蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

Univoque片務性とは?下

2022年12月21日 | 小説
その責務とは何か?
交叉いとこ婚である。婿を受け入れる側はその資格に見合う娘を用意し 、交叉いとこ婚を成就させるーこれが責務であろ婿入りを受けたBは次の交換(BからCへ、さらにCからDへ...)において責務の攻守は入れ替わるが、その様態は受け入れ側の片務 « univoque » である、婿の交換に合わせて責務が移り回る仕組みをとる。かくして交叉いとこ婚が維持される。
さて、
本書「親族の基本構造」を紹介するに当たり、部族民は「交換の不均衡」を喧伝した。それは; 文化の支配下(社会)では «l’individu reçoit toujours plus ce qu’il ne donne, et en même temps, il donne plus ce qu’il ne reçoit » (35頁) 個は常に与えるよりも受け取る。同時に受け取る以上に与える。与えるも貰うも不均等が生じている、これを二重不均等 « double déséquilibre » としている。
レヴィストロースはこの不均衡を安食堂での場面になぞらえた。相席となった見知らぬ者同士がワイン一酌を差し出す。ワインを交換しながらの不均衡を感じつつ、それで場が和む。これが交換の原理と説明した。
この言い分は誤りではないが、対句もどきがヤボったい。その著作の頁数は半ばにしてレヴィストロースが放った言葉の稲妻、乾坤一擲は « univoque » 。効果たるは1一方通行 2不均衡の片務3責務と普遍―を一語にして言い表した。用語選択の卓越さに余人推敲など遥かに超えるレヴィストロースに脱帽。
Univoque余話: « réciproque » は « bi-univoque » の同義語。 « univoque » の反義語ではない。 « équivoque » が正しい反義語となる。辞書を開くと「不明瞭」「一語多義」と説明される。しかし例文が出て来ない。仏語哲学辞典のPufにしてもNathanにしても同じで、この語には誰もが冷たい、頻繁には用いられないからだろう。
部族民が例文に想いを巡らせると「犬そっくり」が« équivoque »を引き起こす。
鰐を指差し「犬そっくり」と部族民が曰う。多く人は反論するし、別の方は脊椎動物だからなと納得するなど反応が分かれる。次にコヤツ、猿を「犬みたい」と云う。毛皮付きだから、とか四足哺乳類だものと納得しても否定が多く、反応は分かれる。解釈、受け止め方に普遍性をもたらさない「犬そっくり」は« équivoque » となる。
では« bi-univoque »とは。
辞書は一言« réciproque »と同義で片付けるのみ、これにも冷たい。正しく邦訳すれば「双片務性」となるので、相互réciproqueとは別概念だが、ここでPuf(Presse Universitaire de Franceフランス大学出版社)に文句をつけてもラチが明かない。ひたすら純粋にこの概念がどのような状況を言い表すのか考えた。
1 M. Madelaineことジャンバルジャンの施し(Les Misérables, ああ無常Victor Hugo)
2 AlissaとJérômeの恋慕(La porte étroite, 狭き門André Gide)
を挙げたい。
1 : 愛娘コゼットを連れてパリ街なかで施しを続けるJeans Valjean。受ける者には1スーでも感謝が湧く。Valjeanは過去の踏み外し(飢えた家族を救うためパン一片を奪った科)の癒やしを感じている。双方に「相互寄りかかり性réciprocité」は探せない。それぞれが自己への問いかけであり、片務のまま代償を求めず独立している。ここに双片務を見つける。


Les Misérables 表紙(ポケット版)、孤児時期のコゼット

2:Alissa、Jérômeともに互いを愛しているが積極行動に踏み込まない。Alissaは「自由」を選びJérômeは「生」を選んだ。小説の最後、Jérômeの手記で「全てを忘れないために独り身で生きる」とJuliette(Alissaの妹)に告白するが、この感情こそ双片務の現れとしたい。
3:♪妻は夫をいたわりつ夫は妻に慕いつつ、夏とはいえど片田舎かぁ~♪三波春夫名月紋太郎ぶし。

Univoque結語:双片務性 « bi-univoque » は自制と献身の賜(19世紀に生きたJeans ValjeanとかJérômeとか見なさい)そして今は21世紀のセチ辛さ。見返りがつきまとう相互 « réciproque » にしか関係性は成立し難い。世の辞書がこの語双片務 « bi-univoque » に冷たいワケは、言葉は残ってもそんな実際、存立しえない時代よと「人の性を」見限っているからに違いないーそう読めた。
« univoque »の了
コメント
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