子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「PERFECT DAYS 」:繰り返される日常の隙間に生まれる至高の微笑み

2024年01月14日 15時38分59秒 | 映画(新作レヴュー)
主人公のトイレ清掃員の平山は,休憩時間中にフィルムカメラで木漏れ日を撮影しては現像に出すことを繰り返す。ファインダーを覗かずに撮った写真は,どんなものが映っているかは出来上がりを観るまで分からない。撮影し,フィルムを使い切ったら現像に出し,出来上がったプリントを家に持ち帰って確認する。気に入ったものは残し,そうでないものは破って捨てる。残した写真はアルバムに貼って整理するでもなく,無造作に缶箱に入れてしまいこむだけ。毎日繰り返される生活のルーティンに組み込まれたもう一つのルーティンに時折交じる「僥倖」は,毎朝平山が空を見上げて浮かべる微笑と対を為して,観客の心の温度をほんの少しだけ持ち上げる。ヴィム・ヴェンダースが役所広司を主演に撮り上げた新作は,一見地味に見えながら晴れやかな微笑みに彩られたミニマムな佳品だ。

毎朝,老婦人が竹箒で道路の清掃をする音で目覚め,決まった手順で準備を行い,軽自動車に乗り高速道路を使って移動を繰り返しながら公衆トイレの清掃作業を行う初老の男。仕事が終われば自転車で銭湯へ行き,一杯引っかけて家に帰り,眠くなるまで古本屋で買った文庫本を読んで寝る。生活の彩りは移動中の車で聴くカセットテープの音楽とたまに訪れるスナックのママの歌声と前述した木漏れ日の写真。自ら選び取ったらしい生活の中で,一見仕事への拘りのように見える細かな所作が,プロの手際を超えて「やるべき仕事」をやり遂げるために必須のルールに過ぎないのだと観客を納得させる業こそ,数多くのドキュメンタリーを手掛けてきたヴェンダースの職人芸だ。

元々はデザイナーによってリノベーションされた渋谷区の公衆トイレの紹介を目的として企画されたプロジェクトが発展したという,俄には信じられない経緯を持つ本作だが,小津安二郎を敬愛するヴィム・ヴェンダースが、笠智衆が小津作品で何度も役名にした「平山」という名のトイレ清掃員の日常生活を描いた作品、と聞いて想像した内容を大きく越えるものはない。
けれども「ザ・昭和の下町」の象徴とも言うべき浅草駅地下の一杯飲み屋の主人(甲本雅裕)の「おかえり」という挨拶や,犬山イヌコ扮する古書店の主人が平山が買う本(幸田文とパトリシア・ハイスミス)に一言発するコメント、臨時で作業に就くことになった安藤玉恵に向ける表情は、平山が孤独ではあっても決して孤立はしていないことを表して、静かな感動を呼び起こす。
昔の男とママの抱擁に嫉妬し,ガソリン代のために「売らない」と宣言したカセットテープを売るためにとぼとぼと歩き出す平山の後ろ姿にこそ,お正月映画に相応しい煌めきが宿っている。
劇中,平山が聴く唯一の日本人アーティストが,吉田美奈子でも大貫妙子でもなく,金延幸子というチョイスも映画の空気感を象徴していて見事。帰りに自販機の缶コーヒーを買う人,多いだろうな。
★★★★☆
(★★★★★が最高)


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