長野県もそうだが山梨県も海無し県なのに何故か?海に関係する場所があります例えば「小海町」
そして今回お邪魔したのも「海岸寺」
今は使われていない参道には途中から入ります。 仁王門を過ぎると鐘楼門見え正直思っていた
より凄い立派なお寺さんだなと・・
鐘楼門の手前には左右に並ぶ石仏群 今回お邪魔したのはこの石仏群見たさでもあります。何故に?それは
海岸寺の境内には西国三十三ヶ所、坂東三十三ヶ所、秩父三十四ヶ所の各札所の観音像や延命地蔵尊
などを移した百番観世音石仏が安置されています。これらの石仏の製作者は長野県高遠の出身で江戸時代
後期の名工であった、守矢 貞次の作品が見たさです
百番観世音は貞治の生涯の全作品のうちの約3分の1にあたり彼が50歳をすぎた頃に8年を
費やして彫ったと伝えられています。そして、先にと思い「御朱印」を頂きに伺うと
「当寺は御朱印代は頂かないのでお参りが終わりましたらこちらに置いておきますのでお持ち帰り下さい」
と、そうなんだ…と思い海岸寺さんのもう一ヵ所の見所『観音堂』へと向かう
おっ!あの正面が「観音堂」だな・・・と向かうと おや? 瞑想参禅舞台?
ならば、舞台に行って見ますか・椅子が用意されているので腰掛、遠くを望み瞑想とまでは行かないがしばしの思考
紫陽花の花が丁度良かった同寺だが「山百合」がそこかしこに蕾を付けており咲いたら見事だろうな
7月12日に伺っているのでこのブログがアップされる頃には見頃を迎え始めるかも知れません
観音堂彫刻の数々
正面軒下を飾る粟(あわ)とウズラの彫刻は信州諏訪出身の名工立川和四郎の作です。
1845年着工、約20年の歳月を費やして竣工されたそうです。その特色は細部が優れた彫刻に
よって満たされています。 石仏と言い彫刻と言い信州と深い関係がありそうです
粟とうずらの彫刻
日本の木彫史をかざる江戸時代の代表的な彫物の一つとしても貴重なものであります。
百番観世音石仏と共に町の重要文化財に指定されています
最後は「なまこ壁と紫陽花」と御朱印を頂いて帰路に着きます
彫刻・石仏とも素晴らしい物を拝見させて頂きました
又少し気になるお寺さんが見つかったので近いうちにそちらも訪問したいと考えております
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます