子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「いとみち」:津軽弁が開く世界への扉

2021年07月04日 11時26分31秒 | 映画(新作レヴュー)
学生時代に青森出身の同級生が帰郷する際に,ツーリングがてら札幌から青森までバイクで同行したことがある。その途中でひとり暮らしをしていた同級生の祖母の家に泊めて貰ったのだが,そのおばあちゃんが何を言っているのか,まったく分からなかった。身振り手振りで「遠いところ,よく来てくれました。疲れたでしょう」というニュアンスだけは伝わってくるのだが,単語一つ一つは勿論のこと,それが連なってしまうと誇張ではなくまったく未知の外国語にしか聞こえなかったのだ。
横浜聡子の新作「いとみち」で,主人公いと(駒井蓮)の祖母を演じた西川洋子の台詞を聞いていてその時のことを思い出していた。よく出来た作品は,台詞の意味がよく分からなくても感動できるのだという,見事な証左を得ると同時に,感情の伝達手段として音楽が言葉を超える力を獲得する瞬間をも味わえる。この感動は是非とも津軽弁で表現したいところだ。

青森市から2両編成の五能線で繋がる板柳の女子高校生いと(駒井蓮)は,母を病気で亡くし,東京出身の言語学者で山登りが趣味の父(豊川悦司)と三味線の達人である母方の祖母と三人で暮らす。母を失った喪失感から抜け出せないことに加えて,津軽弁の訛りが強く学校でも孤立しがちないとだったが,青森市内のメイド喫茶でアルバイトを始めたことをきっかけに,同僚や同級生,常連たちが差し伸べる手を握って,次第に外に向かって心を開いていく。そんないとは,窮地に陥ったメイド喫茶を立て直すために,一度は離れた三味線を再び手に取って,店のステージに立つ。

横浜監督作品にしては実にシンプルな筋立てで,いとを囲む登場人物すべてが善人という「感動一直線」という作りながら,成長物語としての深みは想像を超える。永遠の22歳と自称するシングルマザーの先輩メイド(黒川芽以)や,目線を共有していた無口な同級生(青森ローカルでは知らぬ人がいないというジョナゴールド)らのリードで,少しずつ歩みを前に進めながらも,「お帰りなさい,ご主人さま」のアクセントが「人」のままのいとの姿は,誰もが声援を送りたくなる魅力に満ちている。

だが作品の格を爆上げしているのは,何と言っても祖母役の西川洋子の快演だろう。高橋竹山の最初の直弟子という西川は「津軽弁」という外国語を駆使しつつ,ぎくしゃくする親子を温かくかつクール,という絶妙の距離感で見つめ続ける。いとと三味線で「連弾」するシーンは涙を誘う程に熱い。先に「アメリカン・ユートピア」を観てしまっただけに,ラストの演奏シーンに多少の不満を感じてしまったが,それがなければ文句なしの満点だった。すべての高校生に勧めたい,「文科省推薦」に推薦したくなる作品だ。
★★★★☆
(★★★★★が最高)



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