあった名前に愛着があったろうにと思ったからです。

 

その3 花桃の実でしょうか

徒歩4分プラス20分ほど歩いて目的地にたどり着いたわけですが、、どうせこんなに歩くのだったらと帰りは秋葉原まで出る事にしました。

とぼとぼと歩く帰り道・・・・。

ふと見上げると、街路樹の上の方に可愛らしい実がなっているではありませんか。

 

確か秋葉原の街路樹には、花桃の木もあったと思います。だったら、これはその実でしょうか。

そう言えば、うちのマンションの花桃に実などを見たことがありません。若いからでしょうか。

 

ちょっとお出掛けしても、ささやかな楽しい事がいっぱい落ちていると言う感じがします。

16日は、蒸し暑さと時々の霧雨に体は汗と雨に濡れて、楽しかったけれど疲れました。

だけど好きなものに触れるミニ旅は、やっぱり自分を元気にさせてくれる時間だったと思いました。

 

16日の関連記事

たまには指を折って文字を数えてみた その2

北千住散策

「萩尾望都SF原画展」☆2022


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「萩尾望都SF原画展」☆2022

2022-07-22 02:59:28 | お出掛け日記

16日の日は、あっちに行ったりこっちに行ったりで、「北千住散策」の続きの「あれやこれや」の【れ】は、「東京・アーツ千代田」で24日まで開催されている「萩尾望都SF原画展」に行った事です。タイトルに「☆2022」と付けたのは、実はこの原画展2016年にも行ったからです。

下のフライヤー(チラシ)は、今回のものです。

因みに2016年の原画展の記事は→萩尾望都SF原画展です。

ちょっと、そのチラシなんかを見比べてみるのも面白いような気がします。以前には(チラシ&チケット等に)居なかった阿修羅王が美しい。

この企画展は巡回展なのです。あちらこちらを巡って、また東京にやってきたのです。(次は「あべのハルカス近鉄本店」9月9日から19日までです。)

友達曰く。

「何か目新しいものがあるの ?」

「それは行ってみないと分かりませんが、たとえ無くても、『やるよ。』と言われたら『行くとも』となるのが、『好き』という事でありまして・・・」

「それ、分かるわ !!」と言う会話がありましたが、共鳴して頂いたお友達をお誘いしたわけでもなく、この16日は、みんなひとりで行きました。

意外とこの手の「好き」に関しては、リアル友が周りに居なくて、私は孤独です・・・・・って、別に寂しくもない事ですが^^

そういうわけで、以前とまったく同じでも、それはそれでも構わない感じの私でしたが、いろいろと新しい発見もありました。

雑誌掲載時の原画が紛失してしまった「あそび玉」のエピソードと共に、復元させた(?)、それの原稿や小説などの表紙などのコラボ作品など、かなり見応えがありました。

2016年の時にも感じた、子育て中に読まなかった作品など、やはりまだまだ知らない作品があったんだなと、同じ事を感じたのです。

またその過去の原画展の時は、姉とスノウさんの三人で行きました。

原画の漫画を読み進めている時、不意に私は泣きそうになりました。物語の内容など関係はありません。彼女の事を思い出したからです。

毎日同じような日の繰り返しだけれど、「同じ」なんて言う日はないのですよね。

それ故に愛おしく、そして煌めいているのだと思います。

 

以下は写真コーナーで写したものです。

 

ひとりで行ったデメリットは、こういう写真コーナーではしゃいでヒロインたちと一緒に撮れない事ですよね。

おひとりさまの方も、けっこういました。私はこういう時、お互いさま計画を実施しますよ。お互いに写し合うのを提案するのですが、ほとんど喜ばれてのイエスです。でも夕方に訪れた私には、人と話すような元気さは、もう無かったのでした。だからそのコーナーだけを撮って来たのです。

以下の物は、買って来たお土産のファイルです。

 

そうそう。今回「あぶない丘の上」が取り上げられていたようです。

SF原画展だから、「あぶない壇ノ浦」を外したのかなと思いましたが、あれも「どこでもドア」みたいなのが出てきたり、タイムリープしてしまったりするわけなので、寧ろあちらの絵を見てみたかったです。大河では壇ノ浦もとっくに終わり、義経もとっくに退場なので、タイムリーではないかも知れませんが、私的には一番ツボにはまった作品だったので、美しく儚げな義経を原画で見てみたかったです。

お土産は、あとTシャツを買って来たのですが、「銀の三角」の絵が美しく感じているので、買って来てから頻繁に着ています。

 

 

実はこれと迷いました。だけどこの時カバンの中には図書館から借りた本が二冊入っていたので、重さを嫌ってTシャツにしたのでした。

上の本は、密林サイトで買おうと思います。

 

関連記事

2009年の「萩尾 望都原画展

2016年の「萩尾望都SF原画展

2019年の「ポーの一族展」に行きました。

オープンキャンパス2019「萩尾望都特別講演」

オープンキャンパス「萩尾望都 特別講演」その2


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約8年 番外編

2022-07-20 02:37:16 | ランダム自分史

まあ、夢の話だよ。

 

実家に帰っているようだ。

母がいて、姉がいて、姉が私に言った。

「新しいお風呂屋さん(スーパー銭湯)が出来たんで、行ってみたわ。」

「えっ、誰と !?」と私。

「うん、みんなで。」

(みんなって!? 何で、私の事も誘ってくれなかったの。)と、寂しく思ったが口にしなかった。

「で、良かったの、そこ ?」

 

「大したことなかったわ。普通よ。」と、スノウさんが言った。

「ふーん。あなたは行ったわけね。」と、ちょっとふてくされた私。気持ちを切り替えて、

「私、来月又実家に来るよ。」と予定の日を告げると

「えーと、え~と。私はちょっとその日は無理かも。毎日飲み会に行ってて、忙しんだもん。なんかその日は空いているような気もするんだけれど、その前や後ろが詰まっててね。」

「なんだぁ。元気になった途端にそれかぁ。」と私。

そして私はスノウさんに聞いた。

「毎日楽しい?」って。

「うん。毎日楽しいわ。あっちに行ったりこっちに行ったり、自由に行けて幸せ。」

と、彼女はちょっとふっくらした手を広げて笑って言った。

 

目が覚めて、「あらまっ。スノウさん、普通に出て来たなぁ。関東のお盆は8月なのに・・・・」

だけどスノウさんの笑顔に、泣き虫kiriyはベソもかかず、何でかちょっと微笑んだ。

 

この夢も16日の話です。

昨日の朝、姉と電話で話していた時、ながら電話の姉が母の部屋に行く用事が出来て、その時スマホをスピーカにして母とも話しました。

それで私は、母にその夢の話をしたんです。

「そう。幸せって言ってた ?  楽しいって言ってた ?

それなら良かったな。あっちの世界でも楽しくやってるんだね。」と母は嬉しそうに言いました。

 

人の夢の話ってつまらないと思うけれど、時には役に立つこともあるんですよね。

 

 

 


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北千住散策

2022-07-18 18:30:43 | お出掛け日記

意外と情報をツイッターで拾ってます。この「大橋眼科」の事も、先日ツイッターで知って、是非自分の目で見てみたいものだなと思っていました。1日の日に、実家に帰る途中で寄って行こうかと思っていましたが、いろいろあって止めたのです。その日は猛暑日で、止めておいて良かったです。

で、16日の土曜日に、図書館から足を延ばし(かなり)、ようやくそこを訪れる事が出来ました。

この「大橋眼科」は昨年の春ごろまで、開院していましたが、その後閉院され、近々解体されるとの噂のある所です。

レトロな建物好きとしましては、解体される前に、一度は訪ねてみたいと思うのも自然な成り行きです。

だけどこの建物は、実は私の年齢よりも若い・・・・・(^_^;)

この建物については

そのツイッター記事のまとめ

参考にさせていただいたブログ

(歴史なども分かります。ご挨拶無しでリンクしていますが、ツイッターなどの共有ボタンもあって、広告も貼ってありましたので、リンクさせていただきました。)

ところが、また後からそのリンクした記事の写真などを見たら、かなり見逃しが多かったなと思いました。

と言うのも、この建物の前はあけーどが途切れているんですよ。

小雨振る中、ひとりでこの建物の写真を撮っているって、意外と・・・・・

まあ、ちょっとした精神力は必要なわけで・・・・

もう一回行けたらいいなと思いつつ、行けなかったら、それはそれでまっ、いいかと言う所です。

いい感じ。

他の方の写真にあった、庭の緑は無くなっていたから、やはり解体は本当の事なのかも知れませんね。

 

 

これが「たまには指を折って文字を数えてみた その2」の続きで「あれやこれや」の【や】です。(そちらの記事もよろしくお願いいたします。)

 

そして【こ】が、北千住のカフェまたは隠れ家ごはん散策です。とりあえず今回は、まだ予定していたことがあったので、遅い昼食の為に、一軒のみ訪問でという事にしました。

そしてとっても素敵なお店を見つけました。

とにかくお店のお兄さんたちの感じがいいんです。

北千住は、ある意味飲食店の激戦区のような感じがしました。そしてまたコロナの7波です。大変だと思います。

 

下の飲み物、氷が人の顔のように見えます(私にはw)

 

コルクで作られたお人形、好きに使っていいですと言われたので置いてみました。

お肉のランチプレート。

前菜です。

「凄い量だね。」

「うん、でもこの人、きっと食べちゃうよね。」

「うん。恐ろしい事だね。」

と、コルク人形は言っているのかな^^

灯りがぼんやり。。。

暗さも段差も、ちょっとした窪みのコーナーも、隠れ家ごはんにぴったりでした。

志尊 淳似のお兄さんが(見方は人に寄るので、責任は取れない。)戸口まで送ってくれて丁寧に

「また是非来てくださいね。」とあいさつして送り出してくれました。(ムフフ♪)

感じがイイですよね。

思わず

「また来ますね。」と、私は言いました。

だけど、また来た時に同じお店に行ってしまっては、カフェ巡りと言うものが出来ないのではと、早くも罪の意識がムクムクと…以下略

 

だけどこの街、同じ挨拶を他でも私は聞くことになったのです。

北千住は、そういう街なのかしら。

いつも通過するだけの大きな駅、大きな街でした。だけど、また来ますね。


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たまには指を折って文字を数えてみた その2

2022-07-18 02:43:16 | 詩、小説

振り向いて

何も出来ない でくのぼう

過去の私を 私がなじる

じゃあ今を

ちゃんと生きてると 言えるのか

過去の私が 私をなじる

7月16日(土)。本当は前日の金曜日にいろいろと動こうと思っていました。ところがテレビであんまり「ゲリラ豪雨の危険」を言うものだから、止めて家の片付けに終始していました。

それで土曜日の日に小雨決行という事で、その予定の「あれやこれや」をやっていく事にしました。

一つ目は「図書館に行って本の返却と借りてくる。」と言うものです。

ツイッターで「あれやこれや」の「や」とか書きこんでいたので、図書館の部分が【あ】ですね。

日にちをずらして大正解でした。「今日返ってきた本」と言うコーナーの中に、買おうかと思っていた本が置いてありました。

「マジですか!?」と言う気持ちになって、それも借りてくる事が出来たのですから。

 

小雨振る図書館からの帰り道、空き地の野の花が咲き誇っていました。

マリアアザミと検索したら出てきました。この花の花の落ちた後か、もしくはこれから咲くと言うのか、この緑のポンポンのところが、とっても可愛らしく感じました。

「野の花を愛でる会」、もしくは「野の花マニア」の私の、これが「あれやこれや」の【れ】でしょうか。

因みに「野の花を愛でる会」と言いましても、会員は私一人ですが(笑)

 

侵略的外来種ワースト100にも選定されている、ヒメジョオン。

実はこの花が道端で群れていないで咲いている時、時々その可憐な白さに、清楚さを感じて綺麗だなと思う時があります。

本当は繁殖力が半端ない、駆除対象の花なのですよね。

ここの空き地では思う存分、繁殖してた・・・・・。

来年が怖いよ、これ。

Wikipediaに寄れば

『1個体あたり47,000以上の種子を生産し、さらにその種子の寿命が35年と長いこともあり、驚異的な繁殖能力をもっている。したがって、駆除がとても難しい。』

群れて咲き過ぎて、あまり綺麗には感じる事は出来ませんでした。

だけど下の一枚、結構好きな写真です。

何処がって言われそうですが、見る所がたくさんあってと言う所でしょうか。

 

若い葉っぱだなとか、

老いたものには老いたなりの美しさが・・・・とか

別の一枚からですが、(電線邪魔)、無謀に飛び出す若い花とか・・・

もっと見ていたかったけれど、もうその時時刻は12時で次の所に移動しなければと、この空き地前を離れました。

 

ついでながら、上に載せた短歌ですが、「昔は何にも出来なくて、そしてやろうともしなかったな。」と言う悔いの想いが胸に広がって来て、最初にノートに書き込んだのが、

振り向けば

何も出来ない でくのぼう

過去の私が 私をなじる

 

「いや、違うって。なんで過去の私になじられなくちゃならないのよ。いや、この方がすっきりしてるけれどさ、なじっているのは今の私よ。助詞って本当に大事よね。」となったわけです。

ですが過去の私からも反撃されました。

ちゃんと生きなきゃ。

でもちゃんと生きるって、どういうことを言うんだろう・・・。


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