石破茂さんの当初の記事、2013年11月29日の「沖縄など」には250を越えるコメント、12月2日付け「お詫びと訂正」の記事には330程のコメントが付いていました。
私の12月3日記事、「真実に生きるということができる社会に特定秘密保護法は必要か」 でリンクした青木直人さんの 「ネット世論の大いなる錯覚」 に書かれているような状況は、石破ブログのコメントでも複数読めました。
そんなコメントを拾い読みしながら、自由民主党が再び下野した時に自民党員、支持者の皆さんはこの特定秘密保護法をどのように再考されるか、それを思いました。しかし、自民党安倍支持派が政権の座に留まり続ける国体を大急ぎで作り上げる為にこそ、この新法が必要なのだという認識でおられるのだろうと思います。何故急ぐのか、裏に何があるのか、それが私には未だ見えていない・・・もしかすると福一崩壊に関係するのかもしれない・・・【2013.12.4 0時過ぎ追記】
石破茂(いしばしげる)ブログ が話題になっているようですが、2013年12月2日に「お詫びと訂正」記事が出ていました。画像は話題の記事の一部引用、訂正は下記のように書かれていました・・・
一般の人々に畏怖の念を与え、市民の平穏を妨げるような大音量で自己の主張を述べるような手法は、本来あるべき民主主義とは相容れないものであるように思います。
「一般市民に畏怖の念を与えるような手法」に民主主義とは相容れないテロとの共通性を感じて、「テロと本質的に変わらない」と記しましたが、この部分を撤回し、「本来あるべき民主主義の手法とは異なるように思います」と改めます。
「一般の人々、一般市民」 と 「本来あるべき民主主義の手法」 という二つの日本語について、その意味するところを石破茂さんが既にどこかに書いておられるなら、読んでおきたいと思っています。
私としては、「一般市民に畏怖の念を与えるような手法」 で思い出すのは都内でしばしば出会った右翼団体街宣車の集団走行ですが、石破さんはご存じないかも知れません。
このような言葉を突き詰めて考えていくと、先日の衆議院特別委員会での特定秘密保護法議決プロセスも、かなり危ういことになるのではないか。あれは 「本来あるべき民主主義の手法」 ですと言えるのでしょうか。
私は過去にいくつかの記事や談話を読んだ限りですが、石破さんは言葉の使い方に慎重で、かつ丁寧に説明する方だと感じています。
記事にコメントが200、ツイートが3200、他にもブログ記事も多数あると思いますが、私には確認している時間はありません、石破さんの2本の記事を一読しただけの感想です。
まあとにかく選挙用の名刺・ポスター記事を残しているだけの議員よりは、ネットで時事問題を語っておられるだけましだと思っています。
地元山梨の議会についてこのテーマで書くのは全く無意味なのでスルー。