Don't Let Me Down

日々の雑感、引用。
言葉とイメージと音から喚起されるもの。

夢を走る

2013-02-07 11:52:33 | 日記


★ 何という貧しさ。僕の心が本来貧しかったから、夢の世界もこんなにみじめなのだ、とは思いたくない。僕がみようと思ってみた夢ではないのだ。気がついたらここにいた。そしていまやここにしか僕の世界はない。

★ 薄れてゆく幻に縋りつくように、僕の仲間たちとともに《世界の輪》を回していたときの現実の自分を思い描こうとする。だが日々に貧しくなる僕の念力が描き出すのは、籠のなかでせっせと汚れたブリキの輪を回すちっぽけな齧歯類の姿だ。

★ 失敬だと怒りたければ怒ってくれ。笑いたければ思いきり笑ってくれ。何しろいま僕の四本の肢が踏み続けているのは、きらめく《大いなる光の輪》ではなく、赤茶けて乾ききった固い地面でしかないのだから。地面は無数のひび割れと凸凹だらけで、至るところで尖った灰色の岩と気味悪い植物の茂みが僕らの行手を遮り、ギラギラと容赦ない光線が溢れるだけの空で、雲が無意味に膨れたり縮んだりしている。

★ 疲れきった群の誰もがつねに不機嫌で、話をするどころか声をかけ合うこともない。一度たまたま隣を走るメスの一匹に「ねえ、きみも夢をみているのかい」と話しかけたら、一言も答えないであわてて僕から離れて行ってしまった。きっと頭がおかしいと思ったんだろうよ。

★ いまでは、まるで生れ落ちた瞬間から、こうして走り続けてきたような気さえする。誰かに導かれているのでも、何ものかに追い立てられているのでもなく、ひたすら群は走ってきた。いま走っている。これからもただ走るだろう。

<日野啓三“夢を走る”―『夢を走る』(中公文庫1987)>







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