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映画「ミッドサマー」:北欧で花咲いた「イマヘイ」の奇想

2020年03月01日 11時29分06秒 | 映画(新作レヴュー)
斬新なホラー映画として話題を呼んだ「ヘレディタリー/継承」の若き監督アリ・アスターの新作は,前作と同様に不穏な空気を漂わせる真夜中のシークエンスから,真夏のスウェーデンの開放的な草原へとジャンプする冒頭の展開によって,一気に観客の心を鷲掴みにする。陽光降り注ぐ草原や絵に描いたようなフォークロアな白い衣装,原色を使ったタペストリー,そして主人公たちを迎える人々の微笑み。およそ暗闇に棲息する恐怖とは縁遠い複数の要素によって,じわじわと平常心が侵食されていく。「ホラー」という言葉がまとう狭義の吸引力を遥かに超えるグリップ力で観客を虜にするアリ・アスターの力量は本物だ。

物語の筋は極めてシンプル。アメリカの大学生のグループがスウェーデンから来た友人の誘いで,ある地方の祭りに参加する。不幸な事故で家族を失ったばかりのダニー(フローレンス・ピュー)も,恋人クリスチャンの誘いで同行するのだが,そのコミューンが伝承する祭事は,彼らの常識を越えるものばかり。やがてコミューンの一人の少女がクリスチャンに恋をする一方で,ダニーはダンスの結果「5月の女王」に選ばれ,クリスチャンの命を左右する宣告をするよう迫られる。

物語自体は「ヘレディタリー/継承」のラストから地続きと言っても良いだろう。そういう観点から見ると筋立てや展開に,特段の驚きはない。宗教であれ,地方伝承の儀式であれ,人々がそれを信じ,長年に亘って受け継いできた「もの」に宿った力を前にした人間の無力さが,様々な形態を取って,色鮮やかに描かれる。すべての生き物にエネルギーを与える陽光,草を踏みしめる踵,横たわる枯れ木,リズミカルなサークルダンス,少女たちの頭を飾る花環に,生きるものすべてを寿ぐような人々の純粋な笑顔。単体でみればどれも正しきものの代表のように見える要素が,とてつもない負のパワーをもって迫ってくる。終盤にはホラー以外の何物でもない凄惨な描写もあるのだが,その前に繰り広げられるこれらのものに関する一見普通のショットの方が遥かに残忍な印象を与えることが,監督の勝利を証明している。

アリ・アスターは今村昌平の「神々の深き欲望」や「楢山節考」を参考にした,という記事を目にした。恋愛,異文化との衝突,そして家族のあり方を問いながら,何よりも2時間半の間,観客をスクリーンに釘付けにするこんな見事な作品のオリジンとして名前を挙げられたイマヘイさんも,草葉の陰で「やるねえ」と膝を打っているに違いない。
★★★★★
(★★★★★が最高)


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