Baradomo日誌

ジェンベの話、コラの話、サッカーの話やらよしなしごとを。

次女のこと

2010-01-21 | 子どもの視線・親の気持ち
次女のこと

今、次女は小学校4年生。
彼女は時折不思議な言い回しやキメ台詞を思いついては、しばらくの間その言葉を使う。
「だめね~」がなぜか「たけれ~」になり、何を聞いても「たけれ~たけれ~」と連発したり、ゆうこりんのごとく○○星人と自称してその星の文化を語ってみたり。
ここ最近は、まるでタラちゃんのごとく、必ず語尾に「・・・デスカ?」とつけるのがブームらしい。

しかし。

普段何を考えてるんだろう?
どんな夢を持ってるんだろう?
そういう内面はわからない。恐らく、私には「見せない」。
そもそも、長女の場合と比して、圧倒的に次女とは話した時間が少ないのだ。
一つ屋根の下に暮らしてはいるけれど、私にとって次女は謎だらけの子猫みたいな存在だったりするのだ。

いつの頃からだっただろうか。
長女の送り迎え役は私、次女の送り迎え役はカミサン、という組み合わせが多くなっていた。
保育園の頃からか?長女がダンススクールに通い始めてからか?
先に生まれた長女の方が話す内容も大人びてきているし、まるで速射砲のごとく喋りまくるから、たとえ話したいという気持ちがあっても、次女は聞き役、あるいは蚊帳の外になってしまうことが多い。

いやむしろ、私自身が次女に対して、いつまでもかわいらしい「子ども」でいることを望んでしまっているのかもしれず、私自身の態度や言葉にそれが出てしまっているのかもしれず。

その結果、次女は私に寄り付かなくなってしまったのかもしれない。
ふと、そんなことを思ってから、次女への接し方を本気で変えてみた。
何かあっても怒らず、命令口調はしない。極力、自ら行動するよう、促すような言い回しを心がけている。

このところ、長女は学習塾やダンススクールで忙しく、平日の夜はほぼ毎晩でかけてしまうので、次女は母親を独占し、私とも過ごす時間が増えた。
と言っても、母親に対してするように、すり寄ってくることなど絶対にない。私の顔を見れば、まずパンチ翔りが飛んでくる。
以前に比べて身長も伸び、体力もついてきているので、腹筋に力を入れていないとけっこう痛いスキンシップだ。
会話も少しずつ。カミサンに話しながら、私にも聞こえる位置で話しているから、私もからみやすくなってきた。
学校で何したとか、学童保育所でどうだったとか。
やっぱり君もいろいろ話したかったんだな。

ある日、疲れていたのかホットカーペットの上で眠ってしまった次女。
「ここで寝るなら歯磨きしてベッドに行きな」と背中をなでると、「ん~わかった」と言って起き上がり、身体を反転させると、今度は私の足にしがみついて寝てしまった。
何年ぶりだろうかね、こんな風にこいつが寝てるのは、と思うとちょっとうれしくて、気付けば自分もそのまま寝てしまっていた。

そして今朝のこと。
毎朝家族で一番先に出かける次女は、玄関を出るとこちらを振り返ったりしない。
「いってらっしゃい、気をつけてね」と言っても、「ん、いってきます」と返す程度でランドセルのベルトを握り締めて行ってしまうのが常だった。
ところが今朝は、「いってらっしゃい」に対して、こちらを振り返り、笑顔で手を振っているではないか!
おぉ、なんかうれしいぞ。
でも、そう聞くと「今朝は暖かかったから機嫌が良かっただけだよ」って言うんだろうな、あいつは。

猫だからな。

ちょっと違ったら、かなりいい!

2009-09-30 | 子どもの視線・親の気持ち

うちの長女は中学二年。
根っから小さい子達が大好きな彼女は、某市社会福祉協議会主催のサマーボランティアに昨年度から参加、今年は保育園に加えて、近所の子育て支援センターみたいなところにも行ってボランティア活動をしてきました。
そこは、0~未就学児が母親と遊びに来たり、一時保育も行っている場所。
基本的に小さい子が好きなやつなので、そりゃもう天国らしいんですな。
赤ちゃんをあやしたり、一緒に遊んだりするのがたまらなくうれしいらしい。
そして、いろんなお母さんたちから実に様々な話を聞けることが楽しいんだそうです。
もっとも、お母さん方の話は7割がた旦那の愚痴らしいんですが。
それでも、たった2、3日ボランティアに行っただけで、「あなたが来る日にまた来るわ」とか、「夏だけのボランティアなの?残念ね~」とかって言葉をもらえて、本人は欲が出てきました。
できることなら継続して行きたい、って。
学校の運動部に入っていないので、比較的時間が自由だからこそ出てくる発想です。

ならば!と、ちょっとけしかけてみたところ・・・。

自ら先方の代表者に相談して、毎週日曜の午前中、ボランティアに行けることになり、先方の職員の皆さんにもかわいがってもらい、楽しく楽しく通っていたある日のこと。

一時保育のお子さん(1歳くらい)につきっきりになったときのことです。
その子をなんと呼べばいいかわからず、非常に悩んでしまったと言うんですね。
その日、初めてそこに預けられたその女の子について、職員の方々も予備知識ゼロ。
その子が自宅で両親からなんと呼ばれているのか、だれも知らない、本名で呼べばいいのかもしれないが、その子には呼ばれたい呼び名があるんじゃないか?
おやつの世話をするにしても、その家庭でのやり方があるんだろうし、それと違っていたらその子も迷うだろうし。
そんなときに、こうすればいい!っていう「王道」みたいなもんってないんだろうか?
自分は職員の人と違って経験もないし、ボランティアだから楽しいだけと思っていたけど、全然準備してなかった。
そういう勉強もしてないし、どうすりゃいいのかわかんない。
子どもを預かるって、実は大変だったんだ~!と、突如噴出した悩み。

いいねぇ。
いいところに気がついたねぇ。
学校では学べませんよ、こんなこと。
わが娘ながら、大したもんだ!と褒めてしまいました。
もちろん、回答なんてありません。君を育てるのに正解がなかったのと同じで。一緒に考えるくらいしかできませんし、それしかしませんけど。

一方で。
どうやらその施設の利用者の多くが0歳児のため、毎月1歳の誕生日を迎える子がかなりいるらしいんです。
そこで。
うちの娘は中学校の美術部の同級生2人を誘い、色画用紙にイラストを描いて、簡単な写真入れに仕立て、それをプレゼントしたい、と言い出したので、またちょこっとくすぐってみました。
すると。
これまた先方の代表者に掛け合ったところ、難なく実施許可がおり、ついでに中学校で比較的なついている?国語の先生に頼んで、大量の色画用紙をゲットしてきて量産体制に入りました。

そして先日。
学校に長女宛のはがきが一枚届きました。
それはなんと、誕生日祝いの手作り写真入れをもらったお母さんからのお礼状。
担任の先生は、そのはがきを素っ気無く長女に渡したそうですが、そんなことおかまいなしにそれを見た長女は顔面土砂崩れ。
はがきの差出人は長女と直接会ったことはない人だったようです。しかし、その方が受け取った写真入れは、どうやら長女が最初に描いた絵らしく、親子ともその絵柄を気に入ってとても喜んでいること、次回は長女がボランティアをしている日にその施設に遊びに行きたい旨書かれていたので、もう大変。一緒にイラストを描いている友人たちのところに飛んで行って、3人で大騒ぎ。
そして一日中にやにやしっぱなしで帰宅し、夕飯食べてる間も顔がほころびっぱなし。


こういうのって、労働の対価として正しいよなぁ。
見ていて羨ましくなりました。

雪の降る日に

2009-02-27 | 子どもの視線・親の気持ち
千葉県内では昨日今日と公立高校の入試だそうで、今朝ほどは中学生が大挙して駅に押しかけ、押し合いへし合いしながら乗り慣れぬ電車に乗り込んでいった。
見知った顔もちらほら。
こいつら、こんな顔するようになってたんだ?と軽いショックを受けるほど、大人びた表情で友達と話しこんでる。
みんな、頑張ってきたんだもんね。だからそういう顔になれたんだよ。


昨夜、学習塾からの帰りの車中、中学1年の長女は「入試のね、昨日の国語の問題がすごく難しかったんだって。塾の先生が言ってたよ」とおもむろに話し始め、「うちが入試の時にはどんな問題が出るんだろ?」と不安がっていた。
ろくに勉強もせずに臨んだ1学期の期末試験で散々な結果に終わり、ショックで呆然としながら、「授業でやってない、聞いてない、知らない」と他力本願な言い訳を繰り返していた長女だったが、その後、ショック療法として学習塾の夏期講習に押し込んだことがいいきっかけになったらしく、家でも自発的に勉強するようになった。
おかげで先日行われた学年末試験では、夏休み前にたてた目標点数をかる~く超えてきた。
「夏休みにくまが言ってたとおりだね。1年の間に目標点超えちゃった!調子こいてもいい?」
ま、え~ですけどね。正しく前向きに調子こいてください。
「でもさぁ、志望校の合格可能性はまだ半分も行かないんだよ?これじゃ満足できないっしょ?」
夏休み前は高校受験なんて遠い未来、と思っていたようだけど、いまやかなりリアルな「明日」と感じている風情。



一方。
一昨日、次女を連れて学童保育所から帰宅する途中のこと。

「なんでくまはひな(長女)のテストの点数が悪いと怒るの?なんでじゅじゅ(次女のこと)には言わないの?」

え?俺は点数が悪いって怒ったりしてないよ。間違い方にも良い間違い方と悪い間違い方があるんだよ、って言ってるんだ。

「じゅじゅもテストで悪い点取ってるのに、くま何にも言わないんだもん。」

でもさ、その前に、君は最近テストを俺に見せてないよね?それじゃ怒りようがないでしょ?家に着いたら見せてごらん?

「・・・・うん。」

どうやら、次女は、テストの点数悪いから見せたくない、でもちょっとお姉ちゃんばかりかまってもらってるみたいで妬けるなぁ・けるなぁ・・・と逡巡していた模様。

ごめんな、不器用な父親で。
でも、いいきっかけかもな、これって。

ブーケをトス

2008-12-25 | 子どもの視線・親の気持ち
先日の日曜日は家族総出でお台場のホテルまで遠征し、結婚式に出席。
この日の新婦がカミサンの大学時代の同級生。
彼女は、結婚前のカミサンと一緒に私のバンドのライブを見に来てくれたり、我々が結婚し、娘が生まれた時にはうちに遊びに来てくれたり、こちらも彼女が参加しているモダンダンスの発表会を見に行ったり、彼女がうちの長女の発表会に来てくれたり、さらには私抜きでカミサン+彼女+娘2人でスケートに行ったり、なんだかんだと付き合いがある。昨年度の長女の発表会の時には、新郎同伴で来てくれたっけ。
そんなわけで、すでに彼女にはなついている娘たちも当然のごとく大喜びで某ホテルのチャペルへと乗り込んだ次第。

現場に着いてみると、3フロア程度をぶち抜きにした空間の左右にテーブル席が5つずつ配置され、その奥に円筒形の構造物ど~んとそびえ立っている。
円筒形の壁面中央には踊場があり、こちらのフロアと階段でつながり、さらに左右に階段が伸びて、円筒形の上に出られるようになっているから、きっとそこがチャペルなんだろう。どうやらその向こう側は壁全体が窓になっているようだから、相当明るそうだ。

所定の時間になり、誘導に従って登っていくと、手前に座席があり、一面がど~んと窓!の手前に祭壇が。豪勢な空間だねぇ。後光が差す、っていう仕掛けか。見事なまでに晴れた日でよかったなぁ。

さて。

キリスト教式の結婚式も無事終了し、全員下のフロアに降り、フラワーシャワーをひとしきりやると、残るはブーケトス。
この時、何故か長女が張り切り始めた。
「うちがもらってもいいのかなぁ?未婚の女性って言ってるし、いいよね?」
ま、い~んじゃないの?めずらしいね、お前が積極的になるなんて。じゃ、次女も一緒に行けよ、と、階段を少し上がったところで背を向けた新婦の真正面へと二人を送り込む。
無論、他にもうら若き?女性たちがわらわらわらっと群がってくる。
こちらから見ると、正面に女性軍団、左手に階段、で新婦。長いドレスが階段にまっすぐ伸びている。
少し遅れて、「あたしもいいのかな?まだ大丈夫だよね?」とかなんとか言いあいながら、恐らくは新婦の会社関係者と思しき、比較的カジュアルな装いの女性が2人、長女の背後に立ち、さらに遅れてその左隣に、やはり新婦の関係者らしい、スレンダーな女性が遠慮がちに立った。こちらは非常にフォーマルな袖なしのドレスにショールを羽織った姿だったので、そのコントラストがおもしろく、ついそちらに目が行ってしまう。

と、突然女性たちの歓声が上がった。
ブーケが投げられたのだ。
大きく放物線を描いたブーケは思いのほかゆっくりと落ちてくる。
茎の部分に水分を入れてあるためか、花を上にしてまるで落下傘のようにゆっくりと。
ちょうど集団の中央に落ちる!と思った刹那、逆に集団の中央がせり上がった。まるで集団が触手を伸ばし、ブーケに食いつくかのように。

なんと、長女が両手を思い切り伸ばしながらジャンプしたのだ!

おいおい、何がお前をそこまで駆り立てるんだ?
こっこれは!キャッチするのか?捕っちゃうの?
まじかい?あんた凄いじゃん!


と思ったら、あいつの手に触れたのは花の部分。飛びすぎだよお前!
柔らかな花の部分がくしゃっと変形し、長女の両掌の間をすり抜けるとき、ひらひらとしたリボンが巻かれた茎の部分が長女の眼鏡を直撃!

「ふげっ!」

顔面でブーケを受けた衝撃であごを上げたまま、なんとも情けない表情を浮かべながら落下する長女を尻目に、問題のブーケはさらに後方に待ち構えていた、件の3人の女性の目前に迫る!
あらま~、見事なバックヘッド。
ナイスアシストだねぇ・・・じゃなくて、ブロックして叩き落せよな!


「きゃ~あたしの~!」

こちらから見ていると、スレンダーなフォーマルファッションの女性が一番身長もあり、空中でブーケを補足するかに見えたが、肩に掛けたショールがずり落ちそうになるのを右手で押さえながらの戦いだったので、必死に伸ばした左手は空を切り、ブーケは無事に床まで到達。
あなたは左利き?じゃ、な~んで集団の左側にいたかね?
細長い身体を折り曲げ、必死に床のブーケに手を伸ばした彼女だったが、時既に遅し。
すでに、残る2人のカジュアルファッションが争奪戦を繰り広げていた。
ほぼ四つんばいになっての攻防の後、はたと我に返ったのか譲り合いがあり、結局ブーケを手中に収めたのは、先ほどから「まだ大丈夫だよね?」と意味深な台詞をずっと繰り返していた女性。
「あたし?あたしがもらっていいの?(いいのよっ!)本当にいいの?(い・い・のっ!)あたしのっ!あたしのよっ!!きゃ~!!」
わかってますって。
も~、熱くなんなよ、そんなに。


しかし。うちの長女は納まらない。

「惜しかったよね~、取れたと思ったんだけど。」

いんや、ナイスヘッドだったねぇ。い~ぃアシストでした。

「あそこまで競ったんだし、あの人にアシストしてあげたんだから、うちにもなんか福があってもいいよね?」


・・・・・・・・・んなもん、ねえよ。
それよりも、これからのお前の人生を象徴しているような気がしてならないんだがね。
心配だね、父親としては。

「なによそれ!・・・でもさ、あの後ろにいたドレスの人、暴れすぎだよね?」
これには「そうそう!必死だったんだよ」と珍しくカミサンまで同意する。

なんで?

「だってさぁ、右肩のブラの紐がドレスの肩から落ちちゃったまんまだよ。相当手を伸ばしたんだろうなぁ。」


・・・キミ達、妙なことに気づくねぇ。ところでさぁ。
その、眼鏡についてる葉っぱの破片は何なのさ?


新説・日本史入門

2008-11-17 | 子どもの視線・親の気持ち
昨夜、NHKの「篤姫」を見ていた時の会話。
長女がこう切り出した。
「『ムケツ』開城って、どういうこと?まだ授業でもやってないし、言葉は聴くけどよくわかんないんだよね。」

戦闘もなく、誰も怪我することなく、江戸城を明け渡した、ってことよ。

「うん。でも、大政奉還して、徳川から朝廷に権力返したのになんで家まで渡すのよ?」

江戸城ってのは当時日本一でかい城だったわけで、城ってのはそもそも砦でもあり、街でもあるわけだ。そんなもんに徳川勢が立てこもったらえらい戦争になるだろ?町民も困るだろ?

「そりゃ、そうだよね。」

なんせ大奥には千人から女性はいるわ、江戸の将軍家の直参旗本っつってさ、一応徳川に忠誠を誓う武士集団がど~んといるわ、軍艦は持ってるわ、江戸に限らず御三家ってのもあるわけだ。だから、薩長と朝廷は『あいつら、いつなんどき朝廷にはむかい始めるか分からん』と考えたわけだな。

「だから闘わなかったの?徳川のほうが人数多かったから?でも、戦争になったら街が壊れちゃうのか。」

い~い所に気がついたねぇ!そもそも、薩長は徳川憎しって盛り上がってるけど、実は徳川追い出して新しい日本を作りたいんだ。でも、その時、政治経済の中心はどこにすんのよ?って言ったらやっぱり江戸なんだよ。

「だから戦争しないようにしたってこと?」

そうそう。そのまんま薩長の、いや、薩長土肥新政府を江戸に作るためには、ライフラインから何からそのまんまいただいちまう方がいいだろ?ってぇことを、西郷どんと勝海舟とで密談してて、そうだ、それがよかんべぇ、って話になったのさ。

「よかんべぇって、なんで茨城弁になるの!」

慶喜は水戸だろ~?

「関係ないよ!だから『ムケツ』って何よ?」

そうそう!そこで、だ。

「ちゃんと答えてよね。」

いいから聞けよ。俺がうそついたことあるか?
徳川はとにかく威厳を保ちつつ生き延びたい、薩長は江戸の町をそのまんまいただきたい、そこで、戦闘行為を避けるために、まず江戸城内の人たちがきちんと正門からみ~んな出て行くわけよ。それこそ大奥の皆さんもしずしずとな。それを江戸の町民はみ~んな道端にひれ伏して見送るわけ。

「で?」

もしかすると薩長の皆さんは立ったまんまどっかでその様子を見てるわけ。で、江戸城からみ~んな出て行ってもぬけの殻になったところで、薩長土肥ご一行様がぞろぞろ入ってきて、西郷どんが『新政府樹立でごわす!』とか言うわけよ。だから『ムケツ』。

「え~?『ムケツ』の意味は?」

ま~だわかんないの?自分から、正面から出て行くんだよ?薩長に背中を見せない。
これが敵に追われて城を出るなら、みんな敵に背を向けて逃げるだろ?

「だから?」

おかげで千人からの女性がぞろぞろ出てきたのに、町民の皆さんも薩長の皆さんも、尻ひとつ見ることもできなかったと。つまり『無ケツ開城』。
おわかり?


複雑な表情を浮かべた長女がカミサンに助けを求める。
「・・・お母さ~ん、どの辺まで本当のこと?」

「来週の放送見て確かめれば?」

「『ムケツ』の『ケツ』って『血』じゃなかったの~?結局わかんないよ~!』



・・・なんだよ、せっかく教えてやったのに。

独り言。

2008-07-23 | 子どもの視線・親の気持ち

思うに。

自分の子どもに向かって、「あれをやれ」「これをやれ」「勉強しろ」「運動しろ」と言うのは簡単なことだ。

言い続けることで子どもが変るなら、言い続けることで根性のある子どもに育つなら、言い続けることで親の期待通りに子どもの成績が伸びるなら、これほど楽なことはない。

しかし、毎日毎晩くどくど話をしたとしても、何故、そんなことを毎度毎度言うか、その「親の思い」も一緒に子どもの心に届けることができなければ、親子にとって望ましい未来が訪れるはずもなく、単なる徒労を繰り返すのみとなる。

これは自明だ。
少なくとも、過去の自分がその証拠。

にもかかわらず、自分の子どもにあれやこれやと言ってしまう。
俺はそんな親だ。

何故事あるたびに子どもを叱るか?

子どもが何事かを行った結果、失敗に終わったから?
否。そんな単純なことではない。
子どもが行った結果が失敗ならば、次回は成功するよう、何故失敗したのか、その過程を検証させる必要があるのだ。
学んで欲しいのはここだ。
検証すること。
なんのために?
同じ過ちを繰り返さないために?
否。
子ども自身が、自ら自分の人生を歩くためだ。
自分のやりたい事を自ら選択して、自らそれに向かって努力する、その方法は、日々の生活の中にあるから。

勉強すること、体を鍛えること、努力すること。
それらはすべて手段に過ぎない。
目的、いや、目標はその先にある。
目標に到達するための手段が日々の努力だ。

このことを子どもが自ら知るためには、子どもが自らこの単純な事実に気付くためには、自ら挑戦しなくてはいけない。
そういう心を持てるよう、仕向けるのが親の務めだ。

しかし、くどくどと毎日いろんな話をしても、子どもの中に「自発的に挑戦する心」の兆しが一向に見えてこない、ってことは、俺の対応が間違ってるんだろうなぁ。

せめて、こうやって思い悩んでいることだけでも、あいつらの心に届いてくれていれば、せめてもの救いになるんだが。

目先の「楽」に道草を食いたがる「怠惰な自分」と、その後ろに見え隠れしている「好奇心の塊みたいな自分」。

君達の正体はどっちだ?
いい加減、見せてくれないか?

学童保育所での生活

2008-03-25 | 子どもの視線・親の気持ち
ウチの長女が小学校に入る直前、学童保育所の説明会に行った時に出会った女の子。
「うちの子2年生だからさぁ、一緒に遊んでもらいな!」
その子の母親に促され、一緒に遊び始めた長女だったが、ほどなくカミサンのところに泣きながら駆け戻ってきた。
「あのお姉ちゃんがね、一緒に遊んでくれないの!」
「勝手に遊んでな、って言っただけなんだけど。悪い?」

思えば最初からちょっととげのある子だった。
そこが面白かったんだけど。

それから2年くらいしたある日のこと。
長女がその子に声をかけた。
「○○ちゃん、何してるの?」

「・・・人間生活。」

絶句した長女は他の1学年上の女子に声をかけた。
「何してたの?」

「・・・息してたの。悪い?」


こういう反応の仕方って、子ども社会では一気に広まるもので。

ある日、私が学童へ娘を迎えに行ったら、学童の先生が必死に手を振って私を呼ぶ。
「さかいりさん、この問題分かります?」
見ればこれまた件の子の同級生女子。
「なんだ、宿題かぁ?どれ、何やってんの?」

「呼吸。」

ちょうどそこにその女の子の母親がやってきて、そのやり取りを聞いて怒りだした。
「あんた、失礼でしょ!せっかく教えてくれてるのに!!何考えてんの!!!」

「・・・人生かな。」


ある時、学童保育所に新しい先生が来た。
新しい先生は若い女性で、これまでのやり方を無視して、子ども達に自分の言うことを聞かせようと躍起になっていたが、全く相手にされない。
激怒した先生は、これまた件の子の同級生女子に向かってこう叫んだ。
「なによ、人の言うこと全然聞こうともしないで!あんたたちなにさまのつもりなの!?」

「お子様だよ!」



こんな環境に6年間。
うちの長女もタフになるわけだよな。


卒業式の夜

2008-03-24 | 子どもの視線・親の気持ち

先週の火曜、長女の卒業式の夜のこと。
私が夕食の準備をしていたら、呼び鈴が鳴った。
「はいはい~?」
「あ、○○ですけど~!☐☐ちゃんいます?」
お隣の長女(高二)だ。
「卒業おめでと~!」
なんとお隣から花束のプレゼント。
お隣は高二を筆頭に、高一、中二の三姉妹。
ウチの娘たちはよちよち歩きの頃から面倒を見てもらってきたのだ。
長女は大喜び。
そりゃそうだ。半歩先の未来を歩いている、憧れの「お姉さん」からの祝福だもの。

それからしばらくしてまた呼び鈴。
「△△ですぅ~、☐☐ちゃんいますか?」
今度は反対隣に住む長女の同級生。
「おぉ!卒業おめでとう!」
玄関先で私が声をかけると、はにかんだように照れ笑いの彼女。
4月からは他の中学へ行くので、顔をあわせる機会も減ってしまうだろうな。
と、そこにウチの長女が登場。
「☐☐、はい、誕生日のプレゼント!」
「なに、わざわざ持ってきてくれたの?ありがと~!」

そしてまたしばらくして、またまた呼び鈴。
「ごぶさたしてます◇◇ですぅ~、☐☐ちゃんいますか?」
?どこの◇◇だ?と訝しく思いながら玄関を開けると、今度六年生になる女の子とその母親の顔があった。
この女の子は、ウチの長女が二年生になったときに学童保育所に入ってきた子で、どこがよかったのかわからないが、ウチの長女にすっかりなつき、学童でじゃれあうのみならず、うちに泊まりにきたりもしていた子。
親御さん曰く、その子にとって、ウチの長女は「目標」というか「憧れ」というか、そんな存在なんだそうだ。このため、「☐☐がやってたから、自分も出来るんじゃン?」と児童会の役員にも立候補してしまったそうだ。


その日の夕食の時、長女にはこんな話をした。

なんかすごいよなぁ、3人もプレゼント持ってきてくれたよ。
1人でも自分のことをそんな風に好意的に思ってくれる人がいるなら、それは自分にとっての生きる証し。君には家族以外にそれが3人もいるんだ。
近所の「お姉さん」に面倒を見てもらいながら学校へ通い、「お姉さん」に憧れながら大きくなって、気が付いたら自分も憧れられる「お姉さん」になっていた。
君の小学校生活は、実に充実した6年間だったんだな。
親としてこんなにうれしいことはない。
俺は素直に「凄い!」って思うよ。

4月からは中学生。もう子どもではない。
自分のやりたいこと、進みたい道を見つけていく時期に入るから、周囲の期待なんてものはあえて無視していい。
ただ、自分を好意的に思ってくれている人達を失望させることだけはしちゃいけない。
これだけは忘れずにいて欲しい。

朝は元気に

2008-03-12 | 子どもの視線・親の気持ち
毎朝、出かけるとき、登校する近所の子ども達にあいさつしまくり、シカトされまくりながらチャリを走らせてくるのだが、ここ3ヶ月くらいの間にちょっとした異変があった。

それは、2~3年生の男の子たちがあいさつをしはじめたこと!
以前は、声をかけてもこちらをじと~っと睨み返すばかりだった男の子たちが、なんと率先してあいさつをしてくる!
とりわけびっくりしたのは、ちょっと発達障害があるらしい男の子が、近所の大人が通るたびに、自分から近づいて「おはようございます!」と元気にあいさつをしているではないか!
この子、子ども集団の中にあっても、自分から話をすることはなく、聞かれたことには反応するだけ、っていう感じらしいのだが。

君の声を初めて聴いたよ、おじさんは!
なんかうれしいねぇ、こういうのって。

多分、大きな理由としては、1月に学校であいさつ運動をやっていたことが功を奏したんだろうと思う。
毎朝子ども達から「おはようございま~す!」とあいさつされて、返さない大人はいないはず・・・だもんね(学校の近所では沈黙をもって答えた「大人」が結構居たらしいけど)。
それを親も応援した結果、こうなったんだろうな。

お恥ずかしいことに、ウチの娘たちは小さい頃から俺に似て人見知りが激しく、近所の皆さんに声をかけられると恥ずかしくって逃げる傾向にあった。
それでも長女は3年生の頃からは小声ながらあいさつできるようになっていたし、今年は児童会の役員なんぞやっていたため、あいさつ運動の期間中、誰よりも早く登校し、校門の前でたすきかけて「おはよ~ございま~す!」とやっていたもんだから、夕方にはガラガラ声になってしまい、次女に「ばあちゃん!」とイジラレル始末。
かたや次女も、学校では長女がそれしているから恥ずかしくて小声になるけど、近所ではしっかりあいさつできるようになった。

学校も大したもんだよ!

また、毎朝子ども達の出発に合わせてご近所の幼稚園つながりのお母ちゃんたちだけで構成された喧しい井戸端会議が繰り広げられていたのだが、近所のじじばばもまきこんだ井戸端会議に発展し、「おはようございます」の大合唱に変貌。
実はじじばばを巻き込む前の時点では、その中核となっていたあるお母ちゃん(と言うかその家族)が引っ越してしまって、こうなったらしい。
その女性の息子さんたちは、引っ越す直前にはあいさつするようになっていたんだけどね。
残念です。

ま、とにかく、ここ最近は、犬の散歩をしているオバちゃんも、ワンルームマンションに住んでる若者たちも、みんな揃ってはにかみながら「おはようございます・・・」とやっている。

やっぱ、子ども達は世界を変えるんです。


とはいえ、依然としてあいさつを返さず、じと~っと睨み返すだけの1年生男子や6年生女子ってのも何人かは存在するんですが。
そういった子達の親も大方知り合いなんだけど、親御さんたちはみんな「おはよ~ございま~す!」ってやってるんだよね。

まずは動機付け、そして目に見える結果、充実感なんだろうね、何事。

遠い夏の日

2008-01-23 | 子どもの視線・親の気持ち
夏のある日の放課後。
児童会室の前を歩いていた3年生の男の子が2人。
廊下に、無造作に丸められた、なにか布地のものが落ちていた。
なんだろう?と広げてみると、布の輪みたいなものに細い紐が2本。
「なにこれ?雑巾?」
「タンクトップみたいだけど?」
「なんか短くない?女の人の水着みたいだな・・・」
「・・・!」
「!!もしかして、だれかの○○?」
「!!!」
事の真相に気付いた彼は、まるで危ないものでもつまんだように腕を伸ばし、はじかれたように走り出した。するともう一人が、他の人に見えないよう、壁を作るようにしながら追いかける。
2人が目指したのは職員室だ。

その頃。
帰りがけの6年生の教室で女の子2人がなにやらひそひそ話。
「・・・あのさぁ、どこかで落としちゃったみたいなんだよね。」
「何を?」
「・・・○○なんだけど。」
「なんで?プールの後、着替えたじゃん!」
「そうなんだけどさ、嫌いなんだよね、あれ。暑いし、Tシャツ一枚の方がすっきりして楽だし。体育の授業で着替える時なんて、Tシャツといっしょにぽ~い!って脱げちゃうし。つけていてもつけていなくても、わかんないでしょ?だからつけなくてもいんじゃね?って、つけなかったんだけど、そしたらどっかで落としちゃったみたいで・・・」
「だぁったら最初っからつけてこなきゃいいでしょ~!」
「だって~、お母さんがうるさいんだよ、つけろつけろって。」
「やばいよ、男子が拾ったら、また大騒ぎだよ!!」
「だよね~、やばいよね~。」
「な~に呑気なこと言ってるの!児童会室で着替えたよね、今日?」
「うん。」
「じゃ、早く行かないとやばいよ!今日、これから児童会の集まりあるんだから。」
「え~!早く言ってよ!」
「知らないよ、今聞いたんじゃない!」
ランドセルを机の上に放り出し、これまたはじかれたように走り出す2人。

放課後の職員室は先生がたくさんいてざわざわ。
勢いよくドアを開けたまではよかったが、どの先生にどう言ったもんだか、もじもじしている3年男子2人組。その片割れが両手を後に回し、両手の掌で問題の○○を握りこもうとしているが、まだ手が小さく、ちょっとはみ出しちゃっているのはご愛嬌。
「女の先生の方がいいよな。」
「でも、落し物はA先生(男性)だろ?」
「馬鹿!こっちが怒られちゃうかもしれないだろ!」

と、そんな二人を見つけた6年担任のB先生(女性)が近寄ってきた。
「ど~したの?真っ赤な顔して?なにそれ、日焼け?」
「あの、ん~と、落ちてた。」
「何が?」
「児童会室の前。」
「だから、何が?」
「これ!」
「!」
「俺かんけ~ね~からな~!拾っただけだも~ん!」
「じゃっ、さよなら~!」
持っていた○○をB先生に押し付けると、二人は脱兎のごとく逃げ出した。
「・・・はぁ?なんでこんなものが廊下に落ちてるわけぇ?」

その頃。
児童会室から出てきた、件の6年女子2人組。
「どこにもないじゃん!ど~すんのよ!」
「ってか、ウチに怒ってもしょうがないでしょ?ってか、自分のなくしたんでしょ?」
「お母さんに怒られるだろうなぁ。」
「そりゃ、無くしたって言えば、ねぇ。とにかく、職員室行こうよ。落し物で届いてるかもしれないし。」
「え~?あんなもん落とす奴なんて聞いたことないよ!」
「だったら自分が第一号になれば?馬鹿!!」
落とし主以上にてんぱってしまった少女は大股で走り出す。

再び職員室。
「あの~A先生?」
「はい?」
振り向いたA先生の視界が紙袋で満たされた。
なんで紙袋?それも「××市教育委員会事務局」の印刷入りで?
「落し物だそうです。」
「あ、B先生でしたか。びっくりした。どなたか先生が落とされたんじゃないんですか?この袋だと。」
「いっいいえ!違うんです!実は、その・・・」
何故か口ごもるB先生を訝しく思いつつ、袋をガサゴソやってるA先生。
「中身はなんですかね~、ん?タオルか何かかな?」
「いや、実は3年生の男子が・・・あっ、ここで出すのはちょっと待ったぁ!!」
でも出しちゃったA先生。
「え?こっこれは!まさか先生の・・・」
「はい?しっ失礼な、それ子供用ですよ・・・」

その時、件の6年女子2人組は職員室の前にいた。
「待ってよ、どこ行くのよ~?」
「だから職員室!自分のことでしょ、しっかりしてよね、もう!」
「やだ~お母さんみたいなこと言わないでよ~。あ、落し物担当の先生って、Aだっけ?きも~い!やだ~!」
「B先生に聞いてもらえばいいでしょ?少しは考えなよ~!」
がらがらがら~。
「失礼しま~す、B先生いらっしゃいますかぁ・・・」
「は~い、どしたの?」
「実は、ちょっと落しも・・・あ”ぁ~?!」
「???あ”ぁ~!!ウチの○○~!!」
(2人ユニゾンで)「Aのへんたぁ~い!!」