ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、元国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

論文数とイノベーションの驚くべき、しかし納得のいく関係!!(国大協報告書草案15)

2014年06月14日 | 高等教育

 前回、プチブレイクした論文数のブログをアップしてから早や2週間が経ってしまいました。この間、パス図(仮説)の未完成の部分、つまり、論文数から⇒が出ているイノベーションとの関係性、そしてイノベーションとGDPとの関係性についての部分をなんとか完成させようと、四苦八苦していました。これは、今までの論文数の分析とはくらべものにならないくらい困難に思われましたが、幸い、文科省科学技術・学術政策研究所の報告書に、OECDのイノベーションについてのデータを分析したDISCUSSION PAPERがあり、そのデータを使わさせていただいたところ、一応の分析ができました。やってみると、僕が想像していたよりも、きれいなデータが得られて、ちょっとした驚きでもありました。そして、まがりなりにもパス図(仮説)を完成することができました。ただ、僕の統計学的分析の知識は初歩的なものであり、読者のみなさんで間違いに気づかれた方があればご指摘いただければ幸いです。

 あさっての月曜日には国立大学協会の総会が開催されるとのことですが、僕のこのブログについても、懇親会の時などにフランクな議論をしていただくとありがたいと思っています。

**********************************************************************

(4)イノベーション指標と論文数の関係性についての国際比較

  次に、イノベーションの指標と学術論文数及び研究開発資金の関係性について、国際比較を行った。

 イノベーションの指標については、種々提案されており、どの指標が最適であるのか定説は得られていないのではないかと思われる。今回は、文部科学省科学技術・学術政策研究所の報告資料をもとに、企業のイノベーション実現割合と、論文数、研究開発資金との相関を分析した。

1)イノベーション実現割合と論文数および研究開発資金の相関

 文部科学省科学技術・学術政策研究所のDISCUSSION PAPER NO.68 「国際比較を通じた我が国のイノベーションの現状」(文献8)では、OECDから刊行されたInnovation in Firms (2009)、および「第2回全国イノベーション調査」(科学技術・学術政策研究所)の調査結果から、企業における各種イノベーション実現割合といくつかの要因についての相関分析がなされている。この報告書の分析対象国は、イギリス、オーストラリア、オーストリア、オランダ、スイス、スウェーデン、デンマーク、ドイツ、日本、ニュージーランド、ノルウェー、フィンランド、フランス、ベルギー、ルクセンブルグの15か国であるが、今回の論文数および研究開発資金との相関分析においては、ルクセンブルグは人口が約53万人と少なく参考にしにくい国であること、一人当たりGDPおよびGDP当り論文数のデータが外れ値をとり、そのデータを含めると集団の正規性が認めらなくなるので除外し、14か国で分析を行なった。

 イノベーション実現割合の調査期間は多くの国が2002-2004年の3年間であるが、スイスでは2003-2005年、オーストラリア、ニュージーランドでは2004-2005年となっている。日本の調査期間は2006-2008年である。また、各国のデータには、統計処理の各国間の違いがありうることも念頭におく必要がある。

 「第2回全国イノベーション調査」におけるイノベーションの定義は「革新的な製品・サービスまたは業務の改善を目的としたプロセスの開発に必要とされる設計、研究開発、市場調査などの取り組み」とされ、「プロダクト・イノベーション」および「プロセス・イノベーション」を基本的な成果としている。

 プロダクト・イノベーションは「新製品または新サービスの市場への投入」と定義され、プロセス・イノベーションは「新プロセスの導入または既存プロセスの改良」と定義されている。ただし、プロダクト・イノベーションは、当該企業にとって新しい製品やサービスの投入を意味するものであり、必ずしも市場にとって新規性を示す指標ではない。「市場にとって新しいプロダクト・イノベーションの実現割合」が画期性を表す指標として、また、「実現したプロダクト・イノベーションが売上高に占める割合」が、経済的インパクトを表す指標として分析されている。

 表25に文献8「国際比較を通じた我が国のイノベーションの現状」(文部科学省科学技術・学術政策研究所DISCUSSION PAPER NO.68 )のデータの中から、今回の分析に使用したデータを示した。

 日本は、企業のプロセス・イノベーションの実現割合では下から5番目、プロダクト・イノベーションでは下から2番目であり、特に市場にとって新規性のあるプロダクト・イノベーションの実現割合は最下位となっている。

 表26に同文献におけるイノベーション実現割合に影響を及ぼす要因の重回帰分析の結果のまとめを簡略化して示した。原著ではロジットモデル及びトービットモデルにより分析がなされ、有意水準は10%、5%、1%で示されているが、5%または1%の危険率で正相関した要因を〇で示した。なお、△は負の相関を示す。

 

 文献8のイノベーション実現割合等のデータに、本報告書で今まで検討してきたGDP当りの論文数およびGDP当りの研究開発資金のデータを加えて、単純な相関を検討した(表29)。

 

 論文数は2002-2004年の平均値、研究開発資金は2003年値を用いた。また、Top10%補正論文数およびTop1%補正論文数との相関を検討するために、文部科学省科学技術・学術政策研究所の阪らの報告書(文献2)のデータを用いたが、2000-2002平均値のデータであるため、それに合わせて2000-2002年の通常論文数でも検討した。観測数は欠損値の関係でイギリス、オーストリア、オランダ、デンマーク、日本、ノルウェー、フィンランド、フランス、ベルギーの9か国であり、この条件では相関係数が0.67以上あれば、危険率0.05以下で統計学的に有意である。

 この条件では、イノベーション実現割合、プロダクト・イノベーション実現割合、プロセス・イノベーション実現割合と危険率0.05 以下で有意の正相関を示す要因は、各イノベーション実現割合相互の相関を除いてはなかったが、新規プロダクト・イノベーション実現割合とは、2002-2004平均論文数および2000-2002平均論文数が、プロダクト・イノベーションが売上高に占める割合とは、研究開発活動実施割合および2000-2002平均論文数が有意の正相関を示した。また、イノベーション活動で高等教育機関と協力した割合と2002-2004平均論文数の間には有意の正相関が認められた。

 観測数を14か国に増やした場合の2002-2004年平均論文数と新規プロダクト・イノベーション実現割合の散布図を図72に示す。

 なお、観測数が14か国の場合、2002-2004年平均論文数(対GDP)とプロダクト・イノベーション間の相関の確率値はP=0.05125であり、論文数は新規プロダクト・イノベーション実現割合だけではなく、プロダクト・イノベーション実現割合とも相関があるものと見做してよいと思われる。

 観測数が14か国の場合、公的大学研究開発資金(政府および非営利団体から大学への研究開発資金)と新規プロダクト・イノベーション実現割合との間にも、図73に示すように、統計学的に有意の正相関を認めた。

 

 一方、政府から公的機関への研究開発資金は、イノベーション実現割合、プロダクト・イノベーション実現割合、新規プロダクト・イノベーション実現割合と統計学的に有意の負の相関を示した。政府から公的(政府)機関への研究開発資金(対GDP)と新規プロダクト・イノベーション実現割合との散布図を図74に示す。これは、先の項で図36で示した、政府研究開発資金の公的(政府)機関への資金と大学への資金の比率が、GDP当り論文数と負の相関をするというデータと整合的である。

 

 また、高注目度論文数(Top10%およびTop1%補正論文数)とイノベーション実現割合の相関を検討したが、通常論文数に比較して同等もしくはそれ以下の相関であった(表29)。

 

2)イノベーション実現割合とGDP増加率(経済成長率)との相関

 イノベーション実現割合がどの程度後年のGDP増加率と相関するか、つまり、その後の経済成長率をどの程度予測できるかについて、単純な相関分析によって検討した。

 日本を除いて、調査期間が2002-2004、2003-2005、2004-2005年であるので、2005年以降の各種期間におけるGDP増加率と、プロダクト・イノベーション、プロセス・イノベーション、新規プロダクト・イノベーションの相関を検討した(表30)。

 

 3つのイノベーションの区分の中で、プロセス・イノベーションが後年のGDP増加率と比較的良好な相関を示し、2005-2008年から2010-2011年にかけての期間のGDP増加率と最も良く相関した。1年間という短期間におけるGDP増加率との相関係数は低かった。

 プロダクト・イノベーションについても、2005から2011年にかけての増加率とは統計学的に有意の正相関が認められた。新規プロダクト・イノベーションについては統計学的に有意の相関は認められなかった。

 プロダクト・イノベーション実現割合とGDP増加率(2011/2005)の散布図を図75に示す。この中でイギリスが外れ値的な位置にあるが、2005~2011年の期間はリーマンショックの時期が含まれており、その影響が反映されている可能性がある。

 

<含意>

 今回、学術論文数とイノベーション、そして経済成長率との関係性を調べるために、OECDのInnovation in Firmsおよびその関連文献8)にもとづいて、企業における「イノベーション実現割合」を指標として、ヨーロッパを中心とする限られた国の間であるが、相関分析を試みた。

 イノベーションの指標として何がもっとも適しているのか定説はないと思われるが、今回用いたイノベーション実現割合は、後年のGDP増加率(中長期的経済成長率)と有意の正相関が認められ、イノベーションの指標として分析するには適切な指標の一つではないかと考えられる。

 イノベーション実現割合は、大きくプロダクト・イノベーション実現割合とプロセス・イノベーション実現割合に分けられ、また、プロダクト・イノベーションの中で、市場において新規性のあるプロダクト・イノベーション実現割合(以下新規プロダクト・イノベーション)が別途分析されている。

 今回の、GDP当り論文数との相関の検討では、この新規プロダクト・イノベーションと論文数との間に有意の正相関が認められた。また、プロダクト・イノベーションと論文数との間にも正相関があると見做してよいと思われる。そして、高等教育機関と協力した企業の割合と論文数にも有意の正相関が認められた。

 論文数は大学の研究開発機能を反映していると考えられるが、今回の結果は、大学の研究開発機能が高い国ほど、大学と産学連携を行う企業の割合が高く、その結果、新規プロダクト・イノベーションの実現割合も高いことを裏付けていると考えられる。この際、高注目度論文と特許件数とのサイエンス・リンケージの報告(文献3)もあるので、論文そのものが直接イノベーション実現に結び着く可能性もあると思われるが、大学の研究従事者の多さが、その国の論文数の最大の決定要因であることから、大学に豊富な研究従事者を擁している国ほど、より多くの企業への支援に対応でき、企業のイノベーション実現割合も高くなることが考えられる。

 高注目度論文数とイノベーション実現割合との相関を検討したところ、相関係数は通常論文数に比較して若干低い傾向にあり、その優位性は認められなかった。より多くの中小規模企業にプロダクト・イノベーションを実現してもらおうと考えた場合、大学は少人数の研究開発従事者で少数の高注目度論文の産生を目指すよりも、普通論文数とFTE研究従事者数を増やすことに注力する方が重要であることを示唆していると思われる。

 なお、日本の新規プロダクト・イノベーション実現割合は、今回検討した諸国の中では最下位であるが、日本の特許件数の多さは現在でも世界有数である。特許件数の多さが必ずしもイノベーション実現割合の高さを反映しないことに留意する必要がある。

 

 論文数と新規プロダクト・イノベーション実現割合およびプロダクト・イノベーションの売上高に占める割合との間に、より良好な相関関係が認められたことは、革新的で利益に結び付きやすいイノベーションの実現に大学等の高等教育機関が大きな貢献をしていることを示唆している。一方、プロセス・イノベーションについては、論文数との相関が低く、企業独自の努力で実現されていることが示唆された。新規プロダクト・イノベーションとプロセス・イノベーションという二つのイノベーション実現割合と論文数との相関において、これほど明確な違いが観察されたことは、たいへん興味深い結果であるとともに、説得力のある合理的な結果であると思われる。

 文献8の分析では、中小規模企業と大規模企業に分けた場合の各要因の相関分析がなされており、それによれば、中小規模企業では高等教育機関と協力した割合とイノベーション実現割合との間に有意の相関が認められたが、大規模企業では認められなかったとのことである。(なお、文献8には、中小規模および大規模企業に分けた場合の元データが提示されておらず、本報告では分析ができなかった。)

 大規模企業では研究開発体制が整っており、独自にイノベーション実現が可能であるが、中小規模企業では研究開発体制の構築が困難であり、大学等の高等教育機関との連携が、イノベーションの実現、特に、新規性があり高収益に結び付きやすいプロダクト・イノベーションの実現のためにクリティカルな要因となっていることが示唆される。

 論文数ばかりではなく、大学への政府及び外部からの研究開発資金、および公的大学研究開発資金(政府と非営利団体から大学への研究開発資金)と、新規プロダクト・イノベーション実現割合との間に有意の正相関が認められたことは、本報告の前項で示した、論文数と両研究開発資金が強い正相関をする分析結果と、整合性のある結果である。

 一方、公的(政府)機関への研究開発資金については、プロダクト・イノベーション実現割合と有意の負の相関が認められたが、これは、本報告の前項で示した、政府支出研究開発資金の公的(政府)機関/大学比率と、論文数とが負の相関を示した結果と、整合性のある結果である。

 限られた科学技術予算の中で、公的(政府)機関への研究開発資金投入を重視する国ほど大学への研究開発資金の投入が少なくなりやすく、その結果大学のFTE研究従事者数が少なくなり、学術論文数も少なくなり、企業の新規イノベーション実現割合も低下するものと考えられる。公的(政府)機関では、防衛、原子力、宇宙などの多額の研究開発費を必要とする事業に選択と集中的な予算配分がなされているが、投入金額の割に企業のプロダクト・イノベーション実現に結び付く件数(つまりイノベーション生産性)が低いものと考えられる。

 

 以上の結果にもとづき、図71のパス図を修正し「論文産生とイノベーション実現に関係する諸要因のパス図(仮説)」として図76に示した。今回の検討で、GDPから出発しGDPに回帰するパス図が一応完成したことになる。

 このパス図は、大学の研究開発活動(論文数)とイノベーション、そして経済成長への流れの主流を、[GDP⇒政府支出研究開発資金(FTE)⇒公的大学研究開発資金(FTE)⇒大学研究従事者数(FTE)⇒通常論文数⇒中小企業プロダクト・イノベーション実現割合⇒中長期経済成長率]と考えるものである。もちろん、この仮説を裏付けるためには、今後の詳細な研究が必要であるし、また、今回分析した国々はヨーロッパ諸国が中心であることにも留意する必要がある。さらに、大学の機能、あるいはミッションとしては、教育機能、研究機能、およびそれに関連した社会貢献機能などがあり、このパス図は大学の機能、あるいはミッションの一部を示しているにすぎない。

 前項でも述べたが、日本政府はこの10年間、大学への研究開発資金(FTE)を絞りつつ、大学のFTE研究従事者数を削減し、その結果学術論文数が停滞~減少し、人口当りあるいはGDP当りの論文数で先進国中最下位となり、研究面での日本の国際競争力を大きく減じてきた。大学への基盤的交付金から競争的資金への移行、評価制度の導入、選択と集中(重点化)政策がなされてきたが、それらの政策によってはFTE大学研究従事者数の減少による日本の研究機能の低下をカバーできるどころか、むしろ悪化を促進した可能性がある。また、産学連携の重要性が叫ばれ、この10年間で産学連携の仕組みづくりが整備され、それなりに企業との共同研究数や大学発ベンチャー数も増えたが、いかんせん大学のFTE研究従事者数が削減される状況下では限界があり、産学連携によるイノベーション実現の面でも海外諸国に大きく水を開けられたと考えられる。

 今回の分析では、大学への公的研究開発資金投入が、どれだけの経済成長に結び付くかという費用対効果(または投資効果)を正確に示すまでは至っていないが、この10年間に世界各国が大学という機関に公的研究開発資金を投入してイノベーション実現と経済成長を図っている姿をデータ的に明らかにすることにより、大学を介して経済成長に貢献するためには、政府や大学が何に注力するべきかという骨子(主流)を示唆することができたと考える。(なお、今回の各相関分析の回帰直線をたどって計算すると、きわめて単純な計算では、GDP当りの大学への公的研究開発資金が0.1%多い国は、後年のGDP増加率が年率にして0.125~0.15%多いという計算にはなる。つまり、日本と同規模の国をイメージすると、日本よりも公的大学研究開発資金が5000億円多い国は、後年のGDP増加率が年6250~7500億円分多い国となっている。)

 

 その骨子(主流)とは、大学のFTE研究従事者数増⇒通常論文数増⇒中小企業のプロダクト・イノベーション実現割合向上⇒中長期経済成長率向上、である。これは、取り立てて目新しいことではなく、今までにも各大学が取り組んできた地域との産学連携について、FTE研究従事者数を増やすことによって、特に中小企業との共同研究件数をいっそう増やそうとすることに他ならない。

 明確な根拠にもとづかずにすこぶる感覚的になされる「選択と集中」政策や「重点化」政策は、この主流の妨げになる場合が多いと考えられる。限られた国家予算の中で、経済効果がはっきりしない大規模研究事業に集中投資しがちな国は、それだけ企業のイノベーション実現率は低下する。これは、公的(政府)機関への研究開発資金投入が多い国ほど、論文数やプロダクト・イノベーション実現率が低いという今回のデータによって裏付けられ、日本は、その典型的な国家となりつつある。

  また、この10年間、日本では大学への基盤的な交付金を削減してFTE研究従事者数を減らし、それを、競争的資金と銘打って上位大学に「選択と集中」あるいは「重点化」して再配分する政策が続けられているが、これは、日本全体としてはFTE研究従事者数の削減を図りつつ、日本の国内でFTE研究従事者数を移動させているだけであり、企業のイノベーション実現率の向上につながらないことは容易に想像できる。また、選択と集中(重点化)はある時点を超えると効果の逓減が起こり生産性が低下するが、そのまま生産性の低いセクターに資源を集中すればするほど、国全体としての生産性は低下する。

 海外諸国のデータからも、日本全体の大学のFTE研究従事者数を増やさない限り論文数は増えないし、中小企業のプロダクト・イノベーション実現率も向上しないと考えられる。また、前項でも述べたように、競争的資金を増やすことは、その申請と審査に時間と労力がとられてさらに研究時間が減少し、FTE研究従事者数が減少する方向に働く。

 評価制度についても、費用対効果のはっきりしない評価制度をクレームがつかないようにより完璧にしようとすればするほど、評価にかかる労力と時間、評価される側の負担が増え、これもFTE研究従事者数が減少する方向に働く。

 もし、仮に、数多くの大学の機能の中で、今回示した骨子(本流)だけを評価すると仮定した場合、FTE研究従事者数、通常論文数、中小企業との共同研究数(イノベーション実現支援数)の3つの指標をモニターするだけで事足りるのではないかと思われる。そして、これを増やそうと努力する大学に、地方大学、大規模大学に関わらず、公的研究開発資金(FTE)を、後述のような国としての目標達成に必要なだけ投入することにしてはどうか。そうすれば、評価や競争的資金に伴う申請と審査に要する膨大な労力を削減でき、その分FTE研究従事者数をさらに増やすことができる。

 ただし、何度も説明を加えるが、FTE研究従事者数とは、研究時間を考慮に入れてフルタイム換算した研究従事者の数である。つまり、例えば現在の大学研究者の研究開発に従事する時間が50%であると仮定すると、教育など他の業務をさせずに100%研究開発に専念させることができれば、FTE研究従事者数を2倍に増やしたことになるし、研究開発人件費(FTE)も2倍に増やしたことになることに留意されたい。

 国としての目標の規模感としては、今回検討した海外諸国の現時点でのデータにおける平均を目指すのであれば、日本の企業のイノベーション実現割合を約2倍にする必要がある。そのためには、大学のFTE研究従事者数を約2倍に増やす必要あり、そのためには、大学への公的研究開発資金(FTE)も約2倍に増やす必要がある。この際、大規模大学にだけ重点化して増やすのではなく、中小企業のイノベーション実現率向上に貢献するためには、地方大学のFTE研究従事者数や公的研究開発資金(FTE)も2倍に増やす必要がある。

 もっとも、日本がFTE研究従事者数を2倍に増やすことができた暁には、海外諸国はさらに増加させている可能性があり、2倍程度の規模感では追いつけない可能性もある。

 過去10年間、日本とは対象的に、すべての先進国・新興国において大学への投資が増やされ、大学のFTE研究従事者数が増やされ、学術論文数が増え、産学連携が推進され、企業のプロダクト・イノベーション実現割合が高まり、それぞれの国なりに経済成長基礎力ともいうべき力をつける努力がなされてきた。日本は、今からでも、このことを海外諸国に学ぶべきであると思われる。

********************************************************

 いかがだったでしょうか?今回の報告がもとになり、多少なりともデータにもとづいて、今後の日本の大学のグランドデザインや、思い切った改革案を議論していただくきっかけになったら幸いです。

 僕が三重大学長の時に、「地域イノベーション学研究科」という大学院を立ち上げたのですが、これは、地域の中小企業や自治体の課題を研究テーマとする大学院であり、まさに、今回の分析結果から得られたパス図の骨子(主流)に100%沿うものであったと思います。

 また、三重県には「みえメディカルバレープロジェクト」という産学官民連携ネットワークがあり、10年以上にわたって根気よく産学官民連携の取り組みを継続しているのですが、その経済効果は、平成14年~23年の間に全国レベルで3814億円(三重県内1063億円)、雇用数16971人(三重県5454人)とはじき出されています。

 せっかくこのような経済効果がデータとしてはじき出されているにもかかわらず、政府が大学のFTE研究従事者数を減らし、すこぶる感覚的に上位大学への選択と集中(重点化)政策を推し進め、特に地方大学の研究開発機能を低下させて、地域企業のイノベーション実現率にマイナスとなる政策をとり続けているとは、ほんとうに情けない話です。

 

 

 

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする