Don't Let Me Down

日々の雑感、引用。
言葉とイメージと音から喚起されるもの。

丘の上のバカ

2011-06-23 14:35:13 | 日記


もう忘れたが、村上春樹『ノルウェイの森』が、“ノルウェイの森”と題されたのは、ビートルズの“ノルウェイの森”に喚起されたからであった(飛行機か何かで?)

『ノルウェイの森』は1987年頃に書かれたらしい。
1987年の春樹は、1960年代後半の自分の“青春”を回想したらしい。

すでにその時間的へだたりは、“20年”くらいあったことになる。
たしかに自分の青春を回顧するのに、“20年”は充分な時間であった。

ぼくは“昨日”、ビートルズの“丘の上のバカ”が、新宿のパッとしないがコーヒーの味がちゃんとした喫茶店でかかるのを聴いた。

この曲とぼくとの“へだたり”は、40年を超えた。

この時、ぼくは自分の人生の何を、回顧すればよいのだろうか。

音楽の話を(はなしだけを)するにしても、ぼくが聴いてきた無数の曲とは、いったい“なに”だったか?

たとえば、“この曲”とか、“ビートルズの曲(ある曲)”とかが、客観的に特権的(特別)であろうか?

それとも“それ”は、ぼくの個人的な体験-記憶に、きわめて緊密に“結びついて”いるのか?

“それ”は、“この曲”でなければならなかったのか。
“それ”は、なぜぼくにとって、“祭囃子や盆踊り”の笛や太鼓では“なかった”のか。

もっと露骨に言えば、“兎追いし、かの山”とか、“苔のむすまで”ではなかったのか。

むしろ、“いま・ここ”において、ぼくは<丘の上のバカ>とか<ストロベリー・フィールズ、永遠に>を、“選ぶ”のである。



“この人”をぼくが勝手に、“丘の上のバカ”と呼んだら、この故人に(個人に)失礼にあたるのだろうか?

ジャン・ジュネがレンブラントについて書いた;

★ 重大なことが生じた。絵画が対象を認めたと同時に、眼は絵画を、それとして認めたのだ。

★ レンブラントはもはや、絵画を、それが表わすべき対象や顔と混同することで変質させはしない。絵画というものを他のものとは区別された物質として、そのあるがままの姿を恥じぬものとして、彼は私たちに示す。

★ 耕され、湯気を立てている、早朝の畑の率直さ。見る者が何を得ることになるか、それはまだ私にはわからない。しかし、画家の方では彼の職業の率直さを得た。色彩に夢中のへぼ絵描きの狂気のなかに彼はおのれを示す。偽装者の、わざとらしい尊大さと偽善を喪失して。最晩年の絵にはそれが感じられよう。

★ だがそのためには、レンブラントはおのれを認め、おのれを受け入れなくてはならなかった、肉体で、――肉体ではとは、どういう意味だろう?――つまり肉で、安物肉で出来た存在、血、涙、汗、糞で、知性と優しさで、さらに他の、無限に多くのもので出来た存在として。だが、これらのもののどれ一つ、他のものを否定することはない。それともこう言った方がいいだろうか、どれもが他のものに挨拶を送っていると。

★ そして言うまでもなく、レンブラントの全作品に意味が――少なくともわたしにとって――あるとすれば、それはいましがた自分で書いたことが偽りであると、私が知っている限りのことだ。

<ジャン・ジュネ“小さな真四角に引き裂かれ便器に投げこまれた一幅のレンブラントから残ったもの”―『アルベルト・ジャコメッティのアトリエ』(現代企画室1999)>








*画像は、昨日“丘の上のバカ”を聴いた喫茶店ではありません。
この喫茶店も、ぼくにとっては、記憶の時間にはいった(でもこの喫茶店は現在も経堂に存在すると思う)







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