エヴァ・シュロス 吉田寿美訳 朝日文庫2018年
最初の出版は新宿書房「エヴァの時代ーアウシュヴィッツを生きた少女」1991年5月 文庫化により改題
エヴァ・シュロスは1929年5月、ウィーンの中流ユダヤ人の家庭に生まれ、ナチスの台頭に伴ってベルギー、次いでオランダに移住する。イギリスに渡ろうと画策するが、ナチスのオランダ侵攻により果たせず、一家は分かれて隠れ家に住まうようになる。1944年5月、エヴァの誕生日の朝、ゲシュタポの踏み込みを受け逮捕、やがてポーランドに移送され、父と兄はアウシュヴィッツへ、母とエヴァはビルケナウ女子収容所に収監される。
逮捕時、エヴァは15歳の誕生日を迎えたばかりで、ビルケナウでは最年少の収容者であった(子供たちはガス室送りとなったらしい)。
ビルケナウ/アウシュヴィッツにはアムステルダムの家の近所にいたアンネ・フランクとその家族もいた。フランク一家とエヴァ、その母はのちに特別な絆で結ばれることになる。
アンネ・フランクと彼女の遺した日記は非常に有名だが、正直僕は日記そのものを読み通したことはない。20年ほど前、アンネとその周辺の人々を取り上げたNHK BSのドキュメンタリー番組は見たことがある。アンネの日記は、フランク一家のオランダ隠遁時代における記述がすべてで、その後の逮捕抑留後の様子は、関係者の証言としてしか残っていない。
エヴァのこの本は、ウィーンでの幸せな時代から始まり、アンネと同じオランダでの隠遁時代、逮捕移送後の過酷な時代を経て、さらにその先、解放されオランダに戻るまでの様子が克明に描かれているところに特色がある。エヴァは母とともに、過酷な境遇を生き抜いたので、そこでどのようなことが起きたかも知ることができるのだ。
興味深いのは、抹殺されるすんでのところで生き残り、進出してきたソ連兵に助け出されたのち、鉄道や船を使ってオランダに移送される、その道中の細かい様子が、かなりのページ数を割いて克明に描かれていることだ。解放後も母子生き別れになりそうになったり、色々な事件が起こる。しかし、収容時とは違い、その筆致は喜びに満ちている。
オデッサの豪邸が宿舎に充てられ、兵士たちが女性たちに服を支給する(手のひらで胸の大きさを測って、「大」、「中」と叫び、それにあった下着を配る。みんな大はしゃぎで、恥ずかしいなんて気持ちにはさせられなかった)。外出は禁じられていたのに、親子で悪戯心を出して街に出かけ、次々来る路面電車に迷いながら宿舎に戻り、大目玉を食う。などなど、極度の恐怖から解放され、誰も彼もがほっとして楽しい気持ちになっていた様子が伝わってくる。古今を問わず、どこにでもいそうな幸せな母子の珍道中のようにも思えてくる。
オランダに戻ってからのほうが、むしろ控えめな筆致なのは、そこが彼女にとっては辛い思い出の多い街であったからだろう。やがてエヴァはイギリスにわたることにある。
ざっと読み返してみて、やはり印象に残るのは、解放され帰還する道中の生き生きとした記述だ。収容所の暮らしなども、とても詳細に書かれてはいるものの、すこし淡々とした印象を受けるのは、これが小説や第三者のドキュメンタリーなどではなく、彼女の実体験を記したものだからだろう。