思いつくまま感じるまま。

身辺雑記です。
何でもありの記録
HN天道(てんとう)

一所懸命

2005年09月02日 | Weblog
一生懸命とも言うが、一所懸命が正しいらしい。
だが、語感としては一生懸命の方がいい。

我が愛妻は、所作動作が一生懸命でいい。

朝顔を洗う。一生懸命洗っている動作が可愛らしい。
歯を磨く。一生懸命に磨いているように見える。歯磨き粉を、鏡に信じられないほどに撒き散らして鏡が白くなつている。洗面台はビショビショになる。
エーッなんでこんなに汚すの、と思う。

朝刊を読む。政治経済欄は殆ど読まない。自分の気に入ったところだけ一生懸命に読む。テレビ番組欄に一生懸命に赤鉛筆でマークを入れる。歌番組はビデオに予約する。一生懸命に予約する。

発声練習をする。盲人さんのための朗読ボランティアをやっている。毎朝発声練習を一生懸命にやる。
電話連絡する。納得するまで一生懸命に話し込み、時間なんか気にせず相手を説得するまで話し込む。

読書する。一生懸命に集中している。しかし、図書館で大量に借りてくるが全部読むことはない。

買い物をする。どこが安いのか一生懸命に検討する。
両手にぶら下げて持ち帰る。両手に食い込むほどの荷物を下げて一生懸命に持ち帰る。インターフォンで「ドアを開けろ~」と叫ぶ。

見たいテレビは一生懸命に見る。私が迷惑しようが一生懸命に見る。


不器用で要領がいいやり方とは思えないが、とにかく何でも一生懸命にやる。自分は不器用なことは彼女は知っている。
何でも信じたら一生懸命にやる。
その姿を愛さずにはいられない。

愛妻に限らず、誰でも一生懸命に取り組んでいる姿は美しい。その人が不器用だったり要領が悪かったりする程、美しいと思う。心からエールを送りたくなる。


ハリケーン

2005年09月02日 | Weblog
アメリカを襲ったハリケーンの記事やニュースが続いているが、大変気になることがある。
それは、低所得者が多い地域、略奪が横行している、という言葉だ。
富を誇るアメリカ社会の恥部を見る思いがしてならない。

貧乏人が逃げる術もなく災害に巻き込まれ、略奪が横行する社会。
海面下のような低地の治水対策も手抜きされていたみたいだ。
何か割り切れないものを感じる。
自由と正義の国というのは、富裕層だけに通じるお題目だったのか。

競争に敗れた者は、貧しく暮らし、それで当然と思われている社会だったのか。
極端な言い方かもしれないが、そんな臭いがするぞ。

古典講座

2005年09月02日 | Weblog
今日は「古今集」の講座の日。
某大学の名誉教授の講座。
(左半身不随のため車椅子、奥さん同行)
現役の時代に、東京の人たちに大変羨ましがられたといっていた。
古典に出てくる有名な京都周辺の土地を身近に訪問できることが、東京の人達には大変羨ましいことだというのだ。

私も東北の出身なのでそれは特に感じていた。
日本の歴史は京都と言うか関西地方が中心だった時代が長く、東北なんかは野蛮人の棲家くらいにしか思われていなかった時代が続いた。
大阪に住んでもう長いが、最初はいたるところ歴史上の地名だらけで歴史の深さを感じたものである。
関西人が東京に移っても、関西弁を変えようとしない誇りみたいなものも分かるような気がする。
明治維新の時、たまたま東京言葉が標準語に定められただけの事で、関西弁が標準語になってもおかしくはなかった訳だ。
そうなってたら、おもろかったやろな。

その名誉教授は驚くべき博識で、今日は僅かに3首の歌を勉強しただけだが、その歌にまつわるあらゆる平安絵巻を繰り広げてくれる。
頭の中の引き出しには、平安時代のあらゆる人物の生き方と歌がぎっしりと整理されているみたいだ。
お年寄りだけに時々重複する話も多いが、いつも感心して帰ってくる次第。
古今集にとどまらずあらゆる平安文学に通じている。

この講座8割方はばあさんだ、それもかなり年配のばあさん達。
元気だねえ。
俺の後ろの若いおばさん2人、ずっと喋ってやがつた。
何しに来てるんだ。