肯定的映画評論室・新館

一刀両断!コラムで映画を三枚おろし。

『ヴァンパイア/吸血鬼(カール・ドライヤー)』、観ました。

2006-07-19 20:29:31 | 映画(あ行)

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 『ヴァンパイア/吸血鬼(カール・ドライヤー)』、観ました。
不気味な宿に泊まる若い旅人の前にひとりの老人が現れる。老人は謎の言葉と
「死後開封すること」と記した封筒を旅人に残し、何者かに殺されてしまう。
その後、霧の館にいる病気の娘に輸血した彼は、自分が棺の中にいる幻想と
現実が交錯する‥‥。
 ハッキリ言って、物語をカンペキに理解出来たとは言い難い。主人公が
迷い込んだその世界は、すべてが“現実”のものじゃない。かといって、全部が
“幻想”ってわけでもない。真夜中過ぎに現れた老人のこと、村に伝わる怪奇な
伝説のこと、ひなびた宿屋の看板に飾られた天使のこと、義足の男の影のこと、
棺(ひつぎ)に入れられた自分のこと‥‥。まるで、もやもやとして、何時
覚めるのかさえ分からない“夢の中”にいるような…、あるいは、自分が死して
“死後の世界”を見ているような……、そんな感じ。一切のショッカーは封印し、
静かにジワジワと迫りくる恐怖の演出。そして、トーキー(映画)でありながら、
出来る限りの台詞を削除して、研ぎ澄まされた映像から“観る者の想像力”を
掻き立てる。さすが『裁かるるジャンヌ』のカール・ドライヤー監督らしい、
理屈よりも“視覚”に訴える吸血鬼映画の傑作だ。
 それにしても、映画は、一寸先も読めない“不思議な映像体験”。物語中盤、
主人公の幽体分離(?)から、彼は棺の中に納められた“もうひとりの自分”を
知る。その死体から見る視点は、外の世界を何とも異様に映し出し、いつか
自分にも訪れる“死の恐怖”と、“圧迫感”を感じずにはいられない。(この古い
映画を観て)改めて思うことは、“科学の進歩(CGやら特殊メイクやら)”が
映画に“面白さ”をもたらすのではなく、あくまでも人間の持つ発想力と
想像力が、映画にオリジナリティを与えるのだということ。その映像は今も
色褪せることなく、不変の恐怖となってボクらの目に飛び込んでくる。そして、
それは“怪奇映画”として、“恐怖映画”として、この上なく美しい‥‥。