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映画「RUN ラン」:ネットから遮断された地獄からの脱出劇

2021年07月11日 20時03分46秒 | 映画(新作レヴュー)
車椅子を使う主人公,という設定からはヒッチコックの「裏窓」を。身動きできない主人公に対して,彼(本作では彼女)を溺愛する人間の恐ろしさが横溢するという点でスティーヴン・キングの原作をロブ・ライナーが映画化した「ミザリー」を。更にショッキングなオープニングをラスト近くで主人公の正体が明かされるクライマックスが覆す物語というフレームは「シックス・センス」を。「search/サーチ」の監督・制作チームが挑んだ新作「RUN ラン」は,こういった様々な映画の記憶を想起させるスリラーだ。

郊外の一軒家にシングルマザーの教師ダイアン(サラ・ポールソン)と二人で暮らす高校生クロエ(キーラ・アレン)は,車椅子というハンデを超えて家を出るべく,受験した大学からの合格通知を待ちわびている。ふとしたことから毎日下半身の麻痺の治療用に服薬している薬が自分用ではなく,母親用に調合された「麻痺」を促進するための薬だということを知ったクロエは,母親からの逃避を決断する。執拗にクロエを追いかけ,再び部屋に監禁しようとする母親に,クロエは捨て身の戦法で挑んでいくのだが。

監督のアニーシュ・チャガンティは前作の「search/サーチ」において,ショット自体をコンピューター・スクリーンに限定するという制約を課すことでテンションを高めたが,本作では主人公が車椅子を使うことを余儀なくされ,一人では自由に移動できない,という物語上の制約に変換することで,物語に違った種類の緊迫感を持たせることに成功している。監禁された主人公が勇気とアイデアで逃亡を図る,というシンプルなストーリーで90分間を,まさに「走りきる」潔さは,スリラーの原点とも言える面白さを湛えている。ラストの「お薬の時間ですよ」という台詞に凝縮される,繰り返される復讐劇の業の深さも,じっくりと堪能できる。

けれども,そういったスリラーとしての構造はしっかりしている一方で,物語を動かすための鍵となる親子の行動に,素朴な疑問が浮かんでくる脚本の穴が,作品を大きく毀損しているのも事実だ。母親が娘を手元に置いておく,という目的のためだけに,果たして神経系統に悪影響を与える薬を誘拐してまで得た娘に使うだろうかという根源的な疑問と,たとえネットから遮断されていても,大学の合否は学校に直接問い合わせてみればすぐに分かるのではないか,という少なくとも二つの疑問が,観ている間中ずっと頭を去ることはなかった。
脚本家の荒井晴彦氏が「るろうに剣心」で土方歳三が紙巻きタバコを吸うシーンを観て「その頃は紙巻きタバコはねえよ」と指弾していたが,嘘や矛盾が看過できない形で展開された時に当方の気持ちが醒めるスピードは,クロエが全力で漕ぐ車椅子よりも速かった,ということか。
★★★
(★★★★★が最高)

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