森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

紙ごみポイポイしています♪

2017-03-14 18:32:33 | 物と私と片付けと掃除

 

誰ですか ?

ゴミ袋の中に自ら飛び込んで

お母さんの邪魔をしているのは。

 

auひかりからジェイコムに切り替えるのに工事が終わって、プロバイダの解約書類を書いて、auショップに行くのはもう懲りたので、KDDIに電話し切り替えて、さあ、やっとこの件のワタクシのお仕事は終了です…って、あっ、まだルーター返却って仕事が残ってるか・・・ふぅやれやれ。でもそれは送り状が送られてきてからね。

だけどそのプロバイダの解約書類を書きだしたら、なんとIDコードを書くところがあったのですが、そんなの使った事がないのだから知るわけないじゃんって戸惑いました。パッとその書類がどこにあるのか閃かないと言うか。

でも無理もない事。

それは7年以上開かずのファイルでした。7年前に契約の書類を貰った時のそのまま。だって使わない書類だから。でもそこに書いてある事が大事だったんですね。

こういうのって厳しい人も居るんじゃないかしらと、自分の事は棚に上げて思ってしまいました。

 

日頃から大事だなと思う書類は、分かりやすいようにここにと仕舞うけれど、その時だけの書類って「ここに」と仕舞っても、ずっとその中で触られることもなく鎮座していくので、脳内で風化していくと言う事になりそうです。

3月はいつもお片付け月間で、私の場合はたまたま家中の紙ごみ格闘週だったので、そのファイルを手に取ったばかりだったのです。しかももう切り替えたんだから捨てちゃおうかなと中もしっかり読まないで思ったばかり。だけど「いやいや、こういうのはすべてなんでも終わってから。」と棚に戻したばかりだったのです。

「あー良かった、セーフ。」って思いました。じゃなかったら、そんなコード、何処にあるのよって絶対になったと思います。

 

                                             

 

今日はちょっとのんびりとドラマを見ながらやってます。

「gyao!」で、一度配信が終わっていた「名探偵ポワロ」がいつの間にか復活していました。まだ見ていないモノもあるので楽しみです。

それに火曜配信の「マーチランド 亡霊の家」も面白いんですよね~。

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いつもここから

2016-11-09 02:17:54 | 物と私と片付けと掃除

※ トップ画像は「花ファンタジア」で撮って来たものです。

美しい色彩の花も踊っていては、あまり綺麗に見えません。

※          ※         ※

11月になると、結構皆さんも大掃除前哨戦を始めているのではないでしょうか。

 

『それは財産にはあらず。しかし捨てないのです。』

上にリンクした記事は、2014年の4月にアップしたものですが、

2011年に

 こんな大変な事になっていたスーパーのレジ袋を三角折にして

 すこぶるスッキリさせていたのですが、私のように「とりあえず体質」の人には向かなかったようで、再びリバウンド。(大きさ別に分けてあっても、混ざってしまうと、大きさも分かり辛いしね。)

 

それで、三角折はやめて揃えて畳むと言うやり方をしたのですが・・・・・。

その画像は、リンクした記事に載っています。

意外と便利だったのですが、いつの間にかごちゃごちゃに。

その原因は量が多くなりすぎたって所なんだと思います。

エコ籠もエコバッグも使う時は使うけれど、持っていかない時も多々あって、最近は特に夫が買いもの係の時も多いので、ちょっと多くなりすぎました。(我が家の生活が丸見え発言ですね・(^_^;)

多くなりすぎると、そのまま捨てたくもなるけれど、それは無しで頑張って再利用し、意識して減らすようにしようと思います。

 

2016年の(情けない)お片付け風景。

ふと見ると

 再びあふれかえっていたレジ袋。しかも、あんなに綺麗な色だったボックスも劣化して敗れてしまったではありませんか。

 

 この棚は便利なんだけれど、ホイホイと突っ込んだり置いたりしたくなるから危険ゾーンです。

 

でもせっせとお片付け。

それを邪魔するあんず姫。

 「箱があったでしゅよ。」

箱が空いたら入るのが、猫の世界のお約束なのです。

 

「赤も良いね♪」

 

あんず姫に相当邪魔されながらも、袋の整理は終わりました。

 

 今度はたたみ方を変えて、前から使い後ろに仕舞うと言う分かりやすいやり方にしました。

順番に使うって、それはまあ、当たり前の事ですね。

でも昨日、使おうとボックスを引き出した、その上に丸めた袋が入っていて、

「なんじゃ、これ。」って思いました。

きっと間違えた大きさのを出して、そのまま丸めて仕舞ったのではないかと言う犯人は、たぶんあの人だな。

 

それはともかく、劣化した赤いボックスは捨てたかと言うと・・・・・・・・、大きさが丁度良かったらしくて

 

 

あんずさんに乗っ取られたままです。

 

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お片付け日記、昨日・今日

2016-09-03 19:29:36 | 物と私と片付けと掃除

先日、このブログを読んでくださっているお友達が言いました。

「最近頑張っているね。」と。

うん。まあまあね。

 

また、別のお友達も、そして姉も同じ事を言いました。

「続けて頑張っているから、相当片付いたよね。」

 

・・・・・・、それが~・・・・。

なかなか手ごわいおうちです。

でもさ、お片付けって、基本エンドレスの部分もあるじゃない。

だけど、これは前に友達ともおしゃべりしていて、うちだけじゃないんだなと思ったのですが、お片付け一巡して終わったなと思うと、最初の所が振出しに戻ってると言うことがあるって。

でもそれについて考えてみると、二つの理由があると思うのです。

一つは目が慣れて、「綺麗だなあ。」と満足していた所が、なんだか大した事がないような気がして来て更に片づけたくなる時。それからもう一つは、「いいじゃないこの収納の仕方。」と満足していたはずなのに、実はその収納が使いづらくて持たなかった場合。

 

実はこの二番目の理由で、ドレッサー周りが悲惨な状態になっていました。ドレッサー周りがごちゃごちゃになると、私の場合は同じ口紅とかシャドウばっかり使うようになってしまうし、そういうのってあまり好きじゃないんです。やっぱり気分でリップやシャドウの色は選びたいなと思うんです。

それで昨日はドレッサー周りのお片付けをしました。

 

だけどドレッサー周りのお片付けって、なんでだか楽しい~。

 

 もうあまり使わなくなってしまったコロンたち。でも蓋を開けて、その香りに触れただけでも癒されます。

 

 上から撮れば良かったです。

 

まだ10代の終わりだったか20代の初め、お友達の家に遊びに行った時、そのお友達が持っているマニキュアを見せてくれたのですが、それが何本も一つの箱に入っていて、その箱をお友達が開けた時、「ワォっ!」って思ったんです。

そう、まるで私には宝箱を見せて貰ったように感じたのです。

マザーグースの歌にもあるじゃないですか。

女の子って何で出来てる?
女の子って何で出来てる?
お砂糖とスパイスと素敵な何か
女の子って、それらで出来てる。


もう、女の子ではありませんが、それでも「素敵」は大事な女性の成分だと思います。

 

 

そして今日は、昨日とは打って変わって超現実的な水回りのお片付け&お掃除です。

と言うのも、マンションの配水管お掃除の日だったからなんです。お掃除の人が来る前にお仕事がしやすいように、またあまりにもひどいような状態を避けるためにあらかじめその水回りの片づけとお掃除をしておくことにしています。

掃除に来るのに掃除をしておくと言うのは、「見栄」だと思う方もいるかも知れませんが、私はちょっと違うと思うのです。

言うなれば「恥の文化」と言うやつです。(使い方が微妙に違うとしても、良い事にして !)

私は今日、その水回りをお掃除している時に、その「恥の文化」って大切だなと、しみじみと考えながらしていました。

配水管のお掃除と言うのは、言葉の通り配水管のお掃除であって、その入り口のお掃除をするわけではありません。汚いと、私はやっぱり主婦として恥ずかしいと思います。

そしてお掃除の方のとっても入口と少々の奥までヌルヌルとせずに綺麗になっていて、お風呂場などの排水溝に髪などが絡まっていなかったら、本来のお仕事もはかどると言うものですよね。

 

まっ、こういうマンション行事を利用して、水回りのお掃除を頑張ったと言うことなんです。

そして、掃除の人が帰った後も、洗面所の気になっていた、なかなか落ちない黄ばみに挑戦しました。

洗面所はすこぶる汚いと言うわけじゃなくて、ここは私は、朝毎日お掃除しているんです。でもいつの間にかカーブの所が色づいているんですよね。毎日掃除していても付いてしまうって、どうしたらいいのでしょうね。

今まではクエン酸シートとかいろいろと試してみたのですが、一番先にやるべきだったんじゃないかなと思っていた、重曹とクエン酸のダブルで攻めると言うやり方をトライしてみました。

これはちょっと効果があって、繰り返してやっていけば更なる効果がありそうだなと思いました。

写真を撮ったのですが、ちっとも違いが分からないし、微妙な汚れは写りません。

 

そうそう、クエン酸を棚の上から降ろしたので、ついでに食洗器のお掃除もしました。

 

※ 午前中にほとんど頑張ったので、午後からはWOWOWでドラマ三昧でした。

 

 

 

 

 

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防災の日だったので

2016-09-02 00:25:52 | 物と私と片付けと掃除

2011年の3月11日から5年が過ぎて、

「あれからもうそんなに過ぎてしまったのね。」と思った頃から気になっていました。

 

災害用のお水の賞味期限が切れていると言うことがー。

今日は「防災の日」だったので、他のものもいろいろチェックしてみました。

お水が切れている事は分かっていたのですが、日付を見てみると、2014年の9月が賞味期限でした。と言うことは、この水は5年ではなく3年で賞味期限が来てしまうものだったのかしら。

危ない所でした。

もしもの時、やっぱりお水の2年超過は気持ち悪いですものね。

 

このように「防災用」と言うのは長く持つし、買っておけば安心なのですが、だいたい美味しくないし、美味しくないので賞味期限切れを起こすまで放置って事が多々あるんじゃないかと思います。

友達もみな植木用の水にしたと言っていましたから。

以前はお酒を飲むうちではないので、お水を買う習慣はありませんでした、でも最近は水だけを結構飲むようになってきたので、箱で買うようになりました。それでお水に関して言えば、もう災害用の水は買わないでペットボトルのお水を買って回す事にしました。

 

3.11はいろいろな教訓を残してくれたと思います。

自分の家での備蓄は三日分と言うのも、どうもそれではダメなんじゃないかとも気づかせてくれたように思います。

「防災」に対してはいろいろと考えなくてはいけない事があるように思います。

 

 それで何か気になる記事などがあると、切り取ってファイルしてあるのですが、ちゃんと考えたり実行して行かないと意味がないですよね。

 

「なるほどなあ」と思っても、なかなか実行が出来ないのが「防災の備え」の難しい所だと思うのです。

 

以前何かの記事で、地震直後は危ないのでスリッパは必需品と書かれたものがあって、「なるほど」と思い、真夜中でもすぐわかり履けるような所にスリッパは置いておくようにしたんです。その事をツイッターで呟いたら、阪神淡路大震災を経験された方が、それではダメだと教えてくれたのですよ。スリッパは、本当の大震災が来た時には何の役にも立たず、そのまま外に履いて行けるものを枕元に置いておくのがベストらしいのです。

やっぱり「なるほど」と思いました。

ところがこれはなかなか実行に移せません。部屋の中に靴を置いておくと言うことは、普段履かない靴を余分に持つと言うことになるのかなとか、部屋の中のどこに置くのかなとか、いろいろ考える事があるのですが、面倒になってなんだか後回しになってしまいます。

 

なんでもひとつひとつクリアして行かないといけませんね。

「防災」の事はもっとちゃんと考えたいし、記事にも書いていきたいテーマだと思いました。

とりあえず・・・・・ああ、日付が変わってしまったので…昨日は「防災の日」だったので備蓄品の賞味期限などをチェックしてみたと言う所です。もちろん備蓄品は画像のものだけではありません。ただ(とりあえず)3日分をすべて備蓄品でという考えは今は持っていません。普段の食べ物を上手く回すと言うのが今流だと思うのですよね。

それでもやっぱり普段も食べる事が出来て、いざと言う時にも役に立ちそうなものはありますよね。

私はこれがお気に入りです。

グリコ 【防災備蓄常備用】カレー職人 温めずにおいしく食べられるカレー 中辛
グリコ
グリコ

 

昼食で試食済みです。なかなか美味しかったです。

 

 

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別れの珈琲

2016-08-20 02:02:48 | 物と私と片付けと掃除

ゴメンね。

今までありがとう。

あなたに何の落ち度もないけれど、色褪せてしまったあなたとはお別れすることにしたのです。

だってあなたを見ていても、ずっとそばにいたんだと言う愛着の愛はあっても、ときめかないんだもの。

ううん。

本当はなんにでも未練がましい私だもの。お別れなんかしたくないんだよ。

でも勇気を出して「さよなら」を告げるの。

この先の人生を丁寧に生きるためにね。

結婚した時から、ずっとそばにいてくれたのに・・・・

ゴメンね。

さようなら。

最後に、別れの珈琲を飲むよ。

 

 

と、言うわけで、最後に珈琲を頂いてから、そのカップとお別れしたのです。

えっ!?

お別れするのは夫とかじゃないですよ・・・  ^^

 

 

コーヒーカップも湯呑もペアで買うことが多いじゃないですか。

それなのになんでか夫のものからいつも割れて、その片割ればっかり残ってしまう事が多い我が家です。

あっ、別に私が夫婦げんかの後に、エイッって投げつけているからじゃないですからね、あしからず

 

このコーヒーカップは結婚したばかりの頃に買って、夫のは黒で両方とも金色のます目のデザインだったのです。今でも夫のカップの事は覚えていますが、記憶の中のそれは、真っ黒で金のラインも綺麗なまま割れちゃったのです。

私のはこんなに色褪せてしまったと言うのに。

 

先日実家に帰った時に、親の家から箱に入ったままの使っていない食器を少々頂いてきました。

それで前からやりないなと思っていた食器戸棚の中を整理しました。

時々整理しては使わなかった物の処分をしています。

 

好きな物や思い出深いものだと、少々欠けても使い続けてしまう私なので、今回はそう言ったものは出来るだけ容赦なく処分しました。

会社と湯呑って何気にセットじゃないですか。お仕事に着くと、朝のお茶の時間があったりで湯呑を持っていくとか、そう言う会社も、まだあるんじゃないかしら。それとも今は、たいていは使い捨てのカップ&ホルダーでしょうか。

お仕事を止めて10年以上たっても、我が家に戻って来て使い続けた湯呑。今年になって欠けてしまったので、こちらも最後にお茶を頂いてからお別れしました。

 

何もこんな風にイチイチ別れを言って写真を撮っているわけではないですよ。もう、そんな事をしていたら疲れ果ててしまいます。

 

テーブルの上に何も欠けてもいないし、色褪せてもいないけれど、とにかく使わなくなってしまった鍋の時用の小鉢や、プラスチックで出来た貝の形のお皿などを置いておいたんです。

その時丁度友人でもあるダスキンさんがモップ交換にやって来ました。

 

しばしのお茶タイム&おしゃべり。

お孫ちゃんがたくさんいらっしゃるのでプラスチックの貝のお皿はイイナと思ってくださったみたいで、それと小鉢も持っていってくれました。

ついでにこれも。

 

 4つもあったので半分こです。私はベランダで使おうかと思っています。

 

今も頻繁に使っていて、何も欠けていないお皿も三枚捨てる事にしました。

その理由は・・・

私はこの時、あの本の事を思い出しました。

 

人生がときめく片づけの魔法
近藤麻理恵
サンマーク出版

今、この本の感想はナシですが、要不要の基準が「ときめく」と言うのは、目から鱗の方も多いようですが、私にはちょっとなと感じていたのです。でも今回初めて、なるほどと思いました。

 

物を残す基準は、使っているかいないかばかりではないのですね。

入って来たものの二倍は処分したので、食器戸棚の中は快適な状態になったと思います。

 

キッチンのモノ減らしは、しばらく続けようと思います。

 

 

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彼らが見た風景は、

2016-07-21 17:27:41 | 物と私と片付けと掃除

風景が風景を見ている。

私がこの花を見る。

だけれどこの花も私を見ている。

花は何も語らない。

語るとしたら、それは私の中の心象風景が作り上げた言葉でしかない。

 

モノには魂がない。

あるように感じるのは、私のうちにある感性が、ないはずの所から生み出しているのだ。

生まれてしまった魂はちゃんと息づいて、そして時には物を思う心に応えてくれたりもするのだと思う。

 

だけれど、もしも物の魂があったとしても、彼らの命はとっくに尽きていて静かに去って行くのみ。

 

※          ※          ※

 

今日新しく買ったエアコンを取り付けに来てもらいました。

その時にもう一台を外して処分してもらったのです。

(私が相当ふぅふぅと言って。あちらこちらを片付けていたのは、電気屋さんをお通しする部屋があっちこっちと有ったからなんです。)

たぶん2,3年前から、いや、もうちょっと前かもしれませんが壁のオブジェになっていました。

でも新しく付け替える予定もなかったので、外すきっかけもなくそのままにしてあったのです。

最後なんだからと思って油汚れ用の洗剤で拭けば、ピカピカになったと思います。ブログに載せるなら見栄も晴れと言う所ですが、でも私、真夜中の記事にも書いた通り、ベランダのお掃除で、まるでハイキングに行ったかのように全身がクタクタになっていて、とてもじゃないけれど廃棄するエアコンに、そこまでの感傷的な気持ちになれなかったのです。

でも彼は、良いよ良いよって言ってくれていたと思います。

31年間我が家に居続けてくれたヨロヨロ感も伝わりやすいと思います。

 

そのエアコンを買ったのは、10月に生まれたラッタ君が初めての夏を迎える時。

今のマンションに落ち着くまでは、私は何気に引っ越しマニア。3回の引っ越しに着いてきました。

その事を電気屋さんに言うと、

「それは優秀でしたね。エアコンはもともと移設をするものじゃないんですよ。ホースなどに不具合を生じてきたりするのですが、これ、25年以上使ったんでしょう。」

「ええ。工事はずっと買った所の電気屋さんがしてくれていたのですが、最後は『次に引っ越しあったとしても、もうこのエアコンは止めてね。』って言われました。でも最後までよく冷やしてくれたんですよ。だけど最後の年、スイッチを入れたらパッと水が降って来たんです。怖くなって、オブジェになっちゃった。」

「長年使っていたから詰まったのかもね。でも電気のものだから水は怖いですよね。」

 

「詰まり」と聞いて、一瞬だけ、じゃああの時に分解掃除したら直ったりした可能性がと思ったけれど、古すぎて「捨てろー」と言われるしかなかったと思います。

だいたいこのエアコンを使い続けていて、これをどこかで話題にすると、必ず電気代で損をしていると言われ続けてきました。

それは、凄く言える事だと思います。

だけど私には最後まで部屋をヒンヤリと気持ち良く冷やしてくれたこのエアコンを、バッサリ切るタイミングが見つからなかったのだと思います。

 

 

かつては各部屋にエアコンなんて贅沢な考えだったのではないでしょうか。

私も15年とちょっと前は、無理な事だと思っていました。

だからラッタ君に専用の扇風機を買ってあげようと思っていました。その時一緒にランチをした姑が電気屋さんに付いてきました。

そして扇風機の前で佇む私たちに、彼女はおもむろに言ったのです。

「この子はアトピーの子供だから、夏の汗は良くないと思うの。おばあちゃんが買ってあげる。」

かくしておばあちゃんが買ってくれたエアコンは昨年まで元気に稼働していました。

 

 

何がダメになってしまったかと言うと、リモコンなんですよ !

で、手動。でもスイッチのみ。切る時はいちいちコンセントを抜くのです。

オカシイですよね、それ。

どっか開けるパネルとかあるんじゃないのかって思いましたが、無いんです。私のリモコンのイメージと言ったら便利アイテムに他ならなかったのに、本体と同レベル重要アイテムだったと言うわけなのですよね。

これも諦めました。

だってこちらも古くなってしまったからです。

 

電気屋さんが、私に念を押すように言いました。

「今度の新しいエアコンの寿命は、10年と思ってくださいね。」

「わっかりましたー!!」

笑顔で答えたけれど・・・・

さあ、それはどうかな。

ニヤリ。

 

だけど大好きだったドラム式の洗濯機は、ちゃんと一般的に言われている洗濯機寿命で壊れたし、10年と思っていた方が良いですよね。

 

※       ※      ※

既に沈黙している彼ら。

もしも私が、おばあちゃんの買ってくれたエアコンのコンセントを入れて、もう一度手動で稼働させたら、きっとこのエアコンは動いたと思う。

 

― あなたは何を見続けてきたの。

 

「この部屋の住人さ。ずっと夏でも長袖を着てただろ。ある時、タンクトップと半袖のシャツを買ってきた彼にあなたは驚いていたな。」 → 人にはそれぞれの季節がある

― ええ、嬉しかったわ。とっても。あれはあなたのお蔭でもあるのね。」

「まあな。ほんのちょっとわね。」

と、彼は最後にちょっとだけ得意そうに笑った。

 

 

そしてエアコンの寿命をはるかに超えて、3回の引っ越しにも耐えた最強のエアコン殿。

もしも私が人差し指を伸ばしスイッチをオンにする勇気があったならば、彼は大きな音を立てて再び稼働したのだろうか。

 

― あなたは何を見続けてきたの。

 

「最初は、初めての子供に頬よせる父親だったかもしれないな。

ある時、俺はまた別の部屋で目覚めると小さな子供が二人になっていて、若い父親と母親との家族四人で暮らしていたな。

またある時、俺は別の部屋で目覚めたんだ。子供たちはほんのちょっとは大きくなっていたけれど、やっぱり小さかったよ。そして猫がいたんだ。あんたは小さなソファに二人の子供を両脇に抱えて猫を膝に抱きながら、遅く帰る父親をテレビを見ながら待っていたね。

そして俺はまた別の部屋で目覚めたんだ。あんたの子供たちは、あまりもう俺の傍には来なかった。その代り俺は多くのあんたの子供じゃない子供をたくさん見たよ。

その中の子供が、ある日言ったんだよ。

『水が降ってきました。』って。

そしたらあんたはおもむろに立ち上がって、悲しそうに見上げるとこう言った。

『どこまで行けるかと思ったが、とうとうここまでか。』

俺が最後に見たものは、あんたのピンと伸びた人差し指さ。」

と彼は最後にちょっとだけ寂しそうに笑って言ったのだったー。

 

― ありがとうね、いままで。

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お片付け日和

2016-03-03 01:00:54 | 物と私と片付けと掃除

※  藤原竜也さんのダーツの旅が楽しかった「笑ってこらえて」も、まさかの「つづく」になってしまった「相棒」も見ました。感想なども、遅れて書く予定ですが、とりあえず日記などを書く事にします。

 

気候なども暖かくなって窓を開けたくなるような陽気になったら、「お掃除日和」。

でも今日までは、まだまだ寒くて引きこもっていたい気分です。こんな時は「お片付け日和」で、ゴミ捨てなどに専念したいものです。

 

夕方から二時間程度の仕事が入ってるだけで、なんとなく一日が支配されているような気になってしまうのですが、それでもかなりギリギリの時間まで頑張りました。

 

油断するとすぐ増えてしまうゴミ。

でも家に入って来た時にはゴミではなかった物もたくさんありますよね。だけど入って来た時から、すでにゴミだったものってありませんか。

要らないチラシやすぐ処分した方が良い書類など。

これを即処分って言うのが、下手なんですね、私。

ゴミ捨てって、半分以上は紙ごみのような気がします。これのルールをちゃんと自分で決める事が出来たら、相当家の中はスッキリを持続できるのかもと思っています。

「後でちゃんと読もう。」は読まないことが多いと肝に銘じるべきなんですよね。

 

気にいった雑誌なども、「また今度読み返そう。」と思って取っておいても、よほどの事がない限り読み返さないことが多くないですか。

 

ある時、自分のお仕事がピークの時がありまして、その時はインとアウトのバランスが悪くて、その時にため込んでしまったもののアウトに時間がかかっているのです。

エイ・ヤーって見ないで捨てるなんて事は、やっぱり私には(今のところ)できない相談ですし。

  取っておいた雑誌、捨てました。なんか10年、いや、もっと昔の雑誌もありました。

どれだけサボっていたのかって・・・(;^ω^)

 

それからかなり前からお別れしなくてはと思いつつ、やっと捨てたのが・・・・

 

 

このマグの大きさと厚さが好きで、本当に長い間使いました。あっという間に20年ぐらいかな。それにこのマグは、最初はここに4種類の動物の絵が描かれていて本当に可愛かったんですよ。その絵が、徐々にと言うよりも、数年前にいきなり薄れていったんです。もしかしてだけれど、良く落ちるようになった食洗器の洗剤のせいかもしれないと、ちょっと思っちゃったりしています・・・ちがうかも。

これの代わりになるやつを何回か買ったのですが、ちょっと様子見で置いとくでしょう。で、結局こっちの方が使いやすいなって思っているうちに、新しい方が欠けたり割れたりしてしまったんです。丈夫だったし安かったんです。

なんかこの画像を見ていたら、凄くしみじみしてしまいました。

こんな悲しいマグで朝の珈琲を飲んでいたのかって・・・・・なんて事はまったく思えなくて、買ったばかりの頃の可愛いマグで珈琲を飲むのが嬉しかったことばかり思い出してしまいました。

それなのに私、このコーヒーカップを捨てた時、

「ああ、早く捨てに行かなくちゃ。ゴミ屋さんが来ちゃうわ。」と何も思わずにガチャンとゴミ置き場に置いたんです。

 

やっぱりね、長い間使ったものには、感謝の気持ちを込めてさよならしないとだめだと思う、私。

 

 

※ 今日寝て明日起きる生活、ここ三日ほど守れていないです。

また明日から頑張ります、いろいろ。

 

 

 

 

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見えない誰かに謝りながら

2016-02-09 15:13:14 | 物と私と片付けと掃除

 

家が雑然としてしまうにはいくつかの理由があるけれど、私の場合は認めたくないのですが、モノに対しての執着心が強い点にもあると思います。

たぶんそれは夫殿が言う通り父の遺伝子によるものなのかも知れません。これ、まだ使えるんじゃないかしら。これ、何かに利用できるんじゃないかしら。物を捨てる場面になると、そう言う考えがむくむく起きてくる場合も多いからです。

ただこの発想は、今の世の中はまるで捨てる事が正義と言わんばかりの風潮がある中、時には早々悪い事でもないと思います。

私の知っている方で、家はピカピカでセンス良く暮らしている方は、この発想をいつもうまく利用している方で感心しています。

だけどそれも限度があって、まったく時間も知恵も浮かばない中、ただ執着のみで取っておくのは愚かと言わざるを得ない事ですよね。

何の役にも立たないのに、捨てる時にちょっとだけ心がきゅっとなるのは、昨年の美しい写真のカレンダーです。

美しい花の大きさの丁度良いものだと、私は切り取って引き出しの敷紙にする時もあります。垣間見た底が美しいからです。

昨年のはサクッと捨てましたが、やはりその美しい風景が気に入っていたので前頁を写真に撮りました。

お片付け記事の時に、そのカレンダーの写真の画像を載せていこうと思います。

 

そして本題です。

 

この美しいカレンダーの写真とは全く関係のない話です。

先日の「売れ残った恵方巻の大量廃棄」の記事を読みましたか?

ここです。

その一方、こんなニュースも。

→フランスが大型スーパーマーケットでの食品廃棄を禁止、「フードバンク」への寄付を義務付ける

なんだかいろいろと考えてしまいますよね。


だけど、今日の私は何もエラそうな事は言えません。(いつも言ってないけれど(^_^;)

今回はかなりダメ主婦の反省の記録です。


結局は夫がインフルエンザで伏せっていたのでやらなかった年末の大掃除では、ラスボスはキッチンだと思っていました。

油汚れがギトギトと言うのではなくて、食品庫がえらい事になっていて・・・・・・。


普段の買い物があまり好きでないので、まとめ買い派の上に、一昨年辺りから忙しい忙しいと暮らしていました・・・・と、言うのは言い訳です。

とにかくぐちゃぐちゃになってしまったので、きっと恐ろしい事が起きているんだろうなと思いつつ、余計に手を出したくない場所になって行ってしまいました。要するに逃げていたのです。

でもやりました!!


全部出すと言うお祭り型お片付けは、夕方までとか言う時間制限付きでは上手くいかない場合もあるのですが、夫が入院中だったのでそのやり方でやりました。これぞ家人が居ない唯一のメリットだったかもしれません。

真夜中までテーブルの上がぐちゃぐちゃでも、別に誰にも遠慮が要らないと言うか・・・・


えっ?

ルート君ですか?

いやいや、彼は平気です。

テーブルの半分を空けてあげれば、うるさい事なんか言うわけがないのです。

えっ?

そんなに時間がかかったのかって?

かかりました。

お片付けの時間制限はなくても、片付けるための時間はあまりなかったからです。


山のように賞味期限切れのものを捨てるかと思ったけれど、思ったほどではありませんでした。

思ったほどではなくても、やはり捨てるものはありました。

エイ、ヤーと捨てましたが心が痛かったです。

「すみません、すみません。」

心の中で誰かに謝っていました。

捨てたものを買うために働いてくれた夫にでしょうか。こんな妻でなかったら、うちはもっと豊かになっていたかもしれません。

食べ物の神様にでしょうか。


― あの時パン作りにちょっとだけ嵌っていて、次の粉を買ったのに、そのまま作らなかったんだわ。あれから二年もたっちゃったのね。もうこの粉、ダメなのかな。思い切って捨てようかな。

― ねえ、捨てるなら、それ頂戴。

ふと妄想の中の子供が語りかけてくる。

― もう、ダメなの、古いから。

― 古くても頂戴、それ。それ、食べたいよ。捨てるなら。


思わず私は呟いてしまいます。

「ごめんね。ごめんなさい。」


きっと私は世界のどこかにいる誰かに謝っていたのだと思います。



食材を無駄にしない。

基本中の基本。

でも時々、その基本をたがえてしまう事があります。

これからは気を付けます。


食品庫を片付けて、しっかり整理をしたので何があって何が無いのか良く分かるようになったので使いやすくなりました。

賞味期限と言う数字に追われるくらいなら、もう「買っておく」と言う買い物の仕方は止めようと思います。

とにかくこの年齢になってくると、日にちが経つのが早いんだものね。


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靴のお手入れ

2016-01-24 16:43:57 | 物と私と片付けと掃除

 

ボロ靴は貧乏の証」の続きです。

因みにトップ画像は何かをしようとすると、すぐにやってくる「あんず」です。

 

ダメな靴をいつまでも履くのってどうなのかと思い、そんな靴を並べてみました。これは昨年の夏過ぎの事です。

ちょっとお見苦しい画像ですみません。

 

 上の三足は履き心地最高のベスト3でありながらボロのベスト3.みんな雨の日は履けません。

真ん中のピンクの靴は2013年に大阪に履いて行ったもの。いつの間にか色が褪せてしまったけれど、この色って相当居直っていないと履けない感じ。意外と私は平気です。

でもお別れです。

と言って、バーンと3足捨てない私・・・・・('◇')ゞ

この時に捨てたのはそのピンクの靴のみ。

なんでかっていうと、一番右の靴は、最近一番気に入っている素足でも履ける一番大好きな靴です。捨てようと袋に入れようとしていた時に、ある事に閃いて手が止まったのです。

黒い靴は、9年前に買った靴で前の記事に書いたモノです。これは次の同じレベルの物を買った時に処分する予定です。

 

捨てたすぐ後にピンクの靴の代わりと紐なしズックの代わりにまたも同じ靴を買い求めました。

買ったばかりの時の画像ではないので、またもお見苦しいものですみません。

この紐なしズック、素晴らしいのですよ。本当に足ストレスが無いのです。

買った翌日に日光に履いて行きました。日光のお出掛け日記は読んでくださった方も多いと思うのですが、普通昨日買った靴を履いて行っての強行ハイキングを実施できるわけがありません。でも私がこの靴に対しての信用は「絶対に大丈夫」レベルで、そして本当に大丈夫でした。

ところがこの2足の靴に私は裏切られてしまいました。

だって寿命がたったの3か月。ズックの方はかかとの方が切れてしまい、茶色の靴はつま先が割れてしまったのです。

 

この靴のお値段がいくらだったのかは忘れてしまいましたが、たとえ安物であったとしても仮に靴と名乗るものであるならば、3か月で切れたり踵が切れたりしてはいけないのですよ、私の中では。

許せないような気持ちになりました。

両方ともネットで買ったのですが、店舗購入で、そんなにへぼいものなんか普通ないでしょう。他のモノたちは何年も買った金額以上にお仕事をしてくれていると言うのに、たった3か月って、そんなのあるかしら?

あったまに来たー!!

捨てちゃる―!

って、ならないのが私。

前に捨てようとしたけれど、閃いて取っておいた同じ形の靴の底をチョキチョキ切ってゴム用の接着剤でペタペタッと補強しました。

ついでに茶色の靴も中のボア部分は何の問題もなかったので、外側の割れた所も接着剤で修理しました。

これで紐なしズックは問題なし。茶色の靴も暖かく、ちょっと近所のコンビニやスーパー辺りまでO.kです。

 

頑張ってお仕事してもらいます。

 

最近は生活がバタバタとしていて雑に暮らしているように思います。

少し丁寧に暮らしていきたいと思っています。

 

先日のゴミの日に捨てた靴は二足。裏のゴムを切り取った紐なしズックと2012年に買ったブーツを一足捨てました。 そのブーツも毎年履きましたが、回数的にはそんなに多くなかったような気がします。皮の部分が異常に劣化してしまったのでさよならです。やっぱりお値段と靴の寿命は比例しているのかもしれません。

 

同じ頃にデパートで買ったこっちのブーツはしっかりしていますが、お手入れが悪くてこんな感じになってしまいました。自転車に乗るので、靴の先がこんな風になってしまうことが多いのです。左側のは茶色のクリームで磨いたもので、右側はひどい状態のままのモノ。

で、お手入れ後。

まだまだもう少し働いてもらえそうになりました。

 

我が家の男たちはシンプルライフであまり数は持っていないみたいです。

でも女性はもうちょっと持っていても良いような気がします。でも数えてみたらあれやこれやと結構多い・・・・。

これからはあまり買わずに1足1足を丁寧にケアしていきたい所ですが、やっぱり黒のどこにでも履いていける履き心地の良い靴だけは新たに買い求めたいと思っているところです。

 

 

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ボロ靴は貧乏の証

2016-01-23 17:47:55 | 物と私と片付けと掃除

ちょっと昨年のお話をしましょう。

病院代で家計圧迫は今も続いている事ですが、昨年も夫婦でちょっとした旅行に行けるぐらい病院の検査代で使ってしまいました。

そうなってくると、姉妹には

「お金がない、お金がない、お金がない。」と歌うように愚痴っていました。

でもそんな愚痴の後で、あっちへ行ったこっちに行ったとか言うような遊びの話などをして、あまり真実味がなかったみたいなのです。

 

ところがある日の雨の日に姉妹で会った時、妹が唐突に言いました。

「なるほど。お姉ちゃんが貧乏だって言っていても実感がわかなかったけれど、今日、それが本当に分かったわ。」

「何を唐突に。前から貧乏だって言ってるじゃん。」と私が言うと

「だって、ほら。」と彼女が指さした先には、私の歩いた足跡がはっきりくっきりとついていたのです。

 

雨の水がしっかりと靴にしみこんで、歩くたびに水のハンコを押していたのですね。

なんだか足がぐっしょりしてきたなとは思っていたのですが、あえて気にしないようにしていたのにアウトでした。

 

どんなにオシャレをしていても、靴がダメだと全部だめになってしまうと言いますが、水がしみてしまう靴なんか論外ですよね。

それで妹が、私の貧乏を実感したと言ったのです。

 

靴がぴったりな物と巡り合うってなかなか難しいと思いませんか。

若い頃のおしゃれな靴などは、買うと必ず靴づれを起こし、足が靴にあうまで我慢するなんて事もしばしばでした。だから奇跡のぴったりな靴にあうと、私は本当に長々と履くのです。

妹にダメ出しをされたその靴は、なんと2007年にイギリスに行った時にその旅行の為に買い求めたものだったのです。ええと、なんと9年も前!!

いやいや、これは昨年のお話なので8年前と言う事になります。

と言っても、この靴をずっと履いていたと言うわけではなくて、あまりに履きすぎてかかとがすり減ったので、ちょっとお蔵入りしていたのです。

友達が好きな靴は修理してもらうと言っていたので、それも考えてのお蔵入りです。

でも確認してないのでわからないのですが、姉がやはりお気に入りの私の靴と似たような靴を修理に持っていったら、このような裏に一枚貼ってあるものは修理不可能だと言われたそうです。

 

じゃあ、もうこの靴はお仕舞かなと思ったのですが、おととし夫のリフレッシュ休暇の時に、一緒に萩の方に旅行に行った時に、この靴を履いていきました。確かにかかとはすり減っているものの、何時間歩いても足の裏が痛くなりません。そう言う所が大好きで旅行に最適です。靴が最高だと旅行も最高。

それに味をしめてカナダにもそのかかとがすり減った靴を履いていきました。友達が組んだスケジュールは恐ろしいほどの距離を歩く旅でした。足が棒になりパンパンになりました。でも足の裏はセーフで快適。まだまだ歩けると言う余裕さえ感じました。

きっとその頃から、その靴はダメになっていたのだと思うのです。だけれど、山口の旅行の時も雨の多いと言われるバンクーバーでもなぜかお天気には恵まれて、雨に足が濡れると言う事がなかったので気が付かなかったのですね。

 

母は私が靴も買えないくらい困窮してるのかと気の毒に思い

「履いていない靴があるからあげるから。」と言いました。

― 履いていない靴・・・・!

その言葉に私は反応しました。母の靴はたぶん姉妹の中では私か一番下の妹ぐらいしか会わないと思います。妹はまだまだ若いので、母の靴なんか論外だと思うのです。

― 履いていないなんてもったいないな。貰ってあげてもイイナ。

と、私は思って言いました。

「うん。じゃあ、それ頂戴。」

「だからそんな靴、もう捨てちゃいなね。」と母。

「何を言うの、お母さん !!

ちゃんと晴れた日に履くのよ、これからは。」

 

 

でもやっぱり靴は大切です。

どんなに着飾ったとしても、おしゃれな服装がピシって決まっても靴がダメなら全部だめになってしまいますものね。足元を見られないようにと言うよりも足元を見られても全く問題なしと言うようにすることは大切な事だと思います。

この靴のオハナシは少々続きます。もちろん私の事ですから高価な靴を購入したと言うお話ではありません。

 

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