前2回のブログでご紹介した、文部科学省の科学技術・学術政策研究所(NISTEP)による「科学技術の状況に係る総合意識調査(以下、NISTEP定点調査)」は、研究現場の研究者のみなさんに、回答者を固定して毎年同様の質問に回答していただき、研究現場における実感やご意見をモニターすることによって日本の科学技術の状況の変化を知ろうとする調査です。この調査はたいへん貴重な資料であり、数値化された状況指数とともに、自由記述欄をお読みいただければ、現在の日本の研究現場の状況がひしひしと伝わってきます。
また、この報告書には2011年度~2014年度の調査について、210万字に及ぶ膨大な自由記述の簡易検索データベースが公開されており、誰でも簡単に利用できます。今回は、このデータベースを用いて科学技術政策の「選択と集中」(重点化)について、特に民間企業の研究開発関係者や管理者の方々が、どのように考えておられるのか調べてみました。
民間企業人に限った理由は、もちろん大学や研究機関の研究者や管理者のみなさんの「選択と集中」に対する考え方も重要なのですが、「選択と集中」が大学や政策に導入するべき民間経営手法の一つとして位置づけられている面もあるので、「選択と集中」の本家本元である「民間企業」のみなさんのご意見の方が、説得力があると考えたからです。ただし、民間の方々は、大学や公的研究機関の現場に精通されていない面があるかもしれないので、両方のご意見を参考にする必要があることは言うまでもありません。
定点調査の数多くの質問項目の中で、次の3つの質問項目に絞って、自由記載を調べてみました。3つの質問項目とは
Q2-18 科学技術予算の状況について、ご意見をご自由にお書き下さい。
Q2-28 我が国の大学・公的研究機関における基礎研究の多様性や独創性を確保するために、どのような取り組みが必要ですか。ご意見をご自由にお書き下さい。
Q3-6 重要課題の達成に向けた推進体制を構築するために、どのような取り組みが必要ですか。ご意見をご自由にお書き下さい。
の3つです。ただし、年度によっては質問に追記的な記載が加わっており、また、2012年度の調査では、このような質問項目の自由記載が利用できません。
また、Q3-6の自由記載の少し前の質問項目には「Q3-3. (意見の変更理由)国は、重要課題達成に向けた研究開発の選択と集中を充分に行っています か。」があり、点数化されています。この項目自体には、前年度の点数を変えた場合の変更理由の記載欄はありますが、自由記載欄はありません。
簡易検索データベースを用いて、「選択と集中」「重点化」「地方大学」というキーワードで検索し、3つの質問項目についての自由記載に絞り、その中で民間企業の研究開発にかかわる方々のご意見を整理してまとめてみました。
「選択と集中」や「重点化」をさらに推進するべきという立場が推察される場合を「推進」、行き過ぎている、多様性を保つべき、あるいは地方大学への配慮が必要という立場が推察される場合を「慎重」、「選択と集中」や「重点化」するべき対象を主張されている場合を「対象」と分類させていただきました。これには、僕の主観が入っています。
なお、自由記載については、趣旨を損なわないと思われる範囲で、短文化させていただきました。(回答者のご意図が適切に反映されていない場合は陳謝いたします。)
また、質問項目が異なる場合、あるいは年度が異なる場合は、同じ回答者が回答しているかもしれないことに留意しておく必要があります。
さて、上表よりわかることは、民間企業人の科学技術政策における「選択と集中」について、「推進」と「慎重」の意見が、ほぼ同数であったということです。僕は当初、民間企業人の場合は、大半が「推進」というご意見であると予想していたのですが、必ずしも賛成ではないというご意見がけっこうあったことは、予想外の結果でした。
ちなみに、大学や研究機関の研究者・管理者の場合は、「推進」対「慎重」は、約2割対8割の比率になりました。そして、この比率は、大規模大学も中小規模大学も同じ程度でした。「選択と集中」の恩恵を最も享受しているはずの大規模大学においても「慎重」な意見が大半を占めるという結果も、意外な結果でした。
限られた資源の分配が、あらゆる経済・経営活動の基本的なプロセスであるということからすると、個人も、行政も、民間企業も、何にお金を使うかということについては、大なり小なり取捨選択や重点化を日常的に行っていると考えられます。したがって、「選択と集中」や「重点化」そのものが正しいか間違いか、ということよりも、その「適切性」が問われているということだと思われます。
上表にお示しした、民間企業のみなさんのご意見は、「選択と集中」の適切性を考える上で非常に参考になります。以下にみなさんのご意見を僕なりにまとめてみました。
・科学技術政策においては、「適切な選択と集中」をさらに推し進めるべき
・「選択と集中」の目的やビジョンを明確にし、その必要性を見直す必要
・実用化研究(主に民間企業の役割)においては「選択と集中」は有効であるが、基礎研究や全く新しい技術の開発(主として公的研究機関の役割)においては多様な幅広い自由な研究や研究費の適度の「バラマキ」が必要
・過度の「選択と集中」はリスクを伴うので、リスクヘッジを考える必要
・大型研究プロジェクトに過度に集中しすぎ。地方大学の研究機能を維持・向上するべき。
・研究費総額を増やすべき。
実は、これらのご意見は、「推進」と「慎重」の比率が異なるだけで、大学や公的研究機関のみなさんのご意見とも一致するのです。
また、「慎重」なご意見は、僕の論文数と運営費交付金の関係性を調べた研究結果とも、きわめて整合性のあるご意見となっています。
次回のブログで、もう一度「選択と集中」について僕なりに考えみることにいたします。