子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「ライトハウス」:恐怖も不可思議も幾年月

2021年07月18日 19時29分17秒 | 映画(新作レヴュー)
白黒スタンダード。嵐で孤立した灯台。物語の通奏低音として不気味に響く霧笛。灯台守しか入れない最上階にある光源の部屋。居室と灯台をつなぐ廊下。怪しげな貯水タンク。網にかかった人魚。行く手を阻む悪意に満ちたカモメ。登場人物はいわくありげな二人の男。ホラー作品の愛好者なら,テーブル一杯に広げられたこんな豪華な食材を目にしただけで,胸が一杯になることは間違いないだろう。
闇を照らす灯台というモチーフが,その発する熱によって孤島の明暗の境界をも解かす時,観客は人間の正常な意識さえもが簡単に溶解していくのを目の当たりにすることになる。
ロバート・エガース監督の「ライトハウス」は,かつて高峰秀子と佐田啓二が演じた灯台守という尊い職業の裏側にデフォルトで張り付いた孤独から生まれる狂気を描いた秀作だ。

孤島の灯台にひとりの若い男ウィンズロウ(ロバート・パティンソン)がやって来る。長くこの仕事に就いているらしい年長の男トーマス(ウィレム・デフォー)の下で働くことになったウィンズロウだが,規則を守って酒を飲もうとしないということもあってトーマスから辛辣な態度と指導を受けることになる。ウィンズロウが幻視なのか現実なのかが判然としない幾つもの現象に遭遇するうちに嵐が孤島を襲う。島から出られなくなったウィンズロウは酒に酔い,抱えていた秘密をトーマスに打ち明けるのだが…。

この手の作品にありがちな,現実なのか登場人物の幻覚なのかが渾然としてくるクライマックスに,とっ散らかった印象を受ける部分もある。おそらくは作品の着想を得たというメルヴィルに起因すると思われる,二人の男のアイデンティティの一体化が必要だったのか,という疑問も残る。音響処理に関しても,必要以上にエッジを効かせすぎたのではという感もある。
しかしエガースの長編第2作となる「ライトハウス」には,役者と物語とカメラと美術と音を総動員して,「西洋奇譚」を現代に甦らせるんだという気迫が満ちている。そのヴォリュームは,そういった些細な瑕をも軽く凌駕するだけの量だ。
どう見ても既存の灯台をロケ地に選んだとしか見えないのに,その灯台が実は撮影のために拵えたものだったという事実が,それをしっかりと裏付ける。高い志のない「不要不急」な営為と笑わば笑えという強い意志が全編を貫き,真夏の公開に相応しい鋭い冷気を生み出している。

閉幕したカンヌ国際映画祭に設けられている「パルムドック」と同様の賞,「パルムバード」がもし存在するならば,是非ともこの不遜なカモメに戴冠を。
★★★★
(★★★★★が最高)


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