森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

松下村塾&萩城下町

2014-06-30 21:48:59 | お出掛け日記

広島・山口萩・津和野の旅行の記録―

二日目は結構盛りだくさんの一日でした。

津和野を後にして、次は萩市にやってきました。

 

以前の記事にも書きましたが、ずっと昔に行った所の再訪は、過去の自分を訪ねる旅でもあるのです。

松下村塾の前でニコリともせずにカメラを睨み付けるように写真を撮っていた10代の私を凄く良く覚えています。

その時、私は「暑いから疲れちゃったな。」とか思っているのではないのです。

10代の私から見ると29歳の松陰は立派なおじさんで、そしてその人となりを知らなくても幕末の志士たちに大きな影響を与えた人、ただそれだけで大きな尊敬に値する人でした。

私は大まじめに

「松陰先生、ワタクシも日本の未来の為に自分の出来る何かを頑張ります。」そんな思いを込めてこの写真を撮っていたのです。

世界の片隅で誰の目に止まらない石ころのような人生であっても、私はかっこよく生きたかった。

大志とは自分自身のちっぽけな成功ではなくて、何か大きなもののために働くことだと思っていた昔―。

 

ああ、それが・・・・・。

この年月の残酷さは何だろう。

今日の安穏、明日のささやかな幸せの追求に終始する毎日。要らぬ脂肪を来たるべき食糧難の為に自分自身の肉体に蓄える事に労をなし写真をどんなに小さく切り刻んでも、そのふくよかさは隠せない・・・。

  「暑いねー♪」とニコニコ笑っている私。

だけどこれでいいんだと思う。これが良いんだと又思う。

もしも松陰が今生きていたら、この日本を見て何を思うのだろうか。きっといろいろな事を多岐にわたって考えるだろう。

ただ彼はこれだけは思うに違いない。

この国の女たちには笑っていてもらいたいと。

 

 

松下村塾と松陰幽囚の旧宅・吉田松陰歴史館などは松陰神社の境内にあります。

松陰の辞世の句は「身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし大和魂」 が有名だと思うのですが、もう一つその死罪が言い渡された時に作った歌があるのです。

それは「親思う心にまさる親心けふのおとずれ何ときくらん」でその石碑がこの松陰神社にはありました。

子供が親を思っている以上に親は子を思っている。今日、その知らせ(死罪の)聞いて親は何と思うだろうと言うようなもので、嘆く親の心情を思ったものだと思います。

10代の私にはおじさんに感じた松陰は、今ここにまた来てみると、わが愚息とさして年の違わない青年なのでした。

私はしみじみと子供を思うように哀れで切ない事だと思ったのでした。

その石碑の文字を見つめながら、
―違う道はなかったのだろうか、逃れる方法はなかったのだろうか。なんとしてでも生きのびて叶わなかった夢の続きをやらせてあげたかった
などと、思っても仕方のないようなことを考えていたのでした。

 

以下は松下村塾・松陰幽囚の旧宅と維新の志士たちの歴史の余韻が漂う萩城下町の写真日記です。

 

 

 

城下町。高杉晋作の生誕地。

 

 

 

 

ここでトップ画像の説明ですが、菊谷横丁のなまこ壁です。ここは「日本の道百選」に選ばれているんですよ。他の道も趣があって素敵です。

下は江戸屋横丁だと思います。

 

 

 

 

 

 

 木戸孝允の家にも行きました。彼の家は、藩医の家でかなり豊かだったと思われます。中二階建ての家でかなり中は広かったです。

庭にはこの時代には珍しい棕櫚の木がありました。豊かだったことがこんな木からもうかがえます。

庭の松

幼少の時の手習い。

二回には上がれませんでしたが、上は書斎になっているみたいです。

 

 ここを出て次はさっき見かけた古民家風の喫茶店でお茶でも飲みたいなと思って、時計を見たら集合時間5分前でした。

1分前にバスに着いたので遅刻ではありませんが焦りました。

 

萩はやはり見応え十分な街です。

だけれどブームが去って以前ほどの賑わいはないそうです。

ただ来年の大河ドラマが松陰の妹がモデルの「花燃ゆ」。

また人気が再燃すると、今はじっと息をひそめてその時を待っているような、そんな感じもしたのでした。

 

少なくとも私と夫はドラマを見ながら「ああ、ここ行ったね。あそこも行ったね。」と煩い事でしょう。

余談ですが、「龍馬伝」の影響で、私の中では高杉晋作と言ったら伊勢谷友介なのです。(ごめんね、拓ちゃん←分かる人には分かる^^)
ところが今度のドラマでは、伊勢谷友介は何と松陰なんですよ。

ああ、混乱しちゃうわ。

因みにそのドラマの高杉晋作は高良健吾、そしてヒロイン文の最初の夫となる久坂玄瑞に東出昌大。 ヒロインは井上真央だし、なんか朝ドラから皆さんやってきましたと言う感じですね。

 

 

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小京都・津和野

2014-06-29 16:12:31 | お出掛け日記

間が開いてしまいましたが、広島・山口・萩・津和野の旅行の記録の続きです。

なんとなくダラダラ書いていますが、ふと、こんなことをやっていてはいけないと思い立ちました。飛ばしていかないと間に合わないんだ!

―間に合うかもしれない、今なら~♪

てな、ことが待ってるのです。暗号のような事を書いていますが、今にわかる日が来ると思うので、その時はよろしくです。

でも旅行記は、やっぱり小口で書いていこうと思います。ただ更新頻度は上げていくつもりです。

暇なのかって思わないでね^^

 

津和野町の続きです。津和野は鯉ばかりの街ではありませんでした。

小さな町で本当に静かです。

山と川に囲まれた歴史の面影が残るこの町。それだけで人々の心に残る町。

仲良くなったツアーのお友達は、

「またこの町に来ることが出来ますように。」と神社で祈っていました。

 

小さな町の町並み〈なんだか『村の『村の時間』の時間』みたいな感じ〉

 

 旧藩士たちの師弟に対して学問武芸を教えた場所。今は町立民族資料館になっています。↑    ↓

 

もうちょっと季節が後なら、きっと花も綺麗に咲いてもっと美しかったと思います。気が早く咲いてくれていたものもありました。

 

多古家老後

 

それから良くサスペンスに登場するのは、太皷谷稲成神社です。

下からずっと鳥居の中をくぐって上って行くのです。ちょっと見覚えがありませんか?

 

ふうふう、ぜいぜい。

上から見た風景

 

 

 赤い屋根が多いのは「石州瓦」と呼ばれ、日本海の凍害や塩害に強く割れにくく、防火性能の高い瓦なんです。

 

 今回のツアーでの津和野観光はここまででしたが、学生時代に来た時には個人旅行でしたので隅から隅までこの町を歩きました。旧森鴎外邸が町の外れにはあって、その横に記念館が建っています。その記念館は昔もあったのか記憶に無いのですが、鴎外邸には行った記憶があります。

それから太皷谷稲成神社の少し横の山の上には津和野城址があります。

リフトに乗って上がっていくのですが、そちらも学生時代に行きました。

日本100名城の一つですが残っているのは石垣だけです。

 

 

津和野の沙羅の木で頂いた昼食です。

     

 

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ドラマのお話♪2014.6

2014-06-28 22:16:35 | テレビ・ラジオ

《旅行の記録を書いている途中ですが、長々ゆっくり書いていると、どうしても間に書いておきたいことがいろいろ出てきちゃうのですよね。いろいろと言うのはいろいろなんだけれど、その中のお気楽なドラマのお話です。》

 

お気に入りだった「続・最後から二番目の恋」が終わって、今期のドラマがみんな終わったと言う感じがしました。

見ていたドラマの感想を簡単にメモ程度に書いておきたいと思います。

今期もいろいろ見ていたけれど、かなり寝ながら見ていました。

本当に9時から11時は眠いんです。

でも見ていたドラマの最終回週はさすがに寝てしまったものはなかったです。

 

月曜日は「極悪がんぼ」。これは最終回で初めて面白いドラマだったんだなあと気が付きました。キャストも魅力がありました。主役のオノマチも良かったし三浦友和や椎名桔平も存在感がありました。小林薫の「カーネーション」コンビ復活と言うところも良かったですね。ただこのドラマに最終回まで感情移入出来なかったのは、設定の物語が苦手だったからです。今までお金がなくて借金しか財産がないような人が口にするのは大きな金額で小市民である私にはついていけなかったような気がします。平均視聴率は9.9。   だけどツイッターでの評判はすこぶる良かったです。

そう言えば、月曜日は「ホワイト・ラボ」も見てました。月曜日の8時台のこの枠のドラマは皆好きです。キャストは結構贅沢でしたね。内容も面白かったし、続編希望です。最終回はずっと引っ張ってきた一ノ瀬のエピソードの決着を見るのですが、最後二回で出てきた女性をもっと早くから出して、視聴者の裏をかいて欲しかったと思いました。平均視聴率は7.9。低いようですが、この枠はいつもこんな程度のようです。

 

火曜日は「ビター・ブラッド」。このドラマ、音楽が凄く好きでした。
シャラランシャラランと言う軽快なノリ。毎回結構単純に楽しく見ていました。個性的なチームのメンバーが仲間でいい感じだったと思います。仲良しごっこと言われればそれまでですが、ホームドラマ的なノリの刑事ドラマなので、それで良かったと思いました。

敵役のミッチーも良かったです。

だけれど最終回は、時間が余っちゃたのかと思うようなラストの締めくくり方がちょっと残念だったような気がしました。まあ、親子でバディなんて設定からしてありえないものなので、堅い事は言いっこ無しかなとも思います。

でもこのドラマが終わって「るろうに剣心」は本格的に宣伝が流れるようになりました。後1ヶ月楽しみです。その前の顔出しドラマとしても良かったように思います。

平均視聴率は10.8。

だけれど最終回だけの視聴率を見ると「極悪がんぼ」に負けています。

視聴率ではドラマの質は問えないものがあると思います。だけれど同じ立ち位置でものを考えるならば、この数字から読み取れるものはあるかもしれませんね。

 

放映回数が少なかったので、とっくに終って次が始まっているのは、NHKの「サイレント・プア―」。

このドラマは本当に良かったです。深田恭子主演で現代の貧困に向き合うというもの。いろいろ考えさせられました。自治会の役員では社協の担当でしたが連絡員で募金のお手伝いをしただけで、あそこはそんなに大事な仕事をしてる所だったのかと認識を新たにしました。もちろん深田恭子さん役のような人がいればと言うお話ですが。

 

海外ドラマでかかさず見ていた「クリミナル・マインド」もとうとう終わってしまいました。今回はロッシといい感じになっていたエリン・ストラウスとの悲しい別れで最終回を迎えてしまいました。このストラウスは登場の仕方が味方の中の敵と言う感じで、好きなキャラにはなかなかなれない人でしたが、途中で方向が変わったのか、彼女自身のアルコール依存とその克服のエピソードや他のメンバーの確執や絡みなど徐々にクリマイレギュラーのエピソードの中に食い込んできていたのに、ちょっと残念でしたね。もうちょっと食い込んで心に居座っていてくれれば、さらに悲しかったと思います。 悲しいと言えば、このシーズン8にはDr.リードの今後にも影響がずっと残るような悲しい出会いと別れがありましたよね。

シーズンも8と重ねてきましたが、犯人の残酷性もさながら、中ダレしていないドラマだと思います。

ちょっとまだ最終回のお話です。最終回についに犯人が明かされたレプリケーターでしたが、終わってから気が付きました。彼がマーク・ハミルだったのだと。

うひゃー・・・ってかなり衝撃的。

だってマーク・ハミルって言ったら、昔はDr.リードみたいな雰囲気を醸し出していた人なんですよ。私、結構好きだったな。

この地味な感じのおじさんがレプリケーターかって思っていたのに。

でも言われてみると目の周辺に面影がしっかりとあるんですよね。この人はあまり映画などで見かけなくなっちゃったけれど、いったい何をしてきたのかと思わず検索しちゃいました。なんとアニメの声優などでその名をとどろかせていたんですね。英語版の「天空の城ラピュタ」ではなんとムスカの声を演じていたんですよ。皆それぞれの場所で頑張ってきたんですよね。

そして彼、新作のスターウォーズにも出演が決定しているんですって。ハリソン・フォードもレイア姫のあの方も出演決定とか。

などとこの情報は今年4月頃のもので決して新しくないのですが、私は知ったばかりの事なので、書かせていただきました。

ところで終わり方があまり「続き」と言う感じがしなくて、「終わり」と言う感じにまとまっていました。海外ドラマの最終回はいつも何かとんでもないことが起きて、「えええっ、ここで終わってしまうのか。」と言う所で終わってしまうことが多いのに、このようにまとまって終わりなどと言う雰囲気だと不安になります。

だけれど、クリマイはシーズン9と10は続投決定してます。安心ですね。

 

と気がつけば、まだ火曜日のドラマの話をしていました。ここからは短く行く事にします。

水曜日はテレ朝の「TEAM-警視庁特別犯罪捜査本部」。
これ最初の頃、ちゃんと見てなかった。だから眠くって、この時間・・・・・。

でも勿体ない事したなって思いました。最終回も良かったし、面白かった、これ。
佐久は一応左遷と言うか出世と言うか、飛ばされちゃったわけですが自分から言い出したことでまた戻ってくることは可能な感じ(勝手にそう思い込んでいる私)。だって続編希望です。
「遺留捜査」は別の時間帯に動いちゃったし、「臨場」は映画で見た限りではあれで終わりだと思うのね。そうしたら、これがシリーズ化ってことはあり得ますよね。

平均視聴率は9.4。

シリーズ化して定着していけば、もっと伸びていくと思います。

 

そして次は「花咲舞・・・」って書くと思うでしょう?
そのドラマ人気も評判も高かったですよね。でも私、毎回録画してタイムリーには見ていなかったのでした。そしてまだ未見。実は一回目は見たのですよ。普通に面白かったです。
でも水曜日は1本でいいやと言う気分になってしまったんです。あの元気溌剌と言う杏ちゃんのドラマを見る気分には夜はなれなかったと言う感じで他意はないです。ゆるゆると録画を見ていく予定です。因みに今期のドラマで視聴率的にはダントツ一位はこのドラマだったんですよね。

一応慎吾ちゃんのドラマ「SMOKING GUN」は見ていました。でもぼんやり見ていたので(眠いので)、たいして記憶に残っていないのです。

慎吾ちゃん、ごめんね。

ただ民間の科捜研があるんだなと新しい知識を得る事は出来ました。
これは視聴率が結構厳しかったようで、慎吾ちゃんの将来にも影響が出るようなことを一部囁かれているようで気の毒だと思います。

平均視聴率は、7.4。

 

木曜日はドラマディ。
それ以外の日だって同じ時間見てるだろうと言われたら、返す言葉もありませんが、私の中では想いの重さが違います。

「MOZU」はと書き始めそうですが、実はその前の時間帯の「刑事110キロ」から。主演の石塚さんの体重は決して軽くないと思うのですが、何やらバラエティの人だもんで、私最初軽く見ちゃってたなあ、彼の事。

だけれどこのドラマ、意外と良かったですよ。なんて言うかゲストが豪華で地味ながら推理も面白かったです。うちは晩御飯が遅いのでちょうどこの時にお食事なので、まいう~の石ちゃんの顔もおいしそうでした。

ただこれも視聴率は厳しかったです。平均視聴率は7.7。8時台だからそんなものなのかと思ったら、シーズン1は平均視聴率が12%を超えていたんですよ。うーん、この転落の原因は何かって感じですね、。

 

MOZU」は映画的な感じがやっぱり良かったです。
女装の少年、新谷宏美が
「私も百舌も、衝動に駆られているんだね。」と微笑みながらかわいらしく言うのですが、シリアルキラーたちの心情をさりげなく言っていて一番心に残りました。

引き続きWOWOWで楽しみたいと思います。

あっ、そうそう。視聴率ですが、お話の内容が見る人を選んでしまったのか、途中で落ち込みました。だけれど最後は挽回して最終回では13.8で平均視聴率は11.01でした。

BORDER」については別記事に書きました。これは一桁スタートでしたが追い上げていき、最終回は14.4。平均視聴率は12.16でした。

 

10時台「続・最後から二番目の恋」は、キャストももちろん良かったけれど、とにかくシナリオのセリフに圧倒されていました。
最終回は場面ひとつでオールキャストが登場の舞台劇のような感じでした。しかしまったく飽きません。
大人の恋の新しい在り方と言う感じもして、素敵でしたね。鎌倉の海に桜貝とかガラスなどを拾いに行きたくなりました。期待を全く裏切られなかった作品でした。来週からないのかと思うと寂しいです。

だけれどまた続きをやってとは思いません。だってとっても素敵に終わったので、もう二人はあのソファにそっと寝かしときましょって思います。私の記憶の中で。

平均視聴率は12.86。安定の人気ぶりでしたね。

 

金曜日は「アリスの棘」を見ていました。

上野樹里さんってお綺麗で演技もうまいんだなあって、このドラマを見てそう思いました。どうものだめの印象が強くって、しかも江ではなんかなと言う感じになってしまっていたものですから、見直したなんて言うと偉そうで申し訳ないのですが、イメージが変わりました。

それにこのドラマ、なかなか良かったですよね。漫画や小説が原作が多い中で完全なオリジナルと言う所も良いなと思いました。復讐のみに生きてきた少女ですが助けてくれる友達も出来て、最後は「許す」と言う選択ができ明るい感じで終わったのが救いでした。オダジョーも良かったですよね。

ここも視聴率は悪くはなかったです。 平均は11.11。ぞろ目が良いですって関係ないけれど(ぞろ目好き)

 

その後は「死神くん」。大野君は演技が上手いね。「軍師官兵衛」ですっかりファンになってしまっただし役の桐谷美玲も可愛い。悪魔役の菅田将暉。最初影が薄いななんて失礼な事を思っていたけれど、だんだん良くなっていき最後は良い顔してるんだなこの人とか思うようになっていたんです。

私って、本当に興味がないと、本当にぼんやりボンボンとしてるみたいで、この菅田将暉はなんと「ごちそうさん」の泰介だったのねえ。髪型が違うだけで分からなかったなんて・・・・(-_-;)

優しい死神くん、お話もみな良くてしみじみとした回も多かったです。 視聴率は9.72。時間帯が遅いので良い方なんじゃないかと思います。2桁の時もあったし。

このドラマの監督の一人である中田秀夫氏がさりげなくツイッターでこのドラマの番宣をしていたのも印象的でした。

大野君はこのドラマ枠は「歌のおにいさん」以来5ねんぶりですって。ついこの前見てたような気がするのに、もうそんなに経ってしまうなんて、月日が経つのは早いってドラマで感じる今日この頃です・・・なんちって。

 

土曜日は主に映画を見る事が多いです。

 

日曜日は、もちろん「軍師官兵衛」ですが、「ルーズヴェルト・ゲーム」も見ていました。
だけど白状しちゃうと、日曜日の9時台は本当に眠くて、毎回10分程度しか見てなかったんです。それでもなんとなく好きでした。特に手塚とおるのコーチは個性が強烈で良かったですね。今まで最後に痛い目に合うような悪役ばかりだったような気がするのですが、こういう役が凄く似合っていましたね。

もちろん最終回は1分たりとも寝ませんでしたよ。試合のシーンは萌えました。監督がベンチで言うセリフが予言のようでそれも楽しかったです。いろいろ楽しく見どころがいっぱいだったのに、やっぱり最後に香川さんの顔の演技が凄くて、頭の中は香川さんでいっぱいに・・・ああ・・・・

このドラマの視聴率はずっと良かったです。平均視聴率は14.51でした。

 

最初にちょっと視聴率を書いてしまったので、続けてそれも入れました。ドラマは視聴率ではないと言いますが、それはドラマの質と出来のことを言ってるのであって、人気のほどは視聴率には反映すると思います。ただ人気と言うのは繰り返しになってしまいますが、質と出来の高さによるものではないと言う事を忘れてはいけないと思います。残酷なシーンや過激な表現が多ければ子供や年齢の高い人はその視聴者層から外れてしまうのは当たり前です。複雑な物語を嫌う人も多いでしょう。もしも視聴率にばかりこだわってドラマを作れば、生ぬるい傑作とは程遠い作品ばかりになってしまう可能性も生じてしまうと思うのです。

「極悪がんぼ」の打ち上げか何かの時、あいさつに立ったオノマチが、その視聴率の悪さに申し訳なかったと言うようなことを言って涙したと言います。主演の役者さんはそのドラマの座長みたいなものですから、そのようなお気持ちになってしまうのも分かりますし、そう思う彼女の役者魂と責任感が好きです。だけれどドラマはシナリオ・演出・役者と三位一体、加えて物語のジャンルも関係があって、つまり企画ですね。そんなところも視聴率には関係するのだから、役者さんはそのような事を気にせず演技の道を突っ走っていただきたいと思います。

 

そして次のドラマシーズンが始まりますね。楽しいドラマがたくさんありますように♪

しかし長いね、この記事。

最後まで読んでくださった方、いらっしゃるのかな~?

本当に本当にありがとうございました。m(__)m

 

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微笑みの悪夢

2014-06-24 14:54:44 | 詩、小説

此処のところ、広島・山口の旅行の記録を書いているのですが、忘れてしまうと思うので今日は夢の話です。

いつも書くことなんだけれど、「なんだ、夢の話か。」って思わないでね。

夢の話って話している本人には面白いかもしれないけれど、聞いている方はちょっと我慢だって事が多いのは知ってます。それでも書くの起承転結のある自分の夢のストーリーが好きだからなんです。

だけれど今朝の夢はそんなものではありません。ダラダラしています。ダラダラしているけれど・・・・・

 

遠くでさわやかな音楽が聞こえてきたな・・・・・・。

あっ、目覚ましか。でも私、起きたくない。だってこの続きを見ていたいんだもの。

猫が近くに寄ってきた気配がするな。でもママはまだ起きたくないの。だって面白いんだもの。

私は夢の中でクスクス、ニヤニヤしっぱなし。目が覚める直前まで微笑んでいたのでした。

だけれど意識が完全に現実の門を開けてしまったので、仕方がないなと思って夢が残像となってまだ瞼に残っていると言うのにムクリと起きました。

と、その時気が付いたのです。

やだ、これ。

面白いと思って笑っていたけれど、悪夢じゃないの。

怖い!!

そう思ったのです。

 

長い夢でした。姑と一緒にバスに乗ったり窓のカーテンを閉めようとして他の乗客に嫌味を言われたりその後もいろいろと続くのですが、メインの部分と関係がないので省略。

私は姑と別れて、お芝居を観るために友達と待ち合わせの劇場にやって来ました。

初めて来たこぢんまりとした劇場で、どこが入り口か分かりづらく、ここかしらと来てみたところはどうも裏口だったようです。だけどそこにはかなりの人がそのドアの前に立っていました。

それで私はそこに居た人に近づいていき聞きました。

「入り待ちですか?」

するとそこに居た中年の女性は、ぶっきらぼうに

「そう。だけどあなたが思ってる人じゃないわよ。」

あなたの、つまり私が思った人というのは多分天海祐希さんです。

「主役じゃない人の入り待ちなんだ。」と私は思いました。でもなんだかソワソワしているみんなの様子に、もうすぐ来るんだわ、じゃあ私もさり気なく待っていようかなと思ったのです。なんたってミーハーですから。

するとそんな私の気持ちが伝わったのか、先ほどの女性が

「あらっ、ダメよ。ここで待つことが出来るのは招待状を貰った特別な人だけなのよ。」と言いました。

招待状がないと出来ない入り待ちなんて凄いなと思いながら、そこを立ち去ろうとしました。人の群れから離れて歩き出すと、後ろから

「待って!」と鋭い声がしました。

振り向くと、ガードレールに寄りそう様に立っていたのは、真っ青なワンピースを着た女性でした。髪はセミロングで綺麗に内巻きにセットされていました。

その女性は、バッグから何か紙切れを出すと、さっと私に差し出しました。

驚いてそれを受け取ると、近くに居た若い女性が

「かっこいい、シャッチョッ!!」と言いました。

それでこの青いワンピースの女性が、この劇場のオーナーですごすご行こうとする私に招待状をくれたのが分かりました。

そして、

「私は他の用があるから、これで失礼するわ。」とその女性は颯爽と立ち去って行きました。

まだ全然若いのに、シアターのオーナーなんてかっこいいよなと、私は感動しましたが、受け取った招待状は白い封筒に入っているわけでもなくA4の紙にその半分に切った紙をホッチキスで添付したお知らせのようなものでした。

俳優さんのスケジュールやみんなの感想が書いてあるようでしたが、面倒なのでちゃんとは読みませんでした。ただA4の紙の半分の方に書かれた言葉は印象的でした。

「☓☓☓☓☓さんは、私達にとって特別な大事な女優さんです。みんなで彼女が喜ぶように盛り立てていきましょう。そしてそれによって私達も幸せになりましょう。」

私はその言葉に、何か特別な愛のようなものを感じたのかもしれません。

 

その時ざわめきが起きました。

見ると往来の向こうから黄色いドレスを着た華やかな女性が歌いながらやって来ました。その人を見て、ああ、あの人だったのかと思いました。あの人はこんなに人気があったのかとちょっと驚きました。

しかし派手な登場の仕方です。舞台衣装まで着けて歌いながら来るなんて、これじゃあ招待状なんかいらないじゃないと思いました。誰だって彼女と彼女のパーフォマンスを見ることは容易なことです。

彼女の歌っている歌は英語で知らない曲でした。だけれど私の周りに居た人たちはみんな彼女に合わせて嬉しそうに歌っていました。この人たちに紛れて、まったくわからないのでは悪いかなと思って、私は目を泳がせながら口パクで歌っているふりをしました。

すると近づいてきたその女優さんは、凄く優しい顔をして

「みなさま、お幸せですか。」と聞きました。

「はーい」「はーい」とみんなが言いました。

 

誰かを好きでいるということは幸せなことだなと、私は思いました。

 

「あちらで」と、彼女が優雅に手で指し示しながら言いました。

彼女の指差す方向で、みんなで写真撮影をしましょうと言ったのです。

 

実はその時、私は待ち合わせの友達が気になっていて写真はいいかなと思っていたのでした。ところが彼女が指し示した手の方向には、なんと彼女がいるではありませんか。と言っても、友人はこちらを向いているわけではなかったのですが、そこにいる人の横顔を見ててっきり彼女だと思って、飛んでいきました。

「あの」と肩に手をかけると、まったく別な人だと分かりました。

「あっ」と思ったけれど、後の祭りです。写真を撮るための列に押し出されてしまいました。

ちょっと友人には待ってて貰おう。

あまりない折角の経験だし。

と私は思いました。

 

この女優さんのファンの人達は凄く優しい人たちばかりでした。そして派手な人も多かったです。なぜなら主役の彼女を食ってしまうのではないかと思うような派手なコスプレで、真っ赤な中世風のドレスを着ていたりするんです。

 

写真を撮る時のひな壇の順番の時にも、何故か私の前の人だけ背の高い人で、ちょっと顔が隠れちゃうなと思っていたら、前の人が気がついて席を変わってくれたりしたのです。なんだかみんな知らない人ばかりなのに、居心地のいいグループだと思いました。だけれど、ふと隣を見ると、ざっくりと私の横から誰もいなくなっていました。がらっと空いた席に、どうしたんだろうと不安に思っていると、ざわざわとやじうまの人たちがやって来て、そしてその人たちが楽しそうに笑い出しました。

何が起きてるのかとよく見ると、そのやじうまの中の人混みから、どういうからくりに成っているのか人がスゥっと浮かび上がり、そのひな壇にくるくるっと回ってストンと着地するのです。着地したかと思うとぱっと消えてしまい、また別の人が同じことをするのです。スゥ、くるくる、パッです。

スゥ・くるくる・パッと、それが延々と続きます。その人たちはさっきまで私の横に並んでいた人たちだったのです。そして皆、顔は無表情なのに手を大きく広げたり、頬に可愛らしく手を当てたり、それなりにパフォーマンスをしていくので、次の人はどうするんだろうと飽きないのです。

写真はどうするんだろう。友達は怒っているかしら。そんなことを思いながら私は楽しくてずっと見ていたいような気分になっていました。だけれど心の片隅では、まさか私の順番は回ってはこないわよねと不安にも思っていたのです。だけれどこれは用意周到に準備されたイベントだったのだとようやく気がつきました。なぜなら彼女たちはいつそんな時間があったのか、皆黒い服に着替えていたのです。さっき席を譲ってくれた人が順番が来たらしく、そっと人混みの中に行くのが見えました。私は小さく手を振って「頑張って」と合図をしました。彼女は真面目な顔をして小さく頷きました。

 

遠くで心地よい音楽が聞こえてきました。

温かい体温が私の皮膚の近くに近寄ってきました。柔らかい猫の毛の感触が頬に触れました。

 

そして私は、仕方がないなと思いながら目を覚ましたのです。

ムクリと起き上がって、あっと私は気が付きました。

 

あの女優さん・・・・

もう既に亡くなっている女優さんだったのでした。

 

 

※      ※       ※

体調がちょっと悪い時に見るのは悪夢ー。

でも夢の中に何かメッセージがあるのかなと考えたりするのは、私だけじゃないと思います。

だけど私は暗黒の中世に生まれたら、色付きの夢を見たということで魔女裁判にかけられちゃうかもね。

 

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鯉の町・津和野

2014-06-23 09:22:01 | お出掛け日記

トップ画像は津和野の鷺舞の像。

※       ※        ※

遠い昔に行った事のある場所に再び訪れると言うことは、それは自分の記憶の中をまた旅すると言う二重の楽しみがあるのかもしれません。

覚えているつもりでもいろいろと曖昧になり薄れていく過去の記憶ー。

バスの中から津和野駅の前を過ぎた時に、駅前にD51の蒸気機関車が展示してありました。

それを見た時に、

「ああ昔、此処で写真を撮ったんだわ。」と私は思いました。

だけど家に帰って昔の写真を見た時に、不思議な違和感を感じました。

 

あっ、本当だ。汽車の番号が・・・・

なんて事には、列車に詳しくない私には分からない事でした。

実は服なんです。

他の写真の服を見て、

「うーん、おかしい。これが津和野である訳がないよな。」って。

写真の裏に場所を書いておきましょうよとか思うけれど、18歳か19歳の若い私には、こんなに劣化すると思いもよらない事だったのです。記憶も写真も。

だけれど今はインターネットの時代でありがたい事ですよ。この「D601」でここが何処なのかわかりました。

ここは山口県立博物館の屋外展示だと思います。山口駅から徒歩で15分ぐらいの所にあります。

 

うっかりと間違えた記憶の上書をするところでした。

そしてさりげなく蒸気機関車の展示場所を二か所ご案内させていただきましたよ・・・・・・・・なんちって。

 

今回のツアーに津和野の名前を見た時に、眉間にしわを寄せて言いました。

「小京都津和野とか言うけれどさ、あそこ本当に何もなくて鯉しかいないよ。」

良く「小京都ミステリー」とかで出てくる津和野で、なんとなく雰囲気も素敵ですが、私が覚えている印象は鯉がたくさんいたなと言うことぐらいでした。

 

そして説明をしてくれた町のガイドさんもこの町には痩せ細った鯉しかいませんと言いました。

確かに鯉がたくさんいました。

だけれどその鯉は・・・・

 

ちょっとその前に、またも昔の写真です。別に若いときの自分の顔をさらしても良いのですが、ニタついていたので切りました。いや、見てもらいたいのは一緒に映っている鯉なんです。たくさんいますがみんな普通の大きさでしょう。

 

 

そしてウン十年後・・・・。

ふくよかな人の姿を切って、またも鯉を見てください。なんとやせ細って・・・・って、もう町のガイドさんたらっ!

丸々と太って凄く大きくなっていました。

 

  いやいや、このぐらいなら近所の公園にもいるぞって思いましたか。写真だから分かりづらいと思うのですが、要するに比較するものがなくて撮り方が下手なのよね。撮ってる時からそう思ってましたって、おいおい。近所の公園にもこのぐらい大きいのはいるかもしれませんが、なぜか「わー」と言いたくなってしまう津和野の鯉たち。

そしてそれはやっぱりこの鯉たちが巨大だからだと思います。

分かりますか?

地味だから分かりづらいと思うのですが、黒い真鯉の大きさを見てください!

 

 

 

 特にアップして撮っていません。ずっと同じ大きさで撮っています。

 

 

津和野は鯉だけの町ではありませんでした。だけれどもし鯉しかいない町であっても、その鯉は見ごたえ十分でずっと見ていても飽きないのでした。

なぜ津和野に鯉がたくさんいて、そして丸々太っているのかと言うのは、戦乱の非常食として飼い始めた鯉ですが、幸いにして鯉を食べなくてはならない状況にはならず、それ以来鯉を食べる事はこの町の住人にはなくなってしまった習慣なのです。町の中の鯉は、この住人の人たちに愛されていてストレスなし。

バスガイドさんに言わせると、鯉は満腹を知らず、与えられた餌を全部パクパク食べてしまうのでこのように太って大きくなったらしいのです。

ただ鯉は水温が低い冬などはほとんど食べないのだそうですね。

 

そして鯉の寿命は20年から30年。真鯉などは70年ぐらいあるのだそうです。

 

そうすると君たち・・・・・・

君たちとは再会なんだねえ。

 

私は鯉を相手に、しみじみと懐かしい気持ちになったのでした。

 

津和野の記事は続きますが間に旅行の記録以外の他の記事を挟むと思います。

 

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瑠璃光寺の五重塔と常栄寺の雪舟庭

2014-06-21 14:01:46 | お出掛け日記

広島・山口の旅の旅行記の続きです。

一泊目は湯田温泉と言う所に泊まりました。ここではホテルに着いた後に散策とかしなかったので詳しくは書けないのですが、バスの窓から見た感じでは普通の街の中に温泉街が組み込まれているような、そんな感じがしました。

コンビニの横に足湯のコーナーがあったりするのです。

夫はもう旅館でのんびりして大河ドラマを見る気満々でしたので、ちょっと休んだらひとりでウロウロしようかなと思いました。ところがラウンジでゆっくりとコーヒーを飲み、食事とお風呂と温泉ホテルでの楽しみな事をこなしていたら、疲れが出てきて私ものんびり大河派になってしまいました。

でも街中散策も楽しそうなところだと思ったので、ちょっと惜しい気もしたのです。

そして二日目の朝がきました。

 

一番最初に行ったのは、瑠璃光寺です。

ここの見所は、一番は五重塔かと思います。

緑の中の五重塔は美しいと思いました。トップ画像はそれのアップ。

更に真下に行って撮りました。

 

その説明 ↓

 

このお寺には他には香山墓所があり、長州藩士たちのお墓になっています。またここには明治維新当時の当主13代毛利敬親のお墓もあります。

それらは山の麓の静かな場所にあるのですが、その前の石畳は「うぐいす張りの」と言われています。これはたまたま偶然に地形から出来たようなのですが、強く石畳を踏みしめたり、手を叩くと大きく音が反響するのです。

 

私達が(夫と私という意味の『私達』です。)、思わぬ拾い物をしたようで嬉しかったのは、ここには枕流亭があったことです。

そこは薩長連合の密議の為に、西郷隆盛や小松帯刀が山口を訪れた時に長州側とここで面会したのです。

ふむふむここで、瑛太と小澤征悦さんが・・・・・って、そりゃちゃうやろ。どうも私は「篤姫」の時のこのコンビが好きなんですね。

枕流亭は元々は道場門前にあった物を何度か移築し近年このお寺の境内の香山公園内に落ち着きました。

 

 

きゃー、ワクワク。

彼ら、ここに座っていたんですよ。

その説明のボード。何だ~、ここに書いてあるから、上で説明することなかったじゃん、私 (^_^;)

 

次に行った所は、常栄寺です。

ここには雪舟庭があります。

私は山口に来たのは二回目です。

五重塔を見た時には、「前にもここに来たかしら?」ぐらいなものだったのですが、「雪舟庭」には記憶がありました。

いえ、庭の映像的記憶ではありません。

何年前と言うと歳がバレるので言いませんが(既にかなりバレてると思うが)、18歳ぐらいの時の夏に来たのです。

山口駅から雪舟庭を目指して歩いた記憶・・・・・・

かなりの距離があったと思います。でも歩いたんです。

夏の美しい田や畑を見ながら護国寺の前を通り(これ、今地図を見ると護国神社とあります。思い込みってやつですね。)、子供たちが虫取りなどで走っているのを横目で見ながら、大汗を掻きながらたどり着いたんです。

すると横にタクシーがスゥーッと入ってきて止まりました。

その頃の若い私は、このようにタクシーで移動する人たちはじいさんばあさんの旅行、団体旅行の人は農協さんという思い込みがあって、電車・バスを利用し、後はひたすら歩いていました。

懐かしい時代です。

 

そして今の雪舟庭の画像です。

石造りの庭園です。この左より奥にあるのは富士山のイメージのものですが、欠けています。

 

 ほらね。

 

でもでも、家に帰ってから古いアルバムを引きずり出してきて見たんです。見つけました。昔はフィルムなので写真の数は多くはないのですよね。

 ほらっ!

富士山は欠けていないんですよ。

雪舟庭をお庭散策で上から見ると

 

反対側には石庭があります。右側と・・・

左側・・・・・・

 

雪舟庭を後にしてほぼ1時間、津和野町にGOです。

 

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おまけ

 常栄寺の蓮

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錦帯橋

2014-06-18 23:06:18 | お出掛け日記

広島市街を後にしてバスでほぼ1時間移動して岩国の錦帯橋にやって来ました。

木造のアーチ橋、錦帯橋は美しい橋です。だけれど上がったり降りたりで、ちょっとフウフウ。

暑い日でした。

 

釣り人は気持ちよさそうですね。

川は穏やかで・・・・

 

 

 

岸辺では子供たちも川遊びです。

 

 

錦帯橋を下から見上げると

 

 

 

 遠くに見えるのは岩国城。

今回、お城はみんな遠くから。

お城好きなんだけれどなあ。

再建の城だからって軽く見過ぎよね。

天守は再建でも歴史があり、日本100名城に選ばれているんですよ。

 

ツアーはリフトで行って帰ってくるくらいの自由時間は欲しいなあ。

 

同じ100でも100種類のソフトクリームを売っているアイスクリーム屋さんが橋を渡った所にあるんですが、あんなに暑い日ではとっても美味しかったと思います。

私は・・・・本当はソフトクリームが大好き。特にご当地ソフトとか言うのが好きなんです。枇杷ソフトとか巨峰ソフトとか・・・・。

でも今回は止めておいたんです。

先日山梨に行った時にとっても美味しいいちごパフェを頂いたのですが、生クリーム系がお腹に合わないみたいで、少しだけ辛い時間があったのです。

だから万が一ということを思って我慢したんです。

だってこの後90分もバスに乗らなくちゃいけなかったもので。

 

しかし暑かったなあ。

もう一回言っちゃうよ。

水がキラキラして

 

ああ、釣り人、気持ちよさそうだ。

 

錦帯橋のHP→ここ  (ライブカメラがあるよ。)

錦帯橋のウィキ様→ここ

岩国城→ ここ

 

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広島原爆ドームと平和記念公園

2014-06-17 09:51:30 | お出掛け日記

生あるものはその誕生の時にその終わる時、つまり死ぬことを約束されて生まれてきます

始まりがあって終わりがあるー。

それはすべてのものの逃れられない運命なのかもしれません

それゆえに、人々の意識、もしくは無意識の中には終焉思想がしっかりと、または何気なく根付いているのだと思うのです。

人類の起源とその終焉を、今まで生きてきて一度も思わない人というのもあまりいないのではないでしょうか。

 

昔何かの漫画を読んだときに、人類が核爆弾を作り、それを実験かもしくは広島に落とした日かのシーンで

「そして人類は長い懺悔の時代に入った。」のように表現する文章に出会ったことがあって、心に食い込みました。

 

今は年代を紀元前・紀元後と言う西暦を使っていて、その意味を知らない人はあまりいないと思うのですが、歴史の時間はほとんどお昼寝の時間だったと言う方のために補足すると、あれはキリスト生誕前と後と言う意味で6世紀頃教会で使われだしたのが世界中に広まったのですよね。それだけ西洋では教会の力が大きかったことの表れでもあるかもしれません。

そう思うと暦と言うのは、かなり不確かな数の集合体のような気がします。

因みにキリスト誕生は西暦4年・・・・・・・・!?

これ、中学一年の時に先生が教えてくれた時から「!?」という感じがしました。

要するに後々の研究などから、分かったと言うことなんだと思います。

私なんかはB型らしく

「へいへい。歴史なんかそんなもんだべ。」的に受け入られるけれども、何事もきちんとしていないとダメなタイプの人なんかは、最初からずれたようなこの暦にイラッとするんじゃないですか。

 

私は思うのです。

人類史的な観点で見れば、実は広島前・広島後と言う発想が実はアリではないかと。

ああ、広島駅前じゃないですよ。って、このタイミングでぼけてどうするんだ・・・・!

もしくは3・11前/3・11後。

 

日本と言う国はに日本人が思っているほど大国じゃないし、有名な国でもないんですね。世界の中の地理と言うお勉強に熱心じゃない人には、

「日本って、なにそれ。」ぐらいに思われている、東のはずれの小さな国なんです。

だけれどこの民族は、人類の未来のキーマンでもあると思うのです。

(今はキーマンじゃなくて、キーパーソンか。民族なのだからキーパソンズというべきなのかって微妙なところで引っかかる。知ってる方は教えてね。)

 

その経験ゆえに。

 

人類の終焉がどのような形で来るのかは、知る由もないことで、そして今は関係がないと思いたい所でもあります。

歯止めの効かない出生率低下とか、未知なる病原菌の蔓延とか、または宇宙からの攻撃(SF映画の見過ぎか)、いや宇宙からの攻撃というのは異常なる宇宙線の飛来とか巨大隕石のの落下など。

生物に当てはめたら、老衰による機能低下・病気・事故などと重なるようなものかもしれません。

だけれど、もしも核の脅威にさらされて人類の終りを迎えてしまったとしたならば、それは人類の自殺と考えざるをえないと、私は思います。

 

 

※       ※        ※

 

6月8日、山の上にあるような広島空港に降り立った私達のツアーは広島市街に降りてきました。

前日予定表を見てみると「広島城」と「原爆ドーム」は車窓からになっていました。

パックツアーはこういう所が我慢なんですよね。

でもガイドさんが、時間を見て予定変更をしてくれたのです。要するに平和記念公園をガイドしながら突っ切って資料館まで案内してくださったのです。

嬉しいサプライズでした。

このバスガイドさんは地域柄なのかもしれませんが、ちょっと口が悪くて最初私は
「東京のはとバス転職なんかしようものなら、最初の一週間で叩かれまくりだな。」などと心の中で思っていたのですが、このサプライズで一気にこの人が好きになりました。

広島に来た人に平和記念公園内をガイドしないと言うのはどういうことなんだろうと、この人は思ったのではないでしょうか。

説明は分かりやすく、頷くことばかりでした。

その再現は出来ないので、ちょっと資料などを添付しておきます。

平和記念公園マップ ←このマップの下の方に少々詳しい説明が載っています。

 

以下は写真日記です。

 

 川の岸辺には詳しい説明ボードがありました。

 

 「平和の鐘」です。鳴らしてきました。静かないい音がします。この鐘には国境のない世界地図が描かれています。

 

  その鐘の周りの池には綺麗な蓮の花が咲いていました。この池には本来大賀ハス(2000年以上前の古代ハス〉が植えられていたそうです。でも今は他の蓮の花も多数咲くらしいので、この蓮が大賀ハスかどうかは私にはわかりません。

 

 「原爆の子の像」 この像のモデルの少女は佐々木禎子さん。詳しくはWikipediaさまで→ここ

 

 「原爆死没者慰霊碑」 このオブジェのトンネルの向こうに原爆ドームを見る事が出来るのです。

 

 少しずれて見るとこんな感じです。

 

 原爆資料館には多くの外人の方も訪れているのが印象的でした。資料館の中ではフラッシュをたかなければ撮影okなのです。展示はたくさんありましたが、その中の僅かを撮ってきました。

 

あの時のまま時間が止まった時計

 

  白壁に残った黒い雨の後。

 

 これは別に原爆の資料と言うよりその当時の資料なんですが、思わず撮ってしまいました。

なんでって言うと、まあ、「ごちそうさん」を見ていた人には、へえ、これかと言う感じで分かっていただけると思います^^

 原爆投下直後の広島の模型。

 

 

 広島城は予定通り車窓の旅でしたが、平和記念公園が充実していたので満足でした。(因みに、お城好きな方はこちらでチェック→広島城 〉

 

ガイドさんが言うには、爆心地に近かったので地上の部分は吹き飛んでしまいましたが、その地下には軍の通信するところがあって、そこにいた学徒の女子高生が新型爆弾投下の事を全国に通信したのだそうです。

「ドラマチックです。」と言うのは簡単なのですが、彼女たちだってその後はその地下から出てきたわけで、その後はどうしたのかと思うと胸が痛くなりました。

ふと映画の「夕凪の街・桜の国」の中のヒロインが原爆症で苦しみながら死んでいく時のセリフを思い出してしまいました。

「今頃爆弾を落とした人は喜んでいるだろうな。やったー、また日本人を一人殺したって。」

 

夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス)
こうの 史代
双葉社

・・・・・・・

小説 夕凪の街桜の国
国井 桂,こうの 史代,佐々部 清
双葉社

 

なんだか暗い事ばかり書いているようだけれど、この部分を書かなかったらまったく意味もない事だと私は思います。

広島と言う街は、たかだか70年弱で街は緑にあふれ高いビルが立ち並び、人口が50万以上の政令指令都市にまで復興したのですよ。

この強い人の再生の力を見よと、私は嬉しく思い感動もします。

だけれどこの「明」の部分に当たるその力は「暗」の部分である過去から決して目をそらさない姿勢があるからだと思うのです。

 

次回からはお気楽な旅行記です。

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雲のホワイトアウト

2014-06-15 23:26:40 | お出掛け日記

「ホワイトアウト」とタイトルに載せて、ちっともそうなっていない画像添付は如何なものかと思うのですが、真っ白な雲の中に居た時、私は「思う」と言う作業が忙しくてカメラに手が行かなかったのです。だけれど、もしもその画像があったとしても、ただ真っ白なだけでなんにも面白くもなかったと思います。

※          ※          ※

 

夫のリフレッシュ休暇中に二人で広島・山口・萩・津和野に行ってきました。

二人だけで旅行なんて、よく考えてみれば子供が生まれてから初めてじゃないかしら。

3月に二人で京都に入院した姑を見舞いに行こうとした時は、彼が体調が悪くなって秋葉原で引き返しちゃったしね。

 

※        ※          ※

 

今回の旅は飛行機利用で羽田に8時半集合だったので、早朝のバスに乗って出かけました。

空模様は雨。傘をさしてバスを待ちました。

天気予報でも広島もあまりよくない感じでした。

私は高い所が大の苦手で飛行機も怖いと言うことは、ずっと昔に書いたことがあるのだけれど、、今回ちょっと違う感想を持ったのです。

飛行機はすぐに飛ぶわけじゃなくて、滑走路まで走っていくでしょう。その時だってゆるゆる走っていくわけじゃないのに、何でか遅く感じるんですよね、あの時。

だから急にエンジン音が高く大きくなった時には、ちょっと「やっとだわ。」って嬉しくなったりもするのですよね。

そして飛び立った時、滑走路がいきなり小さくなっていき、

「私、もしかしたら飛行機って好きなんじゃないかな。」って思ったんです。

雨粒が飛行機の窓を真横に走っていきました。

 

するとポワーンと真っ白な雲の中に入っていきました。もう雨粒はありません。

飛行機に慣れている人には何でもない光景だと思います。でも私には真っ白で、そしてなんとなく明るくて光っているその空間は不思議な感じがしたのです。

飛行機ですのでエンジン音が止まる事はありません。

映画好きドラマ好きの私には、同じような光景を映像などで見ていて記憶の中にある光景だったかもしれません。だけれどその記憶の中にある映像には音が無音なのです。

真っ白な雲の中を飛ぶ事と無音と言うのはある種の心象風景なのでしょうか。

 

こういう時、人は何かに向かって祈りたくなるのではないでしょうか。

何にも見えない真っ白なだけの空間の中で―。

 

同じ光景を、見慣れていると言っても操縦室にいる人たちも見ているはずです。きっとその人たちは何の不安も感じてはいないはずです。不安など感じてもらっていては困りますし、私も感じてはいません。パイロットたちは計器と指示する繋がり、そして自分の知識と培った勘と技術を信じているからです。そして私たちは、そのパイロットを信じているからです。

 

飛行機はその真っ白な雲の中を突き抜けて、更なる上空に出ました。

そこには真っ青な空が広がっていました。真下には抜けてきた真っ白な雲のじゅうたんが何処までも続いていました。

 

なんというラッキーな、と私は思いました。

 

「この曇天の雲の上には真っ青な空が広がっているんだよ。」

そんな風に、私は自分に言って自分を励ますし人にも言って励まします。

でもその言葉は、晴天の空の青さと深く垂れた重い雲の様子を自分の頭の中で組み合わせて、想像の力を借りて、そしてそれを信じて言っているのです。

雨の地上を飛び立って雲の上に抜け出て、まさにリアルなその言葉そのものの体験が出来たのですから、とても幸福な経験だったと私には思えたのです。

今度の旅行で雨に降られたのは、この時だけ。

もしかしてだけど、もしかしてだけど、私にこれを見せるために雨って降っていたんじゃないの…なんてね。

 

私、今度から想像の力を借りてではなく記憶の力を借りて言いますよ。

「このね、重くずっと続いているような雲の上には、ほんっとうに綺麗な真っ青な空が広がっているんですよ。いつか雲は切れてその青い空を必ず見る事が出来るんですよ。」って。

 

 

 

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軍師官兵衛23回「半兵衛の遺言」

2014-06-14 15:35:48 | ドラマ (大河)

旅行記を書き始める前にもう一つ書いておきたいドラマの感想があるのです。もちろんタイトルにあるのでそれが何かは丸分かりですが^^

軍師官兵衛23回は旅行先の湯田温泉で見ました。その夜は瑠璃光寺の五重塔のライトアップ企画があったのに、夫が行かないと言い出しました。その行きたくない理由が、大河をどうしても見たかったからと言うもの。付き合って私も微かに不満な気持ちを抱えながら行きませんでした。

だけれど土曜日再放送は見られない確率も高いので、行かないで大河を見て良かったなと私は思いました。

毎週楽しく大河は見ていますが、23回ほど印象深い回はなかったからです。

 

 

23回「半兵衛の遺言」でははっきりと明と暗が分かれて描かれ印象的でした。

救出された官兵衛の復活劇。

死んでいてもおかしくないような姿であっても、命が繋がっていたことに家で待つ妻や父の喜びはもちろんですが家臣たちの喜びは如何様なものだったでしょうか。

それでも毎夜うなされ、まともに歩けない主君の姿に不安がないわけはないと思うのですが、その気持ちを隠してそして信じて支える家臣の姿に気持ちの良いものを感じました。

足は元には戻らないかもしれぬと嘆く栗山に一生をかけて支え足になるのだと諭す井上。

命が助かりさえすれば、もうここは大丈夫だと思えるのは、この家臣たちがいたからですよね。

再会した官兵衛に秀吉は、一刻も早く信長に会った方が良いと戸板に乗せて運びます。

官兵衛の姿を見て信長は悟り、人質であった息子を処分してしまったことを謝ろうとしますが、それを最後まで言わせないで松寿丸を信長の前で官兵衛と再会させたのは秀吉の作戦勝ちだったと思いました。

死んでしまったと思っていた息子の姿は、本当に嬉しかったと思います。そしてその場にいた家臣たちにとっても、この若殿の生還は青天の霹靂、もちろん良い意味でです。

 

だけど毎夜の悪夢と一向に良くならない足に官兵衛は焦り、もう馬にも乗れないと嘆くのでした。

そこにタイムリーに別れのあいさつに訪れた松寿丸が差し出したものは・・・・

竹中半兵衛の軍配でした。

軍配に込められた半兵衛の遺言。

去りゆく我の代わりに秀吉の知恵になり采配を振るって欲しい・・・・・・。

いや、「振るうのです!」に違いありません。

彼は馬上から槍や剣を振りますことが本分の人ではなく、采を振るうことこそ彼そのものなのですから。

 

そして彼は復帰!!

家臣たちとも絆はさらに深まり心は一つに。

 

ひとつ前の「有岡、最後の日」で牢番の息子を

「預かろう」と言った、あのシーンも良かったですね。

主君の脱出してしまった有岡に勝機などある訳もなく、ただ戦うのは落城までの時間稼ぎ。虚しい戦いです。

城に残されている者は家族と共に悲劇へまっしぐらの道であることは逃れられない事実。

その時、屍のような男が「預かろう。」と言うのです。

「何を・・」とつい一笑に付しそうになる牢番でしたが、はっと我に返って首を垂れて彼に託すのです。

いついかなる時もどんな姿であっても官兵衛は官兵衛。

かなりグッと来たシーンでした。そしてこの牢番の子供は、後に黒田家にとって大事な子供になっていくのだと夫が教えてくれました。

この時代は血の繋がりがどうこうとか言うのではなく、子供をたくさん持つと言うことは大切な事だったと思います。

 

と言うのが「明」の部分で、ここまでも長々書いといて言うのもなんですが、「明」と「暗」をと言うのであれば「明」の部分を書かないわけにはいかないと思って書いたようなものかもしれません。

本当に心に残ったのは「暗」の部分でした。

しかも本当に本当に胸を突き刺したシーンは、あのワンシーンだったかもしれません。

役の人が好きでその演じていた役者さんまで好きになってしまうことは、私には時々ある事です。

 

今日の夜も

「このカスッ!!」とか言っている素敵な彼女を見る予定です。

(これ、昨日書き始めていたので…〉

 

・・・・・!

と、ここまで書いて放置していたら、なんと今日の(だから昨日のです。〉「ガリレオ」の再放送に彼女が出ていました。なんで「ガリレオ」ッたら私の心にリンクしてるの!?

彼女ってだし役の桐谷美玲さんの事です。

 

このだしと言う女性には完全にノックアウトです。唯一の難点は「だし」って変な名前だなと思う所ぐらいかしら。

美しく気高く従順。いや、夫に従順なんて言う部分には全く惹かれないんだけれど、自分の決めた道に真っ直ぐな所が素晴らしいじゃないですか。

だから夫には裏切られた形になってしまっているのに、彼女は揺るがないのですよね。

男は主君に仕え女は夫に仕え、自分の生きる道を定めていましたから。

その処刑の時、彼女が祈りの言葉を唱えます。だけれど最後に彼女の言った言葉は、本当にいとおしい人の名前を呼ぶように「との~。」と・・・・・。

ああ、泣けます。

今もこれを書きながら、ハラハラと涙が溢れてくるのです。

彼女は誰も恨んでいなかったと思うのです。

まさに女の道は一本道・・・ってなんか昔そんなのがあったなあ。傍から見れば悲劇以外の何物でもなくても、すべてを赦しその道を貫いたものには悲劇ではなかったかもしれません。

 

だしの最後を聞いて荒れる村重。

なんで恋女房の妻を見捨てて逃げたと思うけれども、なんだかこの人の気持ちが分かってしまうだけに辛いのです。この正義一直線のようなだしを説得して城を脱出するのは不可能に近いと思うのですよね。だけれど追い詰められていた村重には彼の彼なりの戦いがあったわけです。

「生きる」と言う戦い。

もしもここで情に負けては、今まで織田の為に散った命がすべて犬死になってしまう。もちろん彼の論理です。彼の気持ちが分かってしまう私もかなりダークサイドの人なのかと思うのですが、この村重をやはり理解していたのは妻のだしだったのだと思うのです。

「との~、生き抜いてくださいね。そして勝ってくださいね。」と彼女ならそう言うと思います。

 

しかし刑場で、人々が

「なんと麗しい人だ。美しい人だ。お気の毒だ。おかわいそうに。」のようなことを口々に言うのを聞いて、少々複雑な気持ちになってしまいました。

だしが醜女(しこめ)だったら、人々は「かわいそうに。」って言うのかしらと。

 

この大河ドラマの物語の中では、運命の糸車がカラカラと不思議な音を立てて回っています。

信じていたのに結局は信長に切り捨てられてしまった尼子。

その悲劇を見て石山本願寺の攻略が上手くいっていなかった村重は追い詰められ謀反を起こしてしまうのでした。

裏切りの代償としての村重の家臣・家族への残虐な成敗。それを諌めたにも拘らず赦すことがなかった信長を見て、心に何かが残ったに違いないと見て取れる明智。

信長の運命の敷石は、敷かれるべきして敷かれていったのだとなんだか妙な説得力が生じてきています。

 

蛇足ですが、妙な説得力と言う点ですが、この大河で横溝正史の「八墓村」の「尼子の祟りじゃ~!!」と言う言葉にいきなりチョー納得してしまいました。

それまではそういう設定ぐらいにしか思っていなかった「八墓村」の単なる登場人であった尼子の残党ですが、裏切りの果てに命からがら逃げたのに、親切にしてくれたと思った村人たちにまた裏切られ、その無念は半端ないなと。

そりゃ、末代まで祟りたくなるのはもちろんだわと、大河を見ながらミステリー小説の背景を思うってのも楽しいかもしれません。

 

 

と言うわけで、すでに明日は24回「帰ってきた軍師」ですね。

優柔不断だけれどどこか憎めなかった小寺政職・鶴ちゃんはどうなるのか楽しみですね。

 

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