蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

新大陸神話の北上説 続の中 長距離伝播の実例

2024年04月15日 | 小説
(2024年4月15日)前回(12日)に紹介した神話の伝播とは「実体を描く初限神話、実体が象徴(symbolique)、さらには空想(imaginaire)に変身する成熟の過程」であり、例として3の神話を紹介した。ヒト対悪霊(動物)の対立にて人が勝利を得るーこの実体をコロロマンナ(猿の腹を叩いて悪霊を退治、Warrau族)、男が不手際から白蟻塚に閉じ込められ、機転を利かして逃げる(Tembe族伝承)。空想神話として物語性たっぷりのシミディユの冒険(猿王に食われる寸前に見張りをしこたま叩いて逃げる(Tukuna族)。これら3部族の地理位置を下図に記した。(本図は著作生と調理の挿絵から)

Warrau族はオリノコ川三角州に居住する(していた)、オリノコとアマゾンには近道(ショートカット)はないから、一旦海に出ての経路を想定した。アマゾン河口のTembe族とは交流が密であった(かもしれない)。Tembe族民が(財の交流などで)アマゾンを遡ればTukuna族に向かう。彼らはアマゾンの中流(支流のSolimoesとPuturnayoに挟まれた地域)に居住。3族の位置と神話伝播の経路を(勝手に)探った。


北上(北アメリカへ)ではないものの、伝播の長短で象徴、空想にたどり着く筋立てに納得がいく。


北上説、レヴィストロース文中での説明は ;
« On est allé dans le troisième volume de l’Amérique du sud à l’Amérique du nord, dans le troisième volume, grâce à des mythes inversés dont la signification était identique. Dans le quatrième volume, grâce à des mythes identique dont la signification était inversée » 第3巻(Origine des manières de table)を比較に採ると(構成)は逆転しているが意味(schème) は同一神話、第4巻では(構成は)同一ながら意味が逆転する神話が拾える。このおかげで北上説を確認できた (第4巻L’Homme nu裸の男564頁、前出の一部) 。

しかし北上説には批判が多く投げかけられた。
「そもそも南北大陸先住民はベーリング海峡を渡って南下し分散した歴史事実があるのだから、似通いは当然。民族の流れ(北から南)に沿って神話も(北から南に)伝播したとする考え方が無理はない」(アメリカ人類学会おおかたの意見)。
« Nous ne cherchons pas le pourquoi de ces ressemblances, mais le comment » (南北神話の相似について) なぜ(Pourquoi) 似通うのか、その理由を探しているのではなく、どのように(Comment)相似があるのかを求めている(裸の男32頁)と一蹴する。

別頁では「似通いよりも差違が重要」とも語る。何故かと言えば(尊師の言はむ処を忖度する)、もし民族移動と神話の流れが平行するなら、語り手も聞き手も並列して移動する、差違は当然に少ない。しかし移動と伝播が別の時間空間軸で起こったとしたら、原初神話と伝播とで異は大きい。更に解析すると似通いは内容(propriétés)にあって、差異は筋立て(codage)に見られる。材料は借りる、しかし伝えかけ(メッセージ)は俺等が作る。民族移動と神話伝播の方向が逆である証左である。

« En posant ainsi le problème, on méconnaîtrait complètement le sens de notre entreprise. Nous ne cherchons pas le pourquoi de ces ressemblances, mais le comment. En effet, le propre des mythes que nous rapprochons ne tient pas à ce qu'ils se ressemblent ; et souvent même il ne se ressemblent pas. Notre analyse tend plutôt à dégager les des propriétés communes, en dépit de différences parfois si grandes qu'on considérait des mythes que nous rangeons dans le même groupe comme des êtres totalement distincts » (同564頁)
(南北神話の似通いは以前から指摘されている。新たな一例を追加してなんの意義があるのか)と問題を切り捨てるとは、我々の方法を理解していない。なぜ似通いが起こるかなど探っていない。どのように似通い(違いが)でるのかーを追求する。実際のところ、我々が採り上げる神話は、本来の形体(propre)では似通うとは限らないし、全く似通ってもいない神話もある。(形体の比較で)異なりが大きく同じ集団に組み入れられない神話に、性状 « propriétés » (登場する要素の意義)を分離して後に、同じ集団かどうかを判断する。

以下にレヴィストロースの理論ではなく述懐を引用する(同書564頁)

« En commençant l'enquête par des mythes de l'hémisphère sud et en la déplaçant progressivement vers des régions septentrionales et occidentales de l'hémisphère nord, j’ai pris, en quelque sorte, l'Amérique à contre-poil, son peuplement s'étant, de toute évidence, fait en majeure partie dans le sens inverse. 神話採取を南半球から始め、徐々に北半球の北西に移っていった。私は何故か、民族が北から南に広がった、あらゆる証拠が証明している、そのアメリカ成り行き様とは逆向きに考え始めた。
« Est-ce était-ce utile ou nécessaire, indépendamment des raisons personnelles qui me mettaient plus à l'aise avec les mythes de populations que j'ai moi-même observés ? Oui sans doute, et dans une large mesure pour une raison différente, qui tient à la nature propre de la connaissance ethnographique : beaucoup plus pauvre que celui dont on dispose pour l'Amérique du Nord, le corpus sud-américain se prête davantage à une étude préliminaire parce que l’on aperçoit comme de loin, simplifié, réduit par sa pauvreté même à ces contours essentiels. 私自身が調査に携わった民族(南米マトグロッソ)から始めることは私にとり好ましいのだが、それを差し置いて(北上説)を採り上げるのは必要だろうか。答えはそのとおり。ある一つの論点が、大局的にして民族誌学の常道に外れずに説明している。北アメリカの神話大系と比べると南アメリカのそれは貧弱でかつ始めに取り掛かるに向くとも言える。なぜなら遠く、単純化していて、大系としての貌様ですら貧しいから(同、続く)。

新大陸神話の北上説 続の中 了 (4月15日)
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