2月11日は建国記念の日。
初代天皇である神武天皇の即位の日ということで戦前は紀元節という名前で呼ばれていました。
明治5年の12月3日に旧暦から新暦(太陽暦)に切り変わった時には、新暦の1月29日だったので、明治6年の1月29日には各地で神武天皇即位日のお祝いが行われたそうです。
しかし、その年の10月、当時の政府(太政官といいました)は2月11日を以て紀元節とするという布告を行いました。
これは、1月29日(旧暦1月1日)イコール旧正月というイメージを打ち消して、神武天皇即位日ということを浸透させる意図があったと言われています。
ではなぜ2月11日なのか?
史料によれば「文部省天文局が算出し、暦学者の某が審査して決定した。その具体的な計算方法は明らかにされていない」というのですが、正直えーっ!という気持ちもないではありませんね。
日本書紀に言う即位日の「辛酉年春正月庚辰」を新暦に当てはめると2月11日になるという考えは、どうも後付の気が強いと言わざるを得ないですね。
まあ、今となってはどうでもいい(なんていうと叱られるかな?)ことですが。
本来なら祝日である今日、次男は出勤、私は午前中から経営士会の会合で夕方近くまで外出し、返ってきたらクライアントの方からの電話でホームページの修正作業と、お休みの感覚は全くない一日でした。
初代天皇である神武天皇の即位の日ということで戦前は紀元節という名前で呼ばれていました。
明治5年の12月3日に旧暦から新暦(太陽暦)に切り変わった時には、新暦の1月29日だったので、明治6年の1月29日には各地で神武天皇即位日のお祝いが行われたそうです。
しかし、その年の10月、当時の政府(太政官といいました)は2月11日を以て紀元節とするという布告を行いました。
これは、1月29日(旧暦1月1日)イコール旧正月というイメージを打ち消して、神武天皇即位日ということを浸透させる意図があったと言われています。
ではなぜ2月11日なのか?
史料によれば「文部省天文局が算出し、暦学者の某が審査して決定した。その具体的な計算方法は明らかにされていない」というのですが、正直えーっ!という気持ちもないではありませんね。
日本書紀に言う即位日の「辛酉年春正月庚辰」を新暦に当てはめると2月11日になるという考えは、どうも後付の気が強いと言わざるを得ないですね。
まあ、今となってはどうでもいい(なんていうと叱られるかな?)ことですが。
本来なら祝日である今日、次男は出勤、私は午前中から経営士会の会合で夕方近くまで外出し、返ってきたらクライアントの方からの電話でホームページの修正作業と、お休みの感覚は全くない一日でした。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます