18年にもなりますか

感じた事、出来事、いろんなこと書き綴ってます。

「ちょっとぐらい」が招いた1つの現実

2007-12-10 00:46:09 | 
 関東学院大学ラグビー部員による大麻の栽培と吸引の問題が広がっている。160名を越える部員を率いる部長や監督はさぞ残念だったろう。

 この問題は事件発生からずっと書きたかった問題。この問題からいろんなことが伺えるが、まずは、本当に残念だ。


 前監督の春口氏は心底ラグビーに情熱を賭けた人だった。部員が15名にも満たない状況から、スタートさせて自ら高校を回って素質のある選手に大学でのラグビーを勧めたり、いつも部員の様子に注意しながら指導していたという。

 ラグビーが好きな人は、共通してこう言う「ラグビーは大人を少年にし、少年を大人にする」

 そんな魅力がいっぱいのスポーツだからこそ春口氏は心底から情熱を傾けたのだろう。今回の事件での涙は、その情熱が伝わっていなかったことへの悲しみや情けなさ、自分と心は1つだったと信じていたはずなのにそれがこういう形で裏切られてしまった事への何とも言えない感情だったのだろう。

 ラグビーで負けてもこんな涙は出ない。



 一方の部員も「軽い気持」だったのかもしれない。こんな大事件になるなんて想像できなかった筈である。



 しかし、ここにも現代の抱える病が見える。つまり自分のやっていることが犯罪なのか、あるいはやって良いことなのか悪いことなのかという判断と、自分個人だけの問題なのかどうかという点である。



 
 最初は興味本位だったのかもしれない。ちょっとぐらいという気持だったのかも知れない。でも罪は罪だし駄目なものは駄目なのだ。

 有名無実かもしれないが未成年のアルコール摂取は駄目。まわりのみんなもやってるし、渋谷で簡単に買えるからなんていう理由で大麻の種を買うのももらうのも駄目だ。


 また栽培から吸引そしてまわりの者への強制となると、坂を転げ落ちるように、ちょっとした軽い気持から重大で、もう抜き差しならない状態にまで落ちてしまっている。


 
 どうだろうか、大学生だからというわけではないが、ちょっとぐらいの悪いことなら許される、わかんなければやってもいい、みつからなきゃいいなんて言うのが大人も大学生もみんな自分を戒めることなしにやってきた社会の実像がここに見える。



 本当の意味で大人になるということは、個人の欲望、他人へのねたみなど自分自身との精神的な戦いの要素を大いに含んでいる。それに加えて、周囲への気遣い、仲間への支援といった心の交流があり、そして家族への愛情がある。これらは順番は付けられないものだが、さて私たちはこういったことをいつ教えられただろうか?



 学校では教えられないことは、学ばなくて良いことではない。学校や地域などの社会生活や本、映画、音楽、親、兄弟、先輩、同僚、後輩、恩師から教えられるものではないのか?


 

 親が子に接する時間が相変わらず短いままだという。それは単なる遊びの時間だけであってもだ。普段そういう接点が無い状態で、学校や地域であったことなど相談したり悩みを打ち明けたりできるはずがない。




 春口氏は、ラグビーを通じて人間形成ができると信じてきた。しかしそれを裏切った学生は、春口氏のことをラグビーを教えてもらうだけの人、ラグビー部の監督、としてしか観ていなかったのかも知れない。人間同士そんな簡単にこころからの交流はできないとはいえ、春口氏は無念だろう。本当に心の底からラグビーを愛する人であるゆえ。



 逮捕された学生も吸引しただけの学生も、だれを、なにを裏切ったのかを考えるべきだ。事の重大さを理解して何が出来るか、何をすべきかを考え行動すべきである。



 
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ここにもこんな高校がある | トップ | 気に入らねぇ »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿