森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

「天皇の料理番」と今期のドラマの感想

2015-06-30 00:39:55 | テレビ・ラジオ

たまにはドラマのお話をします。

 

今期のドラマの見ていたものでは、とうとう「天皇の料理番」と「警視庁捜査一課9係」を残すのみとなったように思います。

そして見ていたドラマの中で一番楽しみにしていたのは、この「天皇の料理番」でした。次回はとうとう最終回。

俊子は病気みたいだけれど、最後はどうなるのって気になる所ですよね。

このドラマ、本当にワクワクドキドキしました。

そして泣きました。

第9回での兄周太郎の別れは本当に悲しかったです。そしてやっぱり兄弟って良いなとしみじみとしました。いつだって篤蔵の良き理解者だった兄やん。そして彼もまたその兄の誇りになれるようにと頑張る姿に、胸が熱くなるのでした。

そして妻の俊子もまた、篤蔵が自由に羽ばたけるようにと身を引くような女性で、これもまた胸が熱くなるシーンの連続です。

いやな敵役も登場しますが、基本的にみんな良い人ばかりが登場してきたように思います。

 

私、途中で我慢が出来なくなって、いろいろと検索してしまいました。モデルとなった実在の人物についても調べちゃったりして〈もちろんウィキ様止まりですが。〉

だから俊子については嫌な予感が離れないのですが、前回の10話、

「私は篤蔵さんより先に死にません。」と言う妻の言葉を信じて、・・・・と言っても、相当我慢しながらも、自分の成すべきことに頑張る篤蔵の姿に感銘を受けました。

焼けてしまう自分の家の前でボー然とする俊子も、そういった自分の言葉に励まされると言う所も素晴らしかったですね。

もう、この二人が最高~!

 

他のドラマの事も書こうと思うので、こんな感じですみません。

あっ、そうそう、あと一つだけ書かせてください。

パリ篇での郷ひろみさん。凄く良かったです!!

私、時々テレビを続けて見てられなくて、横になって声だけ聞いている時があるんです。

いわゆるラジオ状態ですが、こういうことすると、人気があるとか全く関係なくて、お芝居の良しあしが分かってしまう時があるんですよね。

お久しぶりのドラマだって聞いたけれど、また再びいろいろなお芝居に戻ってきてほしいと思いました。

私はドラマで郷さんが好きになった人なのでそう思うのかもしれませんが、もし彼が20代だったら、今回の篤蔵の役が凄く似合っていたと思います。

 

「警視庁捜査一課9係」は「相棒」の後番組で、少々地味な感じもしますが、なんとシーズン10なんですよ。

一見あまり仲の良くない9係の面々がとっても楽しいドラマです。若干二名は性格も悪いし、抜群のチームワークとはいいがたい。だけれど抑える所はばっちりで、私は〈隠してはないけれど〉敢えて言わない隠れファンなんです。

でもそれって、このドラマの視聴率が最高に良かった、シーズン6あたりから、そう思ったんじゃないかと思います。今季は地味に視聴率が落ち込んでいるような気がします。今週7月1日が最終回です。

私、このシーズン10はあまりちゃんと見ていなかったんです。

私がちゃんと見てあげなかったから、視聴率が落ち込んだのかしら・・・・なんて事はないけれど、最終回はちゃきっと見る事にします。

 

この「警視庁捜査一課9係」をちゃんと見る事が出来なかったのは、水曜日は私にとってはドラマデーだったからです。

「天皇の料理番」の次に楽しみにしていたのは「心がポキッとね」です。

このドラマ、心がみんな病んでいるの。

病んでいない人は一人も出てこなくて、心が壊れちゃってると言う設定の春太〈阿部サダヲ〉が一番まともに見えるくらいなんです。

ドラマの着眼と言うか、凄いなって私思いました。

 

先日、知人が

「私、ちょっとおかしい人なのかな。」としみじみと不安そうに言うので、私、言いました。

「みんなおかしくない人なんかいないんじゃない。みんなちょっとずつおかしくて変よ。だけれどそれをうまく隠してごまかして、分からないように暮らしてるの。そんなもんじゃないのかな。」

みんなちょっとずつおかしい。

それがこのドラマのテーマなんじゃなかったのかな。

 

そしてそれを軽妙なラブコメディにしたのも良かったです。

毎週、夫殿と一緒に楽しみに見ていましたが、これ、かなり視聴率で苦戦したみたいなんですね。

視聴率=良作  と言うわけじゃないと言うのはもう常識の範疇だと思いますが、スポンサーがつくの製作者側としてはそうも言ってられないんですよね。

「警視庁捜査一課9係」が地味に視聴率が落ち込んだと書きましたが、それ双方のスタッフに知られたら叱られるような言葉です。落ち込んだと言っても今までよりもと言う意味で、一けた台だったのは二回のみで、後は11や13%キープなんですから

それに視聴率が悪いと、コラムニストまがいの人に書かれ放題になるんだなって思いました。今頃この記事を書くためにネット検索を掛けていろいろ読んでみたのですが、書かれている内容がと言うより記事自体が結構酷い・・・・。

好きなものにエールを送ると言うのがこのブログのスタンスだった時代もあり、それを思うには、ドラマが終わっていない間に感想などをブログに書いて応援したかったです。

 

もう後の祭りですが。

 

とここまで書いて、滅茶苦茶眠くなってしまいました。

まとめの言葉もなく、終了~。

 

また明日はこれの続きとか、いろいろ書くかもしれません。

 

おやすみ、グナイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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野田市散策日記その6

2015-06-26 23:48:59 | お散歩&写真日記

「傾聴講座」と言うものに参加して、早くも8回目です。

今回も野田市の商工会議所で行われたのですが、そこに行くのに最初の頃は大通りをぐるりと回って行っていました。

〈その記事は→「野田市散策日記その2」

でもある日、違う道がある事を教えて頂き、その道を行ってみる事にしたのです。

歩いてみると、またそこは趣のある道で、それからはその道を使っていくのが常になりました。

 

野田市には「茂木本家美術館」と言う新しい美術館があるのですが、トップ画像はその裏手にあたります。

その美術館はキッコーマン創業者の茂木本家の第12代茂木七左衛門が収集した美術品を展示しているのです。いつかふらりと行きたいなと思っているのですが、この美術館は予約制なんです。ふとHPを見てみましたら、なんと6月29日から9月1日までは夏季休業・・・・・・ !!!

この美術館を訪れると言うのは秋のお楽しみになってしまいました。

 

 

それまでは外から建物の雰囲気を楽しみにしたいと思います。

 

 

 

野田市のこんな道が好きなのは、何でもないような道を歩いても、ちょっとした旅気分にさせてくれるからかもしれません。

 

たぶん普通のおうちです。

普通と言ってもかなり豪邸の古民家ですよね。

「古」と言う文字を付けて申し訳ないのですが、美術館にも劣らない圧倒的な存在感。素敵だなと思って、思わず画像を残してしまいました。

 

敢えてこの道を選んで歩く、そんな私の気持ち、きっと分かって頂けるのではないかと思います。

 

〈ところでここの所、金曜日はいつも雨って知ってました?〉

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「檜町公園」、再び。

2015-06-22 01:04:51 | お出掛け日記

たまに東京に出てくると、一か所だけでは勿体ないと思ってしまう田舎者です。

6月6日に国立新美術館の帰りには、再び「檜町公園」に行ってみようと思いました。

前にそこを訪れたのは、2012年6月20日で、やはり美術館の帰りに行きました。

その時は迷いこんで、偶然そこにたどり着いたのですね。

その時の記事は→「檜町公園は東京ミッドタウンの隣です 」

 

 〈デザート〉

お昼は美術館に入っているレストランで済まし、確かすぐ近くにあったその公園に向かう事にしました。

ところが・・・・・

ああ、また普通にたどり着けない女・・・の私。

今回は女たちと複数形に変化。

 

美術館の上階から緑がこんもりしていた方向に思わず歩き出してしまった私たち。

「でも、お姉ちゃん。その公園は東京ミッドタウンの隣なんだよ。」と言ったけれど、方角についてはいつも全く自信がなくヘイヘイと付いて行ってしまったのでした。

結局は美術館から反対方向に出てしまったわけなのですが、なんだか不運が幸いになったように感じたのです。

なぜならそれは・・・・・・

 

 こんな所に出たんですよ。

 

 

なんか素敵じゃないですか。

こんな絵もあって楽しいです。

そこは・・・・・

六本木トンネルの歩道です。

で、結局、大回りして図らずとも東京散歩になりました。

 

ようやくたどり着いた公園では花が優しく出迎えてくれました。

 

と言っても、6日の画像なので、今は盛りのアジサイなどはイマイチでした。

 

でもこの緑豊かな都会の真ん中のこの公園は、間違いなく都会のオアシスだと思います。

 

6月6日はその後そのまま実家に向かい、翌日は「母の誕生日会」などをし、6月のマイイベントとして満足のいく二日間でした。

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「マグリット展」に行きました

2015-06-21 02:44:42 | お出掛け日記

国立新美術館での東京展は今月29日で終わりです。

行きたいと思われていた方は忙しい日常のどこかに予定をねじ込んで、急いで行かれた方が良いですよ。

…などと余計なひと言から、また少し間が空いてしまったこのブログですが、復活します。

 

6月6日、姉と二人で行ってきました。

 

この絵画展、本当に疲れました。見終わった時にへとへとです。

確かに展示数は多かったのですが、サービス満点の日本の絵画展などではいつもの標準的な展示数かと思われます。

だけれど、その多くの展示作品を本当にくまなくジィーーっと手抜きなしで思わず見入ってしまった私です。

 

その結果が、「クタクタ」です。

 

一つ一つの絵は、親しみのある美しさを持っていながら、メッセージ性も高く、多くの想いを語りかけてくるような感じがします。

そしてこのマグリットと言う方は、絵画と同様によく話す人なんだとも感じたのです。

解説にたびたび出てくる

「画家の言葉を借りれば」

と、マグリットがどこかで受けたインタビューの本人自身の解説が引用されているのです。

想いを語る画家。

そんな画家の気質が絵画によく表れていると思いました。

 

 ゆえにシュールであっても親しみを感じるのです。

 

この「シュール」と言う言葉は私にはちょっと想い出もあり思い入れもある言葉です。

中学の時、姉が連れてきた友人はこの「シュルレアリスム」と言う言葉を多用する人でした。

「シュールレアリスムにおいては・・」とか

「それってシュールよね。」とか。

本当はさっぱりこんこんと分からなかったのに、

「えっ、そうなの。」「えっ、でもさあ、それだったら・・・」とか応戦しちゃって〈アホか〉、今そのシーンを脳内再生してみると、17歳の少女と小学生にしか見えない14歳の少女がシュルレアリスムについて語ってるって、それを客観的に突き放して見てみると・・・・・なんかシュールじゃない?

だけどその後、この「シュルレアリスム」と言う言葉は、私の中で「難解」ベスト10の中にいつも食い込んでいて、少々の影響を受けました。

 

だからこの絵画展でこの言葉を聞いた時に、なんだか懐かしい友と再会したような気持ちにもなったのでした。

 

マグリットの絵画の話に戻りますが、気にいった絵は多数ありました。

彼の27歳の頃の初期作品も、また不遇だった戦時下の時の作品の中にもそれはありました。

一つ一つに感想もあるのですが、今回は見た人がそれぞれに思うことがたくさんあるのではないかと思うので、書くのは止めておこうと思います。

だけれどここで書かないと、きっといつか

「私はあの時に何を思ったのだろう。」ってきっとなると思うのですね。

でもまたいつかこれらの作品に再会した時に、その時感じた事がその絵の感想と言うことで良いと思いました。

 

ただアリスの絵をモチーフにした印象派のような色彩の絵の前で、私は思わず吹き出しそうになったと言うことだけは書かせてくださいね。

だって、あの緑の何か…魔人ブゥみたいだったんだもの。

 

 今回のチラシ〈表・裏〉です。

  

 絵葉書。

 

 買ったファイルです。

 その裏。

 

 

 

そしてこちらが、これらの撮影の邪魔をしているわがやのもも吉です。

 

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花にも心があるならば

2015-06-15 09:21:15 | 梢は歌う(日記)

ひとつ前の記事には、睡蓮の花が咲いた画像を載せました。

もうその睡蓮は枯れて、今年の花の役目を終えました。

でも今日は、その話をはじめにしましょう。

 

その花を最初に見かけたのは、家事や雑用で忙しかった10日の日の夕方。〈最近いつも忙しない〉

すでに萎みかけていました。だからあのようなちゃんと咲いていない花の画像を載せたのでした。→「何もないような一日でも

その日の夜、夫にその睡蓮の話をしました。

夫は凄く残念がって

「睡蓮の花はほとんど二日しか咲かない。しかも俺が会社に行く時間には間に合わない・・・。」と嘆きました。

そして私は

「明日、ちゃんと花が咲いている写真を撮っておいてね。」と課題を与えられました。

 

翌日の朝、

「ああ、もう少しなのになあ。」と言いつつ、夫は出勤。

 

忙しさにかまけてうっかりと言うことの無いように、ベランダを事あるごとに意識し、一応その課題を終えた私です。

綺麗な花を見ながら、この花は夫が見るべき花なのになあと思いました。

いつも言っている事ですが、水生の花とメダカなどの水辺の生き物は夫の担当であり彼がお世話をしているのです。

 

その日の夕方、再びベランダを覗くと、花は閉じて蕾の状態になっていました。

「あらまっ。今日は眠る時間が早いんじゃないの。昨日は同じ時間に起きていたじゃないの。」と花に話しかける私。

―睡蓮の花は二日・・・

と言う夫の言葉が頭を過りましたが、なんとなく私は違うような気がしてしまったのです。

 

また翌日の朝、

「ママ~!  花が咲いているよ!!」と言う夫の嬉しそうな声で目が覚めました。

ちゃんと彼の出勤に間に合うように、花は早起きして咲いたのです。

それで昨日早く寝たのかと私は思いました。

 

えっ、

今、

そーーーーーんなわけないじゃーーーん!!

って、思いましたか。

 

花のリズムがたまたまそうなっただけとか天気の違いとか、そう考えるのが普通のことかもしれません。

 

でもね、私にはやっぱり花が、咲いている自分を夫に見せたかったのだと思えてならないのです。

花は言葉を持っていないけれど、もし心を持っていたならば、きっとそう思ったはず。

 

鉢をもっと日の当たる場所に移動させ、写真を自分で撮っている夫の背中を見ながらそう思います。

 

そして

それはそう信じた方が、人生は楽しい。

そう思うんです。

 

今年の睡蓮」の一枚目は二日目、二枚目三枚目は、三日目に撮った睡蓮なのでした。

この花は4日咲いて眠りについたのです。

 

 

〈今日は出来るだけ家にいて、お片付けに終始したいと思います。休憩時間にはブログ更新などをしているかもしれません。〉

 

 

 

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今年の睡蓮

2015-06-12 02:01:49 | お散歩&写真日記

ひとつ前の記事でつぼみかけた睡蓮の画像を載せたので、ちゃんと開いているものを載せておきます。

 

 

 

なんでだか我が家の睡蓮はワンシーズンに一輪だけ。

でも咲いてくれて嬉しいです。

 

一応昨年の睡蓮も・

 

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何もないような一日でも

2015-06-10 01:35:09 | お散歩&写真日記

 

 

 

昨日は普通の一日。

 

午前中に歯医者に行き、一応今日で終わりと言われました。

でも最近、「今日で終わり。次は三か月後の検診で。」と言われても三か月待たずにどこかが欠けたり痛くなったりします。

嘆かわしい事です。

そんな事を考えていた時に遠くから見えた紫陽花の色は鮮やかで、

そうなったらそうなった時に嘆けばいいよと言っているようでした。

日々変化のアジサイの花。

 

そして終日お片付け。

私のお片付けディーは、猫のももにとってはお祭りです。

あっちこっちを走り回って変化のあった場所に体をこすりつけているのです。

 

夕方からのちょっこしバイトの時間になりました。

ふとベランダを見ると・・・・

 

ああ、水連が咲いていたのか。

夕方なので萎みかけているところでした。

 

気が付く事がなかったら、勝手に咲いて萎んでいってしまうのでしょう。

その変化、

気が付いてあげなくちゃ。

睡蓮はだいたい二日なんですって。

今日の昼はちゃんと咲いている写真が撮れますように。

 

ちょっこしバイトから戻って来て、今度は本当の私の仕事です。

振り向くと、「凄まじい」と言う言葉がふさわしく思えるような夕焼けが・・・・。

 

昨日は何もない幸せな一日だったと言えるのだと思います。

 

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母の誕生日会

2015-06-08 09:56:58 | 家族スナップ

月一実家帰りを出来る範囲でですが、数年前から心がけています。

それは両親がちゃんと健在だった頃に、どちらかが具合が悪くなってから急に通いだすと、「いかにも」と言う感じがして嫌だなと思ったからです。

実家に帰るのは日常の習慣にしようと思ったのでした。

細かい事は述べませんが、こう言うことを当たり前にしておくと、いろいろな場面で自分が楽だと思います。

 

ところで今月は6日の日に、東京まで出掛ける用があったので、そのまま横浜に帰る事にしました。

でもその翌日の7日は、なんと母の誕生日ではないですか。

 

私たちが帰ると、母はいつもお寿司を取ってくれたり新しく出来た洋食屋さんで出前を取ってくれたりするのですが、今回は誕生日でなくても自分で作ろうと思っていました。

実はこの月一帰省には、昨年からもう一つの意味合いが私には生じてしまったのです。

それは独立して出て行ったラッタ青年に会う事なんです。

〈やっぱり子離れしていないのかも。〉

この数か月は二人で外で食事をしたこともあったし、この彼にとっては祖母の家でもある実家で会った事も数回。

私は今回は母にもですが、この息子にも自分の作ったご飯を食べさせたかったのだと思います。

だって自分の作ったものをみんなで食べるって、本当に素敵な事だと思うんですよね。

別にお料理は得意ではありません。それに自分では作ることの出来ない美味しいものを、素敵なお店や出前で頂くのも楽しい事だとは思うのですが、私的にはそれは「一番」じゃないんです。

 

最初は私一人の帰省の予定でしたが、呼び掛けたら姉妹全員集合になり俄然楽しさが増してきました。

エビフライは妹からのリクエストで、てまり寿司はラッタ君の提案。

朝、早くから家を出てやって来た妹も入れて全員でてまり寿司のネタを買いに行き、みんなで作りました。

 

姉が母の誕生日会ならぬ昼食会を始める前の挨拶を私にしろと言うので、

「お母さん。私たちはこれからもお母さんのすねをかじって生きて行こうと思います。だから出来るだけ長く生きてそのすねをかじらせてくださいね。」と言うろくでもない、いかにも私らしい挨拶をしました。

 

食事を作っている時にラッタ君が

「ばあちゃんは、一体いくつになったんだ。」と聞いてきたので

「82歳よ。」と伝えたら

「もうそんなになるのか。若いな。まったくそんな風には見えないよ。」と言ったのです。

 

もちろんこの話は、さっきのろくでもない挨拶にさりげなくねじ込みました。

 

母はすごく嬉しそうな顔をして、そして言いました。

「82歳で初めてこんな事をしてもらって・・・・」

 

この言葉は別に嫌味でも何でもないんです。でも、私は「本当だなあ~、」としみじみとした気持ちになりました。

父の時は何か節目の時には、その誕生日に合わせて集まったりしたのですが、母にはそういう機会もなく、またそう言う発想もなく今まで来てしまいました。もちろんささやかなプレゼントは渡してはいますし電話などでお祝いも言ってきましたが、このようにこの日に合わせて集まったことなどなかったのです。

なんだか親不孝だったなー。

一瞬の短い間にそんな想いが過りました。

 

「あっ、なんだか涙が…」と母は言いました。

こんな程度の思い付きでそんなに喜んでもらって・・・・と思ったら、母がせき込みだしました。

咳をしながら

「涙が喉にまわったみたい・・・」などと

その続きを言うので、コホッコホッゲホッっとなり思わず心配になって

「気合を入れて、咳をした方が良いよ。ちょっと今日、何かあったらね、新聞に載っちゃうからね。
『82歳の誕生日の涙の挨拶で咳き込んで死亡。』
シャレになりませんて。」 !

と言うわけで、母の涙のもらい泣きバージョンと言うシーンはボツになりました。

 

 

メニューの品数は少ないけれどなんたって量が多いので、お腹がいっぱいになりました。

 

 

 一人ひとり個別のケーキ。私はココナッツのケーキ。母は普通のショートケーキでしたが、凄く美味しそうでした。

近所に美味しいケーキ屋さんがあるって素敵な事ですよね。

 

帰る時に、仏壇に手を合わせ、父の写真に心の中で

「じゃあ、またね。」と言うと、なんだか写真の中の父は、本当に笑っているように見えました。

― まさかね。

と思いましたが、この日に実家に帰ろうと思ったのはたまたまだと思っていたけれど、本当は

「この日に来い。」と父に呼ばれたのかもしれないと感じたのです。

「うん。またね。」と私はもう一度父に言い、ちょっとだけ涙で瞼が濡れたのでした。



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意図なくオヤスミしています

2015-06-06 02:50:01 | 梢は歌う(日記)
 
ほぼ毎日の記録その1 

6月になってあっという間に4日が過ぎてしまいました。何となく忙しなくてブログ更新が出来ませんでした。時間がないと言うわけではなくて、なーんとなく落ち着かないのです。そん...
 

 

上の囲みは昨年の記事です。

ふと気が付いたら、数日オヤスミしていました。

いろいろと書きかけている事やここで書いていきたいことがあるので、ちゃんとやろうと思い、日記ブログ「果樹園のテータイム」を復活させました。

それはこちらです。→こちら

来てね~。

と、気が付けばここが冬眠状態になっていました。

近々復活いたします。

 

明日は実家に帰るので、あさってからでも^^

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