恥をしのんで書く。
自分にプレッシャーを与えるために。
現在、私の目方は80kg。
上司からは「メタボリック症候群予備軍じゃないの?」と真顔で指摘されたりもする。
毎晩、カミサンと二人の娘は、「これ取れないねぇ、むに~!」と言いながら私の柔らかい筋肉をむんずと掴むことを日課としている。
情け無いったらありゃしない。
思い起こせば高校3年の7月、インターハイ県予選の1回戦であっさり某高校に敗れ去り、高校の剣道部を引退したあの頃、若干17歳の私は身長170センチ/体重60㎏。
胸囲は115センチもあり、見事な逆三角形の肉体だったのになぁ~。
それから1ヵ月後のプールの授業の時。
「見本やれ」との剣道部監督にして体育教師(人呼んで”ひろけん”)の声に促され、渋々スタート台に立つと、「よーい」と言ったきり彼は何も言わない。
「せんせ~、まだっすかぁ?」
「…おまえ、腹出たなぁ。それが言いたかったんだよ、でぶ。」(クラス全員爆笑)
受験勉強一色の生活に切り換えたものの、食欲はとどまることを知らず、行くあてのないカロリーは全て私の肉となり肉となり肉となっていたのだ。
自業自得。
でも、だからってさらしものにするこたぁないでしょ?先生。
そして迎えた翌年一月、共通一次(!)初日の試験会場。
指定された席につくと、何故か目の前の席に下館一高剣道部のさかいり君がいる(私は下妻一高剣道部)。
挨拶もそこそこに「お前何キロ肥った?」と聞く彼。
「12キロだよ、やばいよ」
「こいつ12キロも肥りやがった、で~ぶ!!(俺8キロなのに)」
あんの野郎突然でかい声で叫びやがって。
周囲は見ず知らずの他校生ばかりだったけれど、あれほど恥ずかしかったことは無い。
あれから20年。
高校のOB会に行けば先生からは「でぶ、でぶ」と声をかけていただき続けて20年。
気付けば目方も+20キロ。
実は一時期84キロという自己最高記録を達成したのだが、その後食事制限やら毎日のちょっとした筋トレ等によりわずかながら減量に成功。
でも、チャリンコで毎晩10キロ以上爆走しても、もう落ちない。
ダイエットを試みる度に78キロで壁にあたる。
40歳を目前に、なんとかならんものか。
この「脂肪という名のモビルスーツ」は。
自分にプレッシャーを与えるために。
現在、私の目方は80kg。
上司からは「メタボリック症候群予備軍じゃないの?」と真顔で指摘されたりもする。
毎晩、カミサンと二人の娘は、「これ取れないねぇ、むに~!」と言いながら私の柔らかい筋肉をむんずと掴むことを日課としている。
情け無いったらありゃしない。
思い起こせば高校3年の7月、インターハイ県予選の1回戦であっさり某高校に敗れ去り、高校の剣道部を引退したあの頃、若干17歳の私は身長170センチ/体重60㎏。
胸囲は115センチもあり、見事な逆三角形の肉体だったのになぁ~。
それから1ヵ月後のプールの授業の時。
「見本やれ」との剣道部監督にして体育教師(人呼んで”ひろけん”)の声に促され、渋々スタート台に立つと、「よーい」と言ったきり彼は何も言わない。
「せんせ~、まだっすかぁ?」
「…おまえ、腹出たなぁ。それが言いたかったんだよ、でぶ。」(クラス全員爆笑)
受験勉強一色の生活に切り換えたものの、食欲はとどまることを知らず、行くあてのないカロリーは全て私の肉となり肉となり肉となっていたのだ。
自業自得。
でも、だからってさらしものにするこたぁないでしょ?先生。
そして迎えた翌年一月、共通一次(!)初日の試験会場。
指定された席につくと、何故か目の前の席に下館一高剣道部のさかいり君がいる(私は下妻一高剣道部)。
挨拶もそこそこに「お前何キロ肥った?」と聞く彼。
「12キロだよ、やばいよ」
「こいつ12キロも肥りやがった、で~ぶ!!(俺8キロなのに)」
あんの野郎突然でかい声で叫びやがって。
周囲は見ず知らずの他校生ばかりだったけれど、あれほど恥ずかしかったことは無い。
あれから20年。
高校のOB会に行けば先生からは「でぶ、でぶ」と声をかけていただき続けて20年。
気付けば目方も+20キロ。
実は一時期84キロという自己最高記録を達成したのだが、その後食事制限やら毎日のちょっとした筋トレ等によりわずかながら減量に成功。
でも、チャリンコで毎晩10キロ以上爆走しても、もう落ちない。
ダイエットを試みる度に78キロで壁にあたる。
40歳を目前に、なんとかならんものか。
この「脂肪という名のモビルスーツ」は。