森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

9月も、もう終わりですね。

2012-09-30 16:23:32 | 梢は歌う(日記)

9月が終わったら、さあいよいよ今年も残り三ヶ月。ここ最近何回も繰り返して言ってしまってることですが、この三ヶ月にやり残したことの締めをしていかなくちゃいけないと思っているのです。

まずは計画ですよね。

先日、なにげに今年の目標みたいな「遣りたいことリスト」を読みなおしてみたら、心の底から汗が吹き出してきました。

なんですか
「365日、綺麗でいよう」とか、無謀な目標を立てていたのですよね。忘れちゃあいけませんよね。

それに対してはどうなのかと言われたら・・・・ムニャムニャ・・・・

別に髪もボサボサ服もダラリンだった事はなかったとは思いますが、なんとなく綺麗でいようと言う意識が低かったようにも思うのです。この「綺麗でいよう」というのは、自分の事ばかりではなく、自分のいる空間もと言う事を指していたのだと思います。

もういろいろ反省です。

ここらで締め直して頑張ります。

 

ところで先日友人との会話で心に残った言葉がありました。

それは「決意と覚悟が固まったのです。」というもの。

「決意」と「覚悟」。この2つは非常に近い意味があって、通常はあまり重ねては使わないので無いでしょうか。話し言葉ゆえに出てきた言葉といえるかも知れませんが、重ねることによって、その人の強い意思を感じたのでした。

ちなみにその使い分けですが、こんな所を参考にして下さい。→「決心・決意・覚悟の使い分け」

言葉では「決意する」「覚悟する」と簡単に言えると思います。

だけど本当に「決意」「覚悟」をすることは容易なことではありません。最近の私は、そのようなものをした事がないのではないかと思います。

ああ‥・・と、深く反省する部分でもあります。

だけれど、本当に決意し覚悟ができた時、何かが必ず自分を助けてくれたと言う経験を私は持っているように思います。なんだか曖昧な言い方ですが、「持っています。」と断定的に書いたのを、ちょっと書き直しました。こういうことは多分に、その人の思考の習慣に寄るものですから、「そんな事あるわけない」と言われたら、理論的には説明はできません。

やはり前向き思考である人のほうが、より多く光は当たるんじゃないかなと、ちょっと信じている私です。

 

光といえば、一番上の画像は9月17日の早朝です。

まだ街頭の電気も消えていなくて遠くにほんのり光っています。

朝って本当に素敵です。これから何かが始まる、そんな感じがするからです。

下の画像は9月27日のやはり早朝と夕焼けです。

 

 

空もいろいろ変化していき、そして短い本当の秋がやって来るのだと思います。

 

あっ、そうそう・・・
追記です。載せ忘れました。今日は本当は中秋の名月だったんでしょう。
台風ですものね。残念です。先ほどベランダも片づけましたよ。

気分だけですがお団子を買って来ました。スーパーで買ったものですが、意外と美味しかったです‥・・って、もう一個だけ食べちゃいました^^

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昨年の記事から思うこと

2012-09-29 17:38:41 | 梢は歌う(日記)
 
謙虚な人々
 「サンセットクルーズ」番外編。姪も含めて女五人が集合したわけですから、賑やかでない訳が在りません。ちなみにトップの画像は、お食事のメイン「イベリコ豚...
 

 

gooさんがメールで、昨年の私の投稿した記事はコレですと送って下さいました。面白いサービスが始まりましたね。ということは一年書いておけば、毎年前の年の記事の感想を書けばいいのですから・・・・なんちゃって、そんなわけにはいくまいて。

 

しかしせっかくなので、この記事からずっと遡って読んでみました。

あの時はしゃいで姉妹たちと楽しく時を過ごしたサンセットクルーズから早くも一年が経ってしまったのですね。あの時はまだ自分が病気だとは気が付かなかったわけですが、この記事を読むとすでにお酒は受け付けなくなっていたのだということも分かりました。

やっぱり日記なるものは大切なことだなと思ったりもしたのです。

それにその時の思考のマイブームみたいなのがあるんだなとも思ったのです。昨年の私は「謙虚に生きる」ということがテーマだったように思います。もちろんその事は今も大切なことだと思っています。だけど今年の私は、それに「愚かであることを認識する」というテーマが加わったように思います。そこだけ抜き出して書くと、私に何かあったのかとか思われそうですが、そうではありません。自分を知るということは大切なことだと思うのです。

またこの記事から遡って読んでいくと、サンセットクルーズの記事ばかりでなく、合間にドラマの感想などが入っていました。それを読むまでは記憶の底に埋没していたドラマたち。読み直すと過去の自分に会えるばかりでなく、その時楽しんでいた時間が蘇りました。

という訳で、日記、またはそれに準じるものを書くことは大切なことだと再認識したというわけなのです。

 

もう夕方。あなたの今日はいかがでしたか。

私は今日は行こう明日は行こうと先延ばしにしていた皮膚科に行って、ひとつ仕事をやり遂げた気分です。
朝は「梅ちゃん先生」、最終回。「ゲゲゲの女房」からずっと見続けていた朝ドラでしたが、この作品で離脱。朝の生活が変わりました。最終回と言ってもツイッターで少々感想を書きましたが、敢えて書くところもなかったのでした。ただ、お父さんの歌は上手くなくても、テレビを見つめる人々の表情が良くて感動しました(そこのところだけは)

吉田拓郎のライブチケット一般発売日。

このチケットを今日ゲットした人たちは、何かきっとコツが有るに違いありません。

もちろん私も頑張りましたが撃沈しました。という訳で以上終了です。コンサート日はその後のネットをウロウロして雰囲気でもいただこうと思っています・・・‥・フン(コソッ)

先程お支払いのためにコンビニに行きましたら、店員さんの雰囲気が(あくまでも雰囲気)AAAの西島隆弘君に似ていたので得した気分がしました・・・・テヘッ

えっ?

今日はまだまだこれからですって・・・

ハイ、そうですね。

私ももうちょっと頑張ろうと思います。

 

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近頃、私たちは~♪その2

2012-09-28 11:27:56 | 梢は歌う(日記)

地球の片隅で生きるちっぽけな私のささやかな生活の数日の記録

25日の朝に書きかけて、またも続きが書けないでいました。そんなに忙しい日々を送ってるのかって言われたら、思わず目が泳いでしまいます。万年睡眠不足で気力欠如。だけど気持だけは徐々に膨らんで、何かがパンと音を立てて割れたらいいなと思っている今日この頃です。

が、とりあえず思いつくまま徒然なるままに・・・

 「フン!」

って、いきなりなんですか。いや、朝メールを開いて吉田拓郎氏のチケットが取れていないことを確認したからです。
「残念ながら・・・・」って言葉は見飽きたよ~・・・・って、今回は、まだ二回目だけれど。

だけどメール確認を朝するところからして、期待していないのもバレバレですね。

 最近見たドラマで面白かったのは「みをつくし料理帖」

原作は・・・

八朔の雪―みをつくし料理帖 (ハルキ文庫 た 19-1 時代小説文庫)
高田 郁
角川春樹事務所

 

花散らしの雨 みをつくし料理帖
高田 郁
角川春樹事務所

これ、面白かったです。

テレビ朝日は、今時代劇のシリーズドラマは作っていないのだそうですね。でも先日の「だましゑ歌麿」やこの「みをつくし料理帖」をスペシャルドラマとして、時々シリーズでやっていったらいいと思いませんか。

「涙はコンコン」って、ちょっと泣けました。

 「梅ちゃん先生」は最終週なので見ようかなと、見始めました。先日実家に帰った時に、母や姉などが
「あっ、『梅ちゃん』、始まっちゃうよ。」などと楽しみにしている雰囲気が漂っていました。なので一緒に見てみましたが、松岡先生の見合いの回で、なんて言うか手を叩いて大笑いをしてしまいました。

そうか、「梅ちゃん先生」はコメディだったのか。そうとは思わず、まじめに見ていてがっかりして見るのを止めてしまったのは損をしたかもと思ってしまったほどです。
効果音の、寺の鐘のゴーンとかカアとか、もう本当に笑えました。

最初の頃、梅子を「梅ちゃん先生」と呼んで感動させてくれたひろし君も再登場していましたし。

そのひろし君が
「生きていれば良いことがある。頑張っていればそのうちご褒美がもらえる。」とか、かつて梅子が言った言葉を「嘘だー」と迫真の演技で胸がざわざわしました。

イヤア、どんな展開になるのってちょっぴりだけ期待しました。

ああ、期待した私が愚かでした。

良いんですよ。一生懸命に考えてお母さんにおはぎを作ってもらい彼を励ます。

だけどね、なんか薄い。今までの彼の心の苦痛は半端がなかったと思うのです。でも梅子ちゃんの
「これじゃダメかな。」と言うセリフは要らないし、逆にひろし君にはもう少し説得力のある悟ったお言葉を言っていただきたかったなあ。

今までの辛い人生のご褒美がおはぎ一個でしょうか‥・・って、すでにピュアな気持ちを失っているのか、私はつい思ってしまっただよ。

で、昨日の朝は見忘れました。

あっ、わざとじゃなくて、見忘れたんですからね、あくまでも。

そして今朝は見ましたが、コレやっぱり効果音が面白いですね。時計がボーンボーン。やっぱりコメディ・・・
お父さんは秘密は如何に・・・・。(期待せずに明日を待ちます‥・・って、えっ、もしかしたら最終回なのかな)

 家で生まれたメダカたちは皆元気なのに、先日買った楊貴妃メダカが全滅してしまいました。れいのごとく私は何もお世話をしていませんが、命あるものが死んでいくというのは悲しいものです。生き物を飼うのって難しいことですね。

 近頃ピグというゲームばかりやっている私ですが、実はそこから学ぶこともあるのです。そんな事を実家に帰った時に言いましたら、姪が「何を!」と驚いていました。
概ねゲームなどは時間喰いの何も残らない虚しいものと感じるのかも知れません。現にその姪が携帯ゲームをやっていて、ある日「虚しい」と感じて止めたのだと話していましたから。

だけど、特に私達の年代は「何かを通して何かを学ぼう」とする姿勢が染み付いているのです。
ああ、年代は関係がないか。それは個人の習慣ですね。

でも私が即座に返した言葉は、
「いや、このゲームは役に立つ。バカ発見器として。」でした。

よくツイッターのことを同じ言葉で例える場合があるようです。でもその場合の「バカ発見器」は主に他者に向けて言っているものであって、攻撃性を帯びていると思います。心優しい人格者の方にとっては不愉快な言葉かもしれません。

でも私が言った「バカ発見器」は「自分の中の馬鹿を発見するツール」としてです。

知らない間に衰えていく判断力や推理力、見渡す力や計算力。一番恐ろしいのは「衰えてる」ということに気が付かない日常の生活なんじゃないかと思うのです。その衰えと向き合えるところにも惹かれたのかも知れません。

ゲームと言えば囲碁とか将棋とか麻雀とかも良いなと思っています。ただ将棋って、なんか私には向かないと思うのです。将棋じゃなくてチェスですが、前にやり方だけ覚えて友人と遊んでいた時に、短気なのですぐに突っ込んでいきキングの周りがガラガラになり負けるという経験がトラウマに・・・。

実はこのゲームを始めた時に、なんとなく囲碁にも興味が湧いて入門編のいろいろを読んでいたりしていたのですが、、こちらは歴史ある奥の深いものなので、お気軽にというわけにはいかないですよね。

ただゲームというのは「時間喰い」、これは間違いのないことです。まあ、パソコン自体が大いなる時間喰いのモンスターなのだと思いますが。だけど最近喰われすぎです。かなり反省中。

残りの3ヶ月、どう暮らしていこうか思案中で、3月から楽しくてのめり込んできたゲーム生活ですが縮小させようと思っています。そこでも大切なお友達ができたので止めはしないのですが、リアル生活でやり残したこと頑張ろうと思います。

ブログにもその経験を踏まえたことや他のことでも書きたいことが少々出てきました。

と、いくつでも重ねていってしまいそうです。

ですが長くなってしまったので、今回はこの辺で。

 

更新が滞りがちなこのブログに、いつも訪問してくださってありがとうございます♪♪

 

 

 

 

 

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近頃、私たちは~♪

2012-09-24 01:41:48 | 梢は歌う(日記)

「こんばんは~。」

書いているのは夜でも、読んでくださる方は朝かもしれないし昼かもしれないので、「おはようございます」&「こんにちは~♪」

皆様お元気でいらっしゃいますか。

私は一応元気です。

一応と言うのはなんだって感じですが、全て心から体の隅々まですっかりカンカンと元気ではないような気もするからですが、

「お元気?」と聞かれて、

「うーん。多分心は80%、体は70%ぐらいは健康です。」なんて答える奴などいないと思うので「一応」となるわけですが、おいおい、最初の挨拶の段階でそんなに長く書いてどーするんだちゅうの。

 

最近の私・・・・

 ちょっと楽しみにしていて、だけれど心の中でどこか冷めているもの。
吉田拓郎氏のライブチケット申込み中。ワクワク・・・

だけど、心の中で当たりっこないわよ、と、そのぐらいのことは思っています。

「拓郎さんのライブ、行きたいな。」「じゃあ、チケットを買っておくね。」で行けたちょっと昔が懐かしい。

 

 「日の浦姫物語」のチケットは買ってあります。ふふふ、楽しみです。

 

 今年中に父母と姉妹たちと温泉に行きたいと思っているんだけど、行けるかな~♪

先日父が退院しました。今後も治療のための入院はすると思いますが、その日実家に帰った私達に母が退院祝いにとおスシを取ってくれました。前向きな父との会話からは学ぶことが多数です。

薬の後遺症で髪がまばらになったので、思い切って断髪式。バリカンでもつるつるの入道殿になりました。しかも似合っていてカッコいい。その事を父に伝えると、

「おお、ますます女性にモテちゃうな。」ですって。髪を剃っただけでは、人は悟れないのだな、フムフム。

 

 もちろん「相棒」は楽しみにしています。次回も何も難しいことは考えないで感想はブログに書きますよ、きっと。中身があるかないかは別にしてですが。

予告編が入るようになりましたね。なんか自然な感じで良いじゃないですか。しかも新相棒の彼(ええと、まだ名前を覚えていません。HPまで見に行くのが面倒だし)恋人から父親まで決まっていて、最初から自分ワールド引っさげてますから感情移入度も高くなりそうな予感がします。楽しみです。

そういえば先日、徹子の部屋出張編、見ましたよ。

名札・・・『僕も掛けてないのにー』っていう場面とか面白かったですよ。

『豊の部屋』も笑ったなあ。

 

 「そういえば」で思い出したのですが、そういえば先日は夫殿の誕生日。

誕生日プレゼントでリクエストされたのが、新しい水槽・・・

めだか親父、絶好調です。

でも私のお財布はすっからかんです。トホホ。

今日も買い物に行き、その新しい水槽に楊貴妃メダカが入っています。

彼はすっかりこの趣味にはまって、ブログまで始めてしまって、なんだかアッという間にお友達が多数。仕事から帰ってくるとメダカやエビと猫のいろいろなお世話・観察をして写真を撮って、ブログにアップ、そしてコメントを書き込んだりお返事書いたりしています。その横で「楽しそうだね。」と夫に言いながら私はゲーム三昧です。

少し前の私と夫とのパソコンライフ逆転しています。

 

 9月も後少しで終わりです。すると10月がやって来て、ぼんやりしていたら今年もアッという間に終わってしまいますよね。

少し締めに向けて目標などを仕切りなおすことにしました。

今年ほど目当てなるものがぼんやりしている年はないかも知れません。って、いや、今年初頭に目標立てたよなって、ここまで書いて思い出しました。それで今読み返してみたら・・・ああ‥・・なんてことを・・・

これについては、今は書けませんよ。酷すぎて。

仕切りなおした目標の書かれた紙と新年初頭に立てた目標を照らしあわせて、もう少しちゃんと考えなおさなくてはと、まさに「なう」で考え直しました。

とにかく残りの2012年、ちゃんと生きようと思います。

 

という訳で、他にもいろいろあると思いますが、眠くなったので「おやすみなさい~」

 

 

 

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ちゃんと捨てましょう。その5

2012-09-18 13:17:20 | 梢は歌う(日記)

唐突に「その5」。じゃあ「その4」はどこにあるのかというと、5月の連休辺りに続けて書いてあります。

一応「その4」は→こちら

上の画像はつい先日捨てたもの。

100年は使っていないけれど、かなり長い間私の家でメインで時を告げてくれていました。かなりというのは、ほぼ17年ほど。今のマンションに越してきた時に、夫の知人がお祝いにくださったのです。1時間ごとに時が来ると針がクルクルと文字盤を踊るように回って音楽が鳴るというかカラクリ時計でした。私の子供たちも、我が家にやって来た子供たちもみんな喜んで針が踊るのを見ていました。

でもそのうち音楽を奏でなくなり、そしてまた時を経るうちに針も踊らなくなりました。更にまた時を重ねて、その時を刻むのさえ5分、そして7分と先走るようになったのです。違う言い方をすれば「常に進んでる時計」というわけです。

遅れ気味の時計は意外と不便ですが、進んでいる時計は意外と便利です。特になんでもスタートの遅い私は、なんとなく助けられてきたかも知れません。

でもある日パタリと止まりました。電池の問題ではありませんでした。この時計の寿命がつきたのです。

綺麗に拭いて捨てました。

ありがとう。

そして今は文字のはっきりとした踊らない電波時計が我が家にやって来ました。ピッタリとあった時計に
「あっ、やばーい」などと時間に追われた毎日が始まりました。なんでも優秀な方が良いんだなんて言うのは嘘だななんて、ちょっとずれたような事を時々思ったりもしている、このごろの私です。

☆         ☆        ☆

この時計を捨てた日、ゴミ捨て場には信じられないようなゴミの山。

引越しでもあったのかと、興味を惹かれてそのゴミの入ったカゴを覗きこんでみました。
※ 注:決して何かめぼしいものはないかなと物色したわけではありませんからね。

ふと「めぼしいもの」ってどういう意味なのか気になってしまいました。

[形][文]めぼ・し[シク]いろいろあるもののなかで、特に目に立つさま。取り上げるだけの価値があるさま。「―・い品を持ち出す」「―・い作品を取り上げる」
[派生]めぼしさ[名]

こういった意味で言うなら、実はめぼしいものが山のように捨ててあったのです。

お値段が高いとはっきり分かる鍋や食器、ちゃんと着ることが出来そうな服。綺麗な飾り・・・

それらを見て、胸がキューンとしました。

ああ、これは整理屋さんが捨てたんだなと思ったのです。

と、そこに更に追加のゴミを捨てに来た人と遭遇しました。その人を見て、ああやっぱりと思いました。
その方は市から依頼されたボランティアの方で前にも会ったことがあるのです。

先日は体の自由が効かなくなったたったお一人のご老人のゴミ捨ての依頼で、それもめちゃくちゃ多くて、しかも分別なんかされていなくて大変そうでした。
今回は、ほぼ一軒分の廃棄処理みたいで複数の方が来ていました。

でもあの方がボランティアと言うことは、他の皆さんもそうなんですよね。

そのボランティアの方が今度運んできたのは、プラスチックの使い捨て紙コップ(プラスチックなのに紙コップと書くのはどうかなと思ったけれど、こう書けばイメージ一発でしょ。それに分別はどうなってるのって悩む必要もないでしょ。って、気配りし過ぎか^^)その紙コップ、全部未開封で何パックもあったのです。

そういえば、この部屋の住人は昔、敬老会の何かをやっていたよね。私達がこのマンションに越してきた頃‥・・と思いました。
それとも、食器を洗うことを避けて、頻繁に使うコップ類は使い捨てに変えていたのでしょうか。それとも入院時に使っていたのでしょうか。それにしてもこの数の多さは謎だ。
って、人のうちのゴミを見て、ひとりで「ムムム」と考えている私は、なんちゅう失礼なやっっちゃ。

だけれど、アンテナを常に張り、注意深く物事を見、推理し判断していく力を養うことは大切ですとか思っているのに、ある事には完璧に見ぬふりをせよというのは難しいことであって、やはりパッと目に入ってしまうことには頭に信号が送られるってものですよ。

その時の私の目は点になっていたのに違いありません。
ボランティアの方が、
「ネッ、これを見ると、いろいろ考えちゃうわよね。」と言いました。そこにやって来た別の方が続けて
「うん。私も今日からちょっとづつでも良いから捨てるわ~。」と言いました。

ああ、胸の痛くなるお言葉です。

ゴミ捨ての帰り道、その部屋の前が開け放されていました。リビング、廊下、玄関、その外まで、ゴミが自分で這って来たかのような乱雑ぶりです。でも多分、それらのゴミに見えるものは、一つひとつ手に取って見るとかつてはみんな意味があったものに違いないのです。


前にも書いたかも知れませんが(ブログ生活長いので、そういう事もあるかも)、こういうシーンを見ると、私はある女優さんがトーク番組で言っていた
「あなたが死んだら全てゴミ」と言う言葉を思い出してしまうのです。

値段の張った日用品も大切な手紙も便利だった道具も、みんなみんなゴミ。

まさにいろいろと考えさせられる出来事でした。

☆         ☆       ☆


その翌日、やはり違うゴミ捨ての日だったのでその部屋の前を通ったら、大きな粗大ごみが並べられていました。後でみんなで所定の場所に運ぶみたいでした。その日の午後、買い物に出かける時にもその部屋の前を通りました。通り道だから通ったのですよ。決して、気になったから覗きに行ったのではありません。そこの所は誤解のないように。

開け放されたドアの奥から朗らかな笑い声が聞こえてきました。振り向くとあんなに散乱していたモノは全て片付けられていて、すっきりした玄関から廊下その先のリビングまで何もないことが分かりました。あるのは片付けに頑張った人たちの笑い声だけ。

きっと打ち上げのような最後の休憩でお茶でも飲んでいるのでしょう。その笑い声からはやり遂げたという達成感のような響きが伝わってきたのでした。

 

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だましゑ歌麿 Ⅱ

2012-09-16 16:45:39 | テレビ・ラジオ

原作は 『オール讀物』(文藝春秋)2011年11月号に掲載された続編「さやゑ歌麿

前作の「だましゑ歌麿」が面白かったので期待度も高かったです。

でもこれ、推理部分がすごく面白いというのではないような気がします。

私的見所は「相棒」メンバーの違った役どころ。

そそっかしくない幸子さんやずれていない陣川君、一癖無さそうな官房長、こうなったら暇か課長も米沢さんも出しちゃって欲しかったなあ。‥・・てな訳にはいかないですね^^

違った役どころという意味では、ダントツ水谷さんの、沈着冷静な右京さんとは違った、切れまくった感じの芸術家肌の歌麿、結構ツボでした。

特にラストの牢獄の歌麿、凄かったですねえ。

思わず、本当の歌麿はどんな人だったのか検索してしまいましたよ。

喜多川歌麿→こちら

牢獄の中の歌麿からは反骨の精神がメラメラと伝わって来ましたが、実際には・・・・

うーむ。

なんかワクワクするような想像力を刺激するものがありますね。もう少し彼の物語の続編を見たいところです。高橋先生よろしくお願いしますと言っておきましょう。

「だましゑ歌麿」の登場人物から派生した物語もたくさんあるんですね。

だましゑ歌麿 (文春文庫)
高橋 克彦
文藝春秋

 

春朗合わせ鏡 (文春文庫)
高橋 克彦
文藝春秋

もう一つの見所は、鶴亀の襖絵の仕上がりですよね。

ほんとうに見事でした。女将から依頼が来た時、本筋よりラストにどんな絵を見せてくれるのかが楽しみでした。

いつもテレ朝美術さんは、素晴らしいと思ってしまいます。奥行きのある襖絵で女たちはイキイキしていました。

そしてあのからくり絵は凄かったですね。

「兄さん、兄さんがいる・・・」

思わずジーンとしました。

でも私・・・ちょっと・・・

いくら歌麿の作品でも殺されてしまった女たちの供養で、彼女たちの絵と言うのは、遊郭の天井絵としてはどうなのってちょっと思ってしまいました。女将としてはスペシャルなお客様をここで饗したり、見せたりして元を取ろうとしてたと思うのに(私的考えでは)、ちょっとまずくないのかなあなどと・・・

いや、それとも余計話題性が増すのかしら。

って、そんな事思うほうが不純だったかな(^_^;)

 

オマケのように書いてしまいますが、画家とモデルの感情のスレ違いから物語が展開していくという件は、なんとなく好きでした。描き終わった時には、画家の愛は燃え尽きてしまうのに、モデルだった女性の方にはその思いが募っていく。なんとなく残酷なような気もします。

ああ、そうそう。

葵小僧はほんとうに居た人なんですってね。

最初、吟味の時間が異常に短かったのは、何か権力の圧力か手抜きなのかと思いましたが、平蔵の説明を聞いて納得しました。調べて表沙汰になったら、助かった命さえまた失いかねない時代だったと思います。だけどやっぱりそれが悲劇のもとでもあったのですよね。

葵小僧→こちら

ちなみに前回の「だましゑ歌麿」の感想は→こちら

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アウト オア セーフ

2012-09-15 15:55:46 | 梢は歌う(日記)

今週の水曜日、ようやく藤原竜也主演の「I'M FLASH!」を観に行く事ができました。この映画、近所でやっていないんです。それで電車に乗って行って参りました。

「タイトル、カタカナで書くなよ、このぐらい」と見えない誰かに叱られそうですが、なんとなくカタカナのイメージの出来事のお話を書くつもりです。

映画の感想は、ずっと閉鎖している映画ブログに書こうか思案中ですが、またサボって書かないといけないので簡単に言うと全体的には、ちゃんと感想を書いたら褒め言葉だけでは終わらないと思います。でもそれは私的にはということであって、何も世間様を代表する気はまったくありません。しかも、シーン的には共鳴部分も多数あったんです。

それに視点をご贔屓の竜也くんに合わせて書けば、そりゃ、かなり満足度はアップするというものです。

本当にこの映画で彼は鍛えられて、またジャンプアップしたなって、そう思いましたよ。水中シーンも美しかったですが、特にあのラスト近くの銛を持って歩いてくるシーンの印象が心に焼き付いて、さながら辛いカレーを食べて、後からその美味しさが何度も脳裏に蘇ってくる、そんなシーンだったと思います。

えっ、なあに。

例えがよくわからないって?

ああ、それは同じ経験をした人にしかわからない例えかも知れませんね(笑)

でもただ歩いてくるだけのシーンなのに、ぐんぐん迫ってくるものがあって、もしもこのシーンでテイクを重ねていたのなら、監督とのバトルは竜也君と監督双方にとってサクセスだったと思います。

という訳で、これで感想をちゃんと書けなくても安心です・・・なんちゃって。

 

ところで私、この映画を先週の水曜日に行く予定だったのですよ。そして家を出たのです。

だけど、玄関のところで鍵を入れてあるポーチが、本や何かに引っかかってすぐに出て来なかったんです。たったそれだけのことで、バスを目の前で乗り遅れてしまったのです。ではということで、反対側コースのバスに乗ることにしました。そのバスでも電車を乗り継げば行けるのです。そちら経由だと出たついでに寄ろうと思っていたATMにも便利なので、かえって良かったかなと思いました。だけど7分も暑い中立っていて、顔がジリジリしました。

だけどそこでお金の出し入れをしていたら、電車が行ってしまったことが分かりました。コチラは時間を調べて来なかったので仕方がありませんが、バスから降りてまっすぐに駅に向かっても、その電車には間に合わなかったと思いました。他の事をしてるから良かったものの、なんだか嫌な感じがしました。

そして駅についた時には喉がカラカラだった私は、これは美味しそうだと思って何も考えずに買った梅ジュースが炭酸だったので、凹みました。ちょっと病気の都合で炭酸は止められています。

でも、喉がカラカラ・・・。

ちょっとだけなら平気よねって喉を潤すと・・・

ああ、なんて美味しいんだろうってしみじみ思いました。だけどなんとなく嫌な感じがしました。あまりにもみんな裏目に出る・・・。

読んでいる人は大したことないじゃないと思うかも知れませんが、なんか心にざわざわとくるものがあったのです。「警告」のような何かを感じました。

それで「やーめた」と思ったのです。これ、結構勇気が入りますよ。出かけようと身支度をし電車を後二本乗ったら目的地に着くのです。時間も45分ぐらい先で映画も見ることが出来るんですよ。

でも止めようと思いました。

私は電車の乗り継ぎ駅の駅ビルのようなところで文房具の買い足しや、その地下で美味しいお魚を買って帰ったのです。

夕方、夫に「今日は映画に行ったんじゃないの。」と聞かれたので、なんとなく今日の気持ちを言ったら「良かったな」と言われました。どういう意味なのかはわかりません。

だけどその日の夜、久しぶりに体調が悪くなってしまいました。

思わず、今日は行かないで良かったと思いました。もしも出かけていたら、結局は家族には言わなかったのですが、言い辛いものがあったと思います。もしも言わないではすまない状況になってしまったら、この事で今後の自分の自由度を下げることにもなりかねません。

そしてその時は、今日は早く寝て体調を戻し、翌日には行こうと計画を立てました。翌日は夕方から仕事です。でも見てすぐに戻ってくれば何とかなるし、なんたって早く観たかったのです。
その翌日は元気復活、家事も身支度もテキパキ・・・・

でも・・・・

なんか気乗りがしない。

やっぱり止めることにしたのです。予定延期はなんとなく心が寂しい・・・。

が、この日、午後から昼間なのに夜のような暗さになったと思ったら、いきなりの激しい雷雨になってしまいました。このような雨は時期に止むものです。私の仕事の時間にはいつもどおり。ところが、その雷雨の影響で電車が止まってしまったことを知りました。市の安心メールが入ってきます。それによれば復旧は午後8時半だとか。

あああ、セーフだったと思いました。

行っていたら、仕事に間に合わないのはもちろんですが、ふらりと出かけてしまうわけですから、誰にも連絡がつかず、雨を心配しながらもやってきた子供にどれだけ迷惑をかけたかわからないところでした。

 

いつだって人は頑張らなくちゃいけないわけではないんですよね。

アウトと思っていたことは実はセーフだったということはたくさんあると思うのです。

 

という訳で、今週の水曜日まで待ってようやく観に行く事が出来たというわけなのです。
でもね、実は前日に本当に久しぶりに腰痛になってしまったのです。だけど頭の中の矢印はGOの方に向いています。ちゃっちゃとシップ薬を貼り、翌日はそれに加えて、この暑い最中にキツメのガードルを履いて出かけました。この腰痛はその翌日には治っていたので、キツメのガードルが効いたように思いました。本当は腰のベルトを持っています。でもあまりにも久しぶりだったので、どこに閉まってあるのか思い出せなかったのです。

 

一人の外出もちょっとばかりお久しぶりです。

知らない街やお店を覗いて歩くことはほんとうに楽しいですよね。

そして帰りに見た風景と空。

筑波山の、なんて綺麗だったこと。

 

わーい。

またミニ旅行に来たぞ―っていう気分になってしまいました。

毎日なんて、伏せられている一枚一枚のカードを開いていくようなものかも知れませんよね。表にアウトと書かれていても本当に開いてみなければ裏に何が書いてあるのかなんてわからないことです。

でもその書かれた文字は、多分に自分の解釈による力が問題になってくるように思います。

あなたの今日はいかがでしたか。

 

以下は、その時の空と風景。

 

 

 

 

 

 

 

 

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年中無休「ラジオ体操第一」

2012-09-08 15:17:04 | success summer

最近運動不足がこの上ありません。

少々の運動でもしなくちゃなと思っていたら、夏休みが来たところでピカッと閃きました。

―そうだ、ラジオ体操があるじゃない。

昔は大したことのない運動量だと思っていたけれど、今までが0に等しい運動量なんだから+1でも2でもいいんじゃないかと思ったのです。

ところがその事を姉に言うと、近頃世間様でも流行っているのだそうですね。

 

流行というのは、誰かが閃いてそれが伝わっていくのではなく、何故か複数の人が「そういえば・・・」と思うのかも知れませんね。

それにしたって、やはりこれも継続が大切。

今日から頑張ります。

もちろん夏が終わってもやっていく予定です。

 

 

ラジオ体操第一

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立ち止まり目をつむり耳を澄ます

2012-09-05 17:33:24 | success summer

先日、久しぶりに友人に電話をかけました。

これといった用もない電話。

だけどこういう電話は、人と話すという形を取りながら、実はどこかで自分と会話をしているのかも知れません。

言葉にしなければ自分の気持ちが分からない場合もあるからです。違う言い方をすれば、会話を通して自分と語り

「どうしてた、お元気?」という友だちの言葉に

「元気だけれど、なんだか毎日がフワフワと幻のように過ぎていってしまった夏のような気がするわ。」

―そう。

今年の夏ほど、気持の所在のない夏はなかったような気がします。

夏という日は、大気の粒子を熱して正常とは思えない空間に人を投げ出し、そしてその逃げ場のない箱のなかで私は幻のような夢を見ているのです。「毎日」という夢を。

 

ここまで書いて、この記事は長い間放置されていました。ブログも放置。

自分と向き合うのが嫌だったのではなく、生活が変わって非常に早起きな生活に変わった私は、夜は今までどおりの夜更かしで、寝る前にスマホで目覚ましをかけると、いつも3時間45分後にとか4時間5分後とかにセットしましたという言葉が出ます。

そんな寝不足の毎日では、文章を綴る気分になれなかったのです。

 

でも、そうこうしているうちに、私は自分となんとなく対話をしフワフワした気分から抜けだしたようにも思うのです。

夏の初めには、お気楽に「success summer」と言うコピーとともに、夏の暮らしを楽しむという目標を立てて、ささやかなことを更新していこうと思っていたのに、それが出来かったのは、表面ではニコニコとしていても、やはり大切な人の大きな節目は、当たり前のことですが私には大きな出来事だったのです。その事は、「『宝塚星組公演ダンサセレナータ』を観て参りました」の中に書きました。

 

このブログ放置の「間」は、私にとっては必要な時間だったかも知れません。なぜならそのままストレートに書けば、自己心情の分析文を書き連ねていたかも知れません。

だけど私は、今になって思い出したのですが、このブログを始めた頃も、私は幾つものストレスを感じていたように思います。その頃は主に仕事の事でしたが、重い気持ちのその核になる部分を、私は書かずに、他のことを書き連ねて乗り越えていったようにも思うのです。文を綴ると言うのは、そのような摩訶不思議な力があると私は信じます。

 

今年の夏は「success summer」なんてものにはならなかったかも。

いやいや、こんなに暑くて、どうして今を夏と言ってはいけないのでしょうか。粘りますよ、ワタクシ。

名残の夏を感じましょう、楽しみましょう。

 

しかし、横浜という街は美しい所だと再確認。

画像は、父が入院している病院の窓から見た風景です。

 

 

 

 

 

 

 

 

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