森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

テレビの都合

2008-09-06 01:39:31 | ’08/12/7までの未整理日記
夜更かし夜は、お気楽テレビのお話です。 

 もう9月と思ったら、あっという間に一週間が終わってしまいました。
6日の土曜日には、見たい映画が二本公開になります。
ジョディ・フォスターの「幸せの1ページ」と大好きな大島弓子原作の「グーグーだって猫である」です。

 「幸せの1ページ」は最近すっかり映画の「相棒」になってしまった姑と明日行く行く予定でしたが、なんと彼女は優雅に1週間のご旅行になってしまい先送り。(でも、行くみたい。いいのに・・・。あっ、うそうそ、つい心の声が

 「グーグーだって猫である」は来週の水曜日に友人と行く予定だったのですが、お仕事の都合で、時間は夜なんです。

 でも、アタシ、ちょっと~

友人に電話をかけて日にちを変更してもらうことにしました。理由は最初はとぼけていましたが、正直に言いましたよ。

「ごめんなさい。ビデオの調子が悪いのよね。テレビのドラマに支配されている生活なの。」
友人はピーンと来たみたいです。
「それだったら、私も木曜日は『渡る世間は鬼ばかり』の時間だわ。」
と、言うわけでそれも先送りです。

早く観たいけれど、ちょっとの我慢です。


 と言うわけで、水曜日の夜は観たい映画も我慢しての外出禁止です。なんでって、もう分かっている人には分かる「ゴンゾウ」最終回ですよ。ここまで見て最終回を見なかったら、ある意味悲劇ですよ。

今度のドラマは面白いのがいっぱいでしたね。視聴率的にはいろいろ言われているものもありますが、関係ないなぁ。いい物はいいもの。
その中で一番楽しみにしていたのは「ゴンゾウ」です。

「この世界に愛はあるの?」

予告編で

「世界には愛が溢れているよ~。」と血まみれな黒木。

楽しみですよね~。

私、近頃思うのですよ。この「ゴンゾウ」が先だったら、昨年の大河「風林火山」は、私にとっては三倍ぐらいは面白く感じたと思うのです。勘助では内野聖陽さんのファンにはなれませんでした。でも黒木俊英は私が知る限りでは、最も危ないデカです。心を病み自殺願望まで持っていてハイと鬱が交互に見え隠れ。本来なら備品係でそっとしておこうよと、本当にそう思います。

(だけれども、そうであっては物語は始まらないのですよね。)

そんな黒木を内野聖陽さんがバッチリ見せてくれるので、もうすっかりファンになってしまいました。


このお話が面白いのは、黒木のキャラばかりではなくそれを取り巻く人々です。特に殺人捜査13係の佐久間係長の心には裏があり、さらにその裏があるというような掴みきれないものがあり、たまりません。

それからエンディングの音楽。
ラストにあの軽妙な音楽が掛かると、ああ~、もう来週になってしまえと思います。音楽の入れ方が上手なんですよね。軽い音楽なのに、なんだかやたらドラマチックに聞こえてくるんですよ。
もしかしたら、私はこの音楽に騙されてきちゃったとか・・・?

いや、そんなことはないですね。

で、来週は最終回です。

それは寂しいですが、10月からは「相棒」です。
だけど、次のシーズンはちょっと複雑な気持ちです。続けて「相棒」のお話ですが、眠くなって来ましたので、別に書くことにします。

世の中には有意義なお話をしている人もたくさんいらっしゃると思うのに、私はこんなお話です。でも、なんかこういうおしゃべりが、心の中でたまってしまっているんです。スッキリするまでしゃべらせてね。

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ちょっと怖いブログパーツ

2008-09-03 23:10:03 | ’08/12/7までの未整理日記



シャッターを押してみてね。画像は適当なものを載せただけですが、シャッターを押した後に画像に注目!!!

プロフィールの画像にも、なんとコメント認証の番号の所にも注目。
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お気に入り心理ゲーム「五つの動物」

2008-09-03 09:58:52 | ’08/12/7までの未整理日記

 7月の終わり、ブログのお友だちのさくらこさんのところで、面白い心理ゲームを見つけました。

この心理ゲーム、やってみたらとっても面白くて嵌ってしまいました。その後で私に会った人は、みんな私にその心理ゲームをやらされて、そして楽しんでいました。

こんなゲームです。

五匹(五つ)の動物がいました。

その動物を一つずつ捨てていかなければなりません。
あなたが一番捨てる動物はなんですか。
また、その理由はなんですか。

というものですが、本当はその最初の一匹だけでいいのかもしれませんが、「ずつ」と書いてあるので、順番に捨てていってしまいますね。でも、後から考えるとそのほうが断然面白いのですよ。

考えすぎないで、パッパッとインスプレーションでやってみてね。

―その動物

 サル   馬   トラ  羊   牛  

 

では、考えている間に爽やかな絵をプレゼント。
これはそのさくらこさんから頂いた「暑中お見舞い」なんです。
素敵ですよね!

 

 

 (さくらこさんは偉い。私がこの絵をこの記事で使いたいといったら、時期がずれても良いように、文字なしを送りなおしてくれたのですよ。分かっているナァ。)

 

・・・・・決めましたか?  種明かしはもうちょっとだけ待ってね。

 

私はね、・・・・かなり妄想ワールドですよ。

  サルが一番最初でした。理由は頭がいいので、もし捨てても一人でも頑張って生きていけそうだから。

  次は牛さん。なんだか二番目にして私の頭の中は一緒に旅する「旅の仲間」のような気分。普段から男ばかりの家で暮らしているからなのか、この牛がメスという発想がなくて、「いざと言う時には役に立つ。(要するに肉)」と言う、この「いざと言う時」「いざと言う時」と思って一緒にいるのが重荷。いなくなってしまってはいつか困るかも知れないが、そんな黒い気持ちが嫌だということで、二番目に選んでしまいました。

  三番目はトラさん。この人は(すっかり擬人化)居たら、夜とか窮地に陥った時に助けてくれそう。敵には吠えてくれそうだけど、油断していたら自分自身も食われてしまいそうなので、ちょっとした緊張感が必要。居ても、居なくてもいいかも。

・・・・、朝起きたら居なくなっていた。
ああ、行ってしまったんだな・・・・

ここまで来たら、頭の中はすっかりRPG。
だから次には、

  「ごめんね~。本当は捨てたくなんかないんだよ~。でも仕方がないんだ、判っておくれ。」 みたいな気持ちになってしまいました。
私はこの馬が、一番自分を助けてくれるような気がしていました。自分を遠くまで運んでくれるのも、夜霧から守ってくれるのも、寂しいときにはその長い顔を近づけて慰めてくれるのも、みんな馬。

 それなのに、最後に残したのは羊。パッと見たときから最後は決まっていました。他の4匹はみんな私の為にいてくれるような気がしたのに、羊だけは私を必要としているような気がしたからでした。つまり、羊の為に私がいるという逆転の関係のようなものを感じたのですね。

こんなに長々書いているけれど、みんな悩まずにパッパと決めているんですよ、もちろん。 

 

こんなRPG的な理由はもちろん必要ないんですよ。例えば友人の答えなんかは、一番は

 サルで「キィキィいつもうるさくて、ウザイから。」でした。

 

さて、解説入れてもいいですか。

サル→パートナー、彼氏彼女、旦那様、奥様のことを指します。
馬→仕事
牛→財産
ヒツジ→子供
トラ→プライド

 

 あなたは、如何でしたか?

私はね、ちょっと吃驚しましたよ。

だんなよ、すまん、と、言っておきましょう。
でも理由は頭はいいかは知らないけれど(さらにゴメン)、彼は大人ですからね、一人でだって生きていけるのさと、だんなの世話をするという発想のない私のそれとあまりにもかぶります。二番目の「牛」なんかは、だから私は貧乏なのねと妙に納得です。特に今仕事を捨てて失業したいと内心思っている私には、馬に感じた感覚は、何かを見抜かれているような気がしました。羊の理由はいかにも私らしいという感じです。なんだかんだと言って子供には甘いからね、私。

ねっ、なんだか感心しちゃうでしょ。

 

友人も最後は羊だったのですが、理由は
「最後に毛を取って、それで自分の体を温めるのさ。」と言うのでネタばらしの時に
「まあ、あなたも見返り主義ね。」と突っ込んでしまいました。
だからと言って、険悪にはなりませんよ。
 ちっ、ばれたか!」と言っていました。 

 

また別な友人。ちょっとだけだんなとトラブル中。でも一番に選んだのはトラでした。プライドの高い人です。なので意外だなと思ったので
「あなたは今だったら、真っ先にお猿さんを選ぶと思っていたわ。」と言いましたら、
「だって、だんなが寅年だったのよ~。」ですって。

 

そんなことも、アリだよね~(笑)

と言うわけで、お友だちの心理も探れると言うゲームです。ワイワイと楽しんでみてね。

 

 

 

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9月の空

2008-09-02 00:10:13 | ’08/12/7までの未整理日記

 

 8月が終わって子供たちが学校に行き始めると、夏も何処かに去っていってしまう錯覚。

じゃあ、9月の季節はなんなんだって、9月の空が聞いてきた。

―やっぱり「夏」かな。

だけど「晩夏」とか「なごりの夏の・・・」とか、なんか日本語っていいよねぇ。

  

   

 

 「私はあなたとは違うんですよ。」

テレビで去っていく人の捨てゼリフ。

―だけど「私」よ、その「あなた」を知っているのかい?

 

なんだか空の雲の形が留まる事のないように、浮世の世界も日々変遷。

だけど、見ていて爽やかと言うのには程遠いな。

 

今日から9月。・・・・昨日からか(汗)

 

まあ、頑張ろう。どんどん高くなっていく空を楽しもう。

そっと忍び寄ってくる次の季節を感じよう。

 

  

 ちょっと、追記。

・・・・、季節の考え方、変だったかしら。

12,1,2月が冬。3,4,5月が春。6,7,8月が夏で9,10,11月は秋?

線引きなんか出来ないけれど、ちょっと気になってしまった。ああ、そうか。秋分の日があるんだから、9月は「秋」なのか。

暑いから、夏なんだと思っていた。

そうじゃなくて、秋の初めは暑いんだ。

じゃあ言い直さなくちゃね。

―おーい、空よ。君はもう秋の空なんだよ。

 

 

 

 

 

 

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「相棒」&「拓郎」  吃驚しました☆☆

2008-08-29 16:54:42 | ’08/12/7までの未整理日記

 ちょっと休憩のつもりでPCをつけてみたら、二つのニュースが目の中に飛び込んできました。

 『相棒』新シリーズをもって寺脇康文が水谷豊とのコンビを“卒業”  

↑(ニュースとリンクしています。)

これって、どういうこと!?

先が読めない展開が楽しい「相棒」だけれど、こ、これは~!

だって「相棒」って、右京さんと薫ちゃんの二人の事ですよね。

だけど前回二人の間に微妙なものがあって、もしかしたらラストに近づいているような嫌な予感がしたのですが、映画もヒットして、安心しきっていたらこれですよ。

やっぱり凄いですよね、「相棒」。

どういうストーリーで薫ちゃんは去っていくのかしら。10月スタートの「相棒」は超注目ですね。初回は海外ロケもありだそうですよ。

とは言いながら、動揺~~~

 

吉田拓郎09年最後に全国ツアーから撤退

今週の日曜日は楽しみですね。「吉田拓郎 残暑お見舞い申し上げます」はニッポン放送一時からですよね~。買い物も午前中に済ませましょう。その収録中にファンに語られたメッセージだそうです。

 

でも、良いんですよ。前から自分の庭みたいなところでやればいいじゃんと思っていたんですよ。その場所に、全国からファンの人の方が聴きに行けばいいですよ。これも全国ツアーじゃない?

遠い人は大変だけれど、それを励みにするとかね。

 

だけど、来年はやるって事でしょ。去年のキャンセル組みにしたら一種のリベンジです。

 

おーい、姉よ、姉 
竜ちゃんの「ムサシ」のチケットは私が頑張るから、拓ちゃんはよろしくね

 

 

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謝謝

2008-08-25 11:14:08 | ’08/12/7までの未整理日記

  終わってしまいましたね、オリンピック。

何か、ちょっと夏が終わってしまったような感覚がしました。

開会式がドハデだったので、閉会式もちょっと楽しみにしていましたよ。事前情報でベッカムが二階立てバスに乗ってくるとか、ジミー・ペイジが登場するとか言われていましたね。

たぶん全部は見ることが出来ないので、そこだけでも見たいと思っていました。

ちょうど見始めてからオリンピック旗の受け渡しがあり、二階建てバスが登場。その時のダンスを見ていたら、
「ああ~、四年後、ロンドンに行きたーい!」と、本当に思いました。(たぶん行かないと思いますが)

その時の様子はこちらのニュースでどうぞ→ここ

人気歌手のレオナ・ルイスがレッド・ツェッペリンの「胸いっぱいの愛を」を歌うという趣向でした。ジミー・ペイジさんの演奏は素敵でしたね。たぶん会場は興奮の坩堝。でも、私がこういう音楽に鈍感なのか会場が広すぎるのか、ちょっとピンとこなくて、朝、元はどんな曲だったのか聴いてみました。やっぱり鈍感だったみたいで、後からジワーッと来ました。下に貼っておきます。

 

 確かにメダルラッシュでしたが、メダルには手が届かなかった選手の皆さんも含めて、素敵な夏の思い出を残してくれましたね。

ソフトボールなどにも熱くなっていましたが、女子の体操などにも熱くなっていました。北島選手のインタビューにもウルッときましたが、男子マラソンで優勝した人の、日本語のインタビューにもウルッとしました。

陸上の男子リレーの時、見ていた奥さんがゆっくりとお子さんを抱きしめて喜んでいた姿にジーンときました。

素敵な夏をありがとう。
四年後のロンドンも楽しみです。

 

 

 

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呪いと悪夢

2008-08-23 21:45:18 | ’08/12/7までの未整理日記

ホラーじゃないからね、あしからず。

 「お楽しみ会」なんてものをやった翌日の朝、夜の中学生の分の片づけが少し残っていた。  ペットボトルを何本も買ってくるのが嫌だなと思っていたら、今年はスーパーで閃いた。フルーツカルピスなんてものがあるじゃない。ペットボトルのスポーツドリンク(これもみんな好きなのよね)を一本と、カルピスとグレープカルピスを買ってきて希釈した。小学生には色で敬遠され人気のなかったグレープカルピスだったが、中学生にはバカ受けで、「お変わり」を要求され二度私はプラスチックの容器に、それを作って出した。そしてそれも気持ち良く空っぽになって、容器は置いてあった。

 

  それを洗おうと思って、ふたを開けようとするが、開かない・・・・。
たかが飲み物入れのふただ。
如何に私に力がなくったって頑張れば開くはず・・・
だけど開かない。
濡れ布巾で押さえてもダメだし、プラスチックだから熱湯かけても意味がない・・・
エエイ、くそお~  (ゴメン、下品で)
だけど、四本の指がズキズキ

 

 その時私の脳裏に、中学生の男の子達の悪戯好きの小悪魔のような笑顔がかすめた。
―ヒッ、ヒッ、後で先生が困るから、ギュウっと絞めておけよ。―

なんか、ムカムカしてきて、心の中でついうっかり呪いの言葉を言ってしまった。

―このふたを閉めたやつにろくでもない事が起きろ

ああ、もう~、大人げないんだから、私。

 でも、ちょっと待てよ。如何に冗談のつもりで言ったとしても、そういう言葉はどんなものが聴いているか分からないじゃない。そう、声に出さない言葉を聴くやつとかさ・・・。

恥ならぬ、アホの上塗りみたいだけれど、私はこういう定かでないことは侮らないことにしている。

出した言葉の訂正はきかない。だから、付け加えておいた。

―そのろくでもない事は、夢の中で起きる。

 

―オホホ~、次に会った時に聞いてやろう。
「怖い夢見た~?」って。    ロクデモナーイ!

 

                      

 

 長い夢を見ていた。長い夢はいつもストーリー性があって面白い。

その夢の最後、私は政府公認のリサイクル公証人になっていた。担当は空き缶。(なんじゃ、それ、とは思うことなかれ。夢なのでシュールなのよ。以下セリフは少し芝居がかって読むべし。)

「だーからね、『ご協力、お願いします。』なんて、甘っちょろい事言っているからいけないのよ。リサイクルが浸透するまで家の中の全ての空き缶を根こそぎ出させるのよ。」
「例えば刀狩のように~♪」登場人物Aが応える。
「例えば戦時中に鍋を集めたように ~♪」登場人物Bが応える。
「そうよ。家の中で徹底されれば、道に空き缶が落ちていたら、『ああ、大変だ、空き缶様が落ちているだ』みたいに成るのよ。そのためには例外なし。」
「ああ、公証人様。」登場人物Cが現れる。
「家の中の空き缶を根こそぎ出さなくてはならないのは充分分かってはいるのです。ですが、私の娘は空き缶で人形を作って、それを壊そうとはしないのです。言って聞かせても分からないのです。」
「ええ、昔はね、そういうのは創意工夫に優れていると評価を得たものだけれども、時代を読まなくてはね。いいわ。ワタクシが説得いたしましょう。」

 

 どうせ、夏休みの宿題か何かでしょ。困ったものね、と私は思いながらその男に娘の部屋に入る。入って驚いた。四畳半の部屋いっぱいに空き缶をワイヤーで繋いで人形が作ってある。巨大でしかも缶が古い。

―な、何これ・・・

私も登場人物AもBもどん引きだ。

「辞めて、Kを壊さないで~~」と背後で声がした。振り向いてさらに吃驚した。大人じゃないけれど、子供じゃない、そんな少女が立っていた。期待通り、ちょっと美少女。

「まぁ、大作だからね、あなたのお気持ちも分かるけれど、お部屋も埋まっちゃっているしぃ・・・
ホラ、記念に写真でも撮って、そろそろ解体する頃じゃないかしらん。」

「解体なんかとんでもないわ。だって、Kは妹なのよ。」

「ふぇ」 私達は奇妙な声を出し、お互いの顔を見た。

「私達がもっと幼かった頃、妹は死んでしまったの。でも、私は悲しくて二人で遊んだこの部屋に、妹の人形を作ったの。いつだって一緒と言うわけではないけれど、今までずっと私達は同じ時を過ごしてきたのよ。ねっ、おばさんなら分かるはず。」
と言って、少女は空き缶の一つを私に握らせた。それは丁寧につないであるので揺すると、まるで手のように動くのだった。

「ああ~」と私は思った。他の二人は気持ちの悪いものをみているような顔をしている。「分かるでしょ。」と言われたからではないが、私は彼女の気持ちが分かってしまったのだ。

ある時は、「ただいま」と言って帰ってくると、この不気味な人形が「お帰り」と心の中に応える。ある時は「ウフフ、今日ねえ、」と話しかければ、耳を済まして聞いてくれる。寂しいときには手も繋いでくれただろう。

手の部分だと思われるその缶を握った途端に、彼女達の残留思念が電流のように流れ込んできた。

<ちょっと、ブレイク。
ちなみに「リサイクル公証人」なんかはあまりな設定のようだけれども、ミニシアター系の芝居とか、SF色漂うショートショートなら結構いけると思う。物語ならば、登場人物Bに『例外なしって言ったでしょ。』とか責められたり、こんなものに縛られてはいけないわと少女を説得したり、または鬼のように解体をして、少女Kの怨念出現とかホラー系に話が展開しそうだけれど、夢だからそうはいかない。>

・・・・彼女達の残留思念が流れ込んできた。だけど少女の笑い、涙、・・・そんな思念のさらに奥に、私は違うものを見てしまった。

 

 幼い少年が笑っている。幼い少年が走っている。かわいい口元が「ママ」と動いている。可愛い小さな指が、何かを拾い私に差し出している。

―ああ~、どうして・・・・・・・

ああ~、どうして、私も同じように止まった時を、何かに移しどうして同じ時を生きてこなかったというのだろう。この少女のように、失ってもなお、愛するものと一緒に生きていたかった。ずっと傍にいて欲しかった。どうして、あの子はいないの。どうしていってしまったの     

 

私は涙に掻き暮れて、空き缶の巨大人形に抱きついて、子供の名前を呼びまくった。

 

                            

 

深い息を吸い込んで、私は目が覚めた。朝に近い夜。

―バカ~、死んでなんかいないよ~。

私は寝たままだと言うのに、さらに何処か深いところに沈んでいくような、そんな気がしていた。横になりながらも、体中の力が抜けていくのが分かっていた。

 

 

   ・・・・・・・、あっ、犯人は私だったのね 

 

                 

<ちなみに、開かないふたは輪ゴムをかけると魔法のようにすっと空くよ。最初からやれよと思うよね。でも無駄な努力がすきなんだな、コレが。>

 

 

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紫色の黄昏に

2008-07-31 23:42:17 | ’08/12/7までの未整理日記

 ツバメ続きでもう一つ、お話させてくださいね。このブログの中に時々登場してくる、以前住んでいた不思議空間M町でのお話です。

 

 私がその町に住んでいたのは、裏が森の一軒家でした。ブロックの門から二歩で玄関と言う狭さでしたが、その狭いポーチの上には引っ越した時からツバメの巣がありました。

 「ツバメの巣がある家は、福来る縁起の良い家」って、思い込んでいませんか。なぜか私は思っていました。いったい誰がそんなことを言い出したんでしょうね。でも昔からやってくる動物は拒まない方が良いと言うみたいですよ。

それは、動物も魅かれるような福がある家だと言う意味なのだと思います。 その家に住んでいた時、猫のピーちゃんもやってきたりしましたが、季節になるとツバメもやって来ました。

だけど、ツバメに関して言えば、先に言った縁起の良い家と言うのは、ツバメ妖怪が流した噂じゃないかと思います。・・・、馬鹿なことを書いてしまいました。そんなものは居ません。が、縁起がいいと家の住人が思っていれば、巣を作り始めたツバメを追い払おうとする人は、よっぽどでなければいないのではないでしょうか。

だけど、ツバメの巣の下は糞だらけ・・・。お掃除が大変です。

 

 我が家のだんなは、糞除けなんか作ってくれるタイプの人ではないのです。加えてちょっとその家のポーチはそういうものを設置しづらいような感じでした。さらに言うと、ツバメの巣自体もしっかり張り付いていなくて、なんとなく脆い感じもしていました。

 

  ある日、危うい巣の予感は当たってしまいました。ルート君を幼稚園まで迎えに行って戻ってくると、ツバメの巣は巣ごと下に落ちてしまっていました。巣の中で子ツバメたちはピーピー鳴いていました。親鳥達はなす術もなく飛び回っていました。

 

  こういう場合どうしたらいいのでしょう。そっと巣ごとブロックの門の上に持ち上げてあげました。でも、巣はもうボロボロです。門の上では猫にも烏にも狙われてしまうでしょう。

仕方がないので家の中に入って、適当な箱を探しました。こういう時に限ってちょうど良い箱がありません。その時閃きました。ああ、そうだ。あの箱を使ってしまおう。そう思って出してきたのは、抹茶用の茶碗が入っている箱です。別に名のある茶碗でもないので、箱は譲ってもらうことにしました。

 

 その箱の側面に穴を開けて新聞やテッシュで上げ底にし、私に襲われていると思って恐怖の悲鳴をあげている子ツバメと、敵意の視線を向けている親ツバメを無視して、その箱の中に巣をそっと入れてあげました。 その時の家の前の住人は、玄関のところにウェルカムボードを掛けるためにフックを付けておいてくれました。私はそこにその巣を入れた箱を掛けてあげました。

 

 酷い巣箱です。でも不器用な私には精一杯です。出来ることしか出来ません。

親ツバメもその変な巣箱を怪しんで近寄らずほとんど一日、子ツバメが放置されていたことが気になりましたが、翌日辺りからまた親鳥が餌を運ぶようになり安心しました。 そこに巣箱を置いたことによって、我が家は天然ドアチャイムが付いたようになりました。ドアを開けるたびに、子ツバメがピーピーと鳴くのです。

」と言う記事に載せた写真のようにです。

 

 余談ですが、あの燕の写真を「可愛い。」と書きましたが、そう思わない人もたくさん居るかも知れませんね。彼らがハンサムに成るにはもう少し時間が掛かるのです。でも、あのとぼけた感じの顔も近くで見ていると、かわいいものなんですが、客観的に見ると不細工かも知れませんね。  

   

     

 そして最初は小さな子ツバメも、あっという間に大きくなり巣箱はギュウギュウになってしまいます。この時の巣箱を見るのも好きです。押し合いへし合い、ツバメがそのまま落ちてきそうになるんですよ。  

 

 だけどある日の夕方、外は雨が降っているのかしらとドアを開けた私は、いつものように子ツバメたちが鳴かないことに気がつきました。 パッと横を見ると、子ツバメが一羽クイっと首をこちらに向けて私を見ました。私はそのツバメの真っ直ぐなまなざしにドキリとしました。見ると、他のツバメは居ません。そのツバメは最後の一羽。パッと視線を前の空に移すと、親鳥が上空の電線に止まって、その子ツバメを見守っていました。

 

 思わず私は「ごめん。」と言ってドアを閉めました。そして玄関の内側で息を潜め、しばらくの間じっとしていました。そして間をかなり空けてから、そっとドアを開けてみました。  巣箱の中は空っぽです。全てのツバメが飛び立っていったのです。私は、ツバメは良く晴れた午後飛び立っていくのかと思いこんでいました。こんな夕暮れ時に、しかももうすぐ雨も降りそうだと言うのに飛び立っていくなんてことは思っても見なかったことでした。

 

 空気はひんやりしていました。大気は水分を含みすぎて視力の良い目には、既に雨が降り始めている様にも見えました。

 

 私は道に立ち、空っぽの巣箱を眺めてみました。そして雨が降ったら戻ってくるツバメも居るかもしれないなと思い、巣箱はしばらくは外すのは止めようかななんて、そんな事を思っていました。でもそんな心配は無用でした。ハッと気がつくと今飛び立ったばかりのツバメが私の前や後ろを飛び回っていました。夕闇迫る薄暗さの中で、ツバメの色は保護色になり最初は気がつかなかったのです。そして、電線の上にはやはり親ツバメがそれを見守っていました。

そうして一瞬の薄紫色の時を過ぎ本当の夜が近づいてきた頃、親ツバメも子ツバメも何処かへ飛んでいってしまいました。

湿った空気が私の体を包みます。でも心がスゥッと澄んでいくのは、そのせいばかりではないと私は感じていました。ハンサムだった子ツバメの澄んだ眼差しを忘れられません。

 

                       

 

 翌日ドアを開けても、シーンとしている巣箱が悲しくて、早々に外すことにしました。ふと見上げると、電線の上に親ツバメがその様子をじっと見ていました。

今の私なら

「ツバメが『ありがとう。』と言いにきました。」なんて思ってしまいそうですが、その時の私は違うことを考えて感心していました。

親ツバメはきっと、巣箱に戻ってきてしまったツバメが居ないかどうかを確認をしにきたのだと思ったのです。巣箱を外す私を見届けて、そうして親ツバメも去っていきました。

 

 不思議空間M町での、そんなツバメと私の思い出です。

 

                         

 

 後、何分かで7月も終わりですね。私はどうも夏バテ気味ですよ。

皆様はいかがですか。8月こそが夏本番。何か素敵な夏からのプレゼントはないものかしら。       

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飛び立っていくのは子燕のみにあらず

2008-07-30 11:09:06 | ’08/12/7までの未整理日記
<子供と接するお仕事をしています。>
 
         

少女が言った。
「ねぇ、何か怒っているの?」
「怒っていないよ。」と、私。
「でも、何か怖いんだけど。」
「怒っていないけれど、機嫌が悪いのかもね。
だって、あなたはね、私がずっと傍にいると思っているのだもの。
ある日、気がついたら私はあなたの傍にいないかもしれないでしょ。
それなのに、あなたは私を頼ってばかり。
同じように日々が過ぎていくとは限らないんだよ、分かっているの?」
「私、やめません。だからずっと同じです。」

「そうじゃなくて、・・」と言いかけて私は言葉を失う。

読解力もないが聴解力もない、理解力も乏しくて想像力の欠片も無い。
そんなナイナイ尽くしで依存性だけがある。

決定権は自分にあると思いこんでいる。
ずっと私が傍に居ると信じている。


だけれど・・・
深い溜息をつきながら、私はふと思う。
変わらずにここに居て、ずっと見守って居てあげる、
私はそんなものになりたいと夢見たことはなかったのか。

通り過ぎていく者達が、思い出すこともなく、挙句の果てには酷い言葉で嘲笑しようとも、私は静かに微笑んで変わらぬ場所でそこに居る、そんなものになろうと願った事はなかったのか。


『それは違うわ。』と、私の中の思慮という名前の影が語りかける。
『燕が飛び立った後、そこには空っぽの巣が残っているだけ。親燕も子燕も去っていくのよ。見守っているということはそこに留まっているということではないわ。』
辛らつな彼女は、だけど冷静に語り続ける。
『未来ばかり見つめる者に、過去と言う場所から想いを送り続けても意味のないことだと思うわ。』


フムなるほどと、私は自分の言葉に頷いてみたりする。
変わらずにそこに居て見守ると言うことは、空の巣箱に成ることではない。
飛び立った子燕が、古巣を懐かしんだり思い出すことがあったとしても、戻ってその羽を休めることは良いことではないのだ。


子供から見れば、自分の人生の3倍は生きてしまっている者は、もう旅するものではなく、そこに留まっている者に見えるだろう。
かつての私がそうだった。
私も昔は思っていた。
その年代になってしまった者たちは、もうそこにたどり着いてしまった者なのだ、そして、残りの人生の川をゆっくりと流れ流されてゆく者達なのだと。

でもそれは違かった。

空の巣箱になんかになってはいけないんだ。
飛び立っていくのは子燕ばかりではない。
飛び立った子燕には子燕の空があり、親燕には親燕の空がある。

・・・・



「-16+5=+21」少女のプリント。
「な、なんで~、ど、どうして~・・・」
「じゃあ、-21」
「『じゃあ』って何?『じゃあ』って。ちょっと待ってよ。少し考えようよ。脳を使おうよ。脳に皺をつくろうよ。顔に皺を作ってはダメだけれど、脳に皺がたくさんあるほうが美人に成れるんだよ。お肌はピンピン、だけど脳もツルツルじゃどうするの。」
「いやだ~、笑える~、だから考えられない~。」
「ああ、そ―・・・・・。」

―『だから』と言うのは、この場合間違えているだろう。

だけれど・・・、
深い溜息をつきながら、私はふと思う。


以下延々とメビウスの輪の如く自己対話は続く・・・・・



          


<子供と接するお仕事をしていました。>
と、来年の今頃は書く予定。


・・・・・予定通り、行くのか~。
なんか、微妙。


















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2008-07-28 08:59:46 | ’08/12/7までの未整理日記

   

 

 

   

 

 

 

   

 

  足利インターの女子トイレにいたツバメ。

  なんか可愛いでしょ。三枚続けてみていると、なんとなく笑えます。 

 

 

   

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