「人はいつから空を見上げなくなったのかな? 今日の月はこんなにも綺麗。なのに人は家で明かりをつけて過ごしている。外にはもっと違う世界があるはずなのにね」
急に彼女がつぶやいて、ぼくらはふたりで空を見上げた。
本当は暗いはずの夜なのに、あたりにはくっきりと影が出来ている。丸くて強い月の光が、なにもないこの場所を照らしている。
「人は空をあたりまえに思ってる。いつ見ても変わらないと思ってるんじゃないかな。 当たり前のことなんだけど、昼間は明るくて夕方には暗くなって、夜はただくらいだけ。それか街の明かりが灯ってる。そのうち夜がやってくるってさ。
みんな時計を見ながら生活してるから、空の色もなにも時間で夜と朝を分けちゃってる。今日の空は今日しか見られないのにね」
ぼくらの下に出来上がった影はくっきりとしているのにずいぶん小さい。月はちょうど頭の上にある。聞こえるのは波の音。ふたりが歩く足音と時々木の葉をゆらす風の音だけ。
秋の季節は暦ではなく、山と風の色づきで決まる。だからこそ時々こうやって歩いてみる。車では早すぎて見られない、自転車でも通り過ぎてしまう。自分の足で歩くからこそ見えてくるものもある。
彼女が言う。
「月の明かりはいつもは見えないものを見せてくれるのね。昼間の太陽では明るすぎて、まぶしすぎて見えなくなってしまうもの。
こんな月の光だから、今日のこんな風だから、もしかしたらそんな会話も出来るのかもね」
「昼間は遮るものが多いからね。こんな夜だからこそこうやってぼくらは散歩出来るんだね。もしかしたら月の光は人を哲学者にするのかもね」
そう言ってふたりで笑う。
誰にもじゃまされない場所。誰もいなくなった公園。ただ波の音と風の音が響くところ。そうしてまた強い風が吹く。
「ねぇ、この風に手紙を載せたらさ、いつか誰かに届くのかな?」
長い髪の毛を風になびかせて彼女がつぶやく。
「日本の上には偏西風が吹いてるから東の方へなら届くのかな?」
空に星は見つからない。すべて月によって飲み込まれてしまった。
「でもその手紙はきっと遠い遠い旅になるんだろうね」
この風に乗ることが出来たならどこまで行けるんだろう。日本を飛び越して知らない国へも行くことが出来るだろう。かつてこの空を旅したリンドバーグのように。遠く高く。
「いつかこの風に乗って旅をしてみたいな。もっともっと遠くへ」
夜はふけていても、明るい夜空はたぶんそのままで。
少しだけ長くなった影と見え始めた街の明かりを前に、彼女がそんなことをつぶやいた。
夜の散歩は終わろうとしている。街の明かりを浴びてしまえば月明かりの色を忘れてしまう。だから僕は立ち止まった。
「どうしたの?」振り返る彼女。
「やっぱりぼくらは明かりの中に帰るんだね」
「そうね。もう人は暗い夜には戻れないのかもしれないね」
また歩き出して街灯の明かりがだんだんと強くなって、街の明かりが鮮やかに揺れ始める。
「そうだ、今度キャンプに行こう。静かな時期をねらってさ」
そう言って彼女の手を取ってみた。きゅっと握り返す彼女の指は秋の風に冷えていたが暖かかった。
「月の出る日がいいね。暗くて明るくて、また今日みたいな月が出るといいね」
彼女の言葉に月がそっと顔を隠す。小さな雲が流れ出してふたりを包む。
僕はそっと彼女に唇を寄せた。
(ブログランキングです。月の下での物語)
急に彼女がつぶやいて、ぼくらはふたりで空を見上げた。
本当は暗いはずの夜なのに、あたりにはくっきりと影が出来ている。丸くて強い月の光が、なにもないこの場所を照らしている。
「人は空をあたりまえに思ってる。いつ見ても変わらないと思ってるんじゃないかな。 当たり前のことなんだけど、昼間は明るくて夕方には暗くなって、夜はただくらいだけ。それか街の明かりが灯ってる。そのうち夜がやってくるってさ。
みんな時計を見ながら生活してるから、空の色もなにも時間で夜と朝を分けちゃってる。今日の空は今日しか見られないのにね」
ぼくらの下に出来上がった影はくっきりとしているのにずいぶん小さい。月はちょうど頭の上にある。聞こえるのは波の音。ふたりが歩く足音と時々木の葉をゆらす風の音だけ。
秋の季節は暦ではなく、山と風の色づきで決まる。だからこそ時々こうやって歩いてみる。車では早すぎて見られない、自転車でも通り過ぎてしまう。自分の足で歩くからこそ見えてくるものもある。
彼女が言う。
「月の明かりはいつもは見えないものを見せてくれるのね。昼間の太陽では明るすぎて、まぶしすぎて見えなくなってしまうもの。
こんな月の光だから、今日のこんな風だから、もしかしたらそんな会話も出来るのかもね」
「昼間は遮るものが多いからね。こんな夜だからこそこうやってぼくらは散歩出来るんだね。もしかしたら月の光は人を哲学者にするのかもね」
そう言ってふたりで笑う。
誰にもじゃまされない場所。誰もいなくなった公園。ただ波の音と風の音が響くところ。そうしてまた強い風が吹く。
「ねぇ、この風に手紙を載せたらさ、いつか誰かに届くのかな?」
長い髪の毛を風になびかせて彼女がつぶやく。
「日本の上には偏西風が吹いてるから東の方へなら届くのかな?」
空に星は見つからない。すべて月によって飲み込まれてしまった。
「でもその手紙はきっと遠い遠い旅になるんだろうね」
この風に乗ることが出来たならどこまで行けるんだろう。日本を飛び越して知らない国へも行くことが出来るだろう。かつてこの空を旅したリンドバーグのように。遠く高く。
「いつかこの風に乗って旅をしてみたいな。もっともっと遠くへ」
夜はふけていても、明るい夜空はたぶんそのままで。
少しだけ長くなった影と見え始めた街の明かりを前に、彼女がそんなことをつぶやいた。
夜の散歩は終わろうとしている。街の明かりを浴びてしまえば月明かりの色を忘れてしまう。だから僕は立ち止まった。
「どうしたの?」振り返る彼女。
「やっぱりぼくらは明かりの中に帰るんだね」
「そうね。もう人は暗い夜には戻れないのかもしれないね」
また歩き出して街灯の明かりがだんだんと強くなって、街の明かりが鮮やかに揺れ始める。
「そうだ、今度キャンプに行こう。静かな時期をねらってさ」
そう言って彼女の手を取ってみた。きゅっと握り返す彼女の指は秋の風に冷えていたが暖かかった。
「月の出る日がいいね。暗くて明るくて、また今日みたいな月が出るといいね」
彼女の言葉に月がそっと顔を隠す。小さな雲が流れ出してふたりを包む。
僕はそっと彼女に唇を寄せた。
(ブログランキングです。月の下での物語)
葉っぱに足が生えてじっと動かない
壁に張り付いて どっちが頭かもわからずに
自然では見つけることが出来ないくらい じっと葉っぱを演じて
撮影:アカエグリバ
科:ヤガ科(Noctuidae) (エグリバ類)(Calpinae)
壁に張り付いて どっちが頭かもわからずに
自然では見つけることが出来ないくらい じっと葉っぱを演じて
撮影:アカエグリバ
科:ヤガ科(Noctuidae) (エグリバ類)(Calpinae)