イギリス2
イギリス旅行のフォトチャンネル<その2>です。
イギリス
イギリスに行ったときの画像でフォトチャンネルを作りました。もうかなりの過去の出来事。光陰矢のごとしって本当ですね。
「トラウマタクシー」と言う記事の中でも書きましたが、ずっと大昔に行った香港旅行で覚えている事といったら、ろくでもないことばかり。
ろくでもないことばかりあったというわけではないのですが、そういうことって、忘れないものなんですよね。
ちょっと、前振りでそのときのお話。
香港観光でのガイドさんは現地の人で、手馴れた感じの中国人でした。彼が
「これから難民アパートに行きます。」とガイド計画を言った時に、私たちは吃驚して顔を見合わせてしまいました。
難民と言う事について、何か真面目に書くとまたややこしくなってしまうので、深い話はここではなしですが、とにかく驚きました。ちゃらちゃら遊びに来たつもりだったのに、いったいどうしてそこに行くというのだろうと誰もが思いました。
勇気ある男の人が、行きたくないとはっきり伝えました。
するとガイドの人が
「別に皆さんがそう思うならいいんですよ。」
この後、彼はこう続けたのです。
「でもね、自分の国では見る事が出来ないものを見るということが観光なんじゃないですか。日本では見る事が出来ないでしょ。」
確かに難民キャンプや難民アパートは日本では見ることは出来ないかも知れません。でも、その時私は既に日本では見ることは出来ないものを、見ているような気持ちになってしまいました。目の前の男の中に・・・・
ただ、その時のガイドの人の言葉は、少し形を変えて私の中に残りました。
「自分の国で見ることが出来ないものを、しっかりと見るということは大切。」
さて、ここからがイギリス旅行記―。
私たちは行きも帰りも香港経由で行きました。綺麗になった香港空港と、香港ドルがなくても千円札で買い物が出来る便利さと、日本語で一生懸命はなしかけてくれる可愛い店員さんなど、つかの間の休憩時間を楽しんだのでした。
旅行が決まった時に、直行便でないことが気になりましたが、私はこういうことには前向きで、二カ国の観光が出来るようなものよと友人と話し合っていました。そこまでは、思ったとおりの展開でした。
そして、香港からイギリスまで、飛行機も変わって長い長いフライトの旅が始まりました。本当に行きは拷問のようでした。
そして降りる時が来ました。狭い通路を抜けてタラップに向かう時、
その時私は思わず声に出して言ってしまいました。
「なんじゃー、これは・・!!!!」
私がそこで見たものは・・・・・
そういえば、「呪怨」と言う映画を知っていますか。突然話が変わってしまったように思えますが、そうではありません。映像的にかなり怖い映画でしたが、私にはあの映画でとっても印象的な場面は、メチャクチャに散らかった部屋でした。
ヒロインが家庭訪問に訪れた家は、大掃除の途中のような、または引越しの片付けの最中のような、散らかりようでした。
飛行機の後部座席に座っていた私が、前の方に歩いて行って見たものは、まるでその「呪怨」に出てくる部屋のように散らかったシートと床でした。
読んだ新聞や雑誌は、わざとやっているのかと思うくらい広げたままで座席においてあるし、床にも散乱しています。食べたお菓子のゴミもそのまま投げてある。ペットボトルも転がっている。その飛行機会社は機内用にソックスを配ってくれたのですが、脱いだソックスがバラバラに座席の上・・・気持ち悪い~。毛布も団子みたいに丸まっているし・・・
しかもそれがシートの上だったり、下だったり。
それが、機内中なんです。凄いです。
その時私は、香港でのガイドの言葉を思い出したのです。
「自分の国で見ることが出来ないものを見る。それが観光だ。」
そんな光景は、日本ではあり得ない事です。―
と、ここまで書いて、ふと手が止まりました。あのお花見で有名なあの場所の宴の後はどうなんだろう。河川敷でのバーベーキュー後はどうなんだろう・・・・
でも、その時はそういうことまでは想い描く事は出来ないで、そういう場所での日本人としての美意識と言うものに、はっきり言って優越感のようなものを感じました。
同じ頃、日本の航空会社の飛行機を利用した人が言うには、大半が日本人の乗客だったその飛行機の機内は、飛行時間はほぼ同じだったというのに、綺麗だったと言っていました。
ですが、
日本に帰ってきた直後、中学生の模擬テストの国語の問題を読んでいましたら、学校で掃除をしなくなってしまった子供達の事が書かれていて、引っ掛かるものがありました。
またある時、やはり中学生から聞いた話ですが、ある先生は教室に転がっているゴミを、まず捨てさせてから授業をするのだそうです。と言う事は、普通にゴミが床に転がっているという事ですよね。
そんな話を聞くと、私はあの「呪怨」の家ような機内を思い出して不安な気持ちになってしまうのです。
なぜなら、自分の周りの小さな世界しか知らなければ、それが常識と思うことでも、実は違っていた。そう書くと普通は、プラスであると思っていたことが実はマイナスであったという時に使うのかもしれませんが、これは逆の事だと思います。
あの時感じた驚きは、「日本人の細やかな感性」と言う決して手放してはならない、日本人の財産なのではないかと思うからです。
昨日電車に乗りましたら、車掌さんの案内が流れてきました。言葉はもちろん丁寧ですが、内容は
「読んだ新聞は、雑に畳んで網棚の上に放置しないで、降りた駅のゴミ箱にちゃんと入れろよ。」というものでした。
日本人の無形の財産を決して手放してはならないと、少しだけ世界を見て、そう感じるようになった私なのでした。
8日の午後、最後の観光地ウィンザー城に行きました。その後は真っ直ぐ空港に向かいますので、ここは時間調節のオマケのような気持ちでいました。ですが、ウィンザー城はオマケの場所ではありませんでした。
写真メインでいってみたいと思います。
中庭。花の季節には綺麗だと思います。
ラウンドタワーです。上に旗がありますが、・・・・
この旗のときは女王陛下はいません。平日でしたのでバッキンガムの方でご公務中だったのではと思います。
セントジョージズ・チャペルです。
やっぱりイギリスのお城では、この人たちに会いたいですね。↓
ラスト観光地ウィンザーはかなり見応えのある、美しいお城でした。
ただ、クィーンメアリーのドールハウスの前は、信じられないような人だかりで、部屋も狭く見る事が出来ないと嘆く以前に、圧迫されてしまうという恐怖と戦いながら、部屋を抜け出たのが惜しいです。
イギリス人は絶対に並べて飾るのが好きなんだと思ってしまいます。剣の部屋、紋章の部屋、絵画の部屋、お皿の部屋・・・
ここは見学時間もかなりありましたので、最後だからといって慌しくなかったのが良かったです。
再びロンドン車窓の旅です。
バイバイ、ロンドン。
7日目、ライからロンドンに向かっていた頃はもう夕方。でも、その日はまだイベントがありました。ホテルに戻ってからから、さらに地下鉄に乗ってロンドンに向かい、「オペラ座の怪人」を見ることです。もちろん、ツアーには含まれていないイベントです。これを見る為に、私は頑張ったんですよ。(いろいろな意味で)
とりあえずは感想です。
<パンフレットの背表紙>
ミュージカル「オペラ座の怪人」の概要は→コチラ
私は個人的には、この物語のストーリーは好きではないのですよ。なぜかは前に見た映画のせいだと思うのですが、この「オペラ座の怪人」は何度も映画化されていて、ストーリーもそれぞれに少しずつ違うのですよね。
でも、一番近い2004年の映画は、ミュージカル「オペラ座の怪人」を映画化したもので、それを見た人、または劇団四季のミュージカルを見た人は、みんな涙ながらに良かったと言うでしょう。リピーターも多いのですよね。 たぶん私が思っているようなものではないのかなと思って期待していました。
期待通りです。
素晴らしかったのは、全ての歌声です。
それからストーリーも、オペラ座の怪人の切ない気持ちが迫ってきて、最後は本当に泣けました。
私が最初に、この物語が少し苦手と言った部分なのですが、クリスティーヌが「音楽の天使」と憧れていたファントム(オペラ座の怪人)、エリックの本当の姿を知ったときの態度の豹変で、折りしもそこに幼馴染のラウル・シャニュイ伯が現れて、自分だけは日の当たるところへぐいぐいと伸びていくでしょ。また、このラウル伯は若く美しく「光」と言った所。醜く愛を知らずにオペラ座に潜んでいるファントムのような闇に潜むものは、ますます闇に落ちていくと言う感じがしてしまいまって、切なくなってしまうのですよ。姿ばかりでなく心の奥底まで歪んでいっても分かるような気もします。
(言葉が思い浮かばないので、そう書きましたが、本当は共鳴できるという分かるではありません。このストーリーは理解できるという意味の分かるです。)
つまらない事に拘ってしまいましたが、生まれながらに醜くて、母にさえ愛されなかった男の、愛の飢えを「分かる」と言っても本当は分かるわけがないと思ってしまうのです。きっと、魂を半分地獄の池につけてしまっている様な感じなのでしょうか。
暗い地下水路が出てくるのですが、それが彼の魂の半分の置き場所、そんな感じがしてしまうのです。
実際に彼は、恐ろしい殺人者なのです。事実を思うとクリスティーヌの彼を怖れるような態度も当たり前ですね。
意地悪な言い方をすると、ラストもファントムに捕らえられたラウルを救うための決死の作戦のような気が、微かにしてしまったりしたのです。去り際がすばやい。心の中は違うのかも知れませんが、女は切り替えが早く強いのかも知れません。
ただ、醜い顔に口付けされたエリックは、飢えた魂に一気に水が流れ込んでいくような感じです。その最後の歌声が染み渡ってきました。
劇団四季の、「オペラ座の怪人は凄いらしい。」と言うコピーが、頭の中で蘇ってきました。
本当に見ることが出来て幸せでした。
向こうのカーテンコールは、歌いませんね。スタンディング・オベーションを初めて経験しました。よく最後に立ち上がると言う事はあったかもしれませんが、最初から総立ちで拍手です。ファントム役の方が挨拶をしました。
彼の高揚した挨拶を聞いていると、もしかしたらスタンディング・オベーションは毎回と言うわけではないのかも知れません。それは分からない事ですが、もしそうならばさらに私は幸せだったと言う事ですね。
それは幸せな勘違いでも、そういうことにしておきましょうか、私の中では。
※余韻に浸りたくて、劇団四季のHPを開いてみました。歌も聞けるのですよ。でも、そこで聞いていましたら、姿などには囚われないクリスティーヌの愛の想いが伝わってくるような気がしました。→ココ
7日目、私たちツアーはカンタベリー、ドーバー、そして午後からはライの街を訪れました。
何度も繰り返し言っていますが、イギリスは石の街です。でも、使っている石が街によって違うのです。この街の道を見てください。とっても趣がありますよね。でも私は、この街に住んでいる人の多くは健康であるに違いないと推理してしまいました。だってですねえ、この道は足ツボの道ですよ。道自体が健康サンダルみたいな刺激があるといった感じです。
↑ こんな感じなんです。
もちろん街全体というわけではなかったのですが、印象深かったです。
ところで、一番上の写真はセントメアリー教会の前にあるお店のショーケースです。とっても美味しそうに見えますよね。中でお茶なんかも飲めるみたいですよ。
私たちは教会の見学をした後、街の説明のためにこの場を後にしました。
なかなか綺麗ないい感じの街でしょう。
この頃、もうメモリーの心配で写真を撮るのを、友人のデジカメでないカメラに任せていたので、この街の観光スッポットの写真がないんです。例えばマーメイド・イン。昔、ホークハースト・ギャングと言う海賊が入り浸っていたパブとか、1250年頃にフランス軍の侵攻に備えて建てられたイプラタワーとか。
だいたいイプラタワーなんて何処にあったんだろう!?
このライと言う街は、ドーバーと同じ海岸線にあって、常にフランスの攻略を意識していなくてはならなかったのでしょうね。何かガイドの人がこのことで大事なことを言ったように思うのですが、(侵略を見つけたものが鐘を鳴らすとかなにか・・・・)もう少し正しい情報を仕入れてからと思っても、どうも調べきることは出来ませんでした。
ところで、なぜライの記事が「Adventure」なのかと言いますと、私はここでの自由時間、友人達と別れて単独行動を決行したからです。
前にオックスフォードで、聖メアリー教会の塔に登ればその街が一望できるのに、私たちのツアーがそれをする時間もなくて不満に思っていたことを書きました。同じ名前のその教会の塔に登れば、やはりライの街が一望できるのです。
私は、「江戸の敵を長崎で討つ」ではありませんが、どうしてもその塔に登りたかったのです。街の説明のためにその場から離されても、もう一度その場に戻って登りたいと思いました。でも、友人達は興味なし。ライの素敵な街並みを楽しんだり、どこかの素敵なお店で買い物がしたいのです。だからと言って迷う必要はないでしょう。
友人達と集合場所で落ち合う約束をし、私は教会の横のタワーの入り口でチケットを買い登って行きました。教会の中は無料ですが、この塔に登るのは有料です。
また、その塔に登るのは、すれ違うことの出来ない狭い通路を通ったり(私以上のメタボの人はきっと禁止ですよ)、急な階段を登ったり、いつもだったらキャーキャー言いながら登りそうなものですが、一人でそれをやっていたら、危ない人に見えてしまうのでしっかりとさっさと登ります。
誰ですか? ●●と煙は高い所に昇りたがるなんて思った人は・・・
だけど、見て。
ライの街が、そして、その先の丘や川や海が・・・・
こっちは正面。下にいる人たちは一番上の写真のパン屋さんのお店の前で、この教会を見上げている人たち。
なんとなく一回りしてみました。
イギリスくんだりまで来て、バスパックツアーの慌しさです。この後、私はかなりの距離をもの凄い早足で歩き、集合場所まで帰ったのです。
でも、この塔の上で私はちょっと冷たいけれど息切らして登ってきた者には気持ちの良いイギリスの風を頬に感じていました。
アア、爽快。
この風景とともに、私はその風の心地良い冷たさをいつまでも覚えていようと思ったのでした。
7日の観光は終わり、私たちツアーはロンドンのホテルに戻りました。でも、その日はこれでは終わらない・・・・
楽しかったカンタベリーを後にして、バスの中でうつらうつらとしていましたら、友人が呼んだような気がして目を開けてみると、目の前にドーバー城がバーンと佇んでいました。素晴らしく美しいお城でしたが、写真を撮るのは間に合いません。目に焼き付けて、ドーバーの海岸までやって来ました。
この向こうには大陸があるのですよね。
このドーバーでは、特に言うこともなく久しぶりの海を楽しみました。しかしイギリスは、すべてが石の国ですね。砂浜と言うのではなく赤い石の浜なんですよ。
こんな石の浜です。
一番上のドーバー城は下の写真から切り取ったものだったのです。下の写真は、そのドーバーの岸辺から見上げたものです。
私が友人に、イギリスではタクシーに乗ったことが冒険だったと言うと、不思議そうな顔をされたりしました。
「どうしてよ。行き先ぐらいは言えるでしょう。」
そりゃあ、言えますよ。
でもね、私には行き先が言えればタクシーの90%をクリアしているとは思えないのですよ。 それは「トラウマ・タクシー」の中でも書きましたが、外国のタクシーに対して怖いと思ってしまうトラウマがある。また、何かアクシデントが起きた場合、それに対応できる語学力がまるっきりない。そして、タクシーに乗った理由が行き当たりばったりのメチャクチャな思いつきで、アクシデントに合う確立が高かったとなれば、やっぱりそれは冒険だったと言えると思います。
今回の旅行で、私がイギリスに行く素敵な相棒を得ることが出来たのは、その彼女にもイギリスに来てみたい理由があったのです。彼女の子供は、このカンタベリーに在る大学に留学中でした。イギリスにいる子供の様子を垣間見てみたかったのだと思います。でも、カンタベリーに行ったのは月曜日、子供は学校を抜け出して会いに来てくれる事なんかありませんでした。なんたって小学生からずっと皆勤賞の青年です。頼みもしないのにやって来た親に、授業を休んで会いに来るなんてことはあり得ない事なのでした。偉いですよね。
ありえない事と言えば、もともと留学中の子供に会いに行くと言うのも「時代」と言うものかも知れませんね。でも、親としてはどんな街どんな環境の所に行ったのか興味があるのは、よく分かることでした。
ですが、ツアー参加で行った私たちには自由がありません。今頃になって思い返すと、もう少し旅慣れていれば、違うやり方もあったのかもしれません。でも、そういう知識もない私たちだったのですよ。
カンタベリーに着いたとき、彼女がガイドの女性にここからその大学へはどのくらいなのかと聞きました。ガイドの女性は
「とっても近いんですよ。そうねえ、自転車で15分くらいかしら。」
自転車で15分・・・・
こういう時、人は「近い」を強調したくて少し短めに言うのだと思います。そうするとだいたい20分から30分。ならば、車で15分。(少し長め)
私はその時は口には出しませんでしたが、ふと、そこに行かせてあげたいと思ってしまいました。
留学している子供の学校を見ることは、誰でも出来ることではありませんが、ただ見るだけであっても嬉しい事だと思います。
でも、なんとなく友人と言葉が噛み合いません。たぶん二人とも迷っていたのだと思います。ツアーと言う団体行動な訳ですし、私には勇気が足りず、彼女には遠慮があったのかもしれません。
私たちはカンタベリー大聖堂を見学したり、写真を撮ったりお土産を買ったりしました。前の記事にも書きましたが、カンタベリーはとっても賑やかな町です。日本で言ったら門前町の賑わいといった所ではないでしょうか。カンタベリー大聖堂を見た後は、みんなはその賑やかな街をぶらついたりするのだと思います。
時計を見たら、まだ集合時間まで50分ありました。
そこで、先程の計算が頭をもたげてきました。
車で往復30分、10分の余裕、5分の見学・・・・
「行ってみますか~?」
街を見学するぐらいなら、いっそチャレンジしてみるかと言う気持ちになってきました。
―アア、でも大丈夫かな。
言っているそばから心の声もこぼれてしまいます。
「じゃあ、ガイドさん探す?」と友人が言いました。その瞬間腹が決まりました。だって、それは絶対に無理な選択です。時間切れ、行こうと思った気持ちは泡になってしまうと思いました。
「平気!きっと何とかなる。」得意の根拠のない「大丈夫宣言」です。
その後、5分でタクシー乗り場までダッシュです。しかもそのタクシー乗り場を探すのも勘ですよ。なんてメチャクチャな私たち。
本当はここからが私にとっての大冒険です。でも、冷静に考えてみると(後からならいくらでも冷静になれますが)言いたい事はこれだけなんですよね。
―私たちは●●大学に行きたい。でも、15分で行く事が出来ますか。11時15分までに帰ってくることが出来ますか。
簡単じゃないですか。
Let’s 英作文タイム!!
We want to go to the ** university. However, can you go in 15 minutes?Can you come back by 11:15?
でも、私は焦ってしまうと冠詞と前置詞がいい加減な人なので、たぶん「in」はすっ飛ばし、「by」でいいものを「until」を使ってしまうし、
「however」なんて思いだしもしないで、「しかし、だけど」はみんな
「but」・・
でも、通じたからなんでもいいのさ。
ところが意外と渋滞。イギリスはロンドンに近くなればなるほど渋滞が多いですが、この街も結構ドキドキでした。
その時私と友人が暗い顔して考えていた事・・・・
私・・・・・「ごめんなさい~!時間切れデース。ユーターンして下さ~い。」をとりあえず英語で運転手さんに言っている図。
友人・・・・「ごめんなさーい!申し訳ありません。すみません。」とツアーのメンバーに土下座している図。
だけどそんな二人の心配をよそに、突然その大学にはたどり着きました。良かった~!!
運転手さんに待っていてと伝えましたら、降りて来て写真をバチバチ撮ってくれました。
「見た~!?感じた~!?O.K~!?」
と言うノリでダッシュで帰ってきました。
そうして集合時間前には私たちは澄ました顔をして、何事もなかったかのように立っていました。
レベル高き者達には、階段を普通に下りるが如き普通の出来事でも、レベル低きものには、蛙がぶなの梢ををジャンプするが如きで、違う風景を見る楽しさがあったというお話でした。
7日目、私たちツアーはカンタベリーを訪れました。
カンタベリーと聞くと、「カンタベリー物語」を思い出しますが、何で思い出すのかが分かりません。読んだことでもあるのでしょうか。もしそうであっても、埋もれた記憶の中にあっては、意味のないことでしょう。
「カンタベリー物語」=チョーサーと結びつくので、昔、物語名と作者を意味もなく暗記していた頃の名残かもしれません。でも、「カンタベリー」繋がり調べていくとなかなか面白い。
「カンタベリー大聖堂」は、イギリス国教会の総本山です。
「カンタベリー物語」は、そのカンタベリー大聖堂に巡礼に向かう途中の宿に、泊まり合わせた人々が様々な物語を話すと言うオムニバス。
映画「セブン」の中にも出てくる。
「カンタベリー物語」の映画もあるが、それを撮ったのは「ソドムの市」が遺作となり、謎の死を遂げたピエル・パオロ・パゾリーニ・・・・
面白いと言ったら不謹慎だったかな。
教会の形は、今までに訪れた所にも似た感じなところはありましたが、その古さには、歴史を感じました。
そういえばこの場所で、私たちは三人で写真を撮ってもらいました。通りすがりの、子供を連れたお父さんに頼みましたが、お礼を言って別れた後、その子供達がキャーキャー言って盛り上がっていたのが印象的でした。私たちはやっぱり異邦人。日本人に、父親が写真を撮る事を頼まれた事は、面白い経験だったのではないでしょうか。反応はいずこも同じですね。
カンタベリー大聖堂は古くても、その街並みは旧い感じではありませんでした。そのストリートは買い物などを楽しむ人や、観光客で賑わっていました。
それからこんな風景も。
前にも書きましたが、この7日目は私の中ではフル活動、大切な一日でした。