鉄道模型・色差し三昧

精密な模型製品だからこそ、色差しを施しませんか?
より、魅力を引き出しましょう。
お気に入りができますよ。

一年のおわりに

2023年12月31日 | ごあいさつ あるいは模型と関係ないこと
気がつけば、大晦日です。
去年も今年も、いろいろな事情があって、模型に打ち込めない日も多かった一年間でした。
だからこそ「気がつけば…」という思いがするのです。

仕上がった模型は、そう多くありません。
それでも、一年の納めに振り返っておきます。

1月。
昨年からの続きで、グリーンマックス製キット組みの客車が増えました。


阪急は、今年は仕上がりませんでした。
塗り直してばかりです。


3月、サロ75形が仕上がりました。
元々は、新潟色の70系編成を作るつもりで組んでいたものです。
2等車もいいなぁ…などと思いまして。
帯色は自家調合ですが、なんとなく違うような気もします。


4月。
新潟色のクハ76形が仕上がりました。
編成仲間は、まだいません。


5月。
高校時代に作った古い模型を、塗り直しました。
当時、書籍で見た横須賀線時代の再現ができそうです。



7月。
流電サハ48が仕上がりました。
これも、中学~高校時代に作った模型を再生したもの。
新しい材料で一から作ったら、もう少しキレのある模型になりかもしれません。


飯田線用のクハユニ56形も仕上がりました。
相棒は、これから作るつもりです。


8~9月。
仕掛品が増えました。
来年こそは。



10月。
久々の完成品購入です。
わりと、気にいってます。
製品では省略されている仕切板がありますので、いずれ追加したいところ。



11月。
10年くらい前に入手した完成品の色差しです。
これも、仕切り板を追加したいところです。


12月。
箱サボの追加工作。
以前作ったモデルへの追加工作です。
思いのほか、加工跡を目立たせないで仕上げることができたと思います。
7月に作ったクハユニ56形へも、追加工をするつもりです。


あれもこれもできなかった…とはいえ、
それなりにいろいろ作っているじゃないかと思えた振り返りでした。

さて、来年は?
いい年にしましょうね。
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キットの台紙のこと

2023年07月20日 | ごあいさつ あるいは模型と関係ないこと
小林信夫氏の訃報を聞きました。
わくわくするイラストを手掛けられた方でした。

ワタシは、あまりジオラマやストラクチャーキットを作ることがないので、
どちらかというと、車両キットの説明書イラストで、わくわくさせてもらいました。


中学校に上がった4月に発売されたキットです。
これを見ているだけで、スマートな私鉄電車が目の前を駆け抜けてゆくのです。
まぁ、当然のように地元の京王2000系を作りましたね。


おこずかいは多くはなかったので、ほとんどのキットは、店頭で眺めるだけでした。
食い入るように見ていたのだと思います。
なんとなく、イラストの雰囲気や文言は覚えていますね。
買って、組むことができたキットは、ごくわずかでした。
今でも、欲しくなるときがあります。


旧型国電は、1輌づつ買えるので、ありがたかったのでした。
嬉しくて、ちゃんと台紙を残してあります。


たしか、おふくろと八王子に出かけたときに買ったのでした。
なぜこの形式を選んだのか、バスの中で喋ったことを思い出しました。


なお、このときの残骸の一部が、いま組み直しているサハ48029に含まれています。


とりとめのない話しになりましたが、氏のご冥福を祈ります。



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良い年をお迎えください

2022年12月30日 | ごあいさつ あるいは模型と関係ないこと
今年も押し詰まってきました。
例年のことながら、早いものです。

この2~3年くらい、日々の暮らしから余裕がまったくなくなって、
なかなか模型を作って遊ぶことができずにいます。
それは来年も変わらないかな…?

とはいえ。
それでも振り返ればいろいろと作っているものです。

1月。
頂きモノの73形電車を仕上げておりました。

南武線や総武線あたりに見立てるのも愉しいのですが、
とりあえず子どものころの記憶に残る青梅線のサボを取り付けてあります。

床下機器を並べ替えて遊ぶ、ということもしました。

このあと、グリーンマックスから新しい仕様の床下機器が発売されました。
でも、調べるのは愉しかったですよ。

2月。
頂きモノの旧型国電から、サハ48形を仕上げました。

特に変わったことはしていません。

KATO製103系の旧製品には、色差しを。

この工作、何度やっても飽きないのです。
化けるから、おもしろい。

先頭部は、ダミーカプラーに交換しました。

行先表示が白幕のままですね。

3月。
名鉄8800系「パノラマスーパー」に、色差しを。


インテリアは、塗り分けながらもメリハリがなく、消化不良気味でした。


作った模型ではありませんが、飯田線を乗り通しております。

213系、愉しい電車でした。

4~6月。
模型は作らず、飯田線の乗降客数を調べて愕然としておりました。


7月。
伊那電を出自とするED31形を磨いておりました。


車体色は、自家調合。

まあまあと、自己自賛。

8月。
客車のキットを組みたくなりました。


10年来の仕掛かりだったオユ14形も、工作再開。


これもまた、頂きモノの客車の再整備がきっかけとなったのでした。


9月。
10年モノの仕掛かりは、オユ16形として竣工しました。

いずれは、台車をTR217形に交換したいところ。

オハ35形も仕上がりました。


一連のグリーンマックス製キット組みの客車ですが、紙で仕切板だけ作ってあります。

いずれはボックスシートもとは思うのですが、数が多いですからねぇ。

とりあえず、透けて見えないことを目的とした工作です。

がらんどう感を、少しだけ解消。

ED31形も仕上がりまして、こちらは無事にお引き渡し。


10月。
鉄コレの近鉄8520系を、色差し。

一体成型のベンチレーターを塗り分けました。

ATS車上子の追設は11月に入ってから。

プラ板でも、あんがいそれらしく作れると再認識した工作でした。

11月。
鉄コレを塗り替えました。
このブログ始まって以来の、自由形。
思い付きで塗った色の組み合わせですが、気にいりましたので仲間を増やしたいところ。

電鉄名は、これから考えます。

12月。
阪急電車の工作を再開。
これも10年くらいブランクの開いていた模型です。

この状態で、年越しです。

振り返ると、グリーンマックスの板キットで遊んでいた1年間でしたね。
手持ちは多いので、来年も作り続けると思います。
自由型電車が増やせるかどうかは、その時次第。

では、よい年をお迎えください。
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あるセットのこと

2022年11月04日 | ごあいさつ あるいは模型と関係ないこと
11月3日も、晴れの特異日です。
きれいな夕焼けでした。


夜になって、叔父の訃報が入ってきまして。
母方の長兄です。
20年くらいは賀状のやり取りだけになっていたのですが、寂しいことです。

1980年の夏だったと思いますが、その叔父が買ってくれたセットがあります。
何かの用事でおじが上京した折のこと、帰りの飛行機の直前だっけ。


Nゲージを手にして半年経たないころ。
6輌で整った編成は、いちばん長い編成でした。
ものすごく格好良く見えて、走らせない日でもケースを開けて眺めていたことを思い出します。


まだ、手元にあります。
もちろん、走ります。

純一おじさんの冥福を祈りながら。
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鉄道記念日に

2022年10月14日 | ごあいさつ あるいは模型と関係ないこと
ご存知のとおり、この10月14日で、この国の鉄道は150年を迎えました。
その間、途切れることなく人々や物資を運び続けたのですから、大したものです。
めでたい。

とはいえ、個人的なことですが、ちょっと鉄道にわくわくできない日々が続いています。
ひとつには、自分の環境から道楽を楽しむ余裕が消えてしまったこともあるのですが、
それよりも…。

最近の鉄道に幻滅するいちばんの理由は、混雑が収まらないこと。
コロナ禍明けで利用者数が戻らないから経営が厳しくなったという事情は、
いちおう理解できます。
とはいえ。

この国の鉄道は、輸送力の確保と増強に向けて、日々を重ねてきたのではなかったかな、と。
いつか混雑が解消できる日を目指して、投資を続けてきたのではなかったのかな、と。

25年くらい、通勤で電車を利用しています。
25年前に比べると、朝の混雑は和らぎました。
少子高齢化の影響を感じていたところです。
もう少し経てばもう少し、朝晩の通勤が楽になるだろうなぁ…と思っていたのです。
自分が甘すぎたようです。

間引かれ待ち時間が増えた駅から、
フリースペースと称する立ち席に詰め込まれ、
という最近の鉄道は、楽しくありません。

かといって、
懐古趣味には走りたくないからね。
今の、これからの鉄道に、興味を持ち続けていきたいのだけれど。

画像は、1984年9月23日。
とくに意味は、ありません。
先頭車は5714号。
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飯田線を乗り通したついでに 伊那電の機関車(その2)

2022年07月18日 | ごあいさつ あるいは模型と関係ないこと
3連休でした。
ありがたや。
後半は、お天気にも恵まれました。
プランターのミニトマトも、収穫期です。


さて。
伊那電から近江鉄道に渡ったED31形機関車です。

エポキシ接着剤でがっちり止められていたヒューズ箱は、取り外します。
磨いておきました。


ヘッドライトも、接着剤でがっちり。
丈夫なことはいいことです。
ですが、さすがにこのまま塗ったら、山盛りの接着剤が目立つはず。


小型のノミを使って、取り去りました。


傷は、できるだけ消したいのだけれども。


2時間ほどかかって、いちおう下地が整いました。
サンポールで洗っておきます。


塗装前の記念撮影。


下塗りも兼ねて、明るいグレーで塗っておきます。
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飯田線を乗り通す(その12)

2022年05月03日 | ごあいさつ あるいは模型と関係ないこと
平岡駅を出ます。
狭い山間地を工夫して人々が暮らしている景観は、好きです。
いろいろと制約は大きいのですけど。


下伊那に入りまして。学生時代にお世話になった方々や知り合いの顔が、いくつも浮かびます。
今回の飯田線乗車は急に決まった話しでしたし、同行者もいました。
とはいえ、あちこち不義理で申し訳ないなぁ…などと思いつつ。

さて。
このあたりは、トンネルの連続です。
なかなか車窓を撮る機会が得られません。
天竜川の流れを見下ろしたり、河岸の木立を見上げたり。
もっとも、近くの座席で始終連続でシャッターを切っていらっしゃる方がいて、
喧しかったなぁ。

温田駅は、泰阜村の中心地です。
阿南町から売木村への路線バスも発着しています。
信南交通のバスがいつも待機している思い出があるのですが、すでに撤退していますね。
調べましたら、平日でしたら数分後に発車するバスが待機していたはずです。


門島~唐笠間では、泰阜発電所の脇を通ります。
発電所の建物は、円い窓がある味わい深いコンクリート建築なのですが、撮り損ねました。


金野駅まで来ると、北の方角が開けてきます。
そろそろ、天竜川沿いの渓谷区間も終わりですね。


金野~千代間、天竜川に阿智川が合流する地点です。
阿智川も、もっと上流のほうですが学生時代にいろいろと思い出のあったところ。
おもわず、谷の先を覗き込みたくなります。


千代まで来ました。
あとひと駅で天竜峡、この列車の終点です。
旧三信鉄道最後の区間でもあります。


豊橋から115km、4時間弱をかけてここまで来ました。
あと1.2kmです。


いつできたの、と三遠南信自動車道の高架橋に驚いていると、間もなく終着天竜峡です。
いやぁ、三信鉄道なる小私鉄とは、スケールの差を感じますなぁ。
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飯田線を乗り通す(その3) 新城まで来ました

2022年03月23日 | ごあいさつ あるいは模型と関係ないこと
冷え込んでいても、春は近づいてきたなぁ…と日々感じます。
咲き始めた桜だけではなく、
日差しの力強さですとか、膨らみ始めた木の芽ですとか。

さて。
飯田線天竜峡行き511M列車です。

東上、野田城、新城と停車していきます。
「じょう」もしくは「しろ」と読む駅名が連続します。
戦国時代に名高い長篠の地も近いことですし、関連がありそうな気がします。


いろいろと、興味を持って読まないとね。


野田城の駅には、ちょっと古そうな架線柱が建っていました。
豊橋駅付近では新しいものが建っていましたから、今が記録どきかもしれません。


8時50分、新城に到着しました。
豊橋から21Km余りの距離を40分弱かけています。
東京からですと、西船橋、鶴見、吉祥寺くらいの距離です。


停車時間が10分あります。
ホームに降りてみました。
左手に見える駅本屋に連なるように、いくつかの建物が並んでいます。


木造のもの、コンクリートブロック積のもの、バラエティーがあります。
建築年代が違うのでしょうね。
変圧柱も建っています。


こんな感じの木造の建物があると、なんとなく嬉しくなってきませんか?
まさしく模型向けな気がします。


これは、わりと新しそう。
窓が無いので、電力関連の施設かな、なんて思います。


辰野方のホーム終端まで来ました。


振り返りますと、こんな感じの駅です。
停車中の列車は2輌編成ですので、ホームの長さは5~6輌分くらいはありそうです。


これまた、ちょっと古そうな架線柱が建っていました。


上に行くほど、細くスリムになります。


貨物側線も、跨いでいます。


昭和14年製のようです。
私鉄時代、豊川鉄道時代に建てられたのですね。


豊橋方には。跨線橋があります。
飯田線で跨線橋があるのは、一部の駅に限られます。
奥のほうにはエレベーターもありますね。


さて。9時ちょうどの発車です。
戻りましょう。








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作らなくても…模型は愉しい

2021年04月27日 | ごあいさつ あるいは模型と関係ないこと
またしても「緊急事態宣言」が出されておりますが、
木々の緑は日に日に映え、鳥のさえずりも日々高く…。
大騒ぎになっているのは人間社会だけだなぁ、とあらためて感じます。
とはいえ、野生の動植物は、生きているだけで生存競争にさらされているのですから、
それを思うと、人間社会は楽です。
お金をもってお店に行けば、食べものを手に入れることができますからね。

お互いに、いろいろあるとは思いますが。

ええと。
数年前から抱えっぱなしのキットを片手に、妄想を拡げております。

6輌編成が組めるだけの材料が揃いつつあります。
実車はなかなかバラエティに富んでいるということですから、
手書きのメモを取りながら整理しておきました。

活かせる日はいつなのか、まだ具体的には着手できません。
それでも、下調べは愉しいです。

なお、画像中の車歴表は「とれいん」誌1996年10月号(通巻262)のものです。
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今年もお世話になりました。

2020年12月31日 | ごあいさつ あるいは模型と関係ないこと
あと3時間ほどで2021年が明けるという時間帯に、これを書いています。
今年も1年間ありがとうございました。

言うまでもなく、ほとんどの人が経験したことのない1年間でした。
みなさま、お疲れさまでした。
明くる年がいい年になると、いいですね。
年が明けてからこのブログを読まれるかたもいらっしゃるとは思いますが。

個人的には、例年になく経済的に逼迫したこともあり、
思うようにブログが更新できませんでした。
それでも、この2020年を振り返っておきます。

1月。
kATO製の旧型国電をひとつ、まとめていました。
それまでにも何度となく色差しをしてきたKATOの飯田線シリーズですが、
いま手元にあるのはこの1編成だけです。


自宅最寄りの新京成では、新京成8000系の最終編成が引退しました。
8000系では唯一、ピンク色の新塗装となっていた編成です。
「くぬぎ山のタヌキ」という愛称で知られたこの系列も、残るは1編成。
この新塗装の編成、ワタシは秘かに「桃たぬ」と呼んでおります。


2月。
実車は見たことがないのですが、近鉄特急を。
色差しだけで映える部分が多いので、愉しかったです。


3月。
KATO製のC62形旧製品をまとめました。
デフを折ってしまうなど苦労しましたが、これで特急牽引機が手元に。


ボイラーを塗り直すことでイメージを高めてみたつもりですが、
なにせ蒸気機関車の全盛期を知らないものですから、何とも言えません。


4月。
車内をちまちまと塗っています。
1輌単位で運用される旧型客車は、模型でも少しづつ買い足して遊べるところが魅力ですね。



5月。
189系「あずさ」編成をまとめました。
客窓を青く塗ったり、ひとつづつ座席を筆塗りしたりと手間を掛けましたが、
なんとなく実車との思い出との違和感が拭い去れず、結局手離しました。


数年間放置していたキット組みの旧型国電を、ようやく完成に持ち込めたのは嬉しかったですね。
とはいえあちこちの粗が気になるので、いずれ作り直したいところです。
ということで、これも手離しました。


6月は、とうとう完成に持ち込めず。
7月も、仕掛品をためたまま。
そして、8月も。

9月。
グリーンマックスのキットから、阪神電車を。
これも、かなり長い間中断していたものです。
今年いちばんの思い出かな。


10月。
鉄コレの大井川鉄道6011形を、北陸鉄道仕様に戻しました。
細部までは戻し切れていませんが。
いろいろ調べることが愉しい電車でした。


同じく鉄コレの凸形電機も。
いずれ機会を得て、もう少し手を加えるつもりです。


マイクロエース製の「桃たぬ」も入手しましたが、まだ手を付けていません。


11月。
青い客車が増えましたが、諸般の事情によりひと様の元へ。


いっぽうで、数年間連結相手がいなかった豊田電車区のクモハ40形に、仲間が増えました。


12月。
あっという間に押し迫り、とうとうこれらは越年と相成りました。



2021年も、よろしくお願いします。
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