子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「ファースト・カウ」:男二人と牛とドーナツで綴られる誰も知らない西部開拓史

2023年12月29日 13時46分22秒 | 映画(新作レヴュー)
画面をゆっくりと横切っていく馬車群を捉えた「ミークス・カットオフ」のショットを想起させる,川面を運搬船が滑るファーストカットから,もうライカートの術中にはまってしまう。
悠揚迫らぬペースでショットを積み重ね,人間が愚かな何事かを「しでかす」様を炙り出すライカート作品の魅力は,西部開拓においてこんなこともあったかもしれない出来事を描いた「ファースト・カウ」でも健在だ。
現代から始まるエピソードは,完璧な構図が連続して辿り着くラストで,見事にその輪を閉じる。世の中を動かした大人物たちの対極にいたであろう無名・無数の人物たちの「やらかし」が,米国西部の自然を背景に時空を越えて光り輝く。

題名通り,米国西部の開拓史においては,東部から徐々に移入されていった,その地方においては「最初の牛」が,実に貴重な家畜だったという史実が物語の核となっている。
荒くれ男たちの中で居場所を見つけられずにいる心優しき料理人が,ロシア人に追われている中国移民の男と組んで,牛乳入りのドーナツをこしらえて一儲けを企む。狙いは当たって,使われている「隠し味」が評判を呼び,儲けは次第に増えていく。けれどもドーナツに使われている隠し味=牛乳は,仲買人が飼っている「ファースト・カウ」の乳を,二人が仲買人の目を盗んで絞った「盗品」だった。やがてその事実が露呈して,二人は追われる身となる。

描かれる時代と舞台,形の上では犯罪が為される点,いずれにおいても西部劇であり,一応申し訳程度に殴り合い(と言っても一方的な暴力だが)や,拳銃の発砲シーンはあるのだが,映画的なアクションはライカートが選び取る構図や,人間の愚かさと愛おしさが同時に浮かび上がってくる物語自体に存在する。二人の男の間に生まれる同志愛と,乳搾りをする男と牛の間に生ずる親しみの間に大きな違いはなく,その馴れ合い故に男が窮地に陥ってしまうという愚かな人間にとっては不可避の展開もまた,愛情に満ちた人間賛歌として心に染み入ってくる。

百年というインターバルを経て,二人並んで再びオレゴンの空気を吸った男たちの息づかいが聞こえてくる本作,売店で「チョコレート・ドーナツ」ならぬ「ミルク・ドーナツ」を売れば一儲けできたかも。
★★★★★
(★★★★★が最高)


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