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映画「ブタがいた教室」:涙と感動の本格的ディスカッション映画

日本発のベルマーク映画(半券提示で額面の1/100が点数化)は,みんなで観に行きましょう,と頼まれなくても宣伝したくなるような優れた作品だった。
映画の冒頭,先生役の妻夫木聡が6年2組の子供たちと歩いている姿を正面から捉えたショットにおいて,プロの役者である妻夫木が完全に生徒達の中に「埋没」しているのを観た時に,「これはひょっとしたら…」という期待を持ったが,その予感は外れることはなかった。
充分に琴線に触れる出来ではありながらも,所々で顔を覗かせたやや過剰な演出が気になってしまった「おくりびと」とは対照的に,ブタを中心に27人の人間が描く同心円に寄り添い,彼らの感情が自然に溢れ出す瞬間を待って,それを的確に掬い取ることだけに集中した,前田哲監督のシンプルな演出の勝利と言えるだろう。そこから生まれた感情と論理と意志のパワフルなせめぎ合いは,実に刺激的なディスカッション映画となって結実した。

チラシに拠れば,18年前に実際に大阪で行われた実験授業を,その3年後にドキュメンタリーとして記録したTV番組がオリジナルということだ。
7台のカメラが使われたとあるが,おそらく演出が行われた部分以外でも廻されたと思しきフィルムの尺数は,膨大な量に上ったはずだ。
更に,「実話」だったという物語の特性を最大限に尊重した作りとするために,実際の飼育と教室づくりに費やされた時間は,その何倍にも及んだことだろう。
しかしそうした作り手の努力は,生徒同士,生徒と教師の関係においてリアルな空気を醸成し,自然な感情の発露となって,見事に画面に定着している。

飼育していたブタを卒業後にどう処分するか。殺してみんなで食べるべきか,後輩達に託して飼育を続けるべきか。
この重大な問題についての真剣な討議は,作品の中盤と終盤に2度行われる。一度目は比較的冷静に話し合いが行われるが,結局結論は出ないままに終わり,どんどんと時間だけが経っていく。そして卒業まであと数日と迫り,もう決めなくてはいけないという段階になって行われる最後の議論では,こみ上げる熱い感情と闘いながら,他者に対して「自分の考え」を論理的に展開しようとする,ひたむきな子供たちの姿が,圧倒的な迫力で迫ってくる。
素人の子供たちが喋るこの場面での台詞は,完全に自らの血肉となって迸り出てきた言葉と化して,まさに生命を授かっている。

原田美枝子演じる校長先生は,やや紋切り型の儲け役だが,どんどんヒートアップしていく物語の中では,一種の踊り場としてうまく機能している。
子供たちと妻夫木聡のアンサンブルは,撮影終了がブタとの別れ同様に切ないものだったろうと想像できるほどに,素晴らしい。
何度か挟まれる学校外のシーンの中でも,商店街をみんなで歩く場面と,黄昏の中,シルエットで一団を捉えたショットは,それだけで涙が出てくるほど美しい。お見事。
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