夢から慈しみの世界へ

神と自然と人間の共生
神一元・善一元・光明一元の生活
人間の生命の実相は『仏』であり、『如来』であり『神の子』である

日本料理(懐石料理)の素晴らしさ

2013年09月30日 20時32分50秒 | 日本の食文化
日本料理は森林と渓谷を経た福与かな水と火を使用し、美しい四季の彩り、希望、薫りを懐かせ、大自然の世界が心深く染み入りワクワクします。 例えば秋の季節に既に初冬の季節を予感させる夢が広がる食彩。 単品の栄養価の組み合わせでは無く、その季節、その土地、山、海、風土で恵まれた食材を出会わせた陰陽叶った一品料理、例えば竹の子の季節に海の恵み若芽、山の恵み木の芽を出会わせた若竹のお吸い物等。 それも竹のようにスクスク育って欲しいとの願いが込められた心と眼で見る謙虚な色彩、山の香りが広がる木の芽の薫り、噛み切る必要もなく、口内に漂う爽やかな味と体温に即した程よい、温もりの咽こしが広がる静寂さ。 人間と大自然を調和に導く『結びの心』を大切にする日本料理。

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我神と一体である

2013年09月29日 22時32分53秒 | 真理の言葉

なんじ心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして主なる汝の神を愛すべし。

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自然について

2013年09月28日 19時04分37秒 | コンコードの哲人 エマソン

 

哲学的に考察すると、宇宙は、自然と魂とからできている。したがって、厳密にいえば、われわれから離れているすべてのもの、哲学が「非 我 ナット・ミ-」として区別するすべてのもの、すなわち、自然と人工、すべての他人、私自身の肉体、これらのものは「自然」という名で呼ばれなければならない。<o:p></o:p>

 

 

 

 

 

 

 

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自然の価値を数えあげ、その総額を計算するさいに、私は、この言葉を両方の意味―普通の意味と哲学的な意味に用いよう。われわれのこの研究のような、一般的なものにおいては、正確性は重要ではない。思想の混乱は、おこらないであろう。<o:p></o:p>

 

 

 

 

 

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「自然」は、普通の意味において、人間によって変えられていない要素のことをいう。空間、空気、河、葉、などである。<o:p></o:p>

 

 

 

 

 

 

 

「人工」は、こういう自然物に人間の意志をまじえたもの、つまり家屋、運河、彫像、絵画などをさす。<o:p></o:p>

 

 

 

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しかし、人間の働きは、すべてを合わせたところで、たかがしれたもので、すこしばかりきざんだり、焼いたり、つぎはぎしたり、洗ったりする程度のものであるから、世界が人間の心に与える雄大な印象においては、人間の働きによって、印象の効果が左右されることはない。<o:p></o:p>

 

 

ラーフ・ウォルドー・エマソン 「自然より」

 

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癒しの世界(浄無垢の世界)

2013年09月28日 10時41分13秒 | 健康・病気・精神分析・心理学・霊的実在
肉体に病気、穢れ、不安等が現れても心配、悩み恐れる事は不必要である。
それは霊的愈脳(霊的に癒す力)の進行に障礙(さまたげ)となります。
病的現象のみを処置して癒そうとこころみる限り、到底肉体の彼方に存在する心の原因に注意を向けないであろう。
綺麗な心に曇った汚点(心)を取り除こうとはしなでありましょう。
現象に汚点があるのは心に曇りがあるからである
くるいのある状態を肉体に生じたのは、心にくるいがあるからです。
従って肉体を癒すために肉体的憂慮の必要はないのです。
注意を肉体の不完全な状態に向けずに
ひたすら心に向け心の鏡を拭い清めよ。
移り変わる現象人間の姿から心の眼を一転させて
水晶の水のように澄み切った眞実在の実相に心の鏡を向けよ。
そうすれば吾等の心は実在の世界と全くひとしく浄無垢となるのであります。



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新たなる機会

2013年09月27日 21時05分46秒 | 自然の育み・環境

 

われ最早や我れに依って生きず、キリスト(真理)我れにあって生きる。

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廃品になりけむスチール椅子、しかれども<o:p></o:p>

 

心の奥底に輝く、ピカピカの自由自在に動き回るスチール椅子。<o:p></o:p>

 

温かい秋の日差しを享け他の廃品仲間と共に<o:p></o:p>

 

新たなる機会へと羽ばたこうと楽しそうに鎮座している。<o:p></o:p>

 

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今朝の秋

2013年09月26日 19時31分47秒 | 日記・エッセイ

 

 

神想観中、人間の完全圓満なる実相生命を人間の一面であると観じ、而して同時肉體を人間の他の一面であると観じ、肉体なる容器に霊なる神の生命流れいりと観ずるならば、それは人間に二つの異なる存在を―すなはち一つは完全なるもの、他は不完全なるものを―認めることになるのであって完全なる神想観と言うことは出来ないのです。<o:p></o:p>

 

 

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山々に 青空澄むや 今朝の秋<o:p></o:p>

 

 

白露をワイパーで拭くと、<o:p></o:p>

 

青い青い空が広がり<o:p></o:p>

 

眩しい朝日が目に入る。<o:p></o:p>

 

山の稜線が深緑に染まり、<o:p></o:p>

 

ゆるやかに流れる川に遊ぶ夫婦の白鷺。

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人間の善性・無限性について(子供の教育)

2013年09月25日 20時02分21秒 | 日記・エッセイ

 

桜はさくらの美しさ、藤の花はふじの美しさが有るように、それぞれの花に個性ある美しさがあります。<o:p></o:p>

 

子供達一人ひとりの瞳にも神の子として、それぞれの輝きがあり尊い存在である。<o:p></o:p>

 

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子供は無限生命である“神の子である”と信じて、尊敬し、礼拝し内に埋蔵された才能を拝み出し、魂の気高さを養成することが大切である。<o:p></o:p>

 

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たとえ子供の素晴らしい才能の開花が遅くとも、子供の内に宿る神様の善一元の世界を信じて、無限の可能性が開くことを待ち、励まし続けることが尊い愛であり、教育の姿だと思えます。<o:p></o:p>

 

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親は子供の存在を心より喜び、その喜びを子供に素直に表現して、子供ひとりひとりの奥に宿る美しさを讃嘆し、拝み、礼拝する。<o:p></o:p>

 

神様、ご先祖様、父と母と全ての人々と子供とが一体で有ることを自らが信じ、<o:p></o:p>

 

『私は神の子である』ことが自然に身につくように、子供達を正しき道に乗せることが寛容である。<o:p></o:p>

 

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子供が悩み、傷つき、心身のバランスが崩れている時には、心から子供の全てを確りと抱きしめ、言い分を良く聞き、信頼し、理解し明るい言葉を投げかけ、喜びと自信を与え、子供の善性、実相円満完全な姿を見つめ信じる。<o:p></o:p>

 

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子供は親の思い通りになるものではありません。<o:p></o:p>

 

子供は自分が育てるのではなく、神様がお育てになるのであるから、無駄な心配、取り越し苦労は必要ではない。<o:p></o:p>

 

神様から尊い生命をお預かりしていると考えて、神様のお手伝いをしてお世話をさして頂くと考え、謙虚に育む。<o:p></o:p>

 

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 言葉の創造力を最大限に活用して、明るく陽気に子供に接し、子供の無限の可能性を引き出すことが寛容である。<o:p></o:p>

 

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 生活の中で一瞬に輝く素晴らしい、明るさ、善性を見つめ、誉め、賛嘆し、子供と共に喜び笑い、毎日の日時計日記に喜び、明るさのみを書き綴る。

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自然と共に生きる事について

2013年09月25日 19時28分45秒 | 日本の食文化

 

古来より身近に存在する豊かな山の幸、里の幸、海の幸を神様の尊い恵みとして大切に取り扱い、美しい大自然と共に生きて来ました。<o:p></o:p>

 

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近年、大自然との関わりが希薄になり、人間を中心にした物質求める生活に変わってきました。<o:p></o:p>

 

今回の地震に遭った原子力発電所のように人間の過信から自然界と人間界に悲惨にも有害な放射能が大量に汚染しました。<o:p></o:p>

 

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自然から人間、人間から自然へと互いに循環していた生活から、目の前の安易な利便性の追求、人間中心の合理的な生活に甘んじてきました。<o:p></o:p>

 

慈しみに充ちた、大自然の神秘なる四季との出会いを尊び感謝し、清らかな水、山菜、五穀、野菜、魚等の自然の恵み使った素朴で謙虚な日本の料理から、肉、油、化学物質の添加物が入った食品を多用した料理へと変化し、また石ケンから合成洗剤の使用等と人間界から自然界へのリサイクルが困難な生活スタイルが定着しました<o:p></o:p>

 

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ソローが“ウォールデン森の生活”で体験した、有機肥料をも廃した自然農法のように大自然の気高さを尊び、自然と共に生きる事を学び、自然の恩恵に感謝して、その恩恵に報いる為に自然の再生、保全に努めることが求められています。

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空にそびえる十字架

2013年09月25日 19時02分27秒 | 日記・エッセイ

 

感覚的存在と感覚的存在との『合間』に実相人間があらわれるのである。<o:p></o:p>

 

この『合間』を描くのが芸術であり、この合間を生きるのが『愛』である。

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祈りの後に顕われる事物の爽やかさよ!!<o:p></o:p>

 

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秋の黄昏

2013年09月24日 19時05分29秒 | 日記・エッセイ

 

 

因縁の理がわかって、まだ因縁に捉われている者は縁覚であって正覚ではない。<o:p></o:p>

 

正覚は因縁の理を説きながら『本来因縁無し』の実相を悟れるものである。<o:p></o:p>

 

縁覚は因縁の理を悟り、因縁を追うてなほ因縁に墜落する。<o:p></o:p>

 

 

 

黄金色の道に爽やかに流れる水の音。<o:p></o:p>

 

落ち日が映す、ながいながい電柱。<o:p></o:p>

 

のどかさが心に静かに広がる。

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彼岸絵

2013年09月22日 22時20分36秒 | 日記・エッセイ

 秋彼岸 先祖偲ぶや 経の香

 

痛んでいながら苦しまない自分、縛られていながら縛られていない自分、<o:p></o:p>

 

叩かれていながら叩かれていない自分というものが「本当の自分」である、<o:p></o:p>

 

それも知ることが悟りである。<o:p></o:p>

 

  

 

 

先祖供養祭に遠祖藤 彌右衛門、名島城の鎮守の神“名島弁財天”を祀りし小早川隆景を供養する。<o:p></o:p>

 

家族の病気平癒の写経を奉納する。<o:p></o:p>

 

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生命の讃歌

2013年09月20日 21時21分11秒 | 日記・エッセイ

 朝の車窓に映る曼珠沙華の輝き<o:p></o:p>

 

 

人間は外へ進出して生活しても、内に沈潜しても、<o:p></o:p>

 

ともかく浮き足立たずに、一歩一歩足元を踏みしめて<o:p></o:p>

 

深く切に生きてゆくのでなければならないのです。<o:p></o:p>

 

 

 

 

朝陽に托す朝顔の清楚なまなざし<o:p></o:p>

 

この刹那に全てを托す花の生命<o:p></o:p>

 

この一瞬に永遠を感じる花の生命<o:p></o:p>

 

在りしの日のソロモンの栄華さえも<o:p></o:p>

 

この一輪の花に勝るものだろうか!!

 

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生命の讃歌

2013年09月18日 21時38分38秒 | 日記・エッセイ

 

平成25918日水曜

 雲ひとつも無い青い青い秋晴れを見る喜び。<o:p></o:p>

 

 

不幸というものは、神の子たらざるニセ者の働きを<o:p></o:p>

 帳消しする働きとしておこるのであります。

 

 

 

おもわずシャッターをきる。<o:p></o:p>

 

澄みきった純粋な世界が広がり、<o:p></o:p>

 

憧れの魅惑の世界へ誘われる。<o:p></o:p>

 

自由なこだわりの無い世界。<o:p></o:p>

 

安らぎの世界。<o:p></o:p>

 

広がる真実の世界。<o:p></o:p>

 

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生命の讃歌

2013年09月18日 19時17分24秒 | 日記・エッセイ

 平成25914日土曜

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神は一切を包容し給うものであるから<o:p></o:p>

 

一切の宗教も排斥せず包容しなければならぬ。<o:p></o:p>

 

竹の春 後光さす 諸人に<o:p></o:p>

 

 

今日は敬老の日孫に連れられ、保育園で散らし寿司頂くなり。<o:p></o:p>

 

保育園の竹林の美しさに感動する。<o:p></o:p>

 

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平成25915日日曜<o:p></o:p>

 

 

すべての人間を和解さすのが宗教の目的ではありませんか。

 

 

香煙り 鶏頭の蜂 舞うなり<o:p></o:p>

 

 

 

67歳の誕生日を迎え、病気等もせず健康に過ごさせて頂いた事の御恩を墓参り行き亡き父と母に報告し、聖経甘露の法雨を読誦しました。<o:p></o:p>

 亡き父の使いの蜂がまたもや聖経を読誦中に舞いました。

 

秋晴れや 孫の便りに 目をみはる<o:p></o:p>

 

秋の蝉 祖母の導き 稲荷神<o:p></o:p>

 平成25916日月曜<o:p></o:p>

本家に先祖代々祀られ来た稲荷神を50年前に祖母より稲荷神を勧請して頂き<o:p></o:p>

 

ました御恩にと、孫と鹿島の祐徳稲荷神社までお参り行きました。<o:p></o:p>

 

感謝の道を一歩一歩と踏みしめる事が極楽への道程である。<o:p></o:p>

 

相愛協力の天国を地上に建設せんが為に生長の家が掲げる“人間は肉体的存在では無く霊的実在であり神の最高の自己実現であり人間は神の子である”ことを一人でも多くの人に伝える事が出来るように神に祈ります。<o:p></o:p>

 

 

朝霧の 禊払うや  野分晴れ<o:p></o:p>

 

心の鏡に映し給う吾が心の荒れし姿、禊払い給うや、秋晴れに光る神の御心。<o:p></o:p>

 

 

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