夢から慈しみの世界へ

神と自然と人間の共生
神一元・善一元・光明一元の生活
人間の生命の実相は『仏』であり、『如来』であり『神の子』である

『そのまま、有るがままを幼児のように素直に生きる』・神の意思はある瞬間にフラッシュする。

2018年01月28日 19時54分12秒 | コラム・人文
月1回の研修会でした。
長崎と諫早間をインターネット回線を利用しての勉強会です。

『そのままを生きる』ことを体験された方のお話がありました。

その方は何年も欠かさず神想観(瞑想)を毎日午前3時から実習され、

日頃から『そのままを生きる』にはどのようにすると得られのかと思い悩まれていました。

毎日色々な事に関心を寄せ、懸命に精進なされていましたがある時、

ふと静かな雰囲気に誘われ、深い『静寂な世界』を体験されました。

その体験を機会に『そのままを生きる』ことの意味が直感的に理解でき、

物事を素直に受けとることが出来たそうです。

それまでは常に何事も比較して、相対的な意識の世界に住んでいて葛藤があったそうです。

その方が毎日午前3時から欠かさず『神想観(瞑想)』という禅定を厳修なされた功徳ではないでしょうか。

相対的な意識の世界を脱することにより、

相手、又は自分自身をも縛ることなく全てのものを捨て去り、

自由に放つことが出来、

その結果自分自身をも『真』に自由自在で素直な『そのままの自分』を

生きることが出来たのではないでしょうか。

素晴らしいお話でした。

ありがとうございました。




『かな文字』ほど日本人に大きな恩恵を与えている文化財はないのです。

漢字が大陸から仏教およびその経典が伝わった頃に伝来しましたが、

それを理解し使用したのは古事記、日本書記、風土気の編纂の頃と思われています。

記紀も今まで口承されてきた歴史的な事柄を漢文体に翻訳した歴史書であります。

最初に万葉集にみられるように、漢字の音訓(よみ)を利用して

倭歌謡(やまとうた)そのままを写した『万葉がな』 が発明されました。

そうした経過をへて知識人や僧侶の間に、

漢字を借りるよりより自由自在に自国語が表現される文字を考案しようとする気運が芽生え、

かな文字が創り出されることになったのです。

『カタカナ』は吉備真備(きびのまきび)また『ひらがな』は弘法大師空海が創ったといわれています。

もともと表意文字である漢字から本質的に違う表音字母の『かな文字』創りだしたことは、

日本人の素晴らしい発想であり、すぐれた創造力であります。

かな文字の創案により、この『かな文字』を麹(こうじ)の種として日本文化の発酵が進み、

源氏物語、竹取物語等世界に誇れる文学作品が生まれ出だすことになりました。


      日本の古代・・・海神の伝統