うさぎくん

小鳥の話、読書、カメラ、音楽、まち歩きなどが中心のブログです。

あ・じゃ・ぱん

2020年06月06日 | 本と雑誌


矢作俊彦 角川文庫2009年
初版は新潮社より1997年刊行、改訂版単行本は2002年、角川書店より。

 矢作さんと僕は一回り以上歳が離れいているから、ある世代が当然のものとして感じていた、時代の空気感を共有していない。
 そして矢作作品の中にはそうした(狭い)時代性を強く打ち出しているものがあり、そのこと自体が強い魅力になっている。
 以前に読んだ「舵を取り風上に向く者」はそれだった。おそらく1960年代の半ばから70年代にかけての、世相や人々の感覚ーアメリカ的なものへの捉え方とか、日本や日本人に対する認識とかーがさりげなくちりばめられていて、読む者を目の前の世界とは別のところに誘い出す。銀座で偶然父親に遭った浪人生(だったかな)の息子、の話など、50年前の日本に自分がすっと入っていけるような、優れた作品だった。。

 とはいえ、それは自分の年齢や経験からくる個人的な感想であり、別の人が読めばまた違う思いを描くのかもしれない。その人の時代(あるいは共感できる社会的な)認識があまりにもかけ離れているか、あるいは作者のほうが共感度のレンジを絞り込んでしまえば、読み手の感想は各々の感覚や経験により大きくぶれてくる。

 というわけで、「あ・じゃ・ぱん」は僕にはかなり難易度が高い作品でした。。
・・読んだことのない人のため補足しておくと、本作では実在の政治家や芸術家、芸能人などが役者よろしく作品の中で、現実世界とはちがう何かの役をこなしている。
 笠木シズ子が(西側)日本の首相役になって出てきていますが、そういうニュアンスはもはや僕にはわかりません。笠木シズ子が存命中のことを、あまり知らないらです。

 吉本興業、三島由紀夫、田中角栄、和田勉は今の若い人ー30代半ばぐらいまでーの人も一応知ってはいると思いますが、吉本はともかく、これらの人々が世間をにぎわしていた時代に生きていた人と、そうでない人との間には認識に相当差があるはずだ。
 はっきり言ってしまえば楽屋落ち、独りよがりに近い描写が相当あって、読みづらい。読んでるうちにかったるくなって、1日1ページぐらいしか読めなかったりした。。半年かかりました。。「カラマーゾフの兄弟」よりかかったかも。。

 戦後日本がドイツのように東西陣営に分割統治された、という想定です。
 さいきんでは「国境のエミーリャ」(漫画ですが)が同じような想定ですが、物語の緊迫度でいうと「エミーリャ」の方が上、というより今の自分たちにはわかりやすい。ただ、「エミーリャ」は冷戦時代のベルリンをそのまま場所を変えただけ、に近いものがあって、同じ環境下で日独の国民性の違いは、みたいな深みはあまり追及していないようです。
 「あ・じゃ・ぱん」はさすがに日本人ならこうなるだろう、みたいな掘り下げ方をしていて、そこは共感できるものも感じます。

 他方小松左京的な、論理で強引に押してくるみたいなものを期待すると、裏切られます。「日本沈没」なんか、あれだけ無駄な伏線をいっぱい張って、広げた風呂敷を閉じられずにいるのに、読後そんなにごちゃごちゃした印象がないんですが、「あ・じゃ・ぱん」はその点まるでちがいます。読みながらこのひと本当に長編向いてないよな、と何度思ったことか。。

 ウェブで調べても出てこなかったけど、たしかNAVIという自動車雑誌に連載されていたと記憶しています(連載初期の頃、何回か読んだことがあります)。
 冒頭、天皇陛下の葬送の際に霊柩車として改造された「トヨタ・クルセイダーV12」というのが出てきて、意味深でいいネーミングだなあ、と感心したことをよく覚えています。もちろん架空の名前ですが、いかにもトヨタがつけそうな名前("C"で始まる車名は、トヨタが一時期こだわってつけていましたし、日本人受けしそうな語感と、外国から見たら変に思われそうな言葉、というあたりがいかにも)です。
 V12っていうのもいいですね。本当にトヨタがV12作る、ずっと前の話です。

 この、書き出しの頃の描写を読んで、僕はこの本がそういう、シリアスな想定をがっちり組んだSF小説なのかと思っていました。でも、そういう小説ではないですね。

 読みにくい本ではあるのですが、毎日少しずつ、浸るように読んでいると、それなりに質感のようなものが感じられたことも確かです。なにをそうこだわっているのかはわからないけど、とにかく作者は何かに情熱を燃やしている、それは伝わってきます。ここにはそれなりの世界がある。
 もしかしたらですが、この先20世紀後半の日本文学を研究する人たちの間で、往時の社会情勢や人々の感性を知るに相応しい本だ、と評判になる可能性はあるかもしれません。。マニア、オタク系の人にはあんがい共感を得やすいのかもしれません。


 

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ぽち | トップ | キイ・ハンター、と猫 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

本と雑誌」カテゴリの最新記事