森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

のんびりいきましょ♪

2011-11-30 11:37:07 | 猫さま日記

今日で11月も終わりですね。

11月が終われば12月・・・
当たり前か。

でも師走は誰もが走り出したくなる月でもあるわけで、なんとなくセカセカしそうです。

我が家のももも、何やらキリリとしています。

何を見つめているのやら。

明日と言う日を見つめているのかしら。

 

いいや、私は知っている。オメメがきりりとしていても・・・・

「にゃにか、もんくでも・・・・」

 

だって、あなたこれだよ。

 

君の寝姿、君のダラリン顔。

 

 

 

何で寝ながら踊っているわけ?

 

 

    ああ~ 、                                                                    

無防備。
猫としてあるまじきリラックス度。

 

でもももを見習って、きりりとダラリンの兼ね合いを大切にして12月を乗り切るのも大切かなと思います。

そうは言っても11月最後の今日と言う日も、無駄に過ごさず素敵な一日にしたいですね。

 

 

 

切り取りのトリミングにチャレンジしてみました。こういうのも面白いけれど、私のブログには、ちょっとに合わない感じ。でもももが寝ている場所が、私の寝起きの布団の上。夫の足はお見せしても、自分の寝床はちょっと恥ずかしいので、変わった感じになってしまいました。だけどこの切り取り、面白いので又やってしまいそうです。


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江~姫たちの戦国/最終回

2011-11-29 10:23:25 | ドラマ (大河)

そう言えば・・・・

おとといの朝、大河ドラマが最終回であることを思い出しました。これと言って感想を書くとも思っていなかったのですが、最終回だしどうしようかなと迷ってみたりしました。初回と最終回は書こうと言うのは予定した事だったからです。初回感想は何を書いてあったのか、自分の記事を読み返し、ついでなので昨年の「龍馬伝」の感想も読み直してみました。

そして再確認。「龍馬伝」はいろいろ気に入らない方もいらしたかも知れませんが、私にとってはここ数年の中で一番の思い入れのあった作品だったと思います。過去の感想を読んでもその感動が蘇ってきます。

まあ、やっぱり最終回だから書こうかな・・・・・と、その「龍馬伝」の感想を読みながら、そう思ったのでした。

 

だけど・・・。この「江」、終わってくれてホッとしました。

この「江」のファンだった皆様ごめんなさい。これだけの俳優様たちを揃えておきながら、どうしてこんなドラマが出来上がっちゃうのだろう。

それは、・・・

それは皆さんが自分で考える事です。

ああ、ごめんなさい。「家政婦のミタ」を見ていなければ、上のボケは分かりませんね。

 

思うに、テレビの影響力って凄く大きいと思うのです。まして歴史のある大河ドラマではその信用度も高いはずです。

それなのにこのドラマは作家様の大暴走にしか思われない内容ではなかったかと思うのです。歴史に興味を持ち始めた子供がこれを見たら、どういうイメージで戦国時代を見るようになってしまうのだろうかと考えてしまったりもした「江」でした。

ここに登場してくる女性たちの意識や行動はとても奇妙なものが多かったです。

例えば戦国の世に現代の女性の意識を持ち込んで物語は進められたように私には感じてなりませんでした。意識だけではなく、その行動も変です。近所に住んでいたわけでもない姉の初が、まるで車を飛ばして来たような軽さでやって来ては少々しゃべっては帰っていく所などは、見ている者を馬鹿にしてるのかなと思いました。

戦国セレブのこの三姉妹の結婚には、恋愛の愛が必須でした。その違和感ったらなかったです。

日本の女性にとって自由恋愛の歴史は実は浅いと思うのですね。確かにどんな時代であっても恋をしてその想いを遂げていった人たちは多数いると思います。でもこの戦国時代の姫たちはそんな恋愛をして嫁いだ人は稀であると思うのですね。だけど結婚する時にはなかった愛でも、その後には深い情が生じてきて良い結婚を送った者も大勢いたと思います。

 

それでは行って参りますとひとたび嫁いで行けば、おいそれと里帰りも出来ないこの時代の結婚です。この時代の女性にはそれなりの覚悟があったはずです。
江は命じられるまま三度も嫁いで行き、その後はその三人の夫とそれぞれ深い情によって結ばれたように思います。だから江の結婚については、最初の夫の離縁、二番目の夫との死別は胸を打ちました。

だけど最終回には最初の夫が訪ねてきました。

その時の江には、何で今更と言うような雰囲気が漂っていませんでしたか?

なんか余所余所しくて、ちょっとがっかりしました。もしかしたらあれは上野さんが歳を取ったので落ち着いたと言う演技をしていたのでしょうか。

そう言えば彼女はまったく最後まで老けないし、言葉を話すスピードが遅くなっただけ。

そう言う演出も如何なものかと思いました。

このシーン、私は「篤姫」の尚五郎との江戸城での再会のシーンを思い出してしまいました。共に昔を語り合う二人。凄くシミジミと感動しました。同じライターだと言うのに、この違いはどうしたものだと思ってしまうのです。

この「江」が始まる時に「篤姫」と同じ人のシナリオだと知って、嬉しく思ったものです。期待もしました。でも余りの違いに首を傾げるばかりです。ところがある時、美容院で見た週刊誌にその裏話が書かれていました。週刊誌に書かれたことを鵜呑みにするわけではありませんが、「篤姫」の時には、協力するゴーストさんが居たのだそうです。

今度も書いてもらえば良かったのにって、申し訳無いのですが、本当にそう思いましたよ。

じゃあ、見るのを止めれば良かったじゃないかと言われそうです。

確かにそう言う選択肢もあったんだなと、最終回を見ながらそう思いました。気付くのが遅すぎました。

不満に思いながらも見続けたのは、登り始めた山は途中で降りたくなかったと言うような感覚に似ていると思います。

それと好きな俳優さんが多数。

良いシーンや俳優さんが頑張ったシーンもたくさんあったように思います。

それから前に何かのドラマ纏め記事に書いたような気がしますが、常に茶々しか注目されてこなかった、戦国三姉妹の話に興味もあったのでした。

私自身、ひとり多いのですが4姉妹で育ち、この戦国時代を共に生き、最後は敵味方の妻になってしまった姉と妹、その間に立ったもう一人の姉の気持ちには、自分の中の妄想で充分泣けました。

 

このドラマの中で一番、何言ってるんだ、こいつと思ってしまったのは茶々と秀吉の恋愛話です。徐々に秀吉に恋をしてしまう茶々。二人は愛し合って結ばれた・・・・

それを見守る、茶々に恋する気持ちを心の奥底に封じ込めている三成。美しいシーンでした。
でも、美しければ良いというものではありません。

 

これは私の私見ですが、茶々の中には最初から天下人の妻、もしくはそれに匹敵するような男の妻になる事こそ、自分に相応しいと思っていたのではないでしょうか。以下大河の感想をちょっと離れます。

戦国の姫には戦国の姫の覚悟と戦いがあったはずです。彼女たちの戦いは剣を持つ事ではなく、自分たちが受け継いだ血の系譜を絶やさぬ事であったと思うのです。

ゆえに天下人の妻になって子を産めば、その子が天下人になるかもしれないのです。

茶々が時代の風を読み我が子と豊臣の家の存続だけを願い家康にもへつらえば違う道もあったかもしれませんが、そんな事は茶々には何も意味のない事だったと思います。

落城で散った浅井の血、天下目前でその想いを断たれた伯父、信長の無念。そう言ったものを彼女は胸のうちに秘めていたと思うからです。

大阪落城の折、茶々は千姫や初を城の外に出しますが、命乞いの為の使者と言うのは何処までの期待をしていたか分かりません。要は彼女たちの命を守ったのだと思います。大切な妹の子供。大切な妹だったのですから。

宮沢りえさんが光り輝いていた、落城の回は泣けました。

 

でもこの時、思わず自分の姉妹で妄想してしまいました。さしずめ私は初と言った所で、姉が(絶世の美人かは置いておいて)茶々。その姉が私に頼むと言ったなら、私は逃げ延びて千や江を守ってくれと理解したでしょう。私の姉妹は一人多いので一番下の妹が千で、すぐ下の妹が江。まあ、配役はどうでも良いのですが。
そして姉は心の中で妹、江に頼むと念じます。その頼むは浅井・小田の血を守り、そして天下を取れと言う願いの継承なのでした。

敵味方に分かれてしまった姉妹のように見えても、その底辺で想いはひとつで繋がっていたのです。

茶々の死を知った江は涙の川に溺れるほど泣きたかったと思います。でもそうしてしまったならば夫を責める事になってしまう。きっと初と密かに抱き合って泣いた事でしょう。

だけど姉妹の、戦国の姫の戦は勝ったと思います。その系譜を見れば分かります。

と言うのが、私の見たかったドラマなのでした。

 

我が夫殿は、このドラマの最後を見ていて

「なんだかんだと言っても、徳川の血は浅井の血なんだな。」

正確に言えば「浅井の血でもあった」と言うのが本当の所だと思いますが、戦国の姫の野心・野望。その戦いを綺麗ごとを並べる江のセリフを減らして描いて欲しかったと思います。

 

最終回の感想になっていないようなので少々付け足しますが、

江の功績と言ったら、血の系譜を守る為の大奥を作った事だと思います。そこに行き着くエピソードは良かったです。でもそれが最終回エピソードなのは勿体無かったなと思うのです。彼女のドラマなのですから、もっとした事に光を当ててもらいたかったと思うのですね。その苦労話とか入れても良かったと思いました。

いきなりお福とも和解し従えて歩く姿は、ドラマの「大奥」を見慣れたものにとっては新鮮な映像でした。

子供たちも仲良しこよし。きっと将来は支えあって徳川を盛り立てる事でしょう。←嫌味

 

遠い京都ではすっかり弱っている高台院が、竜子様から江の近況報告を聞いています。
入内した娘が姫皇女を生んだ話をし、江が上り詰めたサクセス女性と誉めそやします。

すると

「こうなる事は、なんとのう分かっていたな。」と言うようなことを大竹さんが言わせられるのですが、
「どこで~?!」って、私は思ってしまいました。凄く説得力がありませんでした。如何に演技達者な大竹さんでも駄目でしたよ。

説得力が無いなと思ったのは、最後の秀忠が
「そなたは私の希望だ。」と唐突に言う所。

なんとなく時間延長でこれか~と萎えました。

 

そして、NHKお約束の幽霊。
馬で走り去っていく横を、母の市が共に走り優しく見守っていると言うシーンで終わったのでした。
でもここでも私、不満です。

市と共に茶々も出して欲しかったと思います。

市と茶々、二人顔を見合わせて、そして江を見守る・・・
それだけで、私、今までの不満を封印して感動したかも知れません。

 

このドラマにほとんど興味を示さなかった夫殿が、最後に
「死ぬ所までやらない所が暗くなくていいね。」と言いました。

何と言う善意の解釈。

「そうね。」と言いながら、死ぬ所までやると、もうドロドロが見えてきちゃって、綺麗事じゃ済まなくなってくる事が出てくるからやらなかったんだなと思いました。

 

昨年の「龍馬伝」の最終回と余りにも違いすぎて、なんか「大河ドラマ」自体から気持ちが離れそうです。
とりあえず「坂の上の雲」で気持ちを立て直したいと思います。

但し、これもどこかに書いた事ですが、「江~姫たちの戦国展」は本当に良かったです。
本物=歴史の重みを感じましたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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眩暈について<その2>

2011-11-27 08:07:43 | 思いつくまま

「眩暈について<その1>」の続きです。

タイトルが堅くてコレは何とかならなかったのかなと思うし、テーマも真面目。でもたまには良いかな。

 

眩暈が起きたら耳鼻科に行く。それは知っていたのに、敢えて違う所に行った経験があるのです。

なぜなら、怖かったからです。

同じマンションに住む人の話を、<その1>で書きました。

で、その体験談を書くわけですが、その前に別のお話を。所謂搦め手、もしくは導入部と言うところです。

 

 子供が出来る前にかなり有名な耳鼻科でアルバイトをしていた事があります。凄く混んでいて、私は只管使用した器具を洗って消毒するのが仕事です。はっきり言って綺麗な仕事ではありませんでした。たくさん応募が来ていたのに私が採用されたのを知った時、若さだけで受かったんだなと思いました。でも仕事の内容を知って、すぐに止めたくなりました。だけど落ちてがっかりした人の事を思うと、申し訳ないような気がして少々頑張っていました。

ところがここの先生は、今思うとですが、ちょっと傲慢で患者さんに説教をいろいろ言う事が分かりました。その話が面白くて、だんだんイヤじゃなくなってきました。この先生はいろいろな事を言っていたのですが、印象深かったのは、診療が終わって部屋を出て行くときに患者さんが黙っていこうとすると、必ず呼び止めて「『ありがとう。』ぐらいは礼儀として言うもんだ。」と叱った事です。

今だったら、ツイッターに書き込まれるぞとかも思うけれど、横で聞いていた私は「なるほど」と思いました。

私はそれまでも言っていたかも知れませんが、なにぶん凄く若かったので良く覚えていません。診療が終わった時にお礼をいう習慣は、とにかくこのときからしっかり身に付いたように思います。

だけどその時には診療が終わると黙って立ち去ろうとする人は結構多かったのですよね。

するとその先生がガミガミ叱るというわけです。

今考えると良い先生ですね。

 

で、この先生の別の話です。
患者さんが「何何だと思う。」と言ってやって来ると、「あなたは医者でないでしょ。何で判断しているんだ。」とまた叱るわけです。

やっぱり、ウザイかも、この先生。

でもこの話も「なるほど。」と思いました。

「風邪だと思う。」と言うのは患者さんのセリフではないのです。患者さんは「喉が痛いんですけれど。鼻水が出るんですけれど。熱もあるんですけれど。」と症状を言えばいいのですね。

風邪ぐらいだと、うっかり風邪だと患者さんも言ってしまいそうですが、
異常にだるくて熱がある、こんな時もうっかり風邪を引いたみたいでなんて言ってしまいませんか。

熱とダルさは風邪ばかりではありません。自分から「風邪」と言ってはだめで「ダルイです。熱があります。」と言うべきなのですね。

症状だけを伝えた方が良いのです。

ちなみにこの先生は、風邪を引いたかなと思ったときには、みんな内科に行くけれどそうじゃない、耳鼻科に来るんだといつも行っていました。確かに耳鼻科は耳鼻咽喉科と言うのが正式な名称。喉が腫れ上がった時には確かにその方が良い様な気がしますね。

 

大切な事は、自分で判断をしない。症状を言う。
だけど、じゃあ何処でその症状を訴えれば良いのかと言う事になると思うのです。
内科じゃないか。

ああ、こういう文章を見ると、どうしてもボケたくなってしまう・・・・内科じゃ内科。
あっ、失礼・・・

モトイ、
内科じゃないかしら、耳鼻科じゃないかしら、もっと違う所じゃないかしら。

この部分だけは患者まかせの自己判断にゆだねると言うのはどうなんだろうと思ってしまうのです。

もちろんほとんどの場合は、その自己判断は容易なので問題は無いのですよ。まさか歯が痛いのに内科に行く人も、足を怪我したのに歯医者に行く人は居ないでしょうから。

 

でも時には判断が難しいものって、実はありますよね。

 

と、此処で話が眩暈に戻ってくるのですが、長くなってしまったので今日はこの辺で。

これからが本題ですがそれはまた次の機会に。

「次の機会に」って何だ・・・!
真面目な話に飽きたのかって言われるとそれもそうだけど、
体調もイマイチなのかって言われたら、それもそうだけれど、
年末に向けて、「ねばならぬ」と言うものが増えてきてしまったのです。
誰もが走り出したくなる年末ですものね。

趣味に高じてばかりはいられないというわけなのです。

その間はももち画像でいこうかなと思っていますが、この記事の続きもそのうち書き終わると思います。

今日はコタツを買いに行く予定・・・♪♪

※    ※     ※ 

「梢は歌う」、更新しました。→「野の花【ムラサキツメクサ】

 


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眩暈について<その1>

2011-11-25 14:55:54 | 思いつくまま

The 入院」の妖怪小銭数えお婆のお話の時に、眩暈の事は別に書きますと言いました。

あの妖怪のおばさんにも教えてあげたかったのですが、それこそ嫌な顔をされるのが分かっていたので言いませんでした。

 

眩暈が持病と言うのも変ですが、何回か経験しています。こう書くと「私も!」と言う方も多いのではないでしょうか。

その方たちもいろいろな体験談があるかと思います。

今回は体験談も踏まえて、その体験の中で知った事なんかを書いてみたいと思います。

あわせて、その時の患者の気持ちと言うのも軽く書いておきたいと思うので、出来るならば、お医者様と言う職業の方にも読んで貰いたいなどと大それた事を、ちょっとだけ思ってしまいました。

タイトルも堅いので、余り長くならないように数回に分けて書いていきたいと思います。

 

ある夜妖怪小銭数えお婆が、真夜中に眩暈を起こし「怖い怖い」とパニック状態になっていました。例の如く、真夜中でも大きな叫び声です。

でも、「ああ、可哀想に。その怖い気持ちが凄く分かるな」と、私は思いました。
看護師じゃなくても「大丈夫よ、落ち着いて。」と声を掛けたくなってしまいました。
パニック状態なので血圧が高いと聞こえてきましたが、その後、少し落ち着いてきたらその血圧も通常に下がったようです。そんな声が聞こえてきて、良かったなと思ったら、妖怪おばちゃんは(短縮化)

「どういう事!? 何で、上がったり下がったりしてるの、私の血圧。」とまたパニック。

 

思わず、「人の、人の話を聞け~♪」と言う歌が頭の中で響きました。

 

 

私が初めて眩暈を起こしたのは、かなり昔、10年以上昔です。

Kと言う塾で採点と指導のアルバイトをしていました。

その時の先生の都合で、その日はいつもよりハード。

でもその日だけを乗り切れば良いんだと、明日と言う日に気持ちをもたれさせ気合を入れて頑張ってしまいました。

だけどその翌日に、初めての眩暈を経験しました。

「初めての」と言う言葉を付ければ、なんでも可愛くなるものではありません。

 

朝、目が覚めて起き上がった時にそれに気が付きました。

その時、私は凄く怖いと思いました。

経験がない事であり、自分以外の世界が回り続けると言う異端の世界に入り込んでしまった感覚、イヤ何よりも何か恐ろしい、つまり脳の病気なんじゃないかなと言う恐怖に震えました。

知っている者から見たら愚かに見える恐怖でも、知らない者からしてみたらそれは恐怖でしかなりません。

でもその恐怖の感覚が、あるいは自分を助ける事にもなるのですよ。

 

眩暈を起こしたら、普通は耳鼻科に行きます。

内科や脳外科に行くと、ここではないと言われたり、そんな心配はいらないのだと言う雰囲気がアリアリの事もあります。

でも・・・と言う話をさせていただくと、同じマンションの人と以前話した時に、眩暈の話になりました。同じ病院に行き、言われた話も同じでした。所謂眩暈の原因は、肩こりだと言うのです。

病院では頭から肩、首の自己マッサージの仕方などの指導もしていただきました。私の場合は眩暈止めやビタミン剤、筋肉の緩和剤で治りました。でも彼女の眩暈は治りませんでした。絶対におかしいと彼女は思い、病院を変えて脳外科に行きました。結局彼女は脳の病気で、その後手術をし一命を取り留めましたが、恐ろしい話でした。

もちろん彼女はその後も、その耳鼻科には行かないと思います。

私たちは、この眩暈はおかしいと思ったら、お医者さんが判断し次の行動を示唆してくれるものだと信じています。でもそうでないのなら、自分の中の恐怖や不安を取り除ける病院に行った方が良いと思いませんか。

いただける薬が同じであったなら、脳外科の先生の手を煩わせても、検査して「なんでもない」と言われたら、その場でその恐怖は消えるのですよね。

 

こんな事を書いていたら、「下らない患者」が増えて迷惑だと思うお医者様もいるかしら。
まさか診療時間は決まっているんだから、そんなくだらないいお医者様はいるわけは無いですよね。

そんな事を言いながら、私は眩暈を起こした時には耳鼻科に行きます。
耳鼻科に行くのだと知っているからです。

ただ一度だけ脳外科に行った事があるのです。
お医者様はいろいろなアドバイスをしてくれますから、私的にはそこに行ったことは、凄く良い経験でした。

その時の経験を次回は書きますね。

ちなみに妖怪おばちゃんに教えてあげたかった事は、「原因は肩こり」と言う事ではありません。そのうちに出て来ます。

 

(この記事を書いていたら、今朝、眩暈・・・!
どういうこっちゃ?)

 

 


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相棒ten6話「ラストソング」

2011-11-24 10:04:29 | ドラマ(相棒)

先週、ツイッターで「相棒」の事を呟いていたら、通りすがりの息子が、
「『相棒』の実況やってるの?」と聞きました。
思わず
「うん珍しく。だけど孤独。」と言ってしまいました。

結構、みんな見ているみたいだけど、誰も私のTLの人、呟かないんだもの。

だから実況は止めました。でも止めようと思っていたのに思わず呟いてしまいました。だって今回、見ていて辛かったです。こんな事は初めて。

 

今日のゲストは研ナオコさん。

前に映画の宣伝関係で「テラコヤ」に出演した時に、本編の出演のラブコールをしていたと言うもの。

昔だったら見向きもされなかった「相棒」ですが、今なら出たいと言う方は多いかも知れませんね。

でもね、出たいと言う方を出しては駄目なんだと、私本当に思ってしまいました。

それなりのキャリアのある方に失礼なので、なぜかと言う事は詳しくは言いませんが(ツイッターじゃ言ってしまったけれど)、ドラマと言うのは高速道路を走る車と同じだなと思いました。その流れの中では、その流れに沿った走りでなくては事故の元と言うルール。そんな事をなぜか思ってしまったのでした。

 

ただし、ラストソングになってしまった・・・タイトルはなんだっけ・・「キスで殺して」みたいな歌は素晴らしかったですね。

このシーンを作る為に彼女が居たようなものですね。

研さんは昔から好きな歌手です。

だから結婚する前に、今の夫とコンサートにも行ったりもしたのですよね。

歌には引き込まれました。

その歌がすごく良かったから、彼女の行動の理由とかに説得力があったのですよね。

今回のライターさんは戸田山さん。

お話自体は面白かったです。細かい所も直球ではないと言う所も良いですよね。

不遇の時に自分を金銭的に支えてくれた昔の男をかばったとかじゃないところが良かったです。

彼とでなければ、自分の最高の歌が歌えなかった。それゆえ解散してしまった後は舞台を降りていた彼女。バンドが再結成されて、彼の演奏で歌えるようになったのに、彼が逮捕されて失ってしまっては、歌が歌えなくなってしまうからと言うのが、彼女の行動の理由だったのですね。

男への愛ではなく、歌のため。

男が金銭的に困っている彼女を援助したのも、昔の女に優しくしていると言う自己満足のため。

男が一番愛していたのは男自信なのだからと、彼女は言いました。

 

でもそうとばかりは良い切れない愛の形があったのかもと思ってしまったのでした。

何しろ、彼女は荒くれ者、一筋縄ではいけないアン・ルーリーなのですから。

言葉通りに受け取っては駄目なんですよね。

 

客席からアンコールを望む手拍子が聞こえてきます。
でも男が居なくなってしまった今、もう彼女は歌えません。

もう歌わないと彼女は言って右京たちと、その場を去っていくのです。

 

最後に映されたポスターが悲しかったです。

 

ところで今回、かなり遊びが入って楽しませてくれましたね。

最大の気になる所は、尊が誰に電話を掛けていたのかと言う所ですね。

お相手は・・・「細野」
それって、元カノの細野唯子の事?

この元カノ、今のリアル奥さん。。。。笑えます。

それからイタミンの「第一発見者、かんべそん」

それから、なぜか急に字幕が入りました。
「えっ、なんで?」って私が言ったら
「防音の向こうで話しているからだろ。」と夫。
演出が細かい!

 

今回の演出は鏡が結構出てきました。
見ているものと映し出されている真実は違うと言うものかも知れませんね。

 

そう言えば、これはツイッター情報からです。

sheep_man
 

今日の相棒の犯人役の人、プロフィール見たら過去に相棒シーズンⅣで警視庁音楽隊・綿貫甚八役で出てんだがw」

 

追記:視聴率は、13.9

※      ※     ※

梢は歌う、更新しました→「ベランダ日記11月【ゴールドクレスト】」

 

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誰かの為に生きる

2011-11-23 14:25:48 | 思いつくまま

昨日は11月22日。

22日は、いつだってニャンニャンと猫の日だと思っていました。これはEテレの「0655」の影響ですね。22日は猫の日スペシャルで二匹の猫が出てきますが、昨日はボツ画像の特集でたくさんの可愛い猫を朝から見ることが出来て幸せでした。私も投稿してみたいけれど、かなりハードルが高いみたいです。

だいたいままちのカメラの腕じゃね。
ああ、もっと良いカメラが欲しいな。腕が悪いのにカメラのせいにしてみたり・・・・・

 

ところで昨日は「良い夫婦の日」でもあったのですよね。
言われてみれば、ああ確かにと思うけれど、だからと言ってこの日に何かイベントをやる人なんていないと思います。
ここに何かの商業ベースがくっついて、その企画が面白ければ、日本人は意外と飛びつく傾向にあるのですがね。

もちろん我が家でもこれと言って話題にもなりません。
なりませんが、朝の情報番組でその「良い夫婦の日」と言う言葉を何回も聞いていたら、、ふと思ってしまいました。

うちの夫婦は結構良い夫婦じゃないかな・・・なんて。

別にのろけと言うわけじゃないですよ^^

だけどね、なんか自分の空間、自分の世界に彼が馴染んでいると言うか、邪魔じゃないと言うかそんな感じ。彼がどう思っているかは知らないけれど。

20歳で知り合って、あれから何十年・・・

「・・・ちゃん」「・・・君」と呼び合って・・・・

ああ二人は若かった。

今は腹を立てると
「なんよ、このジジイ。」「おい、ババア」と罵り合っています。

注;うちらはまだ、ジイとかバアと言う歳ではないと思っています。いわゆる先取り攻撃です。

おっと、こんなきみまろネタもどきを書いてどうするの。

 

平凡な人生を歩いてきた二人にも、いろいろあって、いろいろあったから「今」があるんだなとしみじみ思いますよ。

 

またまたところで、入院する前も、まあ当たり前の事を言うようだけれど、実は調子が頗る悪かったのですよね。

みんなで安曇野に行く計画もキャンセル。密かに自分だけでやろうと思っていた計画も棚の上です。それどころじゃなくなってきたのです。そんな私を心配して、母が電話をくれました。

私の周りの老人たちは皆元気といつも自慢していますが、母もその一人です。

「元気に長生きする秘訣はね、それは誰かのために生きる事だよ。」と彼女は言いました。

 

今、この文を読んだ人はオババといわれる年代の女性の事だから、この「誰か」と言うのは家族の事だと思うでしょ。いいえ。侮れませんよ、オババとて。

彼女は仕事を通しての社会貢献のことを言っているのです。良い仕事をしているのだから、頑張るのだと励ましてくれました。

「使命」と言うものを自分に課して生きる人は、ボケずに病気にもなりにくく長生きが出来る―いろいろな先人のことを思うと、一概には言えないなと思うのだけれど、母の口を通して聞くと、妙な説得力があるから不思議です。

確かに両親や姑は何かしらの役や仕事を引き受けて、老人の割には忙しく一日が過ぎていくのです。自分の為だけに生きていない老人は元気なのかなと、思ってしまいました。

 

だけどオババの感慨深い話を、ヨロヨロの娘は縮小解釈です。

そうだなあ。

ただ生きているって言うのも大事な事だなあと思いました。何もなさず花のように生きていても、又はお気楽な猫のように生きていても、それだけでも、ジジとババにとっては孝行になるんじゃないかしら。

この「誰か」と言うのは、ジジとババのことなんじゃないかしら・・・。

そんな風にも感じたのです。

 

だけどこの話をすると、姉妹も友人も、その「誰か」と言うのは子供たちの事を思い浮かべるのでした。

「あなたがまだまだ、支えになっていかなくちゃ。」

それはそう思うけれど、本当に支えになってくれる人が現れたら、お役ごめんじゃないのと私は思いますよ。

いつまでも「私が」と思うから、嫁姑の問題が起きるんじゃないかな。

良き人にバトンタッチできる日が近いといいなあと思っています。

母と言うのは、老兵みたいなものさ。
老兵は死なず、ただ消え去るのみ・・・・なんちゃってね。

 

昨日が「夫婦の日」だったからと言うわけではなく、ふと私、自分が今いなくなったら、一番寂しいのはやっぱり連れあいじゃないなと思いましたよ。

もっと若くして私が退場なら、もう一花も二花も咲かす事も出来たかも。またずっと先の話だったら、その時に
「あんた、寂しいと思ったら来年おいで。迎えに来てあげようか。」
「行くか。迎えになんかくんじゃないぞ。」
ミタイナ会話も成り立つと言うもの。

でも今が一番ハンパ。

まさかこの先の長い日々を猫が居るから平気と言うわけには行かないなと思うのですよ。

「あなたの為に生きるわ。」などと言うと、
「余計な事を。今からだっていくらでも花は咲かせる事ができる。」と夫殿は言いそうなのでナイショですが、今から新しい女房が来てもですね、新しいお母さんにはなれなくて、子供たちの寄り付かなくなった家で寂しい晩年を過ごす事間違い無しですよ。
女の考える事は細かいのです。

 

「誰かの為に生きる。」と言う言葉だけを捕らえると、自分勝手な傲慢さを感じるかも知れませんね。
でも現実には違う。いつだって命は自分のものだけれど、誰かの為に生きようとする命は強くなると思うのです。

これは逆の事も言えることですよね。子供たちも夫も姉妹たちもジジババも、みんな私の為に、長く長く生きて欲しいと思います。

 

 

ああ、そうそう。辛い事に押しつぶされそうな君たち。命急ぐことなく、それこそ自分の為だけじゃなく誰かの為に生きるんだよ。
などと言ってみる・・・・。

 

「梢は歌う」更新しました→「ベランダ日記11月【ももと猫草】


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朝日はいつも味方

2011-11-22 08:00:59 | 梢は歌う(日記)

猫のももが、朝見ている風景は・・・

 

 

朝日は体と意識を起こす。

そして、今日と言う本の1ページ目がめくられる。

まだ何も書き込まれていない真っ白なページ。

昨日の憂鬱は昨日の本に書き込んで、パタンと閉じてしまえば良いや。

昨日あなたの言葉に傷ついたよ。
なんだか変わっていくあなたが嫌だった。

今日は昨日の続き。

だけど朝日が切り替えのシグナルを送ってくれる。

今日は今日なのだと。

 

 

良い一日になりますように。

 

※      ※       ※

「梢は歌う」更新しました。→「ベランダ日記11月【ベランダでお茶を】

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身の丈に合う太陽

2011-11-21 17:44:15 | 梢は歌う(日記)

上の画像は、ラッタ君が川崎市に出来た「藤子・F・不二雄ミュージアム」に行ったとかで、そのお土産です。

ジャイアンのCD。
とうとう、歌まで出したんだね。。。。。って、嘘。
これ、チョコレートなんです。

面白そうだけれど、此処には孫でも出来ないと行けそうにないなあ・・・
しかし、私に孫って出来る日は来るのかしら。

うーん、まったく先は見えないんだけれど、出来たら孫と一緒にこういう所ではしゃげる若さを持っている内にって言うのがいいなあ。

 

今日は友人たちと奥様ランチ。
このランチは早くも奥様忘年会ですよ。
まあ、なんて言うか、ランチで忘年会って言うのも可愛いものでしょ。

もう今年は普通の忘年会は遠のいてしまった事だし、静かにしていますよ、私。

 

「The 入院 <病院に朝が来て>」の中で使った言葉ですが、「自分の世界の縮小化」って言うのは、時には大切なことなんじゃないかなと思います。病院でも「おひさま」の中に出てきた
「身の丈にあった太陽」と言う言葉を思い出していました。

「身の丈にあう」「縮小」と言うと、どうもマイナスイメージみたいだけれど、そうとばかりは言えないと思うのですね。

例えば、病院では顔を洗う行為や髪を梳かす行為がとても意味のあることに感じました。

ささやかだけど、ポロポロ取りこぼしている事が今までにもたくさんあったように思います。

 

やりたかった事や行きたかった所に、今出来ないから、今行けないからと言って、嘆く事はないんだなとしみじみと思います。

今出来る事、今見るべき事はたくさんあるようにも感じるのです。

小さな私の世界の中で。

 

ところで話題は変わりますが、ちょっとブログのお話です。
あっ、止めるとか言う話ではありませんよ。だって、コレ趣味ですので、飽きるまで止めないのです。何故だかまったく飽きません。

病院でブログの事も考えました。
私はブログで何がしたいんだろうって。
あっ、こんな風に書いたら、もっと頭を使った事をあれやこれや書かなければいけなくなりそうです。

そんなものではなくて、最初の頃やりたかった事を地味にやろうと思いました。

覚えている方も一人ぐらいはいらっしゃるかも知れませんが、一日費やしてHPを作ろうとして、どうもイメージに合わず、一日で諦めたという話。

手伝ってくれたラッタ君にも「なんで時代に逆行する事をする。」と言われましたが、HPは扉を開けたら、そこに部屋があるというイメージがいいなと感じたのですね。でも作る時は、ワンフロアに仕切りを入れていく感じで、部屋って言ったらよっぽどブログの方が部屋っぽいよね。

そんなわけで、「近未来二番館」と「梢は歌う」と言うブログが部屋で、この「森の中の一本の木」がメインでと言う形を取っていた時があったのです。

ただ、私のブログは文章が中心なので、時間が取られてしまうと言うのが難点でした。で、ある時、ネット時間縮小の為に日記であった「梢は歌う」を止めることにしたのです。が、未練たらしいのはいつもの私。削除せず残しておきました。

なんたってそのブログも好きでしたから。

その後、題詠ブログに利用したり、ツイッターの置き場所にしたりしていました。

でもその場所で、やりたい事が見つかったので、又再開する事にしました。

やりたかった事は、地味な事ですよ。実は昔もやっていました。と言うか、まだ何もそのやりたかった事はやっていないのです。でもその前に、このブログにも書いた「ベランダ日記」をそちらで続けることにしました。

もし良かったら、そちらのブログにも遊びに来てくださいね。

「梢は歌う」は→こちらです

ついでながら、映画ブログ「近未来二番館」のお知らせです。
「三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船」の感想を書きました。→こちらです

 

ちなみにですね、「梢は歌う」を以前止めた時に思ったネット時間縮小はどうしたのかと言うと、ご存知の通り、その後ツイッターと言う遊びのツールにはまり、確かに纏まった時間も取らず通りすがりにでも書き込めるので、家での拘束時間の長い私にはぴったり過ぎてトータル的にはヤバイ状態です。

これでは止めた意味もなし。と言う事での再開ですが、ネット時間は関わるツールの多さに関係なく、今日よりはザックリと減らす予定です。

でもたぶん、更新頻度は今までと大差ないと思いますよ。
思うけれど・・・
さあ、どうかなあ・・・・っていい加減。

と言うわけで、又明日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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藤原竜也出演舞台「下谷万年町物語」製作発表

2011-11-20 00:29:28 | 観劇・コンサート日記

たぶん、これを書き終わる頃には時間の日付変更線を越えている頃だと思うので、昨日と言う言葉を使わせていただきますね。

昨日の11時ごろから始まった、ustreamでの生中継見ましたよ。

宮沢りえさんも竜也くんも西島君もみんな素敵でした。

まさに美男美女でうっとりと眺めていました。それにみんな面白い事を言いすぎ。

とてもじゃないけれどレポは書けないなと思ったら、you tubeでアップされました。下の方に載せておきますね。

でもこれ、完全に竜也くん中心のもの。
それはそれでも良いのだけれど、このお芝居にも期待しているし、宮沢さんも西島君も大好きなので少々の補足をしておきますね。

蜷川さん談「最高のキャストを迎えて最高の傑作に成らないわけがない。」

竜也くんの言葉の中には、この言葉を受けてのものがあります。

蜷川さんは「りえさん。竜也。西島君。」と呼んでいました。
竜也君だけ「竜也」。
ああ、距離が近いなと感じました。

そんな竜也君は蜷川さんに電話を入れて、「唐さんの本は言葉が綺麗です。」・・・美しいだっけな・・?本も作品かも。まあ、いつもセリフは不正確なのです。・・・と、それだけ言って電話を切ったとか。そんなエピソードも蜷川さんは教えてくれました。この作品に向かって突き進んでいる感じがして期待が高まりますね。

蜷川さんは、唐さんの本のト書きに書いてあることは全部やったと言っていました。お尻にサフランって・・・。うーん、謎のキィワードだわ。

宮沢りえさんは、蜷川作品初参戦の意気込みはと聞かれて
「灰皿が飛んでくるのをどのようにキャッチして良いのか、後で藤原さんに指導してもらいます。」と最後に言いました。こんな風に省略して書くと、ジョークみたいだけれど、厳しい指導を受け止める、むしろ受け止めたいので厳しくして欲しいと言うような事を言いました。

続けて西島君が、「最近は靴を投げるそうなので、蜷川さんの持っている靴がなくなるくらい投げられたい。」とりえさんと同じ決意を述べました。

それを受けての藤原君の「椅子を投げる・・・だけど・・・」と言う発言に続くのです。

蜷川さんが三人のキャストについて述べました。

「りえさんは、いつもなんで俺以外の人と組んでやってるのか。」って、コレちょっと笑ってしまいました。野田作品多数ですものね。

「西島君は、『愛のむき出し』を見て、作品も凄く良かったけれど、その演技を見て、なんて頭の良い演技をしているのか。」と思ったと褒めていましたね。この発言は凄く嬉しかったです。私も、まさにその『愛のむき出し』を見て、彼のファンになりました。

なんたっておばちゃんと言う歳になってしまった私は、AAAと言うグループを知りませんでした。でも好きになってしまうと、この人は他にはどんな映画に出ている俳優さんなんだろうと調べて、そのグループの人だと知りました。詳しく知らなかったので紅白に出ている彼を見つけて、またまた嬉しかったと言う昨年の暮れ。

でもこんな風に、「いいわあ~、この子」と私が思っていた時に、蜷川さんも思っていたなんて嬉しいじゃないですか。

竜也君ですか?

「竜也はいつもの竜也だから。」

彼をキャストに選ぶのに、理由はないのですね。

他に気になった事と言えば、唐さんだけ大きなカバンを持っていたのだけれど、何が入っていたんだろうなんて事かな。

凄く楽しみになってきました。ワクワク。

 

藤原竜也出演舞台「下谷万年町物語」製作発表

コメント (2)
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さあ、みんなで集まろう♪

2011-11-18 08:47:58 | 家族スナップ

私は4人姉妹の二番目で、姉には「the 長女」と言うイメージの名前が付いていて、2月生まれの私の名前には「春」を思わせる音が付いていて、逆に3月生まれの妹には、「冬」を連想させる音が付いています。そして7月生まれの末っ子には、そのまま「夏」のイメージの名前が付いているのです。

「秋」はいないのかって?

だって4人も女たちがいるんですよ。いつまでたってもアキないのですよ。

 

上に書いた事は、実は前にも書いた事があります。書いた私は覚えていても、読んでくださる方は覚えていないだろうなと思って又書きました。長々同じブログをやっているので、新しくいらしてくださっている方もいらっしゃると思います。ブログの登場人物、ラッタ君とルート君は私の息子です。子供だったら、もっと面白いものが書けるような気もするけれど、いつの間にか大人になってしまいました。

ついでの夫も最近は登場回数が増えたかもしれません。ついでのついでですが、スーパーばあちゃんの姑も時々登場

独居老人ですが気を張って生きているのが良いみたいで、少々高齢になってきましたが、私以上に元気です。

私の勝手な勘違いかも知れませんが、私と姑は仲良しです。

元気と言えば、私の両親も元気です。

私の幸せを支えてくれているのは、この少々高齢になってしまった人たちが元気でいてくれている事だと思っています。

 

さてさて。

先日、11月9日の日に私の姉妹と母が、私の家にやってまいりました。

あっ、そうそう。上の画像はサボテンです。
見りゃ、分かるよって?

そ、そうでしたね。

【ベランダ日記その2】
実はサボテンも好きなんです。コスモスを見に行った時に草団子を買ったお店で求めてきたのです。大きく育つと良いいのだけれど。

 

 

オマケみたいな【ベランダ日記】ですが、画像だけはオマケとは言えないくらいに大きいです。

 

【ひとつ間違えると】

姉妹でワイワイ。
折りしも、その時私の携帯にメールが入りました。チェックすると柏市の「放射能情報」でした。

妹の一人が、「そんなのが市から送られてくるの?!」と驚くと、
もう一人の妹が、「だって、この辺凄いんでしょ。この前新聞で見たわ。」

妹が言っているのは根戸の放射線量が異常に高くて、立ち入り禁止地域になったニュースの事を言っているのです。
さらに興味のある方はこちらで→「千葉・柏のこう放射線量、原発原因「可能性高い」:日本経済新聞

その話をしている時に、私は書かねばならぬ書類書きをしている所でした。何かしている時って何でか言い間違いをしてしまう率って高くないですか。

妹の言葉に、別に自慢すべき事ではないのに、自慢でもするかのように強く、
「そうよ、ここ。だって、ホットスペットだもん!」

妹二人「・・・・・
私「・・・・・!

「お姉ちゃん、それ、なんか可愛く聞こえちゃった。どんなペット~?ミタイナ・・」

恐怖のホットスポットが、一字違いでゴロゴロゴロと成り下がる・・・・。

               

 

話は変わって、滅多に来ない私の家族が来たので、姑から貰った梨を出しました。

【ジャンボ梨】 新高梨 【秀品】 2玉入り N-32 4L(2玉)
鶴田農園
鶴田農園

今、amazonで検索して、吃驚しました。

姑がくれると言うので、毎年、当たり前のような顔をしてもらっていましたが、この梨、高いんですねえ。

いきなりアリガタヤ~、って言う気分になってきました。

味も美味しいのですが、大きさもハンパなく大きくて、一個で6人分あるのですよ。

中皿にいっぱいです。

私はそれを、お気に入りのお皿に盛って出しました。

ちょっと気取ってみたりして・・・

すると・・・
まだビールを飲んでいた妹の前だけは、つまみ代わりにおかずが置いてあったのですが、事もあろうか妹は箸で、その梨を突き刺したのです。

「えええ~。」
「えっ、駄目だったの。」
「だって、私の『オサレなお茶計画』が箸一本で崩れ去っていく・・・・・」

               

近頃、気に入っているのが、このティーカップ。

 角度によって虹色に光り、その輝いている様を見ると、良い気分になってくるのです。家に来た方に、このティーカップで紅茶などを出すのがマイブーム。

食後に、先に姉と母とでこのカップで紅茶を頂いていました。後からビールなどを飲んでいた妹たちも帰りを意識して、遅れて紅茶タイムに参戦です。

「食器戸棚を開ければ分かるから、自分でやってね。」

ふと横を見ると、妹二人は・・・

 「あれっ?」

「いやいや、戸棚を開けたら、これがあったからね。でもこれもお洒落だから、お姉ちゃんの拘りにもO.Kかなと思って。」

いいや、本当は少々拘る。
だけど、まっ、どうでもいいや。ねっ。

                   

 

だいたいね、

病院に来てくれた姉と妹に退院したらみんなで遊びにおいでよってお誘いしたけれど、私の中ではみんなが来てくれるのは、快気祝いみたいなものかなと思っていたのですよ。

ところが妹の一人は来るそうそう
「ところで今日は何で集まったんだっけ?」などとのたまう。

するとみんなが、
「まっ、そんな事はどうでも良いじゃん。集まって楽しいのだから。」

「そうだね、じゃあ、みんなでまた集まれてかんぱーい。」

 

その時、私の脳内では
「ハイ?えっ?そ、そうなの?」
「?」が飛び交っていたのは事実です。でもそれこそ、まっ良いか~ですよ。

 

本当にこの日は楽しかったです。私は朝から鶏肉と根菜の煮物を作ったり、かぼちゃのサラダを作ったりしました。
だけどこの日のメインは、手巻き寿司です。今は海苔が駄目な私の為に、妹がライスペーパーの手巻きと言うアイデアを出してくれました。すしネタは、母がスポンサーでみんなで買ってきてくれました。妹が作ったアボカドとマグロの和えたやつは、凄く美味しくてお正月にも作って欲しいなと思いました。

不思議な事に、アボカドで女性は好きでも男性はイマイチのような感じがしませんか。実際に我が家の男たちは好きじゃないような事を言います。だから我が家では食卓に上った事がありません。

ライスペーパーの手巻きは、お腹が一杯になってしまうもののなかなか美味しかったですよ。

こうやって書くと、母と姉が凄く静かな人みたいですが、実際にこの日は大人しかったかも。
違う日に炸裂ですね。
いや、姉は本当にいつだって「THE お姉ちゃん」と言う人で、しっかり者の静かな人なんです。
(ちなみに、最近「THE」をつけるのもマイブーム。英語が得意な人はイラッとしてるかなあ)

 

                   

「やっぱりみんなで集まるのって楽しいよね。」
「集まれるのって、当たり前って思うけれど、遠い未来には分からない。集まれることに感謝しなくちゃね。」

敢えて、遠い未来って言ってみる。
明日のことなど分からないなんて怖い事は決して言わない。
普通の事が普通に出来る事が幸せ。感謝しよう。30年みんなで仲良く生きる事が出来ても100日会えるかどうかは分からない私たちなんだもの。

「だから、みんないつまでも元気でいるんだよ。」と最後に母がしめる。

 

 


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