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映画「レッド・ロケット」:ポルノ映画界のアカデミー賞ノミネート俳優,裸で街を疾走す

2023年05月14日 12時18分49秒 | 映画(新作レヴュー)
複数のiPhoneのみで撮影したことが話題となった「タンジェリン」,フロリダの陽光の下,懸命に生きるシングル・マザー親娘の苦境を描いた「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」の2作で一躍米インディペンデント界を牽引する存在となったショーン・ベイカー監督の最新作は,社会人としての良心とは無縁のポルノ俳優がドーナツショップで働く17歳の少女と出会って生き直す,という物語では全然なくて,どこまでもしょうもない男の姿を文字通り「露わ」にすることにフォーカスした痛い傑作だ。ついでに言えば,物語を楽しみながら無性にドーナツを食べたくなるという経験をするのは,デヴィッド・リンチのTVシリーズ「ツイン・ピークス 第1シーズン」以来のことだった。

前作の「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」は,米国社会の上澄み階層を象徴するようなフロリダ・ディズニー・ワールドに連なるカラフルな映像と,そこから薄皮たった一枚隔てたところにある底辺領域で懸命に生きる親娘の過酷な姿の鮮やかな対比が世界中で絶賛された。特に親娘を見守るウィレム・デフォーの演技は,長いキャリアを凝縮した素晴らしい演技で,作品全体のレヴェルを一段引き上げることに貢献した一方で,底辺社会における助け合い,という既視感のある描写が,却って物語のゆらぎを狭めてしまった印象も受けた。

しかし「レッド・ロケット」にはそんな心配は無用。主人公のマイキーは勿論,当初は音沙汰のなかった夫の帰還を一旦は拒絶しながらも本能の充足のためだけに許してしまう妻や,したたかを絵に描いたような義母を含め,全ての登場人物は裏のありそうな輩ばかり。案の定,マイキーが惚れ込む少女の,可愛らしい笑顔に隠れた本性がマイキーの上を行くものらしい,という展開は,テキサスの厳しい経済状況の中でサヴァイヴするための必然,というアメリカの今の姿を強烈に裏付ける。ドーナツショップの店名である「DONUT HOLE」は,恵まれた階層から見れば社会の「穴」にしか見えない自分も,ここでしぶとく「ポルノ界のアカデミー賞」目指して生き残ってやる,という宣言にも見えてくる。取れないだろうけど。

16mmフィルムを使ったざらついた映像は,監督の第4作「チワワは見ていた ポルノ女優と未亡人の秘密」を観てみたいという気持ちにさせてくれる。どんな作品なんだろう?
★★★★☆
(★★★★★が最高)


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